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「Me and Bobby McGee」 その4

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yamase

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「Me and Bobby McGee」 その4





 この子とする、二度目のキス。 ついばむだけの、唇の表皮を濡らすだけの、至極あっさりとしたものだった。


 ある意味、私達らしい。





「― でも、そっか。もう、欠点じゃなくなってるね。 『駆け引き』してない。大人だなぁ。」

「え?」


 如何にもな唐突振りだが、この子との関係ではありふれたパターンだ。

 『駆け引き』。 私の大嫌いな言葉。 そして恐らく、この子の得意技。


「自分をさ、それ以上に大っきく見せようとしないし、何かかすめ取ってやろう、っていう、裏の意図もない。

 既に“大した成長”ってレベルじゃないよ。 …上位大生にあるまじき聖母的態度というか、姿勢だよなぁ、こりゃ。」

「んな大仰な… 私にだって“我”はある訳だし。 あんたのよく言う、『どうしてこうも素直になれないのか…』って本性が。」

「でも、今は前に出してないじゃん。 相手の思うように、相手の為になるように、って。

 からかい甲斐はなくなったけど、その分、格段に付き合い易くなった。

 かがみらしさはそのままで、めんどいとこだけ殆ど消化された、って感じ。


 現代社会じゃ『牙の抜けた』ーとか言われんだろうけど、その実、ほんと世渡り上手くなったと思う。暫く見ない間に。

 …「みゆきさん的捉え方」、っての? あの人と知り合った時にさ、あ、こいつには敵わない、って直感が訴えてたけど。」


 ― あの、生まれついての聖人君子と同列に並べてくれるとはね。 …複雑な気分だ。


「みゆき、か… 持ち上げ過ぎっていうか、のっけからハードル高過ぎない? それに、そんな事誰からも言われた事ないけど。」

「昔のかがみ知らない人はね。 …あーあ、私置いてどんどん先に行っちゃうよね。

 猪突猛進っていうかさ、そういうとこだけは変わんないな、かがみは。」


 … だからねー、繰り返すようだけど、歩調とか速度とかは関係ないっての。あんたの妄想に過ぎないっての。

 この泥沼との格闘にいい加減疲れてきた事もあり、またしても景気付け(なのか?)に、こなたの左耳を思いっきり引っ張った。


「誰がイノブタじゃ。」

「えでっ、エルフにでもする気かッ… しかも、誰もそんな事言ってなッ… 品種がッ… 食用ッ…」

「確かに聞いたぞコラー! …フフフ。」


 『所有』とは別次元の、新たな価値。 金や贈与ではどう足掻いても手に入らない、“共有”に基く「真の感情」。

 近代資本主義に基く合理至上主義、その徹底した監督の下でこの幸福を見出す事など、最早何者にも叶わなくなった訳だが。



「すぐよ。 呑み込みは早いんだから、あんたは普通に歩いてくればいい。 …逆に追い抜かないようにね。」


 それでも。



「その辺はお任せあれ。 代わりに、その“変わり身”のコツをどうにか…」

「じゃ、一つだけ。 “我が強くて、いい事なんて何もなかった”から。 …あんたにとっては、その辺が不満なんだろうけど。」

「だーから、誰もそんな事言ってないじゃん。ツンデレとか、そういう判り易ーい特徴は、便宜上、私が名付けたもので。」

「べ、便宜上かい… 確かに、からかわれてる時は『本気じゃなさ』っての? そういうのが前面に出てた気もするし …」



 社会的地位、という観点からすれば、丁度現在の、何も得ていない私、そして、そことの繋がりの全てを失ったこなたも。


 真の意味で、自由だ。




「つまりさ、ここにいるのが、かがみだからいいんだよ。 かがみらしさ― 世話焼きで、ヒューマニストで、現実的で、優しい。

 そういう所は、ちゃんと残ってる。表沙汰がどんな風に変わったって… 例えばツインやめても“かがみはかがみ”だった。」


 穏やかな、孫を見守る祖母のような視線を前に向け、こなたは持論を展開する。


「多分… 人間には、“変えられないもの”って、あるんだと思う。 赤んぼの頃からの癖とか、最初期の考え方とか。

 いつ意地っ張りになったのかは判んないけど、でも、そういう“後から”身に付いた部分は、今みたいにどんどん変わってく。

 それがかがみの“在りよう”だもん。 周りの… 見てる側としては、充分楽しいし、嬉しい。


 尤も、変わらない部分… その「“人間性”も含めて」、だからね。 私が、かがみに惚れたのは。

 どっちかにしろったって、どっちも好きなんだから。 好きなものはしょうがない。」


 今からなら。 なんのしがらみもない今からなら、何でもできる。

 進んで『要求』さえしなければ ― 目指しさえしていれば、何でも手に入る。


「気が付いたら、さ。 癖になっちゃってた。

 かがみは、全部がそれでいい。 今のかがみも、明日のかがみも。 全部、私のベストパートナーだ、って。」



 理由は一つ。 唯一生まれ持った「責任」を分かち合える相手を、今ここに、見出せたこと。



「… それこそ、『達観』って言わない?」

「言葉じゃ何とでも言えるんだよ。 …また『2ちゃんねらー』とか言わないで貰いたいけど。“卒業”し掛けてるからさ。」

「あれは言葉遊びでしょ。 何も生み出さない、ただの吹き溜まり。 …実際に行動できてる一部を除いて、ね。

 でもあんたは声に出して“言葉に「してる」”んだから。上等よ。 字面追ってるより説得力あるし。 …きちんと伝わる。」


 ―漸く4丁目だ。今度は信号の直下という事もあり、幾分気が楽か。 …成る程、左右からも渋滞の列がずらり。 混む訳だ。



「だから、今でも私は、あんたの「そういう類の」言動にも逐一反応してるって訳。 分かる?この違い。」


 勿論、一時の感情には違いあるまい。 現代の実社会を、所有もせずに行き抜くことは不可能だ。

 神は、時間だ。 楽しい事は、すぐ終わってこそ楽しめる。



「… 成る程! 得意分野の通り、かがみは“切った張った”がお好みなんだ。人間関係でも!」

「… へぁ?」


 でも、例え先に続くのがどんなに不毛な悪路でも、この子となら、なんなりと乗り越えてゆけるような。

 普遍化という名のゴルゴタの丘に続く路へ、一緒に靴を脱ぎ捨て、互いの十字架を運んでもゆけるような。 そんな心持ち。



「だってそうだよ。 人だって物だって、この世に“在る”事自体が存在証明になるんだから。それ以上はいらない。蛇足になる。

 ― それ位が、いいんでしょ? 自分だってこの世に居るんだから、見えてて、分かり易いものの方が、ずっと信用できる。


 だから、優しいんだよ、今でも。 ちゃんとこの世に“在る”私に。 モノしか見えてない、私に。

 複雑そうに装ってて、実質は唯のバカ正直だった― 分裂だけは頻繁な単細胞だった、私に。」



 少なくとも、この通り、いつだって。  退屈はしなくて済む筈だから。



「ここから導ける結論。 即ち、やっぱりこれが私の“運命”だった!」


 ― 肩を落とす。 流石に結果を求めるのが早すぎるか。 何も変わっとらん。


「そうかい。」


「ぬ、字面通りのじゃないよ。 つまりさ、人間の因果関係から「そうならざるを得ない」空気になってく、ってのはあるでしょ?

 どうしてそういう流れになったのか。 由縁とか複線とかはそれこそ無数にあって、原因と結果が組んず解れつになってる。

 その仕組みを紐解いてく過程があんまりに複雑で、人間には逐一把握し切れないから、「運命」って一言に託しちゃったんだ。」


 … と、思いきや。

 何ともはや、こんなに回りくどいルートをわざわざ辿るまでもなく、この子は、初めから手がかりを掴んでいた。

 その信憑性を確かめるべく、私に問いかけてみせていた。 只、それだけだった。


「人間には「複雑過ぎて」どうにもならないから、人智を超えた、ミステリーワーズみたいなものに置き換えちゃったんだよ。

 だから、後世の人間が誤解しちゃったんだ。 『運命は、総てが<神=一人の全能者>の手に委ねられている』、ってさ!」



 多分その真実に目を伏せ、絶対的なものに依りたがるのが、人の人たる所以なんだろうな。

 人類には、決して克服出来ない、“弱さ”。 この理論の妥協点を探る努力を続けない限り、世界平和など夢のまた夢だ。


 大塚4丁目の信号が3度目の青を示し、行列が遅々と動き出す。

 こなたは僅かにこちらに目配せし、アクセルを踏む。



「… だから、あんたって ― 飽きないのよ。」



 あんたも、だ。 全部判っていたのは。 絵空事を断ち切る力を、自分の身体に、映し出してみせたのは。


 “突っ走る”のは、あくまで外観だけ。 その実、常に後ろを顧みながら、歩調を調節していたのだ。

 それは、追い掛ける立場にある時にすら。 前方の隣人に気を使わせないよう、一定の間隔を保持している。

 自分の悩み、不足分、優越分、全てを一旦保留して。 時に向き合い、時に振り切り、全身を「関係の維持」に捧げて。


 私は、「いつでも傍にいる」、と。




 ― 今日二度目の観念。


 だから、その証に。 少し腰をずらし、ハンドルを握るこなたの小っこい手に、タコだらけで不恰好な、自分の手指を重ねる。

 なにしろ、助手席だ。 (主に左臀部に)多少負荷はかかるが、やろうと思えば運転手と肩を組み合える距離でもある。



「あれ? …どったのかがみん。」

 わざとらしくも、尚もこなたは問い掛けてくる。

 だから、言ってやった。 ここまで引き摺ってきた大荷物を、一旦全部地表にばら撒いて。



「… ありがとう。 こんな私でも、手前勝手で『自分至上主義』?の私でも、“好き”でいてくれて。


 あんたが、ボビーになってくれた。 ジャニスはどうだか知らないけど、私にとってのボビーは、同性のあんただった。

 お蔭で、今でも ― 毎日楽しい。 … 思い出、沢山貰ったからね。」


 そうして、あんたに手を牽いて貰った分が、言ってみれば、“あんたへの”責任、になった。


「次は、私の番だから。 あんただけに、苦労はさせない。 絶対。」


 あんたは既に、私の中に居る。 それで、良かったのだ。




 こなたは、僅かに瞳孔を開いて。

「感情移入しちゃった? 乙女だねぇー。」

 少し吹き出し掛けながら、ウィンカーを点灯させ、ハンドルを右へ切る。


 いつもの通り。ヲタ特有の軽薄な口調で歯を浮かせながら、あさっての方向に顔を廻らしケラケラ笑う。

 ―でも知ってる。 こういう口振りの時は、たいてい頬の赤みを隠す為にそっぽを向くのだ。


 その証拠に、左手はハンドルを離し、いつの間にやら、重ねた筈の私の右手と、皺を合わせていた。

 自分の言動の浮きっぷりを差し置いて、そこから伝わる温度と共に、再び姿を現わしたこなたの愛らしさに暫し時を忘れる。



「ここセルフだね。 ちょっと帰りが心配だから、ガソリン入れてくよ。」


 と、次のターン保有者が停車したのはガソリンスタンドだった。 … 成る程、「逃げた」な。

 というか、この行列を一旦抜けて、後で戻ってこれんのか? ま、いいや。


 握り合った手を二度縦に振り、互いに笑顔を向け合う。



「何か手伝おっか?」

「サンキュ。じゃ、給油しといて。私は窓拭いてるから。」

「おしきた。」

「レギュラーだかんね。軽油じゃないからね!」

「じゃかしい、分かっとるわ。」



 気持ちよくなる為の秘訣など、いかにも簡単なことだった。

 この子と居れば、こういうコミック仕様の掛け合いさえあれば、いつだって最高の気分になれる。

 … 外面上、本来の意味で「自由」になれた今。 手元に残った「絆」のありがたみを、身に染みて思い知る。


 飄々と、どこまで本気か判らないような態度で、自分自身の平静と精神年齢の高さをアピールしながら、

 その実、周囲に「心の蟠りからの開放」の輪を広げていた、完成された「さりげなさ」。

 エゴイスティクな表層と論調の陰で、いざという時は、周囲や雰囲気を最優先した行動の取れる融通無碍さ。


 私のそれなんかとは本質的に大きく違う、等身大の「労り」を、常に腹の底に秘めている、高嶺の竜胆の気位。


 その、全てが。 私を救ってくれる。  風穴だらけの胸板を、埋めていってくれる。



 ― この子と、一緒で良かった。 ―



 ―



「… えっと、ご自分なりの世界観を発現されてる処を、大変心苦しいのですが …」


 遠慮がちに、ビジネスライクに、僅かに“身を引く”意志を滲ませた、私の苦手な論調で、こなたが私を現実に引き戻す。

 ワイパーや雑巾、窓拭き用の洗剤をラックに投げ込みながら。  ―あら、もう終わってたのか。

 … 我に返ってみれば、メーターは既に停止しており、トリガーは手応えを失っていた。

 早変りする数字列を無意識に眺めながら、この子の言葉を借りれば、明後日の方角へと旅立っていたらしい。 私としたことが。


 この分でいくと、例によって例の如く、からかわれるのかな。 久々に。

 それもいい。 今なら、どんな言葉でも受けて立てる。咀嚼できる。 …ってかこの間抜けっ振りには流石に言い訳が効かない。

 給油キャップをキツめに閉め、助手席に戻る。



「それ、逆じゃない?」

「…へ?」


 ― ちと、反応が予想外だったせいか。 シートベルトを締める手前で素っ頓狂な声が出た。

 話題をずらす足掛りを築くでもなく、嘲笑うでもなく。 この子の続く言葉は、現象を横薙ぎにではなく、縦に割っている。


 エンジン入力と共にガソリンメーターが瞬時に上昇する。


「なんつーかさ。」

 提言モードの仕草。 何気に、ハンドルから手を離さずに人差し指を立てている。


「私にとっては、かがみがボビーなんだよ。 ずっとそういうイメージで聴いてた。」


 ――


「だって最初に働きかけてくれたのはそっちじゃん。一年の頃。 言ってみれば、その流れに甘えて、ここまで仲を繋いで来れた。

 状況に任せてうざい外人ぶっ散らばした時、結果的に助けた、名前もうろ覚えだった同級生の、双子の姉さんとして、

 当時クラスで浮きに浮いた、痛い奴だった私に、最初にタメ口で話しかけてくれたのが、この方。 隣のクラスの柊かがみさん。

 お蔭でどんなに助かった事やら。 畢竟、“自分の出し方”はかがみから覚えたようなもんだ。 …有り難かったな、本当に。」


 この時期には別段珍しい事じゃないとはいえ、返す返すもしつこい渋滞だ。 信号が一応の切れ目を入れてくれるのを待つ。


「今だって。 ジャニス・ジョプリン… 程でもないけど。 その場凌ぎその日暮らしの親友に、 生きるヒント、教えてくれてる。

 …あ、でも、未来の法曹三者に“ヒッピー”は失礼か、幾らなんでも。」



「大して変わんないでしょ。ヒッピーも学生も。 無産市民で、且つ社会に要求はする。 でも、その分人間性は充実してくる。」

「… 成る程。 前言撤回。 私も早くそういう立場になりたいもんだ。」

「こら、その論調切欠にネカフェ難民やらに逃げ道探るなよ?」

「わーってますって。 このご時世、好きでなる奴なんか居ないよ。」


 結局、こういう展開か。 このコンビはほとほと、“そういう”方面のセンスに恵まれていない。

 素直じゃないのはどっちなのか。 …内心がほぐれてゆくのは、きっとこの焦りの原因と対になる、アンビバレントな現象。


「でも、そうだよなぁ… 『努力すれば報われますか?』とかは言いたくないな。

 努力って言葉には、“目的の為なら手段は選ばない”って暗示があるんだから。 そういう「覚悟」の主張が。

 努力の“仕方”っていうか、“向け方”やらを試行錯誤して見つけるのも、その一環だし。

 自分の不始末のツケが巡って来たってだけなのに、社会のせいにして当り散らすとか、人間としてどうか、のレベルだよね。」


 そしてお得意の『発言する権利』。 でも、私の独り善がりを受けてくれた事で、十全に『義務』は果たしている。 とくれば。


「んー。 頭ではよーく判ってらっしゃいますな。

 次はその十二分に精錬された理論を、同項B群の二の轍踏まないうちに、実践に移してみようか?」

「へーへー、お蔭さんで。成果は出始めてますよん。」

「ほほぉ。 具体的に、どの程度?」

「ふっふっふ… 前回の代ゼミ模試、クラスで2位。」

「げっ! 私より凄いじゃん… しかも予備校で。 恐れ入った。 いつの間に… なんて言い回しは失礼か。」

「これが、本気を出した私の実力という奴だよ。 今ん処、基礎学力ではかがみに負けてないと思うがね。」

「おっ、言ったな? タイマンならいつでも受けて立つぞ?」

「…の前に、今認めた『負け』分をどっかで払ってもらいたいなー、なんて。 かがみのペースでいいけど?」

「素っ薔薇しいな、そのノリ。 “駆け引き”卒業宣言から5分と経ってないってのに。」

「んー? 何のことかなー?」


 『空気』を概念にしてしまえば、この子はそれを読むでも流されるでもなく、自らが「生み出す」立場を常に維持している。

 筋切りされた精神をだらしなくぶら下げた凡百の現代人に到達できない境地。 その展望は、すぐ足元にあったのだ。


 漸く、空間が開いた。右左折車も多いんだろうが、時期を鑑みても過剰な混み合いだ。 一体何の渋滞? 事故でもあったか。

 止まってくれた後続にクラクションを鳴らしつつ、こなたが行列に車を滑り込ませる。 車体感覚も完全に把握済みらしい。




「なんぞとはいえ。」

 一息入れる。 そんな風情。

 そういえば、さっきから会話が途切れる事がない。 …何なんだ、この子と話せるのがそんなに嬉しいのか、私。   


「凡例の如く、これが全部、かがみの“お蔭”、って言われても、さっぱり反論できないのが今の私、でもある。」


 ―ん? これは所謂アレか。『点数稼ぎ』の手法。 暫く会わないうちに、芸がみみっちくなったのは気のせいか?


「… なんかやたらとさっきから持ち上げるわね。 欲しい物でもあんの?」

「馬鹿にすんねぇ。 ほんと久し振りにかがみに会えたんだからさ、そっちに同じく、“本音”曝けて話してるってのに。」

「ゴメンゴメン、あんたにしては珍しかったから。 つっても、いつ頃の話? 去年の暮れ明けの、あんたん家での勉強会の事?」

「んーん。ずっと前からだよ。 高校時代、宿題写させて貰いながら、かがみのノートから“勉強のコツ”も教えて貰ってた。

 ほら、ちょくちょく私の為に、必出部とかマークしてくれたり、綺麗にまとめ直してくれてたり。お蔭ですいすい入ってきた。」

 そういやそんな事もあったかな。 ノート貸しちゃぁあんたに教えるの、実は趣味みたいなもんだったんだけどね。


「あぁ。 …ってか、あれは自分で読み返すときの目印で、あんたの為って訳じゃなかったんだけど。」

「わざわざウサちゃんまで描いてェ? フフフ… 今でもそういうレベルのツンデレシスは抜けないんだよなぁw

 って事は? 変えられないのが“最初期の習慣”なら、即ち『生まれつきのツンデレラ』だった、ってw あー可愛い!」

「うっさい。」


 今となっては、最早懐かしい応対だ。 …といっても、大体はそっちの誘い受け状態だった事を、今更ながらに思い返す。

 ― そういえば、私がこういう脊髄反射的なやりとりに応じるのも、こっち(大学)に来てからは …久しいな。

 いつ何時でも、キャンパス内では頭を先に働かせてからの行動ばかりを要求される為か、身体回路が凝り固まっているらしく、

 例え小駕籠沢みたいな極身近な仲間に対しても、それなりに言葉を選んでの、「一線を隔てた」付き合い方をしているようだ。



 …そうか。 現状と対比すれば、一時の見栄の張り立てに逐一カロリー消費する行為の馬鹿さ加減がありありと把握できる。

 しかも、その大学での交友関係に覚えていた物足りなさの原因が、即ち自分の態度にあった事も、同時に判明した。

 この子との会話は、自分の近況をも俯瞰的に鑑みれる視点にまで身を浮かせてくれる。


 …それでもまだ、あんたは私を“親役”にまで吊り上げるのか。



 けれどもどうして、こなたは“はた”、と何かに勘付き、露骨に表情を沈める。

 ― 私の沈黙が長いせいか?




「… なんてのは、完全に私の妄想だったかな。 そうだよね、ゴメン、基。」



 だからそうは言ってない。 のに。

 私が口を挟むより早く、こなたはその自己完結型の思慮に読点を打つかのように、肩を竦めつつ、呟く。


「大変だったよね。 テスト前とか忙しい時にも、こんな“ごったく”にさ、一々かまってくれてて。

 ― 考えてみれば、私は『要求』ばっかだ。 高校時代から、いや、生まれた頃から、何一つ変わってない。

 自分のペース以外はどうでもいい訳だ。 把握できてるこの世の姿が、自分と、周囲3m位なもんならさ。」



 …

 この後に及んで。



「ごめんね。相変わらずこんな人種で。 私はさ… 何が出来たんだろ。 かがみから貰ったものに。」



 何を ―



「馬鹿だ、あんたは。」



 言い出すのか。



 だったら私は何だ。あんたの精神の寛容性に寄生虫みたいに吸い付いて、自分の生きる所以としていた私は、結局は何者なのか。

 畢竟、あんたが否定したいのは、何か。 自己意識か、それとも遠回しに相方の他者化にでも手を出しているのか。

 いずれにせよ、この時点で、許せる発言ではない。 人としても、親友としても。 …恋人としても。



「私がそうしたいから… その方が“居心地良かったから”、そうしたまでじゃない。

 繰り返すけど、あんたの為なんかじゃない。 自分のしたいように、気が済むように付き合ってきた、ってだけ。

 上っ面の優しさとか、頼り甲斐とか、全部その結果論に過ぎない。 見てくれだけよ。あくまで。」


 何度だって言う。 あんたに、正面から受け取られるまで。 あんたを、私から“解放”できるまで。


「結局 ― 私は、あんたには何もしてやれなかった。 これまでだって。 今だって。」




「… それだよ。」

「ん?」

「それが【優しさ】なの。 ほら、誰だったっけ?『ジブンヲカンヂヤウニ入レズニ』っていうの。」


「宮沢賢治?」


「そう、生涯独身の彼。 あの人はちゃんと判ってたよ。“本当の優しさ”って何なのか。


 自分のよりまず周りを― 【“相手の事”を先に考えられる人】 …そういう勇気を、身体化できてる人だよ。

 まさに、今の… いや、あの頃からの、“かがみそのもの”だ。」



 ――


 なんだかな、もう …  ―いきなりネタが古過ぎる気もしないでもないが。受験にも出ないだろうし。



 無粋にも、現状を言葉にしてしまえば。 結局、自分の理想は相手の理想で、互いに、互いの中にそれを見出していた。

 ユングとかショーペンハウアーは何て言うだろう。 「典例」? 「凡作」? 「相応の在り方」?



 つまりは、あんたと私は、“似たもの同士”だった。

 ― んなこと、日常的に勘付いていた事実だ。 今更言うまでもない、のに。




「覚悟しとけよ。」


 こなたが、凄んでみせる。 翡翠色の輝きの、翳りの部位を深めて。

 閉じた上目蓋の裏側に、例えようもない愉悦と共感、そしてほんの僅かに怯えを秘めて。


「こんなに相性のいい… 希少価値の塊みたいな相方、そう簡単に手放す気はないからね。

 誰が何と言おうと、私の一生分、背負わせてやる。 … 勿論、そちらの一生分も担う気でいるから。 そのつもりで。」


 こういう時は、いつだって性根の部分で、ある種の危機感を覚えるものだ。

 無論、「あれば」の話だが。 素直になった暁には、この子に、敵はなくなる。 この世の、何者を引き合いに出しても。



「そっちこそ。」


 だったら、字義通り、正面から受け取っちゃうぞ。  …あんたの本来の意志意図如何に関わらず、ね。




 ― … あんたも、本気で私を愛してくれていた。 ―



「だったら、早速第一段階。 相方の『研究』、『参照(サンプル)』収集の為にも … んー。」


 またもや、照れ隠しか。 こなたが頬を掻きながら、早口でまくし立てる。

 ― 顔を上げると、“林町小学校入口”の信号。自宅までそろそろだ。 ここへ来て、何故か言葉に詰まるこなた。


「… その、“用意周到”ォ、とか言われると、『お蔭様で。』としか、返せないけど。」


 相変わらずトラック5を無機質に繰り返すCDプレイヤーと、完備されたカーステレオが、言葉の間の沈黙を逆に一際助長する。

 信号待ちの空白を埋めるように、呟いたこなたが目尻を下げる。



「今日、泊まってってもいい?」



 右耳のサファイアが、居心地悪そうに顔を出した、暮れかけの陽の光を反射して、透明な虹を作る。


 その、新たな持ち主の裸の表情が、7つ目のラッパを吹き鳴らす。



 我が物顔で地上に巣食う竜や獣共は、己が頭上に迫り来る審判の最中に。



 世界が、明らかに“球形”をしている事を。


 今更ながらに。 思い知るのだ。




 ―.ああ、確かに。 徹底した用意周到振りだな。


   人間を、育ててゆく上で。



   あんたが早々に成し遂げた“親離れ”。  私の場合は、お蔭で、大分遅れそうだ。




 ルーテル教会のイエス像の御前を、トイザらスのクリスマスギフトを小脇に抱えたサラリーマンが、無愛想に駆け抜けて行った。




 Reference Songs : Me and Bobby McGee/Janis Joplin , Dark Star/The Grateful Dead , Basket Case/Green Day
             Goodbye Yellow Brick Road/Elton John , Wish you were here/Pink Floyd


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