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   二

中学三年生で秋、ということは受験が間近になっているということだ。結架と透は同じ私立高校を目指しており、通っている塾も一緒だった。部活などの関係で塾の時間が夜遅く、結架はいつも透の母親が運転する車で送り迎えしてもらっていた。変な噂が出ないように、このことは結架と透の秘密なのだが。
「すみませんおばさん。いつもいつも」
「いいのよ。それより二人とも、今日はどうだった?」
「英語の長文読解を中心にやってきた」
 例の国語のテストがまあまあだったので喜んでいたら、塾でのテストをすっかり忘れていた。まさか結架の苦手な英語の長文読解が出るなんて。全くついていない。結架は疲れたように俯いた。助手席に座っている透がバックミラー越しに結架を見る。
「その様子だと英語のテスト悪かったんだな」
「うるさいな」
 キシシと笑う透。毎度毎度馬鹿にされて、本当に困ったものである。技術だけは全然できないくせに。
 小学校低学年までは、そんなに成績の差はなかった。ただいつからだろう、彼はどんどん実力を伸ばし、今では自分は置いてけぼりにされている。それがちょっぴり寂しくて悔しいなんて、彼は知らないのだろうけれど。

「ん、おい。あれ煌月じゃねぇか?」
「えっ」
 驚いて外を見ると、たしかにあの煌月がいた。今は夜十時。事件が多発しているにも関わらず、堂々と道を歩いている。彼はこちらに気づいていないようだ。車の方が勿論スピードが速いわけで、煌月の姿はあっという間に後方の点になってしまった。
「なんでこんな時間に」
「塾なんじゃないか?」
「でも見た限り何も持ってなかったよ」

 夜空に浮かぶ月は不気味にも紅く光っていた。

   *

 次の日。また目を擦りながら下りてきた結架の目に飛び込んできたのは電話をしている母の姿だった。
 朝早くに、誰と電話してるんだろう? 
 母の声はやけに慌てており、その内容から結架は学校からの連絡網だと悟った。やがて母が受話器を元の位置に戻し、呆然と立ち尽くしている結架を見る。

「近くの桜崎公園で、また事件ですって」
「公園……て、此処の近所じゃないの」
「四十代の女性が襲われたらしいわ。今日は学校お休み」
 学校が休み。結架はえぇ、と声を上げた。たしかにこれで被害は十件目。学校が休みになっても不思議ではない。自由な登校だけでなく、学校に通うことまで制限されてしまった結架は酷く落胆した。

 しぶしぶパジャマ姿のまま自分の部屋に戻り、まだ温もりが残るベッドに身を投げる。今日は一日中家での勉強か。つまらない。積もるイライラを結架は必死に心の奥へと押し込めた。
 すると机の上で充電していた結架の携帯電話がいきなり鳴り始めた。見れば透からの電話である。結架は急いで電話に出た。

「もしもし。透?」
『おお結架。連絡網回ってきたか?』
「うん。また事件だってね……。学校もお休みだし」
 結架の言葉に透は「俺は休みで嬉しいけどな」と返した。多分「うるさい女子から解放されるから嬉しい」という意味だろう。長年の付き合いである結架はすぐにそれを感じ取った。
『それよりさ。事件の被害者って皆意識不明なんだろ? 大した怪我じゃないのにさ。だから襲ってきた犯人の顔がわからない』
「それがどうしたの?」
『……もしかして犯人、煌月かもしれないぜ』
 そんな馬鹿な。まだ寝ぼけているのだろうか。いや、寝ぼけていなくても彼はよく冗談を言う。結架はすぐに反論する。
「透、犯人は大人の人をいっぺんに何人も倒してるのよ。中学生の煌月君のはずないじゃない」
『ところがどっこい。あいつ意外と強いんだな~』
 え、と一瞬思考回路がストップする結架。透はいつものようにキシシと笑いながら、妙に聞き取りやすい口調で昨日の出来事を話し始めた。

『転校生のくせに女子に人気あってムカツク。そういう理由で一組の不良男子組が、一人で帰宅しようとしていた煌月を呼び出したんよ。ちなみにお馴染みの体育館裏。ちょうどその時俺は先生の手伝いしてて、体育館にいたんだ。それで現場目撃ってわけ。不良は煌月に向かって殴りかかろうとした。俺は急いで先生を呼びにいこうかと思ったんだけど、その必要はなかったんだ』
「どういうこと?」
『煌月の奴。何人もの攻撃を全てかわしやがったんだ』

 あの煌月が、不良の攻撃を? 三年一組の不良と言えば凶暴で一度捕まったら逃げられないと言われている。
 今のところ唯一彼らに勝てたのは柔道部の部長、千沙子だけだ。千沙子は二年生の時に不良を全て巴投げで倒した。流石数々の大会で優勝してきたことだけある。
 だが煌月はどうだろう? あの体格、部活にも所属していない。
『祐樹だってヒョロヒョロのくせに野球部のエースなんだからよ。煌月も表裏が激しいんじゃないか』
 透の親友、祐樹はお世辞でも体つきが良いとは言えないのに野球部のエースを務めている。野球に対する熱い想いが生んだ結晶と言ってもいいだろう。もしかすると煌月も皆の知らないところで筋力トレーニングなどをしているのかもしれない。部活が全てではないのだし。
「でも、煌月君が犯人っていくらなんでも……」
『不良五人。煌月一人。最終的に煌月は走って逃げたけど、あれは争いを避けるために逃げたんだ。あの身のこなし、タダ者じゃねぇ。それに昨日見ただろ。公園の近くで煌月が一人歩いてるの』
 結架の脳裏に、何も持たずに一人歩いている煌月の姿が浮かび上がる。髪に隠れた顔、暗闇に溶けてしまいそうな黒系統の服。たしかに彼があそこにいるなんて不自然だけれど、透の言っていることは全てを無理やり繋ぎ合わせているようにしか思えない。
『女性の叫び声が聞こえたのは午後十時十五分。俺らが煌月を目撃してから少し経った後なんだ。住人が駆けつけた時には、女性以外の人影はなかった。ちなみにその住人が俺の親戚でな。だからこのこと知ってるんだけど。……うまくできすぎてやしないか?』
「ハッタリよ。煌月君がそんな」
『じゃあ俺らの目で確かめてみようぜ。煌月はいったい夜何をしているのかを』

 なんだかんだ言い争っているのでは埒があかない。たしかに自分の目で実際に確かめる、というのが一番手っ取り早いと言えば手っ取り早い。だが、今回の場合はかなりの危険が伴う。下手すれば怪我を負う可能性だってあるのだ。それに事件が起きてからというもの、ここら一帯は一日中警察官がパトロールしている。見つかって補導、なんて言ったら一生の恥だ。
「透、あんたのこと、頭いいと思ってたけどそうじゃなかったのね。がっかりしたわ」
『何を言ってるんだよ。俺は馬鹿じゃない。何故ならば結架は絶対俺と来なければならないからだ』
「誰が行くもんですかっ」
 こんな人とこれ以上話していたら馬鹿が移る。あほらしく思えてきた結架は電話を切ろうとした。だがそんな彼女の手を透の鋭い一撃が止める。

『千沙子と祐樹も来るってよ』

 下ろしかけた携帯電話をもう一度耳に当てる。ごくり、と生唾を飲み込んだ。今、今彼はなんと言った?
 透はもう一度同じ言葉を繰り返した。
『千沙子と祐樹も来るんだ。俺が誘った』
「なっ、あんた何して……」
『きひひ、あとはお前次第だ。よーく考えておくんだなっ』
 ぷつり、と切られる電話。結架はツー、ツーと鳴り続ける電話を強く握り締めた。してやられた! あいつは悪知恵が働くんだ! 幼馴染なのにどうして気づかなかったのだろう。
 お人好し、また心配性の結架は嫌でも彼らについていかなければならなかった。

 彼は煌月が何をしているかとか、きっとそんなことどうでもいいのだ。ただ危険がすぐ傍まで迫ってきているというスリル感を味わいたいだけ。恐らく千沙子も同じ理由だろう。テンションが常に高くこういったことには目がない彼女は喜んでOKを出したはずだ。気弱な祐樹は……脅されたというところだろう。
 全く、どうしてすぐにこんなことをするのだろうか。
 世にも奇妙な肝試しである。

 その後、四人はパソコンの「チャット」を使い、詳しいことを決め合うことにした。チャットとはインターネット上で会話をするシステムで、ブログを開いている祐樹がその場を設けてくれたのだ。
 今彼らは迂闊に外で会うことはできない。親も許してはくれないだろう。危ないから、その一言で切り捨てられてしまう。そのためこの通信手段を使うことにしたのだ。

「ねぇ透。返事するの遅くない?」
 機械知識ゼロに見えるが、千沙子はこう見えてパソコンが得意な方だった。なかなか返事してこない透にコメントする。逆に機械知識ゼロに近い透は文字を打つのが恐ろしいほど遅かったのだ。
「うるせーな。こちとら手に肉刺ができそうだ」
 やっとのこと返した言葉を、すぐにまた千沙子が返す。
「そのくらいで肉刺? 馬鹿じゃないの」
「千沙子さん。時間の無駄なんで透には必要最低限のことだけを書かせてあげてください」
 チャット内で祐樹は上手く話を持ち直した。今頃透は「なんでパソコン会議なんだよ」と愚痴を吐いているに違いない。そんな様子を思い浮べながらディスプレイの前で結架は笑った。

 それから約一時間が経過し、大体のことが決まった。
 明日の午後九時。親に「友達の家に泊まり行くから」という理由で家を抜け出す。この時、親に車などで送ってもらってもいい。全員透の家に集合する。ちなみにその日透の母親は出張でいない。母子家庭だからだ。そして煌月追跡を実行する。無事帰ってきたらそのまま透の家に泊まる。
「この計画で大丈夫かしら?」
 結架がコメントをする。
「大丈夫だと思うよ。……何かあったら透、全てお前の責任だからな」
「俺かよ」

 次の日。学校に引き続き、結架達が通う塾までも休みになってしまった。事件が落ち着くまでの辛抱である。まあそんなに長い休みにはならないはずだが。
 いつも子供連れで賑わう公園も、今では人っこ一人見当たらない。寂しいものである。

 そして運命の夜、結架は父親に車で透の家まで送ってもらうことになった。途中ハンドルを握る父から「何でこんな時に友達の家に泊まるんだ?」と聞かれ、結架は慌てて「受験勉強を皆でするから」と返した。
 本当は行きたくないのだけれど、仕方がない。
 車に揺られながら、結架は窓の外に映る夜の町を無言で見つめる。もしかしたら煌月がいるかもしれないと、そういう想いを抱えて。だが結局、目的地に着くまで煌月の姿を発見することはできなかった。時間は現在六時。やはりまだ時間帯が早いからだろうか。事件はいつも夜遅くに起こっているので、もし煌月が犯人だとしたら夜遅くに外を放浪しているはず。まあ、犯人だなんてありえないけれど。結架は溜息をついた。
 透の家にはすでに結架以外の全員が揃っていた。結架が父親を見送ったあと、家のリビングにて出発の準備を始める。するとある光景が結架を驚かせた。

「何それ」
「襲われた時用の武器」
 透は剣道部で使っている竹刀、祐樹は金属バットを持っていた。千沙子は何も持っていないが、きっと素手で戦うのだろう。彼女は柔道部だ。結架は一人美術部で武器という武器は持っていなかった。
「どうするんだよ結架。武器ないじゃん?」
「別に大丈夫じゃない? あたしも素手だし」
「お前の肌は鉄だけど結架は違うんだよ」
「それってどういう意味よ」
 凸凹コンビの透と千沙子がお馴染みの言い争いを始める。仲がいいのか悪いのか。結架と祐樹はそれを無視し、淡々とバックの中身を確認し始めた。懐中電灯、携帯電話、など。中身は一応大丈夫のようだった。一部スナック菓子が入っていたけれど。スナック菓子を見つめながら結架は透に呟いた。

「ねぇ透。遊び半分でいくんじゃ駄目よ。危ないんだからっ」
「はいはい。煌月の尾行ですよねぇ。わかってますよ」
 けらけらと笑う透。やっぱり皆ピクニック気分だ! もし透が危険な目に遭っても助けてやらない、と結架は心に誓った。その隣で祐樹も同じことを考えているのだろう、深い溜息をつき、「なんでこんなことに」と呟いた。
尾行は九時半からで、時間はまだたっぷりあった。それまで四人はトランプをして時間を潰すことにする。心配でたまらない結架を他所に、透が自分の部屋からトランプを持ってきた。最初は大富豪をしようかと話していたのだが、千沙子が大富豪のやり方を知らなかったので、お馴染みの「ばばぬき」をすることにした。手先が器用な祐樹がカードを素早くきっていく。
「ねぇ透」
「何?」
 祐樹の手の中で踊るトランプを見つめながら、結架は隣に座る透に尋ねた。
「何度も言うけど肝試し気分なんでしょ。透は」
 ぽつり、と小さく呟かれた彼女の言葉に、千沙子と祐樹が顔を上げた。祐樹の手から今まで収まっていたトランプが溢れ、床にひらりひらりと落ちていく。透は無表情で結架を見た。
「貴方だって煌月君が事件の犯人だなんて思ってないんでしょ? やっぱりやめよう。死ぬかもしれないよ」
「……俺は本気だよ結架」
 いつもとは違う真剣な返事に、問い掛けた結架が一番驚いた。手を止めていた祐樹がハッと我に帰り、トランプを手際よく配り始める。千沙子は一人どうしていいかわからず、黙ったまま動き続ける祐樹の手を見つめていた。
「俺だって最初はこんなことするつもりじゃなかった。でもさ、古新聞を纏めてたら、ある記事を見つけたから」

 す、とおもむろに立ち上がると、透は近くにある棚の引き出しから、新聞の切り出しと思われる物を持ってきた。三人の視線が一枚の紙に集まる。それには大きく「息子刺され、鬼の目にも涙」と書かれていた。
「有名な会社の社長の息子がさ。つい最近何者かに刺されて死んだんだ。そこに社長の名前だけ載ってるだろ? 見てみろよ」
 綴られた小さな文字を三人は読んでいく。有名なある会社の息子が何者かに刃物で刺され死亡。亡くなったのは――。

「矢吹功洋の息子」

「な、煌月と同じ苗字だろ」
「でっ、でもただの偶然ってことも」
祐樹も自身の眼鏡をかけ直しながら「そうですよ」と頷く。透は次にテーブルの上に無造作に置かれた雑誌を手に取り、床に広げてみせた。
「母さんが買ってきた女性誌にもその事件について書かれてた。亡くなった息子さんは双子だってな」
 双子。つい最近亡くなった。矢吹。刃物で刺される事件多発。
 結架が目を見開き、後ろにいる透に振り向いた。
「まさ、か」
「もしかすっと、だけどよ」
 部屋を支配する重たい空気。透は自分の目の前にあるトランプの手札をチェックすると、その中からダイヤのジャックを引き抜き、三人に見せ付けた。
「清楚な騎士に見えても」
 ジャックをくるりと手の上で回転させると、いつの間にかジョーカーになっていた。無気味な黒い悪魔の絵が描かれている。

「煌月は邪悪な悪魔かもな。あいつは弟を殺したかもしれない。そしてこの事件が起きてから、連続通り魔事件が起きたんだ。確認するっきゃねーだろ。また誰かが襲われない内に」

 正義感が強い透ならではの意見だった。