ゆれたい・二

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 ゆれたい・二

 歌い出した。マイクを持つ手は小刻みに震えているが、声まで震えてないだろうか。でもそれを警戒したあまり、余計に緊張が声に出てしまうのではないだろうか。
このような不安が次々に駆け抜けていった。しかし、かがみやつかさ、みゆきさんの様子を見るに特に問題なく歌えているようであった。
高速で打ち続ける脈を落ち着けるべく、落ち着け落ち着けと心に言い聞かせ、やっと極度の緊張状態からは脱した。そのまま小康状態を維持しつつ、私は歌い続けた。
 いよいよ、一番の最後が近づいた。ここに私の想いが詰まったフレーズがある。再び脈が加速度的に速くなっていった。
顔も火照ってきた気がしてさすがに危険を感じたので、少し俯きかげんになった。
ちらと見るぶんには、奥に座るつかさとみゆきは私の変化には気付いている様子はなかった。かがみの顔だけは、悟られるのを恐れて見ることは出来なかった。
 このようにして周囲の様子を窺っている間に、あのフレーズが目前に迫った。
もう駄目だ歌うのはやめてしまえ、いや今更何を言うかここまで来たら歌いきってしまう他無い、土壇場になって私の心の中で内戦が勃発した。
しかし、「ここで言わなければさすがに周囲に怪しまれる、それだけは絶対に回避しなければならない」と、普段はまともに動いてくれない理性が突如発動し、私に決意を促した。
ようやく腹をくくった。目を瞑り、外界との接触を断ち、全神経を言葉だけに集中させ、そっと放った。

「切ない片想い、あなたは気付かない」

 たった数秒に、私は永遠を感じた。脈は急速に落ち着いてきた。瞼をゆっくり開くと途端に、断絶していた外界が堰を切ったように私の中に流れ込んできた。
感覚が全て回復した時には既に間奏に入っていた。その隙に、私は恐る恐るかがみの方をちらと見た。すると、かがみが無表情で俯いていた。
私は激しく動揺した。一体どうしたのだろうか。視界が暗くなっていくのを振り払い、再びかがみの様子を窺った。

かがみの膝の上にカタログがあった。
かがみの細長くガラス細工の様にきれいな指が、黙々とページを繰っている。
無表情でもなく、なんだか難しそうな顔でカタログを見つめていた。次に歌う曲を探していたのだ。
いつの間にかかがみを見つめていた私にはまるで気付く様子がなく、向こうは向こうで自分の世界に入っているらしかった。
私の全身の力が一斉に抜けていった。そして心の中で、大きなため息をついた。
やっぱり、あなたは気付かない…。

 しかし、同じフレーズはまだ数回ある。諦めるのは時期尚早だ。重くなっていた心を一新し、私は次なる決戦に備えた。
間奏が終わり二番に突入した。一番を歌っていた時の緊張の半分以下で歌えた。
かがみは選曲を終えて、だまって私の歌を聴いていた。かがみの視線が柔らかに自分に注がれていると思うと急に恥ずかしくなり、途中からまた俯きかげんになってしまった。
 二番の最後。ここにも先程と同じフレーズがある。一度乗り越えてしまったので、だいぶ心も平静を維持できた。
今度こそはと真心を込めて、しっかりと歌った。

 あのフレーズを歌いきった。すぐに間奏に入った。俯いていた顔を上げ、かがみの反応を待った。
すると、私を見るかがみの口が開いた。口を開いて言葉を放つまでの一瞬に、私は期待と不安が怒濤のように押し寄せた。
「それにしても何でそんな曲歌えるのよ。またふざけて歌ってるんじゃないわよね~。」
 唖然とした。…ああ、いやいや今度は大マジだって。訝しげに私を見るかがみに、私は、今度はマジで歌ってるよ、と言ってみせた。
 (あはは、もうこれまでか。)
諦念が心を占め、緊張、期待、不安、どれもどこか彼方へ飛んでいった。
間奏が終わると、私は地声と作った声を交互に繰り出すという妙技を繰り出し、最後まで歌いきった。
灰にすらなれなかった。何も残らなかった。



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