戻れない私達の恋愛関係 (前編)

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よく、かがみがうちにくる。
たまに、私もかがみの家に行く。
いつもみたいにゲームして遊んだり、たわいない話をしたり、宿題を写させて(笑)もらったり。

 ただそこに、新しい行為が、加わった。

「こなたぁ・・・」
甘えるような、縋るような声を、かがみがあげた。
二人とも、一糸まとわぬ姿で、こなたはかがみにのしかかるように、その行為に熱中している。赤面するかがみの潤んだ瞳に、いつもツンツンして見せないかがみその可愛らしい、愛しい表情に、こなたは欲情していた。
「・・・かがみ・・・可愛い・・・」
こなたはただひたすらに、かがみにその欲望をぶつける。そしてその時にこなたは、自分が世界で一番かがみを愛していると確信するのだった。



 ・・・・・・・・・・・・・



「・・・こんな事してて、いいのかな・・・?」
と全てが過ぎ去ったベッドの上で、かがみが一糸まとわぬ姿のまま呟き、それは、こなたにとっても辛く、鋭く突き刺さる疑問で・・・。
「かがみが辛いなら・・・」
「そうじゃないの」
遮るように速く、かがみは言う。かがみはこなたが、嫌ならやめよう、といつでも言い出そうとするのを、恨めしく思っていた。それがこなたの本当に望む事ではないのを、分かっているが故に。
「ただ・・・不安で・・・」
 いけないことを、している気がする。
 そういう茫漠とした不安はこなたにもあった。
 こんな関係を、いつまで続けられるのだろう。
 永遠にこうしていられる、という気が、しなかった。親には明かせない。結婚も出産も出来ず、そういう『普通』のコースから外れている・・・そんな不安、それがどうしても消えない。
 かがみはただ、こなたに大丈夫と言って欲しかっただけだったが、真剣に受け止めたこなたは沈黙してしまった。
「・・・ずっと・・・このままでなきゃいけない、ってことはないから・・・」
 こなたは、いつか、かがみとのこの関係は終わる、と思った。
 かがみはもともと、普通に男の子に興味がある、普通の女の子で、何かの間違いでこうなっているんではないか、という疑問があって・・・。
 そもそも、こなた自身さえ、決して、女の子じゃないと駄目、というような自覚を持ったことはなかった。
「こなたは・・・いやなの?」
「違うけど・・・・ずっと、ずっとこのままって、分からないよ・・・」
 こんな会話を繰返しても、明日になればまた、気づけば行為にふけっている。出口のない回廊をさまようように、不安と恍惚と、罪悪感と悦楽の間を行ったりきたりしている。そしてその心理は、ハッキリと不健康だと、こなたは思った。


 ・・・・・・・・・・


「お姉ちゃん、こなちゃん、おはよう」
と教室でつかさが微笑みかけてきた。
こなたはかがみに鉄壁のミニスカートの良さを主にアニメのソウルなんとかのマカなんとかを例に話していたのを中断し、つかさの方を向いた。
「おはよう、あかり」
「誰!?」
「誰って神岸あかりじゃん、これおたくの常識だよ!」
 かがみも一度は思ったけど言わなかったことを平然と言うこなたです。そこに痺れないし憧れない。
「わたしわかんないよ~、こなちゃん」
「つかさには早かったか・・・その後のリーフの凋落を思うと涙が止まらないよ。ネットに内部掲示板の文書は流れ出すし」
「おい、お前の話には今誰もついていってないぞ」
 なんでオタクは周囲を気にせず自分しか分からない話をガンガンするのだろう、と呆れ気味のかがみです。
「でもおねえちゃん早いね」
 同じ家に住んでるのに、かがみの方が速く学校に来ている。
「いや、つかさが遅いだけだから。お母さん起こしに行ってたのに」
「えへへ、ついつい、漫画の続きが気になっちゃって夜更かししちゃって・・・そういうのってあるよね。ほんとカムイと農民の一揆がどうなるのか興味深々だよー」
「カムイ伝!?よりによって?!」
つかさはきっとジョージ秋山のアシュラとかも読んでる(脳内設定)。
「お姉ちゃんも結構夜更かししてる時あるよね。あ、こなちゃんの家に行った日とか」
「ん、そうかな」
 こなたの家に行った日は、帰りが遅くなることがよくあった。それはつまり、そういう行為が原因で、家に帰ってからの家族の優しさが胸に痛く、ついかがみは夜更かしという名の現実逃避を始めるのだった。うまく眠れず、細々としたことを始めて深夜になることがしょっちゅう、あった。
「最近よく、こなちゃんうちにくるよね。お姉ちゃんもよくこなちゃんのうちに行くし」
「そうかな」
「そうだよー」
無邪気に笑う妹の優しさが、しかしかがみにはもっとも辛かった。
「しかも一人で行っちゃうんだもん。私も連れてってよー」
字面だけ見ると不満気な台詞だが本気ではなく、ほわほわと笑うつかさに悪意はない。その悪意の無さが、辛くて、かがみは思う。

 つかさには、言えない。

実の姉が、自分の親友と・・・そういう関係だと知ったら、つかさはどう思うだろう。きっとつかさは優しいから平気な顔をするだろうけど、一言の非難も発さず言葉を飲み込み笑顔を向けて、その内心で姉やこなたを、別世界に行った人だと・・・何か特殊な、あるいは最終的には、ただ気持ち悪いという一語に収斂する嫌悪感を覚えるのかも知れない。
 それは被害妄想だろうか?
 でもかがみは、つかさにそういう風に思われるのが、もっとも恐ろしく、耐えられない事だった。
「何のお話ですか?」
 とみゆきさんがにこにこ笑いながら二人の所に来て言う。みゆきさんにも当然、言えない。
「ゆきちゃん。最近お姉ちゃん、こなちゃんとばっかり遊ぶんだよ~」
「あらあら」
 みゆきはうふふ、と笑みを浮かべながら、そういえば二人は、最近凄く仲が良くなった気がするなあ、とは思った。しかしそれ以上鋭く突っ込むのはやぶ蛇な気がしたし、あと割りとこの四人組だと、つかさ以上にみゆきさんってハブられてますよね読者の皆さん、とも思った。
「そ、そんな事ないわよ」
「ふふふ、かがみんも大分私へのフラグが立ってきたのだよ」
 こなたの言葉に、一瞬かがみはぎょっとする。平静に見るといつもの冗談なのだが、ほんとにガッチリとかがみルートに入っている今は冗談にならない、ただ確かに、変にごまかすよりはそういう冗談を言った方が自然で、かがみは平然とそういう事を言えるこなたを頼もしくさえ思った。
「フラグ~?」
「いや、つかさはそういう事覚えんでいい」
 妹まで毒されてたまるか。
「確かにつかさはあんまり向いてないな~。かがみんはだーいぶオタクに染まったけど」
「染まってねえ!」
「いやいや~、この四人だとかがみんが一番素質があるよ~、最終的には腐女子とかになれそうな素質を感じる!うむ、私がおぬしの素質を開花させてやろう」
 カンフーものの謎の仙人みたいな台詞を言うこなたです。
「いらんわ!」
「私はどうですか~?」
「え、みゆきさんは、オタクなものを読んでも普通に『知識』として蓄えそうなタイプかなあ、オタク的行動や発想に染まらなそう」
「そうですか・・・」
 なぜかちょっと残念そうなみゆきさんなのでした。
「じゃあじゃあ、こなちゃん、私は~?」
 期待のこもった目で、子犬だったら尻尾をぱたぱた振ってそうな表情で、つかさが尋ねる。
「つかさは・・・知性が足りない?」
「酷い!?」
 それって馬鹿ってことだよね!?こなちゃんの癖に~!と思わずにはいられないつかさなのでした。
「知性が足りないって、酷いよ!おねえちゃ~ん」
 泣きつくつかさに、よしよし、としながらかがみはこなたを睨んだ。
「お前さすがにそれはないだろ。たとえ事実だとしても」
「更に酷い!?」
「大体、オタクに知性とかいるのか?」
「いや違うんだよ、べつにつかさが馬鹿ってことじゃなくて、つかさはなんとなく、オタクが身に着ける知識欲とか、妄想力とか、そういうのが無さそうだなあ、って・・・」
「私馬鹿じゃないもん!」
 こうなったらオタクになってやる、と思うつかさなのでした。が次の授業が終わる頃にはその決意を忘れているのも事実なのでした。
 いつもの四人の、いつもの楽しい風景。
 でもその底には、確かに不安があった。
 この風景をすぐさまにでもバラバラに破壊する秘密。
 こなたとかがみの関係。
 それが明らかになっても、この四人の関係は全く崩れない、とはかがみにはどうしても思えないのだった。
 秘密にしなきゃ、秘密に・・・・


  ・・・・・・・・・・・


「今日、こなたのうちに寄っていい?」
「いいよー、今日お父さんとゆーちゃん出かけるらしいし」
 下校時に何気なく交わす台詞の裏には、秘密めいた意味が、確かにあった。かがみはただそれを聞いただけで、こなたの家で今日自分が行うであろう事を連想して少し赤くなってしまう程度には、秘密の意味がある。
「あ、お姉ちゃんいいなあ、じゃあ私も」
「あんたは今日、別の約束があったでしょ」
「あ、ほんとだ。お姉ちゃん、よく覚えてるね」
「つかさが忘れすぎなのよ」
 かがみはこなたと関係を持ってから、妹や両親、姉達のスケジュールを前よりもハッキリ覚えるようになってしまっていた。この秘密めいた関係を続けるために。
 みゆきさんは、ここで、じゃあ私がお邪魔してよろしいですか、などとは言わない。原作でもあんまり他人の家に遊びに行っているイメージがない。どこまでハブられるんだみゆきさん・・・。きっと遠慮してるんだ!
 罪悪感や自己嫌悪にとらわれながらも、どこかうきうきしながらこなたの家に行こうとしている自分を、かがみは感じずにいられない。
「こなた・・・」
「うん、じゃあ、行こう」


  ・・・・・・・・・・・・・・・・


行為の最中、こなたは時々とても真剣な表情で行為に没頭する。
この行為に自分の存在を賭けているみたいに。
「こなた・・・こなたぁ・・・!」
かがみからは、女の子の匂いがする。
父親と二人暮らしだった自分には、その匂いが珍しくて、愛しくて、かがみを求めるのを止める事が出来ない。
本当は・・・かがみを罪悪感から救うためには、こんな関係、続けない方がいいのに。
「かがみ・・・」
「・・・だめ、こなた、わたし・・・もう・・・」
「かがみ・・・!」
遂に上り詰めそうだ、というその時に、不意に部屋をノックする音が響いた。がちゃがちゃ、とドアを開けようとする音、それが二人を青ざめさせた。聞こえてきたのは父、そうじろうの声だ。
「こなた?ちょっと予定より早く帰ってきたんだけど、どうした?」
かがみとこなたは大急ぎで服を着ながら答える。
「あ、ごめん、ちょっと待って!」
 完全に服を着るまでの長い時間、こなたはそうじろうをドアの前で待たせ、その明らかに不自然な待機時間の後、こなたは部屋の鍵を開けた。
「一体、なにしてたんだ?」
「べ、べつに」
「ふうん」
 そうじろうはそれ以上は特に追求せず、お土産と言って、咲夜の胸PAD饅頭、というどこで売ってるのか不明なアイテムを部屋において出て行った。
 当然、もう、二人は続きをする気にはなれなかった。


 ・・・・・・・・・・・・・・


 ゆたかのもとへと戻ろうとするそうじろうが、不意に真剣な表情になり、呟いた。
「なるほど・・・」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・



私達の愛とは何なのだろうか?

人はなぜ人を愛するのだろうなどと問うのは青臭すぎる事だろうが、こなたは自分とかがみの間にあるこの感情が、何故、何のためにあって、どこへ行くのか知りたかった。
この感情のためにかがみは罪悪感に苦しみ、自分もまた抱えなければならない秘密の重さに震え、夜ごと、父や無くなった母、そしてゆたかやつかさやみゆきさんや、自分に関わるあらゆる人に対して後ろめたい気持ちを抱えて眠れず、そこまでして一体、何が得られたというのか。
人が人を愛するのが獣の如く生殖と出産のためならば、自分とかがみの間にそれはない。

なら、何のために・・・?

こんなにも苦しまなければならないのなら、昔のように友達のままの方が良かったのか、しかしいずれ、私達はこうなっていたのかも知れない。どうしようもなく、こなたがかがみを愛し、かがみがこなたを愛しているが故に。

 私達は一体何のために・・・

 ただ性的充足のためではないと、こなたは確信している、下世話な言い方をすれば、こなたはただやりたいがために、かがみを愛した訳ではなかった。まったく性的・肉体的接触がないとしても、やはりこなたはかがみを愛していたのだ。

 しかしそれは、かがみに幸せになってほしくて、こうなったのに。それなのにいま、私達はこの愛情ゆえに、どうしようもなく苦しんでいる。自分達の関係に陶酔している、などと言う人は、一度日陰の愛情、決して明かせぬ後ろ暗い本物の苦しみというものに出会ってみればよいのだ、とこなたは意地悪く思った。
 後ろ暗さをスパイスにした大人たちの爛れた不倫、火遊び、自分とかがみとの関係はそういうものではない。他に選択肢など存在せず、ただまっしぐらにこうなってしまって、決して抜け出す事が出来ないのだ。

 相手を幸せに出来ない愛に、意味があるのだろうか?

「こなた、ちょっと、こなた」
「あ、かがみん」
「どうしたのよ、暗い顔して」
「別に・・・美希が961プロに移籍しちゃった上に、三本も出されたら、どれを買うべきなのか迷っちゃうから」
「ほんと、どうでもいい悩みだな」
恐らく・・・愛というものは単独の感情を指すものではなく、よって脳の状態などの過剰に論理ぶったものでは説明の出来ない、他人との関係性、人間と人間の間に生まれるものだとするならば・・・自分とかがみを、何よりも強く結びつけるために、それはあるのだ。だからこそ、後ろめたくても、世界の全てが敵になっても、それはより強く、私達を結び付けざるを得ない。しかし・・・・
「いっそ、三本買おうかな」
「ほんとそういうのにだけは容赦なくお金を使うよな」
「いやー、世間にあふれるPの皆様は、結構三本買うんじゃないかなー」
「Pってなんだよ」
「プロデューサー」
「話についていけん!」
かがみのいつもの突っ込みを聞いて、こなたは珍しくにこりと笑った。まだ、まだまだ大丈夫だ、私達は。そんな無根拠な安心感が、かがみと話してると出てくる、勇気がわいてくるんだ、きっと。
「あ、こなた、今日、うちに寄ってく?つかさもいるけど?」
わざわざつかさがいるいないを告げるのは、今日はそういうことはしない、という意味を含んでいた。
「行く行く、ついでに宿題写させて」
「いやそれは自分でしろよ」
 こういう関係になっても、そこは厳しいかがみなのでした。曰く、あんたのために言ってやってんのよ、とのこと。
 しかしなんだかんだで最後には、写させてくれるのもまた、今まで通りと言えよう。それがかがみの優しさなのだ。
 だからこの時にはまだ、まだまだ、たとえ不安定でもこんな日常が続くのだと思っていた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・


かがみの部屋も、女の子の匂いがする。
持ち主の性格なのか、綺麗に整頓され、事務的な気さえする部屋だが、よく見るとUFOキャッチャーの景品などがこっそり置かれ、部屋の主の可愛いもの好きの性格は隠せないようだ。
「かがみんも女の子だよねえ」
「どういう意味だそれは」
いそいそとこなたはノートを広げ、ペンを取り出して座った。
「はい、かがみん宿題みせて」
「自分でやる気0!?」
 まあ、前からやる気0なのはわかっていたけれど。
「大体、学校の勉強とかやる意味わかんないよ。きっと将来の役に立たないよ」
「はいはい、言い訳言い訳」
「連立方程式とか、卒業したら絶対解くことないよ」
「そうは言うけどねこなた、連立方程式みたいな複雑な式が、見方を変えて、ちょっと手順を踏まえればびっくりするくらいシンプルな式に変わるって言う、その手順と思考方自体を知っておくのが重要なんじゃないの。数学的思考、みたいなものをさ」
 それは学校でしか学べないものだ。学校以外のどこが、数学のような複雑でありながら非日常的な思考法を教えてくれるのか。ここでしか学べないこと、というのには、それだけで価値がある。その意味では、国語のテストの方がよほど意味がないようにも思う。ちょっと読書好きなら、いっそ授業を全く聞かなくても点数が取れてしまうような授業だから・・・。
「みゆきさんみたいな事言わないでよかがみ~」
「とにかく、あんたは勉強しなさすぎだ。ちょっとはちゃんとやれ」
 こなたをなだめすかして宿題をやらせようとするかがみと、それをなんとか回避しようとするこなたの日常的時間が流れた。
「あ、お姉ちゃん、こなちゃん来てたんだ」
 と、つかさが入ってくる頃には、こなたは宿題を終えていた・・・主にかがみの宿題を写して。
 結局は甘いかがみなのでした。
「やふ~」
「あ、宿題やってるんだ~」
「今終わったとこ、いや~、苦労したよ」
「いかにも自分でやったみたいに言うな!写しただけだろうが」
「かがみんに写させて貰うのに苦労したんだよ」
「お前な」
「あはは」
 つかさはいつもと変わらぬ二人のやりとりに笑顔を見せた。
「あ、お姉ちゃん、私、ちょっと出てくるから、留守番お願いしていい?」
「ん?分かった、気をつけるのよ」
「うん!」
 そう言ってつかさが出て行き、こなたと二人きりになり、かがみは今、この家には自分達二人しかいない事に気づく。

 何がきっかけだったのか。

 宿題も終わったし遊ぼうよ、とゲームをしだしたからだったろうか。ほんの少し手が触れ、うなじが覗き、目が合い・・・・

 気づけば、くちづけしていた。

 そして先日、途中で終わってしまった官能がぶり返すように、気づけばこなたはかがみの服に自分の手を差し込んでいたのだった。

「ちょっと・・・こなた・・・だめ・・・」

 むしろそうして嫌がる様子さえ、誘いのように思えるほど扇情的で、こなたは欲望を止めることなく、かがみのふとももの付け根に指を沈めていった。
「かがみん、可愛いよ」
「だめ・・・こなた・・・」
 拒絶されればされるほど激しく、こなたはかがみを責めた、そして責めれば責めるほど、あっという間にかがみが官能に溺れていくのがはっきりと分かる。もう後戻りすることなど出来なかった。
 かがみが耐え切れない官能の声をあげ、濡れた欲望の源を執拗にこなたが攻めると、すがるような、甘えるような声音と視線でかがみはこなたを見て、こなたはかがみを激しく求めずにはいられなかった。

 そして遂にかがみが上り詰め、その決定的な快楽におぼれた時に、悲劇は起きたのだ。

 誰もいない筈だった家で、かがみの部屋のドアを開けたのは、柊ただおだった。

 そしてかがみは実の父の前で、身も世もない泣き声をあげたのだった・・・・二人の決定的な関係の証として。





 ・・・・・・・・・・・・・・・・



 灰色の街を歩く人々のざわめきが潮騒のように二人を包んでいる。アスファルトの灰色、ビルの灰色、空の灰色、看板やネオンだけが色彩を自己主張し、なぜか歩く人々まで、こなたには灰色に見えた。

 私達はまるで、見知らぬ森に迷い込んだヘンゼルとグレーテルみたいだ、と、こなたは思う。

 まだ泣いているかがみの袖を引くようにして、都会の灰色の迷いの森の中を、無数の足早に歩く人々の横をすり抜けて歩いていく。こんなにも大勢の人がいるのに、私とかがみは限りなく孤独で、頼るものもなく、まるで捨てられた赤子みたいだった。

 あの時・・・かがみと私の行為がバレた時・・・かがみのお父さん、柊ただおは、今まで見せたことのない怒りの・・・憤怒の表情をみせたのだった。何か特別怒鳴った訳でも、言葉をかわした訳でもないあの瞬間に、しかし決定的な決別はもう終わっていた。かがみはその、見たことのない表情の全ての意味を読み取り、罪人として全てを裏切った自分というものを、自分の中に見つけ出してしまっていた。だからこそ、泣き出し、動揺し、絶望せざるをえなかったのだ・・・・

 そして私は・・・

 殆ど発作的に、かがみの手を引いてあの場から逃げ出した。背後から、柊ただおの「待ちなさい!」という声が聞こえて、かがみの足が止まりそうになったけど、私はそれを無理やりに引きずった。私には分かっていたからだ。かがみと私の関係を、大人たちがどんな風に無茶苦茶に愚弄し、汚し尽くすのかを。未成年の恋愛感情など、大人たちにとってはゴミであり、それをどれだけ愚弄し、どれだけ否定しても、彼らは何ら良心の呵責を感じないだろう。ガキの恋愛ごっこを否定して何が悪い、と彼らは居直るだけだ。しかしそれは一つの、今そこにある人格、存在そのものに対しての愚弄に他ならず、お前自身が、その全存在そのものが気の迷いであると言うのと、何ら変わりがないのだ。その恋愛に、己の全存在を賭けている場合は特に。

 だから私は・・・逃げるしかなかった。本当はその大人たちの愚弄の果てに、無理やりに、このかがみとの恋愛、一生に二度とないほどの確信を持った愛に対して、「気の迷いでした」と、江戸時代のキリスト教者が拷問の末に改宗させられるようにして言わされて、平凡に引き裂かれた二人の少女に戻った方が幸せではあっただろう。そして私達は、二度と真剣な愛を持たないようになる。

 でも私には、それはどうしても出来なかった。気の迷いだといわれても、罵られ侮蔑されても。私はただその気の迷いに殉じよう、と思った。一体この世界に、絶対に気の迷いではないもの、なんて本当にあるのだろうか?

 私は泣いているかがみの手を引いて、二人の姉妹のように街をさまよう。かがみはまだ、ショックから立ち直っていない・・・。



 ・・・・・・・・・・・・


 私は、裏切り者だ、とかがみは思った。
 何を裏切り、何が裏切らせたのか。
 かがみにもハッキリとは分からない。
 だが柊ただおの憤怒の表情を見た瞬間、かがみはすぐにでも大地へ身を投げ出し、その額を冷たい地面にこすりつけ、道行く全ての人に許しを請いたいと思ったのだ。
 自分は許されない。
 それは自分を育て、愛してくれた両親の期待、信頼、それらを、こなたとの愛によって裏切ったのではないか、という想いの直感的認識だった。現に、柊ただおは確かに、こなたとの関係を目の当たりにして怒ったのだから・・・
 そしてそこから連鎖的に、つかさ、みゆき、あらゆる人々が自分を責める幻想が被害妄想としてかがみの脳裏をよぎり、自分の姉が気持ち悪いレズだったなんて、とつかさが言う幻覚さえ、浮かんだ。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
 何に謝罪するかも分からない、空虚な謝罪の言葉を、気づけばかがみは口にし続けている。まるで取り付かれた亡者のように。
 あれからずっとかがみは泣き続けており、それは許されない罪人としての自分が、両親との思い出、妹との思い出、その全てを汚してしまったという根拠のない直感的な衝撃に取り付かれていたからだった。父の怒りの表情・・・あんなに怒った顔、見たことない・・・それを思い出すだけで、どうしても涙は止まらなかった。

 もう、家には帰れない。

 絶対に、絶対に帰りたくなかった。帰ったら、きっと死んでしまう、とさえ、かがみは思う。
 自分はもう、この世界のどこにも居場所がない。
 この関係がバレた時、私はもう破滅したのだ。
 社会の全ては私達を非難し、家族も親戚も友達も、私達を軽蔑する・・・
 それなのに、何故生きているのだろう。
「かがみん、かがみん」
 かがみは自分の涙をぬぐう小さな姿に、ハッと意識を現実に戻した。
「いつまでもグスグスないてるかがみんも可愛いけどさ、やっぱり笑顔はもっと可愛いと思うんだよね」
「こなた・・・」
「子供みたいに私に手を引かれちゃってさ。可愛いんだから」
 もう自分の居場所は、こなたしかないんだ、とかがみは大きな絶望と、ほんのわずかな希望と共に思った。
「そんな事言ったって・・・」
 どうしていいか分からなかったんだもの。こなたが優しく、かがみの涙をぬぐい続けるので、かがみはそのまま甘えたいような気持ちになった。それなのに、こなたは不意にかがみと繋いでいた手を離し、言った。
「私さ、行きたいところがあるんだ。電車乗るけど、いい?」
「いいよ」
 どうせもう、かがみには行きたい場所など、こなたがいる場所以外のどんな場所もなかった。
 答えを聞いてこなたは笑顔を浮かべ、再び、かがみと手を繋ぐ。
「行こう」
 二人の少女は、近くの駅で切符を買うと電車に乗り込む。まるで旅に出るみたい、とかがみは思い、こなたと二人だけの旅、という夢想をしばし弄んだ。自分達は未開の地を旅する二人の姉妹で、いろんな町を放浪し、いろんなものを眺め、少しづつ大人になる・・・
 そのような夢想の力なのか、かがみは少し元気になり、ホームに電車が入ってくる頃には、涙も止まっていた。
「心配かけてごめんね」
「大丈夫、泣き顔のかがみ、可愛かったよ」
「あんたはいつもそれだな!」
 何とか、突っ込みが出来るくらいには回復した。だからきっと、大丈夫。
 そこへ電車が来て静かに止まった、ドアが開き、二人は乗り込む。
 下りの電車はすいていて、かがみとこなたは並んで座った。車窓からは夕日が差し込み、車内が茜色に染まる。こなたの長い髪に日が当たり、静かにゆれていた。
 ふと、かがみは疑問に思って言う。
「そういえば、どこへ行くの?」
 こなたは、穏やかに微笑した。


 ・・・・・・・・・・・


 かがみが罪悪感に苦しんでいるのは、分かっていた。
 あの柊ただおの態度は、かがみの罪悪感にとどめを刺しただろう。
 もう、私達は戻ることが出来ない。
 かがみが私に尋ねる。
「どこへ行くの?」
 行く場所など、なかった。
 行く当てなど、なかった。
 ただもう私達に戻る場所はなく、ここではないどこかへ行かなければならなかっただけだ。
「ん~、ちょっとね」
 微笑を浮かべ、思い出す。
 かつて母が存命だったとき、父と母はボートに乗りに遠くの湖に行った事があったそうだ。こなたはただ、追い詰められた人間が過去を回想するように、殆ど直感的に、湖に行こうと思ったのだった。ある予感を抱えながら。
 湖に行って・・・それから・・・それから、どうするんだろう?
「なんだか、眠くなってきちゃった」
 泣きつかれたのか、かがみがそう言ってうとうとし始めた。車窓から入る夕日がまぶしく、こなたも目を閉じる。並んで目を閉じる二人の少女、そしてかがみは、完全に眠ってしまったのか、こなたの方に倒れ、こなたはかがみの重みを肩に感じながら、自分達はもう、未来の事を考える事も出来ない、と思った。
 未来には、不安しかないから。
 私達は、一体どうなるんだろう、そう思いながら、気づけばこなたも眠っていた。


 ・・・・・・・・・・・・・


目が覚めればそこは見知らぬ駅で、終電を逃してしまった二人はそこで宿を取るしかなかった。闇に包まれた駅の周辺は静かで、街灯の白い光が寒々しく夜を照らしている。
「しょうがない、湖には、明日行こっか」
「こなた、湖に行きたかったの?」
「うん・・・昔ね、お父さんとお母さんがボートに乗りに遠くの湖へ行ったんだって、そこは凄く静かで広い湖でね。うっすら霧なんかに包まれていて・・・周り全部を水に囲まれて、そうやってボートの上で二人でいると、お父さんとお母さんは、この世界で二人きりなんだって、そんな風に思えてきたんだって」
 かつて父が話したそんな風景を、何故突然思い出したのか、しかしいま、そんな風にかがみと二人で、広い湖の中で霧に包まれながら、ボートの上の無音の世界で二人だけになること、それが必要に思えたのだ。
「へ~、なんかロマンチックね」
「お、かがみんの乙女な琴線に触れちゃったかな?」
「うっさいわ!それより、今日はどこに泊まろうか」
 かがみは努めて、未来の事を考えないようにした。今日、こなたと二人で泊まらなければならない、その理由、事情さえ考えず、ただこなたと二人で外泊する、わくわくするような楽しさの事だけを考えた。そうしなければきっとまた、泣いてしまうから。
「あれでいいんじゃない、あのホテル」
 駅の近くによくある、ビジネスホテル風の建物をこなたは指差した。
「え、でもあんまり、お金ないんじゃないの?」
「いや~、ゲーム買うためのお金、今結構持ってるからね」
 一晩くらいは何とかなるんじゃない、という言葉をこなたは呑みこんだ。じゃあ、明日は?という連想を封じ込めるためだった。否応なく、自分達に明日はないと思えてしまうから。
 ホテルのフロントで、二人で一部屋に泊めてくれるよう交渉する一幕があったが、終電もなく、部屋も空いている状態で、まるで子供のように見える背丈の小さいこなたは黙り、低姿勢で頼み込むかがみに折れて、フロントの人はその一部屋を貸してくれた。
 二人で、その部屋に入る。
 そこは狭く簡素な、ベッドだけが部屋の殆どを占める部屋だった。かがみは「先にシャワーを浴びるね」と言ってバスとトイレが一緒になった浴室に消え、こなたはベッドに腰かける。
 考えるべきことは無数にある気もしたし、何もないような気もした。
 ただ、今はもう、何も考えず・・・
 かがみがシャワーを浴び終わり、交代でこなたがシャワーを浴び、コンビにで買った下着だけを着替えて戻ると、かがみは備え付けの聖書を開いていた。
「面白い?」
「ん~ん、意味わかんない」
 それにキリスト教は、女の子同士の恋愛を禁止していたから・・・私達には救いを求めるべき神も、いない、とかがみは思う。父、柊ただおは神職だが、日本の神道は決して誰かを救うような宗教ではなかった。ただ、ケガレを払うだけだ。そして柊ただおが憤怒を見せた今、私達こそがそのケガレだった。
 こなたはかがみの横のベッドに腰かけ、かがみの手を握る。
「かがみ・・・」
「こなた・・・」
 二人はもう、お互いを求め合うことに、救いを見出すしかなかったのだ。



 ・・・・・・・・・・・・・


行為が終わり、荒い息が収まった頃に、ベッドの中で二人の裸の肌を重ねあいながら、かがみはふと、行為の最中に浮かんだ、かつて読んだ小説のイメージを思い出した。
「昔、読んだ小説なんだけど・・・」
 何故、それを今、思い出したのだろう。
「うん?」
「今ね、急に思い出したの」
断片的なイメージを、かがみは思い出しながら話していく。
「主人公は女優をしてるKとかいう女の人の恋人でね。でもある日、kはバイク乗りの男の人と関係を持っちゃうの」
そう、確かそんな話だった。
「でも主人公はKがその・・・性に奔放だって知ってたから、その事自体は気にしないの。だから二人の関係を黙認する・・・でもいよいよ、東京で映画を撮らなきゃいけないって事になって、街を出なきゃいけないんだけど、バイクの人を捨てて街を出るのが難しいってなっちゃうの」
 こなたはそれが大江健三郎の、上機嫌、という短編だと分かったが黙っていた。
「Kはね、バイクの人が自分との色恋沙汰を、『ものすごく深刻にとらえている』って言うの、そしたら主人公は、じゃあ『この世界に深刻なことなど何もない』って分からせるために、バイクの人の前で、二人で裸でいるところを見せ付けようって話になって、実際にそうするの。その現場を見たバイクの人は、衝撃を受けて出て行ってしまう・・・」
 こなたは、その短編がどのような物語か思い出そうとし、その間にもかがみは話の続きを語る。
「主人公はバイクの人が銃を持っているのを知っていたから、撃ち殺されたらどうしよう、って心配していたんだけど、結局は、何もせずに逃げていったバイクの人を見て安心するの。それで、じゃあ安心して東京行きだね、って主人公は言うんだけど、Kはそれに反対するみたいに、ふと言うのよ。『この世界に何一つ深刻なことがないなら、自分は本当の意味では誰にも愛されることがなく、そう思うと、とてつもなく孤独な気持ちになる』って」
 こなたはふいに、その物語の結末を思い出した。
 かがみは言った。
「そして翌日には、バイクの人とKは心中していたの」
 って、そんな話、とかがみは物語をしめくくる。
 かがみの記憶は概ね正確だったが、その話にはまだ続きがあり、こなたの記憶では、まだ主人公の最後のモノローグが残っている筈だった。
 主人公は、夢でバイクに乗って駆けていくKとバイク男を見て、以下のように絶叫して物語は終わるのだ。

──この世にはなにひとつ重大なことはなくどんな心配事もなく心わずらわせることもないのだ。それを知りながらじっと忍耐して生きてゆく者の身にもなってくれ、地獄へ疾走していくおまえたちには結局耐えることのできないこの辛い思いをじっと耐えながら上機嫌で生きてゆく者の身にもなってくれ!

 こうしてわたしはこの現実世界にひとりぽっちでのこされた。



「さすがかがみん、読書家だねえ」
「いや、お前が読まなさ過ぎるんだろ」
こなたはかがみよりも正確にその話を知っていたが、あえて何も言わなかった。普段読書をしないこなたがその話を知っていたのは、父、そうじろうから聞いたからだった筈だ。
 確か大江健三郎がノーベル賞を取り、意味が分からないというこなたに、父が説明したのではなかったか。
 大江さんは現代人が生きる意味として、性的人間となることについて書いたんじゃないかな、あるいは、性的人間となることの無意味さについて、それを眺めるしかない人間として・・・・
「かがみ」
「何?」
「愛してるよ」
「い、いきなり何よ、は、恥ずかしいじゃない・・・」
 私はかがみとの恋愛を『ものすごく深刻にとらえる』。私はかがみとの恋愛をありふれたものに落として『じっと忍耐して生きていく』ことなんて出来ない。それがどんなに幼稚に思われ、馬鹿にされても、これだけが私の人生における真実であり、生きる意味なんだと・・・かがみとの恋愛だけが、私の生きる意味なんだと、信じる。
「そっか」
 分かった。
「何よ?」
 こなたは悲しくなるくらい確信して言った。


「私は、かがみに会うために生まれてきたんだね」


 馬鹿げた妄信だと人は笑うだろう、そうやって大人になり、人々はこの世界に何一つ深刻な事はないと言って、深刻になっている人々をあざ笑うだろう。でも、もうこれしか私には信じるものはない・・・
「こなた・・・」
「かがみん、私のこと、愛してる?」
「あ、当たり前じゃない・・・私だって、こなたのこと・・・好き」
 二人は静かにくちづけし、かつて一人の人間だった頃に戻るためかのように、お互いを求め合った。それだけが2人に出来る全てのことだったから・・・やがて泥のような眠りがこなたに訪れ、夢の中でこなたは、そうじろうやゆたかやゆい姉さんや、自分を愛し育ててくれた全ての恩義あるものたちが自分達に対して敵対し、侮蔑と悪意を向けてくるのを見た。だがその夢の中のこなたは悲しいくらい勇敢で、遂にその罪悪感さえ踏み越え、全ての恩義を仇で返し、かがみを守るために戦い抜いたのだった。もはや誰からも許されない人間になるために・・・。
 その夢のために泣きながら、こなたは寝言として呟いた。
「私達は・・・卑しくはありません・・・」



  ・・・・・・・・・・・・・・


早朝の空いた電車に乗って、2人は目的の駅まで旅する。
朝の透明で冷たい空気が肺に満ちて、朝の太陽は白く涼しげだった。
揺れる車窓に緑が増え、目的の駅で降りると、自販機で買った一本のペットボトルを2人で回し飲みした。
「こっからは歩きだから」
「遠いの?」
「う~ん、あんまり知らない。話を聞いただけだから」
こなたは、父がロマンチックだと思って話したボートのエピソードから・・・実際に父は小説家なので、ロマンチックに思えるように語った・・・湖の場所を調べて知っていただけで、来るのは初めてだった。
 あるいはこの湖で生まれた愛によって、自分も生まれたのかも知れない、とこなたは思い、自分は生まれた場所に帰るのだ、とふと思った。
 そして同時に、私とかがみの愛は何を生んだのだろう、とも思う。
木々の多い緑の道をかがみと手を繋いで歩き、遂に湖を見つけた時には、日はずいぶん高くなっていた、日差しがキラキラと湖に反射して、それでもなお、湖の中心に近い辺りは、霧で霞んで見えなくなっていた。
「ボート、貸して下さい」
 ボート小屋でそう申し出たこなたは、ふと、ボートに乗る事に一瞬の抵抗を覚えたが、それを押し切るようにして、ボートを借りた。女の子2人じゃ大変だよ、と管理人は言ったが、こなたは構わないと告げ、二人でボートに乗り込む。
「これ、結構な肉体労働なんじゃないのか?」
「かがみん、こう見えて私は運動には自信があるのだよ」
 こなたは言葉通り、オールをうまく裁いて湖の奥へ奥へと入っていき、やがて霧に包まれたその中心にたどり着いた。
 周囲には、湖面以外何もない。
 何の音もしない。
 まるで、世界の果てだった。
「こうしていると、この世界に私達2人しかいないみたい・・・」
「ふふふ、かがみん、実際に、私達がボートを漕ぎ出した瞬間、人類は宇宙人の攻撃で絶滅して、生き残ったのは私達だけ、かも知れないよ」
「世界系か!」
 でも、もしも本当にそうなら、どんなにいいだろう、と一瞬かがみは思い、自分達以外の全ての人が死んでもいいって思うなんて、と考え直した。
「でもねかがみ、私達がここから戻らなかったら、それは本当に、宇宙人の攻撃で絶滅したのと変わらないんだよ。私達は、それを確認できないんだから」
「こなた・・・?」
 こなたは一瞬、黙り込んだ。
 薄々、かがみにも分かっていた筈なんだ。
 私達の結論、この行き先の意味、私達の未来・・・
 だからこそかがみは、心中する物語を昨日の行為の中で思い出したんだと思う。
「かがみは・・・戻りたい?」
 それは、真の意味で真剣な、追い詰められた人間の最後の、縋るもののない窮極の問いだった。
 この湖から戻り、深刻なことなど何も無いと、こなたとの事は気の迷いだったと言って上機嫌に生きていくのか、それともここでこの今の気持ち、自分の実存に全存在を賭けるのか、これがその、最後の分かれ目だった。
 生きていたい、生きていかなきゃいけない、自殺は愚かなこと、いけないこと、そんな倫理以前の人間の本能、人間の窮極のルールが、かがみの脳裏に浮かびしかし、そんなルールや倫理が、私達をこの湖に追い込んだのだと、かがみは認めない訳にはいかなかった。
 ここから戻り、あらゆる汚辱を浴び、父や母や姉妹に腫れ物のように扱われる日常に埋没していこうと思えるほど、かがみは強くなかったし、そうするにはこなたを愛しすぎていた。
「・・・戻りたくない」
 お父さん、お母さん、ごめんなさい、とかがみは心の中で謝った。つかさにも、いのり姉さんにも、まつり姉さんにも謝った。みんな、みんな、ごめんなさい、でも私は・・・こうするしかなかった、本当に、これ以外の生き方が思いつかないの・・・。
 一体、これ以外に、どうしたらいいのか、本当に、全く、別の希望の予兆さえ、見えないから・・・
「ごめんね、かがみ・・・」
「謝らないでよ」
 結局、私達の愛がたどり着く場所がここなら、一体私達の愛は何のためにあったのだろう、とこなたはどうしても思う、しかしそれでも、もうこれ以外の在り方など考えられなかった。
「だって、私、あんたに会えて良かったもん、いま、幸せだよ」
 と、かがみは微笑みを浮かべた。まるで、女神のように美しく、優しい微笑を。
 そして起きている時は今まで一度も泣かなかったこなたが遂に泣き出し、つられてかがみの頬にも涙が流れ、2人は抱き合った。
「かがみ・・・かがみぃ・・・」
「こなた・・・」
ボートが揺れる。二人は強く強く抱き合う。これが、この世界で最後に残る感触、こなたは思う、かがみに会えて良かったと。愛は私とかがみを、もはや離れる事が不可能なほど強く結びつけてしまった、と。そしてこなたに向かって、かがみは遂に、昨日のこなたの言葉と対になる答えを返したのだった。


「私もきっと、こなたに会うために生まれてきたんだよ」


ボートが覆り、湖の中に落ちていく二人は、不意に、どこか遠くからの声を聞いた気がした。



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