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「Me and Bobby McGee」 その2

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「Me and Bobby McGee」 その2





 身近な存在でなければ気付けない部位。 道理や効率云々は別として、自分の矜持がどうしても受け付けない面。

 この子は既に、肉親にそれを見出している。 つまりは精神面で「対等の付き合いができ始めている」。 

 幼少時から、最も甘えられる存在― 「母親」抜きに、その分過密な父子関係を経てきたが故に。


 途端に、今まで親の脛をかじりながら、さも当然の如くその事実を人目の付かないねぐらの藪中に放り込み、

 一方で他人を俯瞰する視点に堂々と鎮座していた自分の態度が、限りなく滑稽なものに思えてきた。




「車は、自分の収入確立できるようになってから、かな。 駐車場代もあるし。 それまでに運転の方を忘れなきゃいいけど。」

「そっか。」


 そう、立場の違う人間に発言権はない。


 遅ればせながらに到来したこの子の第二次反抗期の顛末を、保護者的視点のもと見守る気構えでいた3ヶ月前。

 いつの間にやら、否、既にあの時点で、予想通り、私はこの子に追い抜かれていた。

 精神面での親離れを果たしたこなたと、未だに依存し切っていた(=有り難味を忘れ去っていた)私。


 無智は、蒙昧は、確かに幸せなのかもしれない。 自分の、悲惨を、浮きっぷりを、正面から認識しなくて済むのだから。




「どったの、かがみん。 唐突に無口になって。」

 さて、どうしたのやら。 所謂、『自分がどこにいるのか分からなくなった』状態、か。 村上春樹はやはり天才だった。

「ん… 何だかね、よく判んない。」

 こなたは今の私の住所を、新調したらしいカーナビに入力している。 自分に把握できない感情をどう表現しろっての。


「ショボんできた?」

「なにそれ。」

「『心萎えるとき』ってのはどんな人間にもある。五木寛之はそう言ってましたぜ? …何かBGMでも掛けるか。」


 やっぱりだ。 この子と私は相当似通った思考回路を持っているらしい。 同シチュに対して同時に大物作家の名を連想する。

 ― 今は、ちょっくら、こういう偶然に甘えておくかな。



「何があんの?」

「ちと待っとってー、後席の足元に… あった、見たまえこれを!」

 と、横着にも運転しながら後部座席から取り出してきたファイル型収納ケースには、CDが一部の隙もなく詰め込まれていた。


「うぉっ、何枚持ち込んでんだ… 60枚って。よくもこれだけ集めたもんだ。 えーと、私が選んでいい?」

「どーぞっ。 因みに、リスニング力増強(内実英語アレルギー克服)も架けてますんで、全部洋楽だけど。」

 意外な展開。 どうせこの子の事だからアニソンばっかだろう、なんぞと見くびっていた私の出鼻を早速挫いてくれた。



「― 丁度良い。 邦楽の姑息な台詞回し、最近うざったくなってきててさ。 聴いたら余計落ち込むとこだった。」

「判らんでもない。自己主張の規模がみみっちいんだよね、日本人は。」

 この国の、西欧至上主義に基く奴隷根性の根は深い。 未だ猿真似段階だ、等と言ったら、エンターテイナー“には”失礼だが。



「あっ、ジャニス・ジョプリン!」

 Angra、エアロスミス、Yesにスレイヤー、と思ったらABBA。 最近のを中心に色んなジャンルを聞き漁っている事を確認。

 ファイルのページをめくってゆくと、猛烈な既視感を放つパッケージを発見。 公園、ハーレー、若干ずれたサングラス。


「知ってんの? …あぁ、はるかさんの影響か。好きだもんねーあの人。ライブでは必ずジャニスの中から一曲カヴァるって。」

「知ってるも何も、同じアルバム持ってるから。 …そいつに誕生日に貰ったんだけど。発売日前に手元にあったレアモノとか。」

「どういうルートで手に入れたのか気になる処だけど。 それにする? とも、聴き飽きたとか?」

「んーん、最近聴いてなかったから。」


 カーナビ下のセンターコンソールに口を空けているCDプレイヤーにアルバムを吸い込ませる。
 開閉に逐一スイッチ入れなくてもいいこの形式は、どういう原理なのかいつ見ても不思議だ。文明の利器って奴だな。

 早速一曲目の“Piece of my heart”が流れ出す。 小駕籠沢ん所のバンドの十八番だ。
 … 原形留めてない程のカオスなアレンジ(斑鳩氏がデスメタ調に叫ぶわギターの小駕籠沢娘が10分程トランスするわ)だが。


― An' didn't I give you nearly everything that a woman possibly can ? Honey, you know I did ! ―


 よく聴く為か、歌詞が普通に口をついて出てくる。今度カラオケで歌ってみるかな。 クラシック・ロックがあればだけど。


「かがみ上手いなぁ。英語が綺麗な事もあるけど、音程が全然外れない。 国内外問わず、古い曲だと強いのかな?」

「そ、そう? 嗜好からして古風なのかな。 …また微妙な褒め方だけど。」


 上手いといえば、さっきからこなたのハンドル捌きは見ていて清々しさを覚える程。いつの間にこんなに修練を積んでいたのか。

 成美のゆいさんといい、おじさんといい、この血統は「パターン化」が得意らしい。 お蔭で一族総員ヲタ寄りになった訳だが。


「「― come on, come on ... and take it!」」


 おや。 私に続いてこなたも歌い出してくれた。しかもバック・コーラスの音程で。 相当聴き込んでるな。

 浮かない様子の私に気を使ってくれているのか。 さりとて全く些細なことだが、久々のコンビネーション。 思わず笑い合う。



「随分聴き慣れてるじゃない。」

「そっかな。買って半年もしないしあんまり聴いてないんだけど。 こういうどうでもいい所の記憶力だけは良いんだよねー。」

「歌詞は作家の子だから判るとしても、絶対音感もあるとか?」

「や、それはない。中学の頃音楽は2が平均だったし。」

「それは取り組み方の問題じゃないのか? あんたの興味の対象って、年齢によって大分バラつきがあるな。」

 心理学でも専攻すれば、この子のこの辺の謎も解き明かせるんだろうけど。 流石に概論のレベルじゃ歯が立たん。


「どうでもいいけど、この曲聴くと里見浩太郎を思い出す。」

「そういう直感型の発言は控えおろう、って何度も言っとるだろが。」

 母音に弱いな日本人。 多分、史上最強の副将軍。 判り易いものこそ好まれる、の典型か。初代から何十年続いてるんだ。



 W田の町並みはクリスマスムード一色だ。 どの店舗からも、この機を逃すまいと売り込みに必死になっている様が伺える。

 普段は演歌が響かせている中古CDショップ(見た所LPもある)も、今朝は有名なマライア・キャリーのあの曲をかけていた。


「そういや、何でジャニスなの? というか、あれだけ英語嫌いだったあんたが、なんでまた洋楽を? やっぱAYINの影響?」

「ん?」

「私は御駕籠沢に薦められて聴かざるを得なくなった訳だけど、あんたの切欠は? とも、ニコニコで偶々聴いたのが… とか?」

「う~ん…」

 片手の甲を顎に当て、幾つになってもさっぱり板に付かない『思案中』の仕草を取り、こなたは(恐らく)言葉を選ぶ。


「直接の切欠はそれかな。 最初に「これだっ」って思ったのがボンジョビの“Undivided”。 ルルーシュの神MADに使われてて。

 それ以来洋楽好きになってさ。タグ辿ったり、歌詞とか関連曲ググってくうちに、いつの間にかどっぷり浸かってた、って奴。」


 おおかた予想通り。大体切欠なんてのはそんなものだ。 私が最近ディシディアに嵌ってるのも、誰かさんの影響だろうし。


「ジャニス・ジョプリンの方も切欠は同じ。 よりによってびんちょうタンのMADでさ、余りのギャップに妙に印象に残ってて。

 調べたら最初期のロッカーでしょ? 歌詞の日本語訳とか読んでったら、もう離れらんなくなったね。 カッコ良いのなんの。」


 だろ? あの歌いようのオリジナリティは後世の何人たりともそれに匹敵するものを体現できない筈。

 一般人に聴かせたら時代錯誤もいい所なんだろうが…


「この人さ、当時のキリスト教文化圏では可也異質な『活発に自己表現する女性』だった。倫理とか理想像とか全部撥ねのけて。

 バンドっていう男の娯楽に首突っ込んだお蔭で、界隈からも社会からも相当煙たがられて、白い目向けられてたらしい。」



 その通り、よく調べてんな。 しかしまさに、そういう理由から…


「そこがさ、なんか… 時代は違うけど、共感できた。 ほら、元ヲタって事もあるし、今の時代も、まだ女って負け組みじゃん?

 空気の奴隷になるのが大前提で、男の正反対の要素ばっか求められる。 その枠から外れたら、すぐさま『ビッチ』だし。」


 仮に現代の歌謡界に出現しても、十三分に通用するアーティストでもある。 尤も、そのロックの系譜の創始者も彼女なのだが。

 ― 流石はこなた。私と殆ど変わらない経緯でクラシック・ロックにのめり込んでいる。 今日は感情の起伏が特に激しい日だ。


 … ところが、無神経にうんうん頷いていたら、妙な誤解をこの子に与えてしまったらしい。 寂しげに顔をしかめて。


「別に、いいんだ。 多分、世の“女”ってのはそういう不条理に順応できるっ位の柔軟さを身に付けてける生き物なんだよ。

 理想と現実のギャップは、負荷が多い程早く悟れる。 多分、母親の生き様とか、から。」


 恒例の“言葉の裏の意図”を読み取る作業をしっかり忘れていた。 ―まさか、そこで亡き母親の後姿が出てくるとは。




「私は、駄目だった。 残った先導者があんなザマだし、こんな体格だから、逆に表面を内面で補おうって惨めさしか出てこない。

 萌芽は、17,8のさ、人間性の形成期としては遅過ぎる段階まで ― かがみが現れるまで、待たなきゃなんなかった。」


 つい先刻も同じ感情を、少なくとも2回は覚えている。何故今日はこんなに『人生経験』というキータームに捕われるんだろう。

 結局、私がこなたの半生に抱いている印象など、開示された分の情報から、自分が勝手に推測した像から得たものに過ぎない。

 モナドの生、連鎖、受動的志向性… 全人性を連想させる単語は現象学界に溢れているが、大半が本能=非社会性に基く。

 現代の、こういう「確立した個」の振り翳す現実の前には、尾すら立たない。 まさに『暖簾に腕押し』『糠に釘』、だな。



「ところで… かがみはさ。」

 早く話題を切り替えたいらしい。 当然だ。 他者の前で帳を巻き上げ切った自分は、即ち無防備になってしまうのだから。


「うん。」



「好きな人とか出来た?」


 からかおう、って雰囲気じゃない。証拠に、口端が重力に従っている。 …さて、何と応えたらいいものか。“好きな人”ねぇ。


「この時期に実家帰ろうなんて人間にいる訳ぁないでしょ。 男は下半身の事しか、女は損得の事しか頭にない。

 名門だって言われてるけど、そんなの現代人にとっちゃ一義のネームバリュー。 実質、只のチャラいのの寄せ集めになってる。

 どいつもこいつも『効率よく』単位取る事にばっか執心してるし、稀有な例も、結局は自分のステイタス気取ってるだけ。

 痰とか鼻水とかザ○○ンとかは平気でぶちまけるけど、掃除は他人任せっていう。 言ってみれば、公衆便所みたいな有様。」


 全力で斜に構えてみる。 この子の好きな「ツンデレーション」って奴だ。



「全く以って容赦の欠片もない言い草だね。 ネラーすらそこまでは言わないよ。 あっこは社会相応、男至上主義だし。」

「あんたの前だからかな。正直な感想って奴。 聞き苦しかったら、もう言わないから。」


 … いかん、期に乗じて相当八つ当たってるぞ私。 この子の好意で拾って貰ったってのに。


 けれどこなたは、口元にこれまた恒例の小オメガを浮かべ、長い睫毛を伏せ、受動パターンを取る。 …通じたらしいな。


「でも新入生歓迎コンパとかには出てるんでしょ?」

「飲み会も併せて2,3回はね。どれも男に言い寄られて、それ以来出るの止めてるけど。」

 その愛らしさに、少々調子を狂わされたらしい。

「ほほゥ、モテモテだぁ。 やっぱその容姿でツンデレとか、異性がほっとく訳ないよね。」

「半端な持ち上げ方すんな。…そこで、男に失望もしたんだけどね。 2度目の今頃に言い寄られた相手が、概論の講師だった。」

「… …。」

 本音の位相が出てきてしまった。


 車は江戸川橋に差し掛かる所だった。 丁度、カーステレオが、アルバム2曲目の「Summertime」を奏で出す。

 …『空気の読めない』発言だったかな。 それでも、こなたの目は私に話の先を促している。

 一旦言い掛けて話題を引っ込めるのは、この子の最も嫌いなパターンだった筈。 なら、細心の注意を払いつつ …


「かなり、ヤバかった。いかにもな好青年で授業も楽だったけど、高圧的で。 概論は必須科目だから、落としたら進学できない。

 それを盾に何気に酌させたり肩抱いてきたり、果ては俺ん家まで来い、とか耳元で囁いてくんの。
 おふざけだったんだろうけど、途端に醒めてさ。 授業後の質問とかで目立って顔覚えられてたの、この時ばっかりは後悔した。

 そのまま店抜け出して、その足で学生生活科に報告したら、今年からその講師、学内で見なくなった。 成績はAだったけど。

 あの学校の事だから、『揉み消した』んだと思う。 いずれにせよ、結果的には異性にも学校って組織にも裏切られた訳だ。」


 こなたが、眉を顰める。 お馴染みのオーバーリアクション ―とはいえ、何というか、共感されてるようで、素直に嬉しいな。

 流石に、こういう話題は身内(同じ学校に通う仲間)には洩らせない。 嫌がってる風でもなさそうだし、もう少し洩らす。


「大体、男なんてそんなもん。都合と支配欲だけで生きてる。 そんな連中の『産む機械』業とかゾッとしねーっていうか。」


 恐らく、“女”という生き物がこれだけ社会性を重視する所以も、対でありながら実質の支配権を握る一群の要求に違いない。


「保護されたかったら、学歴っていう足掛かりが欲しければ、学校の障害にはなるな。 …そういう、無言の圧力、っていうの?」


 それが社会というものの構造なのだと、言外に教授する。従えない者には淘汰の理論を該当させる。 成る程高尚な教育方針だ。


 … ちょっと待て。 何を話し出している。 まだ外枠すら不安定なこの子の展望を一層曇らすつもりか。

 最早、こなたも続きを催促していない。 ―似通った失敗をほぼ立て続けに二回。 どうしちまったんだ今日の私は。


「ゴメン、愚痴っちゃった。 …曲替えるね。」



 矢張り、私は受動態が向きらしい。 視界の狭さというのか… 私は話し出すと、どうしても『自分』意識に埋没しがちだ。

 中々、その『場』に相応しい話題を提供することができない。 周囲を鑑みて、合いの手を入れる位が丁度良いのか。


 漂い出した険悪なムードを一蹴すべく、私はアルバムの番号を進め、5番を合わせる。 再生… リピートになった。まあいい。

 私のお気に入り、「Me and Bobby MCgee」。見送ってしまった最良のパートナーを懐古する、ジャニスらしいナンバーだ。

 軽快に「絆」を歌い上げたこの曲なら、良い景気付け(これもこの子との関係にのみ生じるファクターの一つ)になるだろう。



「… 女友達の方は?」

「え?」


 と、こなたの方はすかさず話題と共に、空間の色を変えてくる。 … この雰囲気の切り替え技術、どうやって習得したのか。


「かがみ、同性へのセックスアピール上手かったもんなぁw」

「おい。」


 但し、余計な接ぎ材は“かなり”多いが。

 … といっても、異性関係に全く縁のないこの身、他者とくれば、その構成員の大半は同性だ。 話の種には事欠かないか。


「そうだなぁ… 御駕籠沢も含めて、同学部には西沢、杉浦、あと他学部に蓬前とかも居たな。

 私の場合、性格が性格だからさ、気の合うのが中々見つからない。 特に仲良いのは4~5人で、大体みんなあんな感じ。」

「え、みんな?」

「うん、お愛想みたいなもん。 買い物とかライブ行ったりとかはするけど、まだ誰の家も知らない。侘しいもんでしょ。」

「ふーん …」


 贅沢にはなるが、深み… というか、充実感は足りていない。 御駕籠沢、西沢、杉浦… 皆善人だしそれなりにノリも良い。

 しかし誰も相手の人格の内奥にまで踏み込もうとはしない。 大人のマナーという奴か、感謝もするが、不足を感じる事も多い。

 キャンパス内大階段の下でこなたを見かけた時、驚きよりも、安堵感の方が先に心に去来した事からも、それは明らかだ。



「かがみさ。」

「あ?」

 ほんの10秒かそこらの間隔だったが、言葉が、明らかに質量を増している。

 この子位、頭の回転が速ければ… 等と、純粋に羨んでいた時期が私にもありました (つい最近まで)。


「私は、かがみが先輩になってくれる事、本当に有り難いって思ってる。

 ちゃんと後に教訓残してくれる人だし、一番… って言っていい程、身近な“前例”にもなってくれるし、ね。」



 そうか、そうだよな。 今まで取り立てて意識していなかったが、こなたの受験後、私はこの子の『先輩』になるのだ。

 その私がかつて妹に覚えた感情… すぐ後方にいた人間が、先達となる事を知った際の、複雑な心境。 えも言えぬ、鈍色の靄。

 恐らく、今のこなたの胸中には、それが渦巻いている。 自分でもどうしようもない奔流を、必死に抑止しようとしているのだ。


「でももし、まだ私との間に、友情感じててくれんなら… もう少し、ペース落としてくれる? 私が追いつけるまででいいから。

 今の時点じゃ、その… やっぱまだ駄目だ。 色々駄目。 付いてけなくなる。 明らかにステータス足りてないから。」


 思いつめ易い。 …それが、二度の受験の失敗を皮切りに、この子が新たにその前頭葉に刻み込んだ、余分な性質。

 ― 私は、話の調子にあえて冗談めいたものを加える事で、こなたのその感情の根源… 『不安』を払うことを試みる。


「ステータスだぁ? また『攻略』とか『フラグ』とか抜かし出すんでしょ。 いつまで夢見てんだか。 大体…」

 が。


「一般人の言葉使えば。」


 こなたは本気だ。 続く私の言葉を難なく制してしまう。 その口調と前方を射る視線には、大気を裂く様な、妙な気迫が篭る。


「“素養”。 あとは“機” …タイミングみたいなもの。 人の間ではどっちも必要で、今の私には、どっちも足りてない。」


 その瞳の、煌く翡翠色に呼応するかのように、右耳のサファイアが、自らの存在を主張する。 車外に光源はないにも関らず。

 完全にこなたのものとなった、私の魂の欠片。 その片割れは、私に、相方の何を伝えようとしているのか。


「成るべくして成る、沈むべくして沈む。 人間単体には絶対に変えられない、そういう“流れ”っていうのか…

 兎に角、『敷かれたレール』だよね。無きゃ先には進めないし、誰も、それには逆らえない。でも、それを“選ぶ”のは、自分。


 ―簡単に言えばさ、やっぱり生きてる限り、“どうにもならない事”ってあるでしょ? 無粋な言い方すれば… 」


 何だか、言葉が嫌な風を帯びてきているような気がする。 大体こういう流れじゃ、究極の終始線が…


「運命。 一生付きまとう。その度毎に、それについて“悩む”。 そうやって、人は整形されてくんだろうね。」



 ほら出た。運命。 ―よりによって「運命」だ。手前が恨み辛みのもとに人生の末端まで呪い続けるのが、畢竟は『運命』とは。

 だったらその紙っぺらより先に、そんなものに戸惑ってる自分の決断力のなさを呪い切れってんだ。 話にもならん。


 運命なんてものは、所詮、人間の仮定した夢幻。 何故か。 実在するものは所詮、“他”に縁って起こるものでしかないから。

 それが、全てだ。鋼と英知の牙城に立て篭もっている限り、人間に神はいない。 あるのは“関係性”という不可視の境界だけ。

 精々(その認識を)持たざる者に叶う表現(=気休め)は「世界の神は嵐の中の若者を救いたがる」とかいうファンタジーだろう。

 無鉄砲は無辜の証、それを見放した人間はすべからく悪。 見返りは必ず望む。 私は心底あのチキンどもが嫌いだ。



「だから、それをさ、選ばせてよ。 絶対、時間は掛けないから。」


 どうにもならない事を運命とは呼ばない。 持って生まれたもの、逃れようのない人生の節目、人はそれを「宿命」と呼ぶ。

 言葉尻の問題ではない。「命」を「運ぶ」もの、つまりは「人の力」なんぞに、単体の宿業が弄べたものか。

 その未だに尾を引く劣等感に基く全ての判断の大前提に、『主観』がきている事にどうして気付けない。

 近現代合理主義、ネットの培った自分or人間至上主義。 いつまでそんな天上の黄金座敷で思い上がり続けてる積りだ。


 よし、いいだろう。 即刻、叩き落してくれる。 一度、地上っていう『無間地獄』を垣間見るがいい。

 ― 少しは、気が抜けるだろうから。



「軽いわね。」

「え?」

「じゃ、基礎からか。 あのね、亀が歩いてる。ミドリガメが。 その後方数百mにギリシァ一の快速漢、アキレスがいる。
 そのまま両者は走り出す。終始変わらない歩調で。自分のスピードで。 すると…

 アキレスが井戸端に到着すると、亀はアキレスがそこに達するまでの時間分先に進んでいる。
 アキレスがその先のパルテノン神殿に到着したときには、亀はまたその時間分先に。
 その先の水道橋でも。トレビの泉でも。コロッセオでも。 同じようにアキレスがそこに辿り着くと、亀は時間分先に進んでる。

 こんな感じで結果、いつまでたってもアキレスは亀に追いつけないことになる。」


 こなたは眉を顰める。 こいつは突然何を口走るのか。その言動に、何か意図はあるのか。

 半ば狂人を目の当たりにする風情で。


「これ、ゼノンの絶対矛盾(パラドクス)の一つなんだけど。…あのラノベ界のフッサール気取り、上遠野風に言えば。

 その、あんたのいう運命論って、これに近いな、って。 限りなく。

 あいつの作風に同じく、仮説としても“実体”の伴ってない辺りが、如何にもあんたらしい、っていうか。」

「…??」


 まだ判らないか。  …いや、この場合コチコチの石頭なのは私の方か。ザリガニも食ってパワーアップッ。

 小論やらレポートが当然の大学生活に随分毒されてたらしい。こういう時は、一旦思考とか、持ってるものをリセットしないと。

 一般人に伝わらなければ、全てが『カオスとコスモスの闘争』… このレベルに終わる。 ゴル兄さんは良いキャラだ。


「つまりさ、あんたは形にもなってないものの流れを、勝手に悪い方向に予測して、只々怯えてる。

 言ってみれば、このパラドクスみたいに、紙に書き出した論理屈を頭ん中で捏ね繰り回してるだけ、って事。


 絶対不変で事前確定の“運命”って、誰が決めたの。 神? 仏? エーテル体? 預言者? 阿闍梨? 神智学者?

 それとも荒木飛呂彦? 井上雄彦? 鬼頭莫宏? 福本伸行? 乙一? 押井守? 庵野秀明? 美水かがみ? ―違うでしょ?」



 『統率』『管理』する立場ってのは、幾つになっても気分が良いだろうからな。
 神様業は楽しいですか。楽しそうですね。  締め切りに追われて墓穴掘らないようにね。視聴者あっての自己表現業だよ。

 同様に、先述の鳥頭にせよ、歌詞を徹底的に整形して絶対のオリジナリティ気取るバンドには虫唾が走る。日本人のなら尚更に。
 究極の俯瞰視点に立てば現象も言葉の意味も自由自在、か… バカが。 「衒いなんか止めてさ~♪」 てめーが止めろっての。



 右の人差し指を立て、こなたの左側頭部― こめかみ辺りに、一突きを加える。

 ぬおっ、というあからさまなリアクションの元、頭をぐら付かせるこなた。
 流麗なハンドル捌きが小揺るぎもしない辺りから、演技なのは一目で判る。


「あんた自身。 ここから先、自分の人生を切り拓いてくのは、あんた自身の力。

 他の、誰でもない。 ―誰も代わっちゃくれないし、結局最後まで、誰も助けちゃくれない。

 でも、それを果たすのが、生きてく上での、『生かされてる』上での、世に還すべき“責任”。」


 それが何なのかを見極める為の期間が、「生きる」という事の80%。 黒澤明はそう言っていた。


「生きてる限り、社会に媚びてけって?」

「そうは言ってない。 自分のできる範囲で、返せる分だけ返してく。 『権利』の前に来る筈の「義務」よ。

 現代人はさ、『人権は無条件に保証される』って考えてるからいけないのよ。 現実、そんな事は全くないから。

 「自分が世に返した分を保証して貰える」。 憲法もベンサムもキルケゴールも、その分の「善行」はきちんと前提にしてる。」


 自分の意志で生まれてきたのではないから、勝手に死んではいけない。 ―相田みつをは真実を言っている。

 『自分』意識など、『運命』と同じ。所詮は人の間で生じた幻想に違いない。 この人の場合は、結論が前面に来ているだけ。

 他者の支えがなくなれば、個人は即死に至るのがその確たる証。 『ノルウェイの森』の主人公も、巻末でそれを悟り混乱した。


「自分が守られたかったら、社会を守る為に力を尽くせ、って事。

 功利主義… 判る? 現代効率主義じゃなくて、近代功利主義の奥義。 …そういう曲解の原型になってはいるけど。」


 日本人に最も誤解され易い点がここだ。 キルケゴールが『人権』を前提にしたのは、あくまで統率側への働き掛けとしてだ。

 「権利」は無根拠で普遍的なものではない。言い換えれば「報酬」なのだ。 それが何故ここまで拡大解釈されてしまったのか。

 そして、条理から外れた獲方をされたものは、当然の如く扱われ方も勘違いされ、結局は保有者の首を絞める運びとなる。


「それに、“責任”があるから― 『先の見えない自分』ってものがあるから、楽しいんでしょ? 人生は。」


 ジャニスは僅か27の若さで、オーバードーズによってその生涯を終えた。

 端から自殺のような人生だった、と、後世の人間は眉を顰めるだろうが、だからなんなのか。

 彼女は、本来の意味で“人生のひと時を味わいながら”逝った。 自分なりの結論を、自分なりの形で世に遺して。

 「(人として)生まれてきた意味」、そして「存在価値」といったものの類は、既にその生き様が、十全に果たしていた。

 『金と誇り』の権勢に呪われ、性根を誤魔化しつつ人の業の奔流に身を委ねる現代人のそれなんかより、断然健全な人生だ。



 その証拠に、彼女は、何より判っていた。 

 自分の行動指針としていたブルース・ロック… 大衆楽曲が、「自己主張」だけではない、「エンターテイメント」である事を。

 “他”があるから行き往ける ―感性を『共感』できる事こそが、人の人たる所以なのだと。 ―小駕籠沢の発言の意図だ。


 そして一方では、現実の壁に押し潰されもしていた。

 女であること、真の自由人であることが、当時の米社会の狭窄な倫理観の元で、彼女を拘束するBall and Chainとなっていた。

 だからこそ、彼女は己を生かし己を傷つける共同体を、“人の業”そのものの姿を、まとめて愛そうと試みていたのだ。

 酒(とドラッグ)が齎す一時の慰めを、自分が新たに歩を進める際の… 今日を乗り越える為の、原動力として。


 それは、聖人の奇跡でも偉人の言行でもない。 一介の無力な人間の、現実という化物への真摯な謝意の示し方だった。



 … こなたは、黙り込んでいる。 

 窓外に目を移すと、左手に大塚署が見えた。 あれ?まだこんな所か。

 前後を確認すると、随分と進みが悪い。 これはアレか、年末年始に付き物の『渋滞』か。 少し気が早くはないか。



 と、唐突に。


「はっきり言おう。 私、焦ってる。大分。」


 こなたは言葉を繋ぎ出す。 否、表面的には繋いでいない。  何か、心の引っかかりになるものを見出せたか。



「何に?」


「何て言うのか…」

 今度は、例の『思案中』の仕草を取っていない。 大分『追い詰められている』らしい。


「そうだな。 かがみの『人間性』。 成長の早さ。 …特に“社交性”か。 まさかあんなペースだったとは。」

 … …

 進まない。話が進まない。全く以って進まない。 言葉ばかりが前に出て、本位は微動だにしない。 千日回峰行かこの会話は。

 所謂、手前の満足すら見えていない状態、か。 解き放ってやらなければ。 ―その為、ちょっくら意地悪な質問を。


「まさか… 妬いてる?」

 あえて『何に』とは問わない。 方向の設定はこの子の判断に任せる。  するとこなたは…


「… ちょっとね。 当然、はるかさんは除いて。 ― 言ってみれば『かがみ自身』に。」


 ――


 そうか。 矢張り、説明できない靄のことか。 性質的には、「嫉妬」に近いもの。 しかし、ベクトルは自身に向いている。

 ジェームス・ディーンはその辺をひっくるめて演じるのが上手かったな。 授業で見ただけだが。



 だが、解消法は弁えている。 丁度、さっきまで私の抱えていた、“あれ”の処方と同じだ。



「… フフッw」

「えぇっ?」


 そして、成る程、再確認した。 私があんたに何を見出していたのか。

 あんたの純粋さを。あんたの正直さを。 何より…


「可愛い奴。」


 いとおしさを。 ―論理屈では説明の仕様がない、そういう位相が、壊滅的にいじらしいんだ。 あんたは。



「… 酷いよかがみ。 かがみなら馬鹿にしないって信じてたのにさ。」


 こなたは明らかに気分を損ねていた。 眉尻にも眉根に皺が寄っている。 これは怒りではない。『悲しい』のサインだ。


「おいおい、どうしたの? らしくもない。 そうじゃなくて…」

「じゃあ何さ。 そりゃ見下ろす立場は楽しいかも知んないけど、結局背後に掘った落とし穴見下ろして笑ってるだけじゃん。」

「あんたねぇ…」


 「信頼」に基く許容範囲。 今のこなたには、そんな人間関係に於ける基本事項すらも、把握できる余裕がない。

 こういう微妙なニュアンスを含む領域のイロハは、かつてのこの子の、最も得意とする分野だった筈なのに。



「あのね、だったら尚の事、私が年がら年中背伸びしながら、付き合ってられると思う? あの連中と。」

 今は、否定しなくてもいい。 あんたのその瞳のぎらつきは、消すには惜しい。


「… え?」


「さっきの体質、尾ォ引いてるんじゃないの? 言外の意図、読みとった気になって、勝手に決め付けるっていう。

 私は、人間関係に努力なんか微塵もしてない。 何故か。 ― 周りが私よりずっと大人だから。 肩肘張ってちゃ居辛いから。

 “素のままでいろ”っていう空気 …言ってみりゃ、その場の誰かが造ってくれた「空気に“乗せて貰ってる”」。その程度。」



 逆に、読めないなら読めないでもいい。 浮き足立ったイレギュラーの、その爆発力を取り込み、上手い具合に利用してしまう。

 何の気休めでもない。 それが、流されない大人の界隈の、真実。 最低限の倫理に反しない限り、進めたい奴が進めてゆける。

 …実際の社会は、心を亡くした人間の多さからも、そう理想的ではない筈だが。

 取り敢えず、今のあんたの目指している“先”は、そんな感じ。 素足の侭踏み込んで、骨も残さず食う(=食われる)がいい。


「…何だか、居心地良さそうだな。 私なんか、ずっとその段階に居座っちゃいそうだけど。」

「それもいいんじゃない? 大学講師目指すとか、そういう道もアリだと思う。 一つの研究に一生費やす位の誠意があんなら。」

 この子のヲタ性を学問分野に向けるのも、中々面白いかもしれない。 お誂え向きの研究分野が存在するなら、だが。

 こなたの、興味のある事柄への集中力は、私のそれなどとは比較にならない。そんじょそこらのヲタ共とも次元を異にしている。


 そうか、その手もあるか… 等と、顎を弄くりながら、こなたはまんざらでもない反応を示す。

 脇に輝く碧色の(便宜上)生みの親、いのり姉さんとは異なり、この子のこのリアクションは、本気でない事の証明ではあるが。



「でも、そっちじゃない。親友がどうだ、とかじゃないよ。 私とかがみは今でも親友。疑いようがない。」

 暫くして、こなたが呟く。 ひり出すように。 視線を下に向けて。


 だったら、どうして…  先のベクトルの受け取り方、即ち、どこへ向けて話を進めているのかが、未だに判然としない。


「まだ、さ…」

「うん。」


 一方、その、無限の深みを帯びた、こなたの思考の対岸で。



「まだ…」


 私は、何を、期待しているのだろうか。 




 ― 深呼吸 ―




「かがみが、好きなんだ。 私は。」




「何も変わっちゃいない。 これだけ叩きのめされて …って意識も、所詮はヲタ上がりの泣き言に過ぎないんだろうけど。

 まださ、こんな写真みたいにいっちょまえに成人式迎えときながら、未だに“同性趣味”なんてファンタジーに現抜かしてんだ。

 潔癖症のこの国じゃ、世間からは真っ先に抹殺される類の… 絶望先生の言うような『気持ち悪さ』ね。

 ほんのちょっとの誤差。=現代人の仇敵。 そんな中でもさ。」


「一生一緒に居たい、とか思っちゃうんだよね。 軽々しく。 その方が楽だ、とか昔の私は言ったんだろうけど。

 …今はもう駄目だ。四六時中かがみが浮かんできちゃって、思考が明後日の方向に飛んでて。 …日がな一日、かがみばっか。」



「卒業して、色々失敗してさ。 漸く、気付いた。」


「私。」




「かがみがいなきゃ、駄目なんだ。」




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