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~( 中央区 月島 )~


下町情緒の残る街
有名なもんじゃ焼商店街から少し外れたところにある、とある店。
木造倉庫と思しき小さな建物の中から、裸電球の明かりと、異様な熱気が漏れてきます。

粗末なテーブルと腰掛けが外の歩道にまではみ出し、それでも足りずに、小型プロパンの上に座らされている客もいます。
その歩道の脇では、リヤカー山積みの発泡スチロールの箱から、マグロが恨めしそうに、客を睨んでいます。
酔客の喚声と、中国人らしい店員の、喧嘩腰の客あしらいが、この店独特の活気を演出しています。


こなたとかがみが高校を卒業して、二十数年後の、ある夜のこと。


彼女らの良人となった男たちが、この店で再会の杯を酌み交わしています。


かがみの夫は、都内に小さな法律事務所を構える弁護士です。
妻の親友の良人を、彼がもてなすのは、いつもこんな気の利かない、それでいて本当に旨い店ばかりでした。


「困るんですよ、ここのネギマが時々、どうしても恋しくなって」
「近頃では海外でも、マグロのいいのは出るでしょう」
「いや、ここのみたいなのが、外国で出たりしたら、余計に困りますよ。ますます日本に来づらくなる」
「ハハハハ・・・・ 国内に腰を落ち着ければ、いつでも食べに来れますよ」
「そうなんですが、私の記事は、国内では需要がない」


こなたの夫は、ジャーナリストとして、主に海外で活動をしています。


「怖くて訊けませんよ、外国を飛び回って、一年に何日も家にいないような夫をどう思うか、なんてね」
「いやいや、奥さんも、一緒にいられるようになれば、お喜びになるはずですよ。もちろん、娘さんも」
「妻も娘も、私のいない生活の方に慣れていますからね。急に家をウロウロするようになったら、どうなるのか・・・・・・」
「柊くんが、こぼしてましたよ。もうアイツの夫の替わりは御免だから、いい加減、本物の夫に戻ってきてほしいと」

「あの二人の、仲がいいのをいいことに、長いこと夫の役をかがみさんに押し付けてきましたからね」
「全くですよ」
「会ったら、また怒られるなぁ」


普段、家族の話題など、滅多に口にしない二人ですが、お互いがこの相手の場合は別でした。


「あなたもこれからは『家にいる生活』にも慣れないといけませんね」
「先生、一度お訊きしたかったんですが、いつも家にいる夫というのは、一体、毎日どんな顔してるものなんですかね」
「家で私が、どんな顔をしているかなんて、自分ではわかりませんよ。一度、柊くんに聞いてみてください」
「先生、せめて家では、かがみさんのこと、名前で呼んであげてくださいよ。いつまで経っても『柊くん』じゃ、可哀そうですよ」
「それだけは勘弁してください。十も年下じゃ、いまだにどう接してよいものやら」
「これは、先ずはあなたが、結婚生活に慣れないと」


ネギマが串ばかりになる頃、大きく切って軽くヅケにした赤身が山盛りでやってきます。


「最近、息子が海外で働きたいと言い出しましてね。どうも、あなたの影響のようです」
「彼に最初に英語を教えたのは、私ですからね。跡取り息子を、横取りするような真似をして、申し訳ない」
「いや、私は正直、今の仕事を、息子には継いでほしくないのです」


弁護士といっても、ほとんど法廷には立たず、示談や調停といった仕事を、専らとしてきた彼のことです。
他人に言えないようなことが、たくさんありました。


「私の代わりに、息子に夢を与えてくれたのだから、これは、私の方が感謝すべきですね」
「とんでもない」
「どうも、あれの父親になるには、私はいささか、歳をとりすぎたようです」
「この分だと、娘には、一生恨まれそうだ」


ハイ、チュウナマ、オマチネ!
噛みつくように言い残すと、店員は中ジョッキを2つ叩きつけて、去っていきます。


「始発で香港へ飛びますから、今夜は芝で宿を取ってあります。今週中にはペシャーワルを発つ予定です」
「それは慌ただしい。ご家族には?」
「ええ。・・・・・一日だけじゃ、会っても、別れが辛いだけですがね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「因果な商売です。正直もう、何もかも止めにして、こなたとこなみのためだけに、
 ただ生きているだけで、それで幸せじゃないか、と、思わない日はないのですが・・・・・・・・

 ただ生きているだけの暮らしが、私には、どうにも耐えられない。
 こんな生き方は、かのとくんには、させたくないですね。こなみのためにも」


彼にも、他人には言えないことが、たくさんあったのです。

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おそらく、似たような話題で盛り上がっているのでしょう。
やかましい店の奥で一際やかましく、初老の酔客の一団が、何かを唄っています。
ちょっと聞いたことのない唄です。


  『どこから見てもスーパーマンじゃない

   スペースオペラの主役になれない

   危機一髪も、救えない

   ご期待通りに現れな~い・・・・・・・・・・・・・・』


先ほどから繰り返し、繰り返し唄うので、店の客は皆、何となく歌詞を覚えてしまいました。
なにしろ男なら、誰にとっても耳に痛い詞ばかり。
二人も、何やら身に覚えがあるのか、しきりと鼻をこすったり、頬を掻いたりしています。


  『ため息つくほど粋じゃない

   拍手をするほど働かない

   子供の夢にも出てこない

   大人が懐かしがることもない・・・・・・・・・・・』


それぞれ道は違っても、自分以外の何かのため、必死に闘い続けて、今の彼らがありました。
そのことに、後悔はありません。
それでも、来し方行く末に、サッパリ自信の持てない二人が、ここにいました。


  『だからといって、

   ダ メ じゃない

   ダ メ じゃない

   スター ダスト ボーイズ

   ダメじゃない

   ほ し くずの オ レ たち

   結構いいトコ あるんだぜ~・・・・・・・・・・・・・』


かつての夢は見失っても、
それぞれがよき良人であり、よき父親であるべき使命から、二人は逃れるつもりはありません。

たしか昔、何かにそう誓った覚えが、彼らにはありました。
果たせるかどうかは、わからないけれど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とにかく今はただ、後を振り返ることなく、走り続けるのみ。文句は地獄で聞けばいい。

迷いも不安も愚痴も言い訳も何もかも、苦い泡といっしょに呑み下し、二人は店を出ることにしました。


「うまくいけば、桜の頃には、こちらに戻れそうです」
「次回は花見ですか。柊くんも、手料理を振舞ってくれますよ。お勧めはしませんが」
「妻の実家の近くに、桜の名所があるんですよ。」
「それは、ちょうどいい」
「義父を紹介しますよ。また面白い人でして・・・・・」
「楽しみにしていますよ。今度こそ、ご家族とご一緒に。」


あるいは今生の別れとなるかもしれないこの時、それもまたいつものこと、と二人は、
実に何気なく再会を約し、共に去ってゆきました。


☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★


一方、同じころ。


「どわぁぁぁ~りんのぶわかぁぁぁぁ~~~~~」


近所迷惑な叫び声が響くのは、こなたの家です。


「ああ゛~~、半年、あと半年だヨ!つらいよぉ~、遠恋は・・・・・」
「遠距離でも恋愛違うだろ。さあ、飲んだ飲んだ」


高校を卒業して二十数年後の二人です。
こなたのヤケ酒に、かがみが付き合うのも、もはや年中行事でした。


「だいたい、結婚する時、止めただろ~。あの男は家では飼えない生き物なんだから。根っから引きこもりのあんたとは、種族が違うでしょ」
「違ったっていいよ!お酒も豚肉もいらないよ!アラビア語もペルシャ語もウルドゥー語もパシュトゥー語も、ちゃんと勉強するから、いつも一緒にいたいよ!」
「って、ソレ、一夜漬けじゃ絶対ムリだぞ。まあ、アレにもいろいろ考えはあるんだろ。女の身で暮らすには、厄介な土地だからね。 

 それにね、ああいう男は、すぐに出て行きたがる癖に、帰る場所が恋しくなるタイプだから、待ってれば必ず帰ってくるって。
 その時、あんたがちゃんと、ここに居ないとダメでしょ」
「ふええ~~ん ヤダヤダヤダ~」
「オラオラ、飲みが足んないぞ~」


ひとしきり騒いでしばらく経つと、こなたは、なにやらぶつぶつ云いながら、グラスを手のひらでこね回し始めます。
最初のガス抜きが済んだのを見届けると、かがみはようやく、自分のグラスに手をつけました。


「フンだ、こんなかわいいニョーボとコドモほっぽらかして、なにが面白くて外国なんか」
「いいかげん、往生なさい」
「トホホ~、おかげさまで、すっかり『待つ女』が板に付いちゃったヨ」(しなっ)
「なにやってんの」
「だから~、大人の女の色気をだね、」
「おー?、そうかそうか、それじゃこないだみたいに、外国のホテルであんたが未成年と間違われて、ダンナが○○容疑で拘束されたりしても、
 これからは助けに行ってやらなくてもいいんだな?」
「かがみ~ん、こんなトコで持ち出すことないじゃないのサ、私ら夫婦の恥部を」
「ったくぅ、このトシで十代に見えるだなんて、どんだけ~って、このおォォォ」
「ぐぐぐぐぐぐぐるじい、かがみ、酔ってる?もしかして、酔ってる?」


空のボトルが少しずつ並んで、やがて水割りの氷も無くなるころ。


「それにしてもさ~」
「ん~?」
「かがみ、ありがとね~」
「な、なによ。改まって」
「私ら夫婦が、こんな不定期婚みたいなのやってられるのも、かがみが、いてくれるおかげだからね」
「べ、別にそんなつもりでいるわけじゃ、ないから」
「んふふ~」
「・・・・・・・何が言いたい」
「そういうトコ、高校の時のまんまだぁね~」
「まあ、なんだかんだと、切れない腐れ縁だわ。
 だからこそ、BBCニュース観て涙ぐんでるあんたを、放っておくわけにはいかないじゃない」
「むぐぅ! ・・・・・・・・・・・よく見ていらっしゃる」
「当たり前でしょ。お互い、ダンナより付き合い長いんだから」


その昔、学窓のもとで、心を擦り減らす孤独を、共に癒しあった二人がいました。
少し道は分かれたにしても、変わらずこうして助け合って生きてゆける、
この日の在ることを二人は、心から嬉しく思いました。


「かがみ~~ん、慰めて~」
「だ~~ッ! 抱きつくな、酔っ払い!!」


☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★


さらに同じころ。


こなたとかがみの子供たちは・・・・


「こなみ」
「なあに、かのとくん」
「もし仮に、仮にだぞ、オレが・・・・・・・・・」
「え、何?」
「ん・・・・・・・・・ なんでもない。あした話す」
「何?気になるヨ」
「なんでもないよ。もう遅いから、早く寝な・・・・・・・・・」
「なによ~!そんなんだったら、自分のおフトンで寝てよね」





さまざまに想いを含んで、夜は更けてゆきます。

そして夜が明ければ、またそれぞれの明日が始まるのです。


(おしまい)

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  • 渋さと笑いと大人の憂い、
    絶妙なバランスと描写が素晴らしいです! -- 名無しさん (2010-04-28 00:14:25)

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