ゆれたい・三

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   ゆれたい・三

 私達は帰途に就いた。陽は沈み、西の空の端だけは虹色に染まっていた。
駅は多少距離があったので、私達は曲目について語り合いながら歩いた。
前を歩くかがみとつかさから、一メートル程幅を開け、みゆきさんと私が並んで歩く。
私は適当に話に相槌を打ちながら、物思いに耽った。
歌い終わったばかりの時こそ何も残っていなかったが、こうして夜風に当たって頭を冷やしていくと、私の心は降りそうで降らない黒い雲に覆われた。
 カラオケボックスの中での私を、心の中で散々罵倒した。
かがみが鈍感で無神経だというのではない。私の期待の仕方がそもそも根底から間違っていたのだ。
一体何をしていたんだ。どう考えたって、たかだか歌詞の一片に反応してくれるわけないじゃないか。
仮に反応してもらえたところで喜んでもくれると思ったか。なんて下らない、馬鹿馬鹿しい。
 それとも、ああして片想いの曲を歌って、自分を慰めていた積もりだったのだろうか。
片想いの孤独をみんなに伝えて、周囲からも慰めてもらおうという算段だったのだろうか。そうだとしたら、あまりに情けないことだ。
いつのことだったか、かがみを、寂しさに耐えかねて死んでしまうウサギに喩えたが、ウサギは私自身なのではないだろうか。
人を一方的にウサギと決めつけて下に見ることで、自分は「ちっとも寂しくなんかないよ」と仮想していたのだろうか。
かがみだって私の言動の救いようの無さに相当呆れただろうな。
いやかがみは優しいからそこまでは考えてないでしょ、いやいやそうやってすぐかがみの優しさに頼ろうとするから何かと調子に乗るんだ私は、…。
負の無限ループに入った気がしたので、それ以上考えるのはそこで止めた。
 みゆきさんが途中で別れた。何でみゆきさんが駅まで一緒に行かなかったのかは覚えていない。

 私は、並んで歩くかがみとつかさの後ろを、さっきよりもう少し距離をとって付いていく。
二人が何の話題で盛り上がっているのかは分からなかったが、楽しげに笑い合っていたのだけははっきりと覚えている。
歩き出した時は西だけ虹色であった空も、その時にはすっかり深い青になっていた。冷気が、潮の満ちるように足元から迫ってきた。
 そして私は、みゆきさんと別れた際に一時中断していた罵倒を再開した。
『切ない片想い、あなたは気付かない』の返答が、『ふざけて歌ってるんじゃないわよね~』でございますかねかがみ様、それは酷でございますよ。
独り相撲を繰り広げていた滑稽な私。そうだ私は道化だったんだ。いや、誰一人として見ていなかったんだからピエロですらない。ただの変人だ。
そんなことを考えていたら、今度は、悲しみが腹の底からもの凄い速さで込み上げてきて、喉から溢れ出そうになった。
溢れ出る一歩手前で飲み込んだ。しかし、すぐに戻ってきて、私に吐き出されるギリギリの所で溜まった。
だが、絶対に吐き出さなかった。吐き出せば「かがみの優しさに頼ろうとする」奴になってしまうからだ。
 きっとピエロだって、人を笑わせるだけの自分の姿を哀れんで涙することがあるんじゃないのかな。
でも泣いたら顔の真っ白のメイクが落ちて無残な姿になり果ててしまう。気色悪くて誰も相手にしてくれない。
だから、またピエロに戻ってゆく。他人を笑わせている間は自分が哀れだなんて考えないでいられる。いつまでも自転車操業を続けるだけだ。
またこのような事を考えて、私はかがみの優しさに頼ろうとしてるんだな。悲しみたがり屋なんて図々しい。
 自嘲、後悔、その他諸々。結局最後に残ったのは悲しみだった。他の感情は行きつ戻りつしていたが、この感情だけは真実であると知るに至った。
こうして感情の淘汰が完了したことで、独裁者となった悲しみだけが私を圧倒的な力で支配した。全身の内臓が圧殺されそうになった。真っ先に肺が白旗を振り、心臓も胃も陥落寸前。
もう全ては時間の問題だ、あとほんの少しで涙に溺れてしまう。
ああ、私にはもう耐えきれないよ、ごめんなさいかがみ、私は大好きでだいすきでたまらないあなたの優しさに何度もすがってしまう。
いくら謝っても謝り切れません。本当にごめんなさい。
 声が出そうになった。溜めきれなくなった涙がこぼれかけた。
 思わず両手を口に当てた。



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