桜が見た軌跡 第一章

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糖武鉄道の糟日部駅から、バスで数十分離れた所にある、地元では有名な進学校――陵桜学園。
 “陵桜”という名前が示す通り、この学園の敷地内には、沢山の桜の木が植えられていました。

 背の低い桜。
 枝を八方に張り巡らせた桜。
 一足先に満開の花を咲かせた桜。

 個性がある所は、人間となんら変わりなく。
 その中でも、一際目立つ老木が一本。
 学園の正門から入ってすぐの所に立つ、せいたかのっぽな桜の木。
 茶色い幹と、彼方へと向かって伸びる枝。蓄えた蕾も、今まさに開こうとしています。

 何十年も前から、同じ場所に立ち続けてきた桜は、人間と呼ばれる生き物が織り成す、
様々な出来事をつぶさに見守って来ました。今日は、そんな人間たちの話の中でも、
少し不思議な恋のお話。主人公は、二人の女の子。季節は春。
 年老いた桜が、白色の花を咲かせた所から始まる、一年間の記録。


 <春 ~spring~> 


 桜が、一年の中で最も輝き、一斉に舞う季節。
 咲き誇った白い塊から、花びらが地面へと落ちていきます。
 多くの人間たちは、その中を楽しげに歩き“クラス替え”や“新入生”という言葉が、
あちこちから聞こえてきました。ですが、桜には、言葉を聞くことは出来ても、
意味を問うことまでは出来ません。

 ただただ、人間たちの笑顔が絶えない様に。
 桜は、五枚で一組の花びらを、渦状にして次々に散らしていきました。 
 ……と、根元に何か柔らかいものが触れる感触。どうやら真下に誰かいるみたいです。

 桜は、花びらを散らすのを止め、視線を地面に落としました。するとそこには。

「あ~あ。結局、同じクラスになれなかったなぁ」

 一人の女の子が(と言っても、桜は性別という概念に、さして興味はありませんでしたが)
木の幹に背中を預けて、ため息をついていました。真昼の空の色のような澄み渡る蒼を纏った、
小さな女の子。セーラー服に身を包み、手には、真新しい生徒手帳が握られていました。

「最後のチャンスだったのにさ……かがみのバカ……」

 もう一度、深いため息。
 同時に、女の子の瞳から一滴の雫が流れ落ちたのを、桜は見逃しませんでした。

 ――自分に、何か出来ることはないだろうか。いや、自分にしか出来ないことはないだろうか。

 桜は、自分の体に身を寄せている女の子を見つめながら、考えました。
 自ら歩くことも出来ず、言葉を交わすことさえ叶わない自分が、彼女の為に出来ること。
 それは……再び、花びらを舞わすことでした。今度は、さっきより一段強く。

 そよぐ南風にうまく運んで貰える様に、一枚一枚、丁寧に。
 暖かい空気の中に溶けていくピンク色のカーテン。

「わあ……」

 女の子も、思わずその景色にただ目を丸くして、しばらく立ち尽くしていました。

☆ ☆ ☆


 一体、どのくらいの時間が経ったでしょうか。
 次に桜が根元を見た時。女の子は既にいませんでした。
 確認出来たのは、自分の身体から剥がれ落ちた皮のかけらと、とがった小枝だけ。
 周りは、眩しいばかりの橙。もうすぐ日暮れです。

 ――あの子は、どこに行ってしまったのだろう。

 この後、すぐに闇が訪れることを知っていた桜は、慌てて周囲を見渡しました。
 自分より背の高い校舎、体育館。そして、昇降口の付近に視線を近づけた時。
 彼女の姿が見えました。そして、隣には、細く伸びるもう一つの影。

「ふふ~ん。私とまたクラスが別々になっちゃって、落ち込んでると思ってたのにさ~。
そうでもないみたいだね。予想外だったヨ」
「あったりまえでしょ。これ以上ベタベタされたら、こっちが参っちゃうわよ」

 先程の女の子が、紫色の髪を、リボンで二つ分けに止めたツリ目の女の子に
向かって笑いかけていました。蒼と紫。二つの色が、夕陽に溶け合って。

 けれど、よくよく見てみると。

 蒼を纏った女の子の身体に、大量の花びらがくっついているではありませんか。
 けれど、彼女はそれを振り払おうとはしませんでした。大事そうに、守る様に。

「ちょっと、頭に花びらがくっついちゃってるじゃない。とってあげるわよ」
「あ~、いいのいいの。今日だけは、このままでサ」
「? ふ~ん。ま、いいけどね……」

 彼女の目には、先ほどまで浮かんでいた雫は無く、代わりに笑顔が見えていました。
 桜は、影を伸ばしていく二人に向かって、さらに花びらを舞わしていきます。
 明日も、元気でいられる様に。独りぼっちなんかじゃないと、教える為に。

 その日。

 学園の敷地内は、大量の桜吹雪で埋め尽くされ、沈みゆく夕陽を背に受けて、
花びらは全て黄金色に輝いていたそうな……桜舞い散る春。季節は、進んでいく。
 夏の足音は、すぐそばまで。桜と、女の子。次に二つが交わる時。
 物語は、再び動き出すのでしょう。次は、葉桜の季節。




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  • こういうのも良いですね
    続編、期待してます(^^) -- 名無しさん (2009-01-06 02:05:10)


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