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「Me and Bobby McGee」 その1

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「Me and Bobby McGee」その1





「この上、雨かぃ … 傘忘れた。」


 最低至極の心持だった。 最悪の床敷きを突き抜けた、どん底の気分。 ―まさに、とどめとばかりだな。

 久米田某なら、自分の引き出しに有り余る罵詈雑言でこの辺の感情をどう表現するだろうか。 そんな事をふと思い付く程に。
 現代ネット文化に象徴される、言葉の意味の軽薄化の傾向がここまで一般化していなかったら、既に餓死していそうな人物だが。


「悪いことは大概続く、ってな。 法学部でありながら現実を見落としてきた罪への、香西教授直々の罰と知れぃ、ってかw」


 私とは逆に、ドイツ観念論と禅を軸に日本法学の新たな可能性を指摘したプレゼンが大ウケだった小駕籠沢が茶々を入れてくる。

 だからお前は来るとこ間違ってんだよ。隣のキャンパス戻って哲学でもやってろってのに。


「いいご身分ですな。そちとら今日の活躍でA判定確定だもんな。」

「そういじけなさんな。おたくの『日本の法体系の男性中心主義』には逐一共感できるし、あの人もチトムキになった感はあった。
 何しろ、体制的にフェミニスト法学は語るに30年早い、だもんな。 ハイデガーかっての。てめーの専門分野だからってよ。」


 私と同学年で同じ授業を4つも受けているこの中年は昨日で36歳。 専門は中東史、の分際で“去年こっちに転部した”、だと。
 勤務先の居酒屋で引っ掛けた某証券会社取締役の旦那のもと、14の娘と共に何不自由ない生活を営んでいる、所謂玉の輿だ。

 その上巷で有名なコピー上がりのなんたらってバンドの凄腕ベーシスト。収入の点では問題なし。セレブ=苦労知らずの典型か。
 … そう、勘と忍耐の強い方はお気づきだとは思うが、例の第二回地球倫理学会でイエスの人間性を声高に主張していた一人だ。
 まさかあの異形集団の構成員の一がうちの学校の、しかも同学年に籍を置いていたとは。

 趣味は3Jのコピーだというが、正確には何のことだか判らない。 最初期のロック・ミュージシャンの物真似って事らしいが。
 見ての通り傍若無人で、今年の誕生日に送られたのは「Janis Joplin's Gratest Hits」というアルバム。押し付ける気満々らしい。
 学園祭でもバンドを引き連れ、当のアーティスト、ジャニスの1stアルバム「Cheap Thrills」全曲を丸々歌い切っていた。
 これが、声の皺枯れっぷりまでソックリなんだ。 聴衆の胸を滅多切りにするような、悲痛な響きも。 その面は評価できるが。


「高々40そこらの若造がさ、知った風な口利いてんじゃねーっての。どんだけ青春無駄にしてきた先人馬鹿にしてんのやら。」


 但し、性格という面では論外。 就職前の身だったら、真先に今流行のワーキングプアかブラック企業に追い遣られるタイプだ。


「それを当人の前で口走れたら褒めてやるよ。 そうでなかったら慰めにもならないから口塞げ。」


 とはいえ、結婚前に子宮筋腫を患い、全摘という悲惨を乗り越えて尚この快活さだから、大した精神力ではある。

 勿論娘との間に血の繋がりはない。 ガンジス河畔の孤児院で見つけた、元ヴァイシャの赤子を夫婦で引き取ったのだそうだ。

 小麦色の澄んだ肌に白髪交じりの頭から、誕生石の意の通り、素直に、おおらかに育つようにと「瑪瑙」と名付けたという。

 しかしこの名、当の娘としてはどうなのか。馬の脳。 専門知識を振り翳し娘を出汁に親側も自己主張とは如何にもな現代人だ。



「ほれほれ、誰もおたくの矜持になんか興味ねーんだから、もっと素直になりなせぇっての。」

「やかましい。そんな義理がないからあしらってんのが判んないのか。」

「へっへ… 可愛いやっちゃ。 自分の主導権やら、届く範囲の既得権守るのに精一杯だもんな。

 執着しーっていうか、一途さっての? その辺に惹かれたんじゃないのかね、おたくの“彼女”もさ。」

「おい、ちょっと待て。」


 今のは聞き捨てならん。 ―鈴の音公園での邂逅から3ヶ月と少し、あの子との関係には何の変化もない。

 その急激に過ぎる繰り上げは、最早西欧文化圏のいう唯一神にすら不可能というもの。 動きようがないんじゃね。


「どっから聞き出した。 少なくとも高校時代の顔見知り以外は知らない筈だぞ?」

「んな事言って、ちょくちょく見かけんのに? こないだ ―つっても秋頃だけど、アキバ一緒にうろついてたのもそうだよな。」


 やっちまった… 人の目ってのはどこで向けられるかさっぱり見当が付かない。 …あれ、デジャブ。


「ストーカーかお前は。 にしたって、その論運びは唐突過ぎる。」

「それに、お誂え向きにも目の前に居んじゃん。 あほ毛に青い超ロング。ついでに目立って低い背丈。 …何とか言ったれや。」


 また突拍子もない発言を。 そろそろファンタジーと現実の境があやふやになって来たか、と何気に首を巡らすと…


「… ぇあ!?」


 ― いやがった。 紛れもない、当該固体が。


 嫌味な程に黒々と木目を強調した大階段のふもと、丁度私の進行方向を立ち塞ぐような、絶妙な位置に。

 悪びれもせず、さも当然の権利の如く。 「お前のものは俺のもの」、ジャイアニズムの題目を、無言の内に発散する風情で。


 如何にも私働いてません的な浮世離れした雰囲気にせよ、表層のひねくれ振りそのままに自らの特異性を主張する馬鹿毛にせよ。

 骨盤を完全に覆う、120cmは優に越えるであろう後ろ髪にせよ。 それを彩る原色の紺碧にせよ。 少女趣味な短躯にせよ。

 こんなキワモノをひとつの身体に勢揃いさせた人間は、この世に一人しかいない。 アニメやゲームでもない限りね。



 確認するが早いか、階段を駆け下りる。 この子に関する事柄への反射神経にかけては、おこまがしながら世界一を自負できる。

 … 確認するけど、ここW田キャンパス内、だよね?




「よっす。」

 例の如く、気だるげで小馬鹿にするような声音に、見る者の心の襞まで映し出してしまうような、半開きの清澄な翡翠色。

 真紅のリボンで高めにまとめたポニーテールが愛らしい。 一方でこんな処でもスッピンなのが如何にもこなただ。


「相変わらず、黒が板にお付きで。」

 このジャケットはそれ程愛用してる訳じゃないんだけど。 そういや前回こなたに会った時も、同じ漆黒のブラウスだったっけ。


「…こんなとこにまで紛れ込んでくるとは。 流石にその成りで怪しまれなかった? 警備員とかに。」

「無問題。幾らチビとはいってもね。 2年柊かがみの身内です、って言ったらすんなり抜けられましたぜ。
 早速大生板、いや、受験サロンに書き込むとしますかね。 “名門W大法学部の警備は紙でした”と。既出ネタだろうけど。

 …成人式ん時の写真取りに、丁度近くを通りがかったからね、ついでに見学させて貰ってんの。」


 さり気なく込めた皮肉も瞬時に見抜かれてる。平時における集中力は大分身に付いてきたらしい。 …引き止められはしたのか。

 いずれにせよ、一部はもう放課だもんな。誰が入ってきても文句はつけられまい。


「おいおい、身内って… そういや免許取ったとか聞いたな。 ってか、受験期間中によくもまぁそんな暇ができたもんだ。」

「時間は使いようだよ、かがみん。 何しろ、浪人が原因でネトヲタになる人間が多発する程、余暇時間はあんだよ。

 だったらその空きをさ、将来に役立てるーとかしたいじゃん? 勉強漬けだと集中力も効率も落ちてくるしさ。」


 …耳痛い。 結局時間切れだったうだうだプレゼンの直後という事もあって。 …あんたにしては殊勝な発言だがな。


「全くだ。丁度その辺の重要性を痛感したばかりの柊には絶好の教k…! げふっ。」

「余計な事抜かすな。本気でぶち撒くぞ。」

 ここぞとばかりに口を挟んでくる、脳内の70%近くが茶目っ気で占められた中年の横っ腹に軽くブロウを喰い込ませてやる。

 週二回のジム通いは伊達じゃなく、40間近で割れた腹筋を維持してるから、これ位はおふざけの筈。 大仰なリアクションだ。


「また何かやらかしたらしいね。 大丈夫ですよー、近年の柊かがみのドジっ子属性は充分把握済み… というか、あなたは!」

 いつものような口調で場の雰囲気を和ます。 と共に、目前の若作りが惨めなオバハンの素性にも気付いたらしい。
 そりゃそうだ、先日テレビで見かけた顔が、近所で一般人の輪に平然と溶け込んでるんだから。 反応が鈍るのも致仕方ない。



「かじめマンセ。近日売出し中のロックバンド、“AYIN”のベースを主に担当してます、小駕籠沢はるか って言います。
 空の片と書いてハルカ、だなんてアホな親父が名付けてくれやがりました。バンドでは“カダラ”って呼ばせてますがね。」

「えっ、どっかで見た顔だと思ったら…! ゴトちゃんとこの!劇場版ジョジョ4部のテーマ歌ってたベーシスト!」

「お初にお目にかかる。御噂はかねがね。その平時のヴォーカル担当、斑鳩からね。それはもぉ色々と。」


 ???  さっぱり話が掴めない。

 …ゴトちゃん? バンドのメンバーだろうけど、この子にそんな名の友達居た? 斑鳩って誰の事だっけ?


 私の困惑をよそに、すぐ脇のラウンジにこなたを案内する小駕籠沢。 自販機に向かって、「何飲みます?」 奢ってまでいる。


「いやー、この夏はアメリカ巡業お疲れ様でした。ギターを歯で弾く所とか報ステで見ましたよ。 生で見に行きたかったなー。」

「ジミヘンのパロなんだけど、結構習得に手間取ったっす。練習ん時何本も弦切ってはギター専心の娘によく怒られてましたw

 当然前歯も欠けましたしね。ホレ。 染みるのなんの。そのギターはNYで斑鳩がぶっ壊しちゃったんで、今はベース専心。」


 日頃の行動の奇抜さから、成る程と頷けてしまう辺り、第三者としてはどうなのか。

 いつも思う事だが、そういうパフォからは日々の糧を生み出す道具への敬意ってものが全く感じられない。HRの伝統らしいが。


「あぁかがみ、ついてけない話でゴメン。ゴトちゃんってのは私の中学時代の友達。 斑鳩ごとく。

 ほら、いつだったか、『将来の夢』が『=魔法使い』だったキャラの話したじゃん。」

「んー、あのあんたと同類の … って、ええっ!? そんな大物に?」

「らしいよ? ってのは私もまだ直接は会ってないんだ。こんな立場だし。 どうせなら合格発表と一緒に顔合わせたいじゃん?」


 なんとまぁ、例の魔法使い志願者が、あらゆる意味でそのファンタジーを実現させていたとは。 …全く以って世も末だ。

 しかも無関係な人間の因果にも、こんな形で再臨してくれるとは。『神様』は相当深刻なスランプらしい。 人間界は楽しいな。


「リーダーがここに居るってことは、かがみも学園祭とかで見た事あると思うけど、一番背の高いキャラがそれ。隻眼の。

 あれで実はスタイルも良くてさ、中学時代、私とは凸凹コンビで有名だったんだよ。勿論問題児的な意味で。」


 あぁ、あの2m位ありそうな野太い声のヴォーカルか。 こいつは外見的特徴とか、そういう肝心な事は一切言わないからなぁ。

 記憶が確かなら片目をピアスで塞ぎ片口が耳まで裂けた怪女だった筈。…どんな事情があれ、余り関り合いたくない類の人種だ。

 にしても、この子とはさぞ好対照だったろう。 一方の肘が頭に乗りそうな程の身長差。 …なんだろ、なんだかな、複雑。



「今じゃタトゥとかピアスとかで全身傷だらけだけど、中学ん時は生真面目かつボケ役だった。相当な自己中でもあったけど。」

「今でもそう変わっちゃいないな。知り合いのババアを無許可で抜けたドラムに置くわ、うちの娘に手ェ出しやがるわ。」

「でもアンタはどっちも受け入れてんでしょうが。早速娘に婿ができたとか、会場で吹っ飛ばした入れ歯捜しに苦労したとか。」

「そりゃあね。何しろテクも性格も私好みでな。婆さんはもとより、斑鳩は天真爛漫で尚且つ野郎じゃない。メノにぴったりだ。」

「娘さん、心っ底気の毒だな。物心付いたら男性不要論者兼世捨てセレブのリカちゃん人形だ。」

「違いねぇ。」


「かがみんやー、同学年とはいえマスコミ慣れしてる団体のリーダーにそれは言い過ぎじゃ? プライベートの話題なんだから。」

 こなたが見かねたように突っ掛かってくる。無垢と電波だけが友達のこの子にしては珍しい。ネトヲタは「実物」には弱い、か。

 しかしそこは“時代逆行”のカリスマ。 浮世の既成概念は否定し尽くさなきゃ気が済まないらしく …


「おっとレイディ。勘違いしちゃいけねえのはさ、“エンターティナー”は【称号】だって事さ。 公私問わずにね。

 第三者をその生き様で楽します。これが、真の人間としての在りようって奴だ。 人に好まれる人間の第一条件でもある。」

「お前の中じゃな。」


「あ、でもそれは判る気がしますぜ。」

 と、よせばいいのに、この生ける暴走列車の論調に更に合いの手を入れるこなた。

「高校時代のかがみは内でも外でも終始ツンデレだったし、いつだって楽しませてくれたしー。
 今度はどのタイミングでデレるかなー、とか予測しながら態度に緩急つけると、だいたい計画通り、律儀にツンツンってw

 お蔭で色んな場面でモテモテでしたしね。 同性からの好意限定ですが。」

「おまっ! ち、ちょっと大人しくなったと思ったら…」

「ほほォウ、やっぱりなぁ! 中等教育時代から“そのケ”はあったって訳だ。 因みに、こっちでもバリバリよ。色々と。 Σd グッ 」

 ヒハハハー、なんぞと社会性絶無の下品な笑い声を挙げラウンジに居る4~5人の注目を一斉に浴びる、我らがMrs唯我独尊。
 こなたの背中跨ぎに奴の胃の裏に袈裟斬りチョップを叩き込み、すみません、と周辺に頭を下げる。我ながらの八方美人だ。

 当のこなたといえばお得意のしたり顔でにんまり。 何なんだもう、最近の私の周りにはこの類の連中しか集まらないのか。
 取り合えずデコピンを入れとく。 「でめめっ」とのコメント。忍者くんかお前は。


「さてはて、ゆっくり話し込みたい処なんだけど、今日も先述の連中と練習があってね。クリスマスライヴに向けて大忙しさ。」

 私の予感通り、素人の攻撃になど毛程も堪えた様子を見せず、マッシヴ小駕籠沢は肩を竦めつつ席を立つ。

「あ、だったら邪魔しちゃ不味い。またお会いできます?」

「モチのロンよ、娘婿の旧友とあればね。名刺のメアドに掛けて下さりゃ24時間以内に返信すんで。 今後ともヨロシクっす!」

「こちらこそ! あと、私の事はどうかゴトちゃんにはご内密にー!」



 名刺? …こなたの席に目を戻すと、コーヒーの下にさりげなく紙が2,3枚。―そのライブのチケットもか。手馴れたもんだ。

 私には「嫁は丁重に扱えよー」なんぞと祝詞を残し、似非セレブは傘を広げる。 返す役得顔に中指を立ててやった。



「意外な所に意外な交友関係があったもんだねぇ。」

「こないだまで隣で東洋史やってて、学士修めた途端に『参照軸増やす為』とかを名目にこっちに寝返ったイレギュラー。」


 心なしか上機嫌に揺れ動く小駕籠沢のウェーブエクステを窓越しに見送りながら呟くこなたに、荷物をまとめつつ返す。

 奴のことだ。 この子となら、先刻の調子で間違いなくいい仲になりそう。 来年から一段と楽しく…基、騒がしくなりそうだ。

 否尤も、この子がここ(でなくとも、隣の文学部)に来る、等というファンタジーが現出するのなら、だが。 


「じゃあいずれにせよ大先輩じゃん。あの人の事だ、色んなとこに顔利くだろうに、かがみも命知らずだねぇ。」

「あんたと同じで、本気で働き掛けちゃこないわよ。だからこっちも適当にあしらってるって訳。」


 受験生一般は自分の学力と志望校からの要求域の差にそろそろ戦々兢々とし出す時期だ。幾らこの子とてその例外にはあるまい。

 だから今は、目指す先を聞き出したりしない。 そりゃ、気にならないといえば嘘になるし、身近な人間として『知る権利』もある。

 だが、前に進む力になるのは、趨勢だ。 どんなに些細な事でも、親友として、これ以上この子に負荷は掛けないと決めたから。


 代わりに3人分の紙コップを集める。 意外にも、この子が御駕籠沢に奢らせたのはエスプレッソだった。嗜好変わったのかな?

 こなたも自分の荷物 ―どこで買ったのか、上質のイタリアンレザーのボストンバッグをしっかりと肩に背負い、立ち上がる。


「はは、完全にみさきちのポジションだ。相変わらず積極的な人間には容赦ないね。」

「お蔭さんで。 誰かさんの後押しもあってね。」


 心の淵に幽かに湧き上がりかけた無根拠の期待と共に、紙コップを屑入れに放り込み、ラウンジを後にする。



「あんたはもう暫く見て回る?」

「まさか。かがみに会いに来たようなもんだし。 乗ってきなよ。 ―今日終わって、正月明けまで授業なし、でしょ?」

「げっ! な、なんでそんな事まで知ってんのよ…?」

「だってかがみ自分で書いてたじゃん、ひと月前のメールで。 今年の授業は22日が最後だって。」

「そうだっけ? …(携帯確認中)… ホントだ。 やれレポートだ発表だって縦続いててさ、すっかり忘れてた。」

「忙しいねぇ。 私も同じ立場に回ると思うとゾッとしないよ。」

「今から尻込みかい。 大丈夫、慣れちゃえばそれなりよ。“授業をどれだけ楽しめるか”、やっぱミソはそこかな。」

「ゔぇ~… 早速希望の欠片も湧いて来ない…」

「そう怯えなさんなって。 1年次は必須科目が目立つけど、大体の授業は選択制だから。高校までの『授業』とは勝手が違う。

 肝心なのは履修登録のときに本腰入れて粘る事。自分が真剣に興味持った授業を、時間割考慮しながら厳選してく。

 こういう処から大学…いや、社会生活のコツ、『後で楽する為に先に苦労する』を学生の無意識に刷り込んでくんだろうよ。

 但し期間が相当短いから、その上、手早くなきゃならない。 時間の守れない奴から殺されてく。これも社会のルール。」

「うをぅ、かがみんお得意の分野じゃないか、殺るか殺られるかの界隈。 “面白い、狂気の沙汰ほど面白い…”ってか。」

「念の為いっとくが、あーゆー系統の開き直りは発見し次第問答無用で潰してやれるがな。 法曹舐めんなよ。」


 どうでもいいが、我に返ると8号館出口前のマット上で立ち話になってる。 構図的に相当間抜けな為、早々に自動ドアを潜る。

 降りはそれ程激しくないが、個人的に歩中に靴がずぶ濡れになる方が気に食わない。…そうだ、こなたに傘の事話しとかないと。



「てか、どこに停めたの?」

「何線だっけ? 地下鉄W田駅 …近くのコインパーキング。」

「じゃあ歩くか。悪い、今日傘忘れちゃったんだ。」

「あいよー。かがみにしては珍しい。 唯、そっちが持ってくれる?」

 と、夏虫色の雨傘を差し出す。 バッグにせよ、随分と趣味が良くなった気がする。恐らく、ヲタ性の背後に眠っていた部位だ。

「構わないけど、何でまた。 自分の傘、人に持たせるとは。」

「んーほれ、やっぱ17cm差は結構キツくてね。」

 …そうだったのか。 かつて両手が塞がってる時とか、何とはなしに持たせていた事を今更ながらに後悔&反省。



「あ、ちょっと待ってて。」

 二枚目の自動ドアの前で、こなたが思い付いたように、コートの腰元のポケットを探る。


 同時に、私の脊髄に微弱な電撃が走る。 ― そう、この子の前で忘れてはならない、「正装」、といったら。

 私はジャケットの内ポケを開き、すぐさま“それ”を取り出す。 ― 常日頃肌身離さなかった、深遠な、碧色の光。

 それを身に付けることは、社会的には自らの『異端』性を声高に主張する事に他ならない。 だが、雨天という庇の下の今なら。


 こなたは、左耳用を。 私は、右耳用を。

 互いの、当該箇所のピアスホールに、当て嵌める。

 二つで一組。二人で一つ。

 いのり姉さんからの入学祝いだが、今は本人の認可の下、こうして、最愛の人と分け合っている。 


「あんた、わざわざ持ち歩いててくれたんだ。」

「かがみだって。」


 これが、物理的位相に於ける、私達の「絆」。  「人の縁」から齎された、すべての基の、象徴。

 これ以上ない程の心地良さを湛えた、優しい笑みを浮かべるこなたに、自然と、自分の口元が緩んでゆくのを感じる。



 バッグに腕を通し、その手で仄白い天蓋を広げる。 8号館前の学祖像が闇中で妙な威圧感を放ちながら見送ってくれる。

 菫と竜胆、見た目や由来はさっぱり無関係だけど、本質的には似たもの同士の相合傘。


「毎日楽し… そうだね。 かがみの事だから、友達も沢山居るんだろうな。」

「そうでもない。最近の風潮のせいか、お互い付き合うときは付き合うけど、皆個人の時間はやっぱ大切らしくて。私もだけど。」



「そりゃそーだ。高校時代みたいにはいくまいよ。 カダ… はるかさんとは親密そうだったけど。」

「どこがぁ、あんな中年。要領良い上にやたらと完璧主義でさ。その自分の性格を強みを周囲にも強要するタイプ。

 何でも先に一人でホイホイこなしちゃって、後続に自分の跡を徹底的にトレースさせる、っていう。人間的には最悪よ。」

「でも親切だったじゃん、わざわざ名刺くれたし、それに添えてライブのチケットまで。しかもペアで。」

「私にも来いってか。 …兎も角あんたはあちらのバンドの大御所と旧知の仲なんだから、それ位は当然じゃない?」


 校門に通じる坂を下る。 しとしと降る雨が、こなたの傘に心地良いリズムを刻んでゆく。

 辺りにはちらほらと講師や生徒の影。 しかし、皆傘を被っているせいか、誰もこっちに意識を向けようとしない。


「アマイねェ… まったくおたくアマイぜ。

 人の性根ってのはねぇ、他人に変えられるもんじゃないんだよ、かがみん。 取り敢えず“感じ”は、正面から受け取っとくの。

 世の中は“自分の感じ方一つ”。 だったら嫌な感情はわざわざ持たない方が良いじゃん。 自分も楽だし、相手も楽になる。」

「また知ったような事を… 実証してからにすれば? さっさと浪人終わらせてさ。」

「… ははぁ、やっぱりね。」

「何よ。」


「かがみは、“先導役”が良いんだよね。つまりは根っからの世話焼きなんだ。

 自分の前の方にいる人間は受け入れ難いけど、後ろにいる人間とはすぐさま親密になれて、サポート役を買って出るっていう。」

「… 何かつっかかる言い草ね。 でも、どうなんだろ? 私、そんなに見下してる感強かった?」

「そうは言ってないんだけどね。 何しろ、私もその“強引さ”に助けられたようなもんだし。」

「… 助けになれて何より。」


 夏にも気になったんだが、いつの間にやら分析好きになってる。 恐らくおじさんから譲り受けた潜在要素が覚醒したんだろう。

 そういやおじさんとは仲直りできたんだろうか。 成人式も迎えといて今更第二次反抗期は恥ずかしいぞ…


「でも改めて、何でいつもそんなに回りくどいのかなぁ、かがみって。 やっぱ、どんなものも発生の由来とかから考えるタチ?」

「そんなに大仰なもんじゃない。 ただ、一介の自己意識を備えた人間として、右へ倣えにはなりたくない、ってのはある。」

「って事は、素直さへの『理由なき反抗』が性格に反映してたと。 ―成る程成る程ォ、ツンデレ成立の謎にまた一歩近付いた!」

「もういいだろ、ツンデレは。 いい加減卒業させてくれ、そのレベルから。」


 相も変わらずとりとめのない会話だ。 こういう「いつも通り」感が人間を安心させる、って通説に異論がある訳じゃないけど。

 澄んだ雲色の天蓋の下、二つ並んだ色違いのポニーテールは、時にじゃれ合い、時に向きを変え合いつつ、一定のリズムを刻む。

 その上方に広がる、灰斑の涙を落とす空間とは異次元の、晴れ渡った無意識が、確かにそこには展開していた。


 言葉を交わすだけで、塞ぎかかった心を「解放」してくれる盟友が、私にはいる。

 それはきっと、人間という生き物の本懐なんだろう。 他者と“共感”できる事が、実際に人類史を築き、支えてきたのだから。


 この“奇跡” … 『人の間』に行き交う偶然には、感謝してもし足りない。



「あれ、おじさんの車じゃん。」

 最寄の地下鉄駅を通り過ぎ、暫く歩いた地点にあるコインパーキングに、懐かしのシルエットが。

 お馴染みの直木賞作家(あの後著作を2~3冊読んでみた。論調が押し付けがましいが中々面白い)泉そうじろうさんの愛車だ。


「締め切り明けでさ、今日は一日家で寝てるっていうから、借りてきた。」

 やっぱり。 口調から伺うに、完全和睦ではないが、一応の和解は成立したらしい。 男親との付き合いはそれ位が楽だぞ。


 車に興味はないので車種は判らない。 けど、このゴツいのを縦横に操作するこなたを想像すると、何故だか感慨深い。 

 サイドミラーで表情チェック。 ―あれ? 私、この子の前ではこんなにいい顔してたんだ。よしよし。 助手席のドアを引く。


「てゆーか流石に、車のローンまで面倒見させられないよ。 …進学するんだしさ。」

「ちゃんと考えてんじゃん。それだけでも大した進歩だ。」

「… 幾らなんだってその言い草は失礼じゃない? 今までどんだけ低く見られてたのか…」

「冗談冗談。 パラサイトから常識人方面へ、あんたは真っ直ぐに成長したって事への、忌憚のない感想でもあるけど。」

「とはいえ、取り敢えずあの馬鹿親父からとっとと独立したい、ってのが私の本音。 職選に失敗した以上、言えた立場にないけど。」

 吐き捨てるように呟きつつ、こなたはエンジンを掛ける。


 …そうか。 表面的な反発は一応心胆に納まってはいるが、その分距離を起きたがっているのが現状か。

 親子喧嘩の現場を見ている訳ではないから何とも言えないが、この子はあれ以来ほとほと父親に愛想を尽かしているらしい。

 立派な業績保持者=立派な父親、ではなくとも、過剰な一面はあれ、心底軽蔑できる部位が果たしてあの人にあるのだろうか。


「ほんとにさ、呆れたもんだよ。 言ってみりゃ、母さんの人生出汁にして遂げた出世だってのに。 今や我が物顔だ。」


 その経緯で得た金で進学しようっていう私も同類だけどね、まさに近親憎悪って奴? と付け加え、こなたはアクセルを踏む。




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