「Me and Bobby McGee」 その3

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「Me and Bobby McGee」 その3





「あぁ…」


 ― こなたが、力なく首を垂れる。


「猛烈な自爆。 どうしちゃったんだろうな、最近。

 かがみの前だと全然らしくなれないや。んな事わざわざ言わんでもいいだろうに。

 弱み曝けてさ、汲んで貰おうって意志見え見え。 だったら何になる、ってんだよ。」


 逆ギレ相応に、やるせなさや未消化の鬱屈をぶちまける。 


「結局高校時代の癖やらが抜けてくれないんだよね。

 かがみはもう、違う次元に居るのに。 もうすっかり大人だってのにさ。」


 こっちの反応など、お構いなしに。




「いい加減にしろ。」




 早くも周囲に檻が見え出しているこなたの精神を、リセットする。

 ―少し、語調が強過ぎたか。 こなたは、怯えたように肩を震わせる。


 最前列に百貫デブを結わえた自動車体育祭のムカデ競争は、次の一歩の兆しを苛々しながら待ち侘びている。

 こなたが落ち着くのを待って、―こちらもなるべく平常心を保ちつつ、次の言葉を探す。

 もう2ループ程しただろうか、ジャニスの歌う「Me and Bobby McGee」は、その足掛かりとなる、絶好のBGMだった。



「この世の10人に3~4人は生まれつきの同性愛者… 何の入れ知恵もなければ、自分と相方の性に疑問を持つであろう人々。

 遺伝学的・生態学的に、この齟齬発生の比率は認められている。マジョリティ、マイノリティって区分けは、純粋に、数量だ。」


 舞台はバトンルージュからニューオリンズへの道程でもなければ、ヒッチハイクで拾ったトラックの中でもない。

 汚れたレッドバンダナもハーモニカもなければ、それを吹く技術も、ブルースを歌える素養も、拍子をとるワイパーもない。


「あんたはその2/5を自分の独断で全否定するつもりか。 西欧効率主義にすら、原理主義を除いてこれを否定する趨勢はない。

 例えばパトリシアさんの故国でも、今では大概が受容される。 ―気付いてたんだろうね、あの娘も。あんたのそういう側面に。

 だからこそ、春に会った時、あんなに、腰の筋曲がる程しつっこく繰り返してきた訳だ。 “コナタをヨロシク”って。」


 だのに、不思議な事に、だ。

 この歌の描く風景は、今の私達に逐一符合し、眼前に広がるであろう荊榛の原野の、先導役を買って出てくれてもいる。



「さっきあんたが言った通り、どんなに影響は与えられても、本質のレベルで、他人を変えることはできない。

 その他人に、生きる事を許されてるからこそ、生きていられるんだからね。 それ以上の要求は、同種同類としておこがましい。


 だったら、自分が変わるしかない。 自分達にとって住み易い環境を探して、そこを開拓してく。 猿人時代からの習慣よ。

 他人の精神に危害を加える訳でもなく、かつ表面的な自立性は維持できる。 万事が丸く収まる、そういう選択肢。」


 何も持たずに、新たな故郷を探す二人。

 ハーモニカとブルース… 紫紺と碧の、ツインテと馬鹿毛の、夫婦漫才。

 それだけを生業に、それだけを対話に、それだけを生き甲斐に。 ―“それだけ”で、確かに通じ合う。 そんな関係。

 今の心境をそのまま形にしたようなギターの響きが、半端な空想のもとに浮かび上がってきた未熟な世界観を色付けしてゆく。


「それを“逃げ”だと言う人間もいる。 現に、少し昔の私はそうだった。 今居る自分が全てで、完全な独立体を信じてた頃の。

 でも、歴史を知ればよく判る。人間が、どんなに固まり易いか。 化け物に新たな価値観押し付けても、堂々巡りだってね。

 この世の成功譚は、全てが後付け。 最初からそれを望んで行動する人間には、一片の情けも掛けない。 それが、社会の原理。


 言ってみれば、臆病者の言い訳か。 自分を変えてく事が怖くて仕方ない。だから周りを変えたがる。 そういう小便垂れのね。

 世界の深遠さも知らず、守るものは既成の自分だけ― 只の自殺志願者だ。 バンプなら英雄にして媚売らせんだろうけど。」



 妹や自分の既得権を守り通すのに必死で、色褪せたジーンズみたいな心境にあった、いつぞやの私の前に

 この子はひょこっと顔を出し、奇妙で鼻に付く言動で、私をふざけた感情の虜囚にした。

 ひょんな切欠から巡り合った、ヒッピー仲間のジャニスとボビーが、意気投合し、パートナーシップを組んだ時のように。


「あんただって、自分の生活は大切でしょ? 自分の幸せは前提でしょ? だったら―

 わざわざ苦しまなくてもいい。 楽しんでやれれば、それでいい。

 捜せば、そういう道は幾らでもある。 “意図せずに世界を変えてゆける”道は。 本来、それが正道だとも思うけど。」


 日常の壁を、十八番の力で乗り越える。 ブルース・ロックと、漫談的掛け合いを、趣味と実益 ―生活と魂の養生の為に。

 いつだって、片時も離れずに。 「界隈1のツーカーコンビ」の称号と共に。 相方への信頼そのものを、明日への道標として。



「… それって …? 分かり易く言うと?」


 ボビーが― こなたが、目の色を変える。 伝わっているようないないような、掴み所のない表情で。

 …また悪い癖だ。 自分の次元でだけで話を進めてたな。学生ってのはこれだから。 鼻で息を吐き、喉を掻き鳴らす。


 ― 但し、一つだけ、根本的に異なるのは。



「あんたが言ったように。」


 例え相方の「サリーナ」に近付いた所で、雨の中で握り合ったボビーの手を、ジャニスは決して離さない、という事。

 身軽になれば、柔らかくなれれば、どうという事はない。 もとより、この世の主体は「人間の関係」だ。 全てはそれと同じ。

 むしろ、新天地に開けた未知の希望に目を向け、彼と同じ道を歩みゆく意志を、その場で、はっきりと告げる事。


「私は正直じゃなければ優しくもないし、当然“大人”でもない。 いざって時に渋るし、その癖他人への要求のレベルは高い。」


 見栄とか恥とか外聞とか、損得勘定とか「自分」意識とか。 すべてを、括弧に入れて。

 素のままの自分なら、無防備状態なら、もう一度、違った姿勢で、足元の荷物と向き合う事も出来る。可能性を、育てられる。

 「勇気」などという言葉では回りくどい。 それだけ、こっちのジャニスは、ボビーに入れ込んでいるのだから。


「そんなもんじゃない。あんたが期待するような人間には、多分、成れない。 その素養も、資格もない。

 相変わらず、“納得”は絶対必要条件だし、受け容れられる人種とか概念とかも、可也狭いと思う。

 … その、同性愛とかの許容域も、ない。」


 数分先が未来のヒッピー暮らしだから、ボビーはジャニスとの仲に、どれだけ真剣なものを見出していたかは判らない。

 でも、例え行きずりの愛だったとしても、そこから生まれたものは、互いの胸に生涯残るような“思い出”を刻み込んだ筈だ。

 生きる為に、不可欠な要素 ―それさえあれば、例え進退窮まった時にも、多くは要らない。困らない。 そんな感傷を。



「と、思ってたけど。 そうじゃない。 実際は、そうじゃなかった。そうじゃなくなってた。 …あんたと、一緒にいるうちに。

 いつの間にやら、どうにもならなくなってた。 何て言えばカッコ付くか、とか、ほとほとどうでも良くなってた。」


 ジャニスの、酸いも甘いもかみ分けたような渋い歌い口調に、軽快なピアノの音色のハーモニーは、

 限りなく、私を勇気付けてくれる。

 彼女自身が、自分が得られなかったものの概略を、私に指し示してくれているかのように。



「“依存症”って奴。 金曜夜にあんたの声聞かなきゃ、次の一週間、まともにやってけない。 つまりは、あんたと同類。

 ―さっきの、今年最後の授業、発表だったんだけどね、大失敗だった。 原因は、やっぱソレ。 …なのかもしんない。

 成績決定の試験も兼ねる最後の発表の前だから、こなたの励ましとか欲しかったなぁ、っていう。 今時の“女”の空気感。」


 結局、こなたは出てくれなかった。 …この子とて、万年暇な立場にないからそれは仕方ない。 と、理性面では納得したのに。


 ―如何にも頼りない話だ。 相方の求めるものは手元になく、代わりに自分の感情を切々と吐露する。 お門違いも甚だしい。

 “エンターティナーは称号だ。”か。 …あの中年は、矢張り只者ではない。 才覚がなければ、人を幸せにはできない、と。

 自分の感情とは無縁の領域を、前頭葉に創り出せる、そういう才覚が。



「もし、それで… そんなので良ければ。 こんな調子で、先の見えない行進、続けてける気力が、あんたにあるなら。

 ― それも、アリなのかもしんない。 一生、添い遂げるのも。 …どうせ、生きてる限り苦労すんならね。

 一緒に、掻き分けてきたいじゃん。 “お気に入り”と、さ。  …あんたが、そうしたいなら― 私で良ければ、だけど。」



 事ある毎に何かの尻尾のようにフリーフリーとぶん回されていた、見せ掛けだけの“自由”至上主義に

 彼女は一人、字画そのものの意味する何より単純で率直な結論を。 即ち、彼女が何より愛した始原の自然状態への憧憬を。



「… 私は、構わない。 嫌とは言わない。  好きに、付きまとってくれていい。」



 或いはドラッグと男共に引っ掻き回された続けた人生の片隅に、残滓のようにこびり付いていた老荘的見地から得た真理を。

 ロック・スターとしてではなく、一概の女として、人間として。 冷静に、慈愛すら込めて、歌詞として後世に遺している。



― こなたの頬が、漸く開く ―



 途端に …  胸が、締め付けられる。 息が、出来ない。


 この表情。  無意識に全てを託せば、今の今まで、私はこれだけを外界に求めていた気がしてくる。


 満面の、この子にしか出せない、桜色を。



 そう。 自由っていうのは、「失うものが何も残っていない」事。

 つまりは、端から「何も持たない」事。



 自分の所有に ―生き様に『拘った』が故に、結果として、彼女はこの世の何ものにも代え難い“機会”を、見失う事となった。

 所有意識― 『固執』は、人間を盲目にし、谷底へと突き落とす。 これが、ジャニスの謳う、教訓だ。



「ツンデレさん。」



 『所有する事』とは、つまりは“持っている状態”を維持しようと躍起になること。 

 まさに、元の木阿弥、という奴だ。 共同体の管理側に訴え掛ければ掛ける程、それだけ本来の目的から離れてゆく。

 自由という単語を、自分というものの所有権を主張する出汁に使っている限り、人間は本能の奴隷となる。

 自由を主張する者には、代償として一切の『所有』を許さなければ、それで、良かったのだ。 互いに満足できる、という事だ。


 絶対的なものさえなければ、人間は「ありのまま」で居られる。

 ― それが、私がこなたに惹かれた、最大の理由でもある。 こなたは、既にこの点を、意図もなくこなしていたのだから。


 かつて、私がこの子から感じた“純粋さ”。 それは既に、新たな“人の間”に溶け込む上での「前提」に過ぎなかった。



 ― そんな大物が、私を“同志”と認めてくれる。 感覚を、共有したいとまで言ってくれる。




「ありがと。」



 この言葉しか、出てこないな。


 今は。




 すると、俄にこなたの首が、すっと伸びてきて …



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