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          *Exorcist Road*

 銀の装飾が散りばめられた黒い団服に身を包んだその後姿は、僕なんかよりずっと大きかった。癖のある紅い髪が肩の上で揺れる度に、師匠の隠れた耳が見える。町を横切る人通りの少ない石畳の道を歩きながら、僕は師匠の後ろを無言で歩いていた。金色のゴーレム、ティムキャンピーが僕と師匠の間を何度も行ったり来たりしている。忙しないゴーレムだなぁ、と僕がティムを撫でてやると、その大きな口で見事右手を噛まれた。
「いだだだだだ!!!」
「ちょっかいを出すから噛まれるんだ」
 こんなやり取りをしているからかなんなのか、時たま町の人とすれ違うと、町の人は不思議そうな顔で僕と師匠のことを見てくる。変てこな服を着た赤毛の異人に顔に傷のある白髪の少年。誰だってそんな二人組を見たら無視せずにはいられないだろう。陰で何かひそひそと言われている気がして、僕は顔を思わず顰めた。幻聴が僕の心を突付く。自分でも「まだ自分が弱い証拠」だとわかっているのだけれど。
 嫌な思いを振り切るように、僕は前を歩く師匠に徐に尋ねた。
「師匠。いつになったら宿に着くんですか? お腹空き過ぎて倒れそうです……」
「もうすぐのはずだ。少しくらい我慢していろ馬鹿弟子」
 夜になるといつも僕をほったらかして綺麗な女性のところや飲み屋に出かけていく師匠。彼は「アクマを壊すため、エクソシストとして旅をしているのだ」と言うけれど、最近その言葉が信用できなくなってきた。絶対任務なんかよりも遊ぶ方が優先なんだ、この人は。
 ああ、なんでこんな人に拾われてしまったのだろう。まあ拾われなければ、対アクマ武器の使い方も把握できなかったろうし、伯爵に殺されていたかもしれないのだけれど、もっとまともな人が良かったなぁとつくづく思う。
 弟子に借金返済を押し付ける師など何処にいるというんだ! いるんだよ。僕の目の前に!

「僕の苦労も考えてくださいよね……」
「愚痴を呟く暇があったら、良い金の儲け方を考えろ」
「あ、聞こえてたんですか」
 ボコッ、と一発頭をぶたれる。鈍い痛みが波となってじぃんと伝わってくる。思わず目から涙が滲み出た。
「いったぁっ」
 この人はいつでも手加減なしなんだから。殴られた部分を対アクマ武器である左手で摩りながら、曇り空の下に佇む町を見渡した。今にも雪が降りそうな天気である。
 雪は、好きだ。綺麗だけれどいつの間にか地面に溶けてなくなっていく、そんな存在。僕も雪みたいに消えることができればいいのにな。髪も白いし。時に吹雪となってその強さを周りに見せつけて――。

「きゃあぁぁあぁぁあぁぁぁっ!!」

 突如耳を貫く叫び声。虚ろになっていた目がパッと見開かれる。僕と師匠は一度目を合わせると、そのまま叫び声がした方へと走っていった。やや遅れて師匠の大きなティムキャンピーがついてくる。
 歩いてきた道を引き返し、そのまま小さな路地裏に入る。するとそこには血塗れになって倒れている女性と、その返り血を浴びたと思われる男性がいた。男性を見るや否や、僕の左目の瞳孔が開かれる。

「この人アクマです師匠!」

 男性……アクマは上に被っている人間の皮を破り捨てると、丸いボール型の兵器にコンバートした。いくつもの銃口が僕と師匠に向けられる。こんな静かな町にも……アクマはいたのか!
「雑魚だな。お前が壊れ、アレン」
「ええっ!?」
 次の瞬間には何発もの弾丸が灰色の煙と共に放たれた。左腕を対アクマ武器に変化させ、その攻撃を真正面から受け止める。鋼鉄のボディはかすり傷一つ付いていなかった。
 師匠はやや離れたところから僕とアクマの行動を見ている。ああ、もう! やるしかない!

「君に内蔵された魂が見えます。苦しいんでしょう?」
 アクマにそっと問い掛ける。僕だけが見ることのできる拘束された魂は、引っ切り無しに涙を流し叫んでいた。
 タスケテ、タスケテ、解放シテクレ……。愛と悲しみに満ち溢れたこの醜き姿を早く壊さなければ。
「少し痛いと思いますが、我慢してください!」

 左腕でアクマの体を貫こうとした、その時だった。

『アレン』

「!」
 思わず手が止まる。もう聞くことのないあの声が僕の脳内に木霊し、浸透していく。

「マ、ナ」

 目の前に壊すべきアクマがいるのに、体が石になったように動かない。

 巻き戻される記憶。
 再びこの世に戻ってきた父。
 「人間の目」でしかなかった左目に走る激痛。
 そして対アクマ武器となった己の手によって崩れていく、父。
 最後に「愛しているぞ」と、僕に告げて――。
 マナ。マナ、なの?

「何ボーッとしている! 馬鹿弟子!」

 僕の目にまたあのアクマの姿が映る。僕は、僕は今いったい何を……。閉じ込めていたはずの記憶が溢れ出てきて、マナが僕を呼んでた。
「僕、できません。壊すことなんてできません!」
 また壊すなんて。今まで僕は師匠がアクマを壊すのを手伝ってきたけれど、僕自身がアクマを壊すことなんてできない。恐くて、マナの面影が重なる。
 気がつけば、アクマの銃口が再び僕に向いていた。
「チッ」
 大きな力で僕は後ろに引っ張られる。それと同時に弾丸が発射され、それは何もない地面に落下して砕け散った。額を冷や汗が伝う。師匠が、間一髪で僕の手を思い切り引っ張ってくれた。そのまま近くの樽の影に隠れる。
「この未熟者」
 パン、と思い切り頬を叩かれる。先程の痛みよりもずっと痛くて心にぐさりと突き刺さった。これはいつもの意地悪ではなくて、師匠の本当の怒りからのものだ。熱くて、じんじんする。
「壊さなければ魂は救えない。お前はまだそれを自覚していないようだな」
 救うために、壊す。僕の頬を透明な涙が濡らした。
「もういい。俺がや……」
「待ってください」
 師匠の服の袖を掴む。このままじゃ何も変わらないんだって理解していたつもりだった。でも、でもアクマの魂を見ると心が揺らいでしまって戦えない。わかっていても体が動かない。
「僕がやります」
 乗り越えなきゃ、エクソシストにはなれないんだ。
 元に戻っていた左腕を再び対アクマ武器に変化させ、アクマ目掛けて駆け出す。後ろで師匠が小さく、笑った気がした。あの師匠が。
 もう甘えてなんかいられないんだ。

「おやすみなさい」

 砕け散る、アクマのボディ。僕の腕はアクマを見事に貫いた。
 やっと、僕一人で壊すことができたんだ。解放された魂は僕に向かって先程の師匠のように微笑んでくれた――そんな気がして思わず笑みが毀れた。



「きゃあぁっ。人殺しよ!」
 そんな声が聞こえたのは、僕がアクマを壊してから数分後のことである。倒れていた女性はすでにアクマに殺されており、この死体をどう供養しようかと考えていたところだった。僕達も聞いた叫び声。そしてアクマとの銃撃戦。住民が気づかないはずないのだ。その人は僕と師匠を指差して尚「人殺し」と叫び続ける。
「拙いな、逃げるぞアレン」
「ど、どうして」
「この地域はアクマだのエクソシストだの言ってもわかってはくれない。我々の存在を知らないからだ。このままだと警察に捕まる。逃げるしかあるまい」
 亡くなった女性の前で僕と師匠は十字架を切ると、すぐに町の外目掛けて走り出した。後ろから人々の声が聞こえる。アクマと戦った疲れもあるのだろう、息を荒げ走るスピードの落ちた僕の手を師匠が掴んでくれたお陰で、なんとか逃げ切ることができた。

  *

「結局野宿か」
「仕方ないですよ。あんな騒動起きちゃあ、もうあの町にはいられませんし」

 家一軒も立っていない荒野のど真ん中で、僕と師匠は野宿をする羽目になってしまった。まあこればっかりは仕方がない。僕も初めて一人でアクマを破壊できたのだし、いい進歩だった。集めた小枝の山にマッチの火を灯す。あっという間に大きくなった炎の温かさが冷えた僕の体を包み込む。
「……アレン」
「なんでしょう?」
 きょとんとしている僕を、師匠がじっと見つめてくる。仮面で左目が隠れて右目だけしか見えないけれど、それでも元帥としての迫力を感じる。それ以外にも何か気まずいものを感じ、僕は思わず師匠から顔を背けた。
「人殺しと騒がれ、マナだっけか? ……のことも背負い込む。辛いだろう、アレン」
「……ええ」
 平和のために戦っていても、アクマに内蔵された魂を助けるために戦っていても、悪の濡れ衣を着せられる。
「エクソシストっていうのはこういうもんだ。別の誰かの幸せのために己の幸せを犠牲にしなければならない」
 こういう時だけ、師匠は凄くかっこいいなぁと思う。やっぱりエクソシストとして必要最低限のことはわかっているのだ。
 悪いところだけを抜かして、この人みたいなエクソシストになれたらなぁ。

「あの、師匠」
「なんだ」
「泣いて、いいですか?」

 もう感情を押さえ込むのが辛いから。一気に吐き出してしまいたくて。
「特別に許してやる」 
 師匠は無言で僕を胸に引き寄せてくれた。
 師匠の温もりを服越しに感じる。僕は今まで溜め込んできた感情を「涙」にして一気に吐き出した。師匠の服を握り締め、大声で泣き叫ぶ。


 普通師匠はこんなことしてくれない。鬼の生まれ変わりだし。

 今日はアクマを倒すことができた、ほんのちょっとのご褒美に過ぎない。
 そして僕もまた、今は十二歳の小さな少年に過ぎない。


 こうしているとマナを思い出すような、そんな。

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甘甘にしてみました。ミルクキャンディーより甘いよ~。
師匠は「十二歳のアレン」だからご褒美くれたのであって
今のアレンだったら即「ふざけるな」で終わらせると思います。
師匠にもこんな一面があったら、いい、な!(ぇ)

妄想すみませんでした!(逃走)