始まりは一歩から(2)

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「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした~」

お父さんとゆーちゃん、そして私の声が静かな居間に響き渡り、
今日もまた騒がしい一日が始まる。
こうやって朝食の席に3人揃ったのって、久しぶり。
休みに入って以来だから、1週間ぶりかな。
やっぱりみんな一緒に食べる朝ご飯っていいよね。
まったく、誰のせいで揃わなかったんだか。
……いやまあ、それは私が寝てたのが悪いんだけどね。

「やっぱりお姉ちゃんが作るご飯はおいしいね」
「いやいや~、それほどでも~」
「ううっ、こなたが作ってくれた味噌汁が五臓六腑に染み渡っていく。
今日を生きる活力になる。お父さん感激だあ」
「ちょっ、お父さん大げさだってば」
ぶわっと感涙を流すお父さんを見てると、夏休みが始まってからずっと朝ご飯を
ゆーちゃんと二人っきりにさせてたのが悪かったなあという気になる。
「私もいつかお姉ちゃんみたいに料理が上手くなりたいな」
「これぐらいならゆーちゃんもすぐできるようになるよ」
「そうかなあ?」
「ほんとだって。勉強会が終わったら簡単な朝ごはんの作り方教えてあげるから」
「ほんとに? ありがとう!」
満面の笑みを浮かべて嬉しさを表すゆーちゃんはほんとに可愛いなあ。
そんなに嬉しそうにされると、さすがの私も照れくさい。
でもこうやって頼りにされるのも悪くないよね。
まるで本当のお姉ちゃんになったみたいで、嬉しくてくすぐったくなるから。
あっ、でも……朝食を作るとなると毎朝起きなければならないんじゃあ……。
ま、でもそれぐらい仕方ないか。
きらきら目を輝かしてるゆーちゃんの前で今さら断れないしね。

「じゃあ、私出かける準備しなくちゃいけないから、部屋に戻るね」
「おー、行ってらっしゃい」
「後片付け手伝えなくてごめんなさい」
「いーからいーから、ここはお姉さんに任せたまへ」
「うん、ありがとう」
そう言ってぺこっと軽く頭を下げると、元気よく居間を出て行った。

「お父さん、コーヒー飲む?」
「ああ、頼む。まかせっきりで悪いな」
「いいって、気にしないで」
洗い物を片付けながら、お湯を沸かす準備をする。
このところずっと朝ごはん作るのサボってたから、たまには私もサービスしなきゃね。
お味噌汁の後にコーヒーというのもどうかと思うけど、
本人曰く「飲まないと朝が始まらない」らしい。
まっ、人それぞれだよね。

コーヒーメーカーがコポコポと楽しそうな音を奏でて、
ポットから立ち上る湯気と一緒に芳ばしい香りが部屋の中を漂っていく。
苦いのは余り好きじゃないんだけど、朝食の後に漂うこの香りはとっても好き。
だって、朝だって気分になれてすごく気持ちいいからね。
外から入る空気もまだ涼しくて、とっても爽やかで過ごしやすい。
ついでに音楽でも流れていれば、まるで喫茶店にいる気分になれそうなんだけどね。

「ねえ、お父さん。明日の勉強会なんだけど」
「んー、どうした?」
このまま優雅なカフェの中でまったりとした時間を過ごしたい気分になったけど、
私はこのところずっと悩んでいたことを思い切って聞いてみることにした。
「あの、……明日私いないから夕食当番お願いするね」
「ああ、そうだったな。分かった、まかせなさい」
コーヒーをすすりながら新聞に目を通しているお父さんは、
集中しているのか熱心に記事を次から次へと目で追っている。
こういうところはさすが作家だなと思う。
作品を作る上で役に立つ情報がないか見てるんだって、前に言ってたっけ。
……って感心してる場合じゃなくて、こんな話をするために上等なコーヒーを
淹れたわけじゃない。
ああ、なんか話を切り出しにくい。
でも、仕方ないか。
今から話そうと思ってることは、私の将来の進路についてなんだから。

そもそもどうしていきなりこんな話をする気になったのか、
年頃のオトメの私なりにふかーい訳があるんだよ。
別に真面目になったわけでも、勉強に目覚めたわけでもないんだけどね。
でも、単なる気まぐれなんかじゃないよ。
前にかがみと電話で話したときからちょっと……ね。
夏休みに入った日だったかな、かがみが学校あると間違えて駅まで行った日。
あの日の夜、電話で話してたとき今日何してたのか聞かれて、
ずっとネトゲしてたことを言ったら呆れられちゃって。
いつものやりとりだけど、あの日はかがみとしばらく会えなくなるんだと思うと
寂しくって、少しでも優しい言葉をかけてくれるかな、なんて期待もしてたんだ。
そりゃあ、こんなぐうたらな生活を続けていれば呆れられて当然なんだけど、
かがみだけはそんな私を受け入れてくれるかなあ、なんて甘い考えがあった。
だから、心底呆れたようにため息をつかれたときには、正直へこんだ。
すぐにいつもの楽しい会話に戻ったけど、電話を切った後もずっとそのことが
しこりとなって残っていて、それで色々悩んじゃったというか。
かがみと会えない間、さすがの私もこのままじゃまずいのかなー、
なんてあせってしまって、自分なりに色々考えてたんだ。

かがみは夏休みが始まってからもずっと早起きして勉強してるみたい。
何でそんな朝から勉強してるのか聞いてみたけど、恥ずかしそうに
「受験のためよ」の一点張りで、うまくはぐらかされた。
理由はよく分からなかったけど、かがみなりにしっかり目的をもって
勉強してるんだと思う。

しっかりした目的といえば、私も高校受験のときはゲーム機やパソコン目当てに
頑張ることができたけど、さすがに大学受験となると話のスケールが変わってくる。
これまで大学なんて意識したこともなかったけど、かがみ曰く
「もう受験は始まっている」らしい。
やっぱりかがみのように具体的な目標があると、勉強も頑張れるのかな。
でも、じゃあ何をしたいとか、何になりたいとかの目標の無い私はどうなるんだろう?
前に学校の進路調査で団長とか南斗神挙伝承者なんて書いたこともあって、
あれは確かに受け狙いもあったんだけど、ほんとは自分が何をしたらいいのか
分からなかったんだ。
漫画やアニメやゲームは大好きだよ。
でも、それとは違う、将来私のやりたいこと、なりたいものって何なんだろう。

『──は晴れ。蒸し暑い一日になるでしょう』
「……あ、明日晴れるんだ。良かった」
少し考え込んでいた間に、テレビの画面の中が難しい顔をしたニュースキャスターから
快晴の笑顔を振りまく天気予報のお姉さんに替わっていた。
ああダメダメ、最近こんな風に考え込んじゃうことが多いよ。
しっかりしなきゃ。

「あの、お父さん」
「んー?」
「勉強……会の話なんだけど」
さて、ここからどうやって話をつなげよう。
いきなり進路の話なんかすると驚かれそうなので、まずは勉強会の話からと
思ったんだけど……改まってこういう話をするのって難しい。
そういえば、これまで私から勉強とか将来の進路についてお父さんに
話をする機会なんてほとんどなかった。
高校を受験するとき以来だろうか。
みんなはお家でこういう話をどうやってしてるんだろう?

「そうだ、明日の夕飯なんだが、冷蔵庫にカレーの材料残ってたかな?」
どうやって進路の話につなげようかと考えあぐねていると、
お父さんが先に話しかけてきた。
「えっと、野菜室の奥にじゃがいもとにんじん入ってるから使って。
たまねぎは下の段にあるから。今日は私が代わりに料理当番するね」
「ああ、頼んだ。よーし、明日はゆーちゃんのために久しぶりに
お父さん頑張っちゃうゾ」

朝からやたらとみなぎってるお父さんを見てると、ますます話し辛い。
はぁ、最近の私は少し変だ。
そりゃあかがみに言わせれば私はいつも変なのかもしれないけど(ひどいよね?)、
そういう意味の変じゃなくって。
このところ気になることが多すぎて、ずっと熱中していたネトゲにも身が入らなくなったんだ。
いざ狩りに行かんとログインしても以前ほど楽しめなくて、集中せずプレイしてたら
パーティーが全滅しちゃって、黒井先生に「気合入ってないんちゃうか?」と活を入れられた。
深夜にゲームに熱中してる学生に対する先生の台詞としては色々突っ込みどころ満載なんだけど、
確かにボーっとしていつものように気合が入ってなかったなあと思う。
でも、しょうがないよ。
これまであまり使うことの無かった携帯が気になって、そっちばかりちらちら見てたんだから。
まるで今にもかがみから電話がかかってきそうに感じて……ね。
こんな風になったのはいつからだろう。
やっぱり──夏休みが始まってからかな。

「じゃあ、明日お願い。私がいない間にゆーちゃんに変なことしたらダメだからね」
なんとなく話し辛い雰囲気から抜け出したくて、冗談めかして言ってみた。
「ははっ、何を言うんだ、こなた。大船に乗ったつもりで勉強会に行ってきなさい」
「なんか嘘っぽいよ」

──はぁ。
やっぱり言いにくい。
もうこの話は止め。
また今度でもいいよね。

今日は朝から何しよう。
夏休みのまだ始まって1週間ぐらいしか経っていない時期に、
私がこんな朝早くから起きることなんてこれまでなかった。
去年ならネトゲで深夜まで狩りをしていて、レアアイテムが手に入りそうなときには
鳥のさえずる声が聞こえてくるなんてこともよくあったのに、
今年はそこまでやろうって気がしないんだ。
自分でも怠けすぎたかなと思うことはあったけど、
レアアイテムを目の前にした時の手に汗握る感覚はほんと時間を忘れさせる。
ネトゲをやったことのある人には分かってもらえるよね?
はぁ、こうやって休みの日ならいつも寝てる時間に起きると、
なんだか学校へ行く気分になる。
それも悪くないかなぁなんて思ってる私は、どこかで変なものでも食べちゃったのかな。

「お父さん、コーヒーのおかわりいる?」
「ああ、頼むよ」
カップにコーヒーを淹れながら、チラッと新聞をのぞき見る。
大きな紙に所狭しと文字が詰まっていて、よくこんなのに集中できるなあと思う。
お父さんは相変わらず新聞に釘付けで、こっちをほとんど見ようともしない。
ちょっとぐらい私の気持ちに気付いてくれてもいいのに、そんなのどこ吹く風って感じだ。
あ、そうだ、お父さんったら酷いんだよ。
今朝会ったとき休みの日に早起きした私がよっぽど珍しかったのか、
「そうか。こなたもついに真面目に」なんて言いながら、
感極まったように抱きつこうとしたりして。
そんな失礼な態度におなかの辺りをつねってやったら、ぎゃあっと飛び上がってた。
ふんっ、私だってたまには早起きぐらいするし、悩んだりすることもあるんだよ。
でも、……やっぱり朝ずーっと起きてこない私を心配してくれてたんだよね、きっと。
それに寂しい思いもさせてたのかな。

「じゃあ、私部屋に戻るね」
そんな朝の出来事を思い出したせいか、部屋から出るのがすごくためらわれた。
私が出て行ったら、またお父さん一人部屋に残ることになるから、
もう少しかまってあげた方がいいのかな。
「こなた」
「えっ、なに?」
どうしようか悩んでいると、私を引きとめるようにお父さんが声をかけてきた。
「お父さんの勘違いかもしれないが、何か言いたいことがあったんじゃないのか?」
「あっ……」
お父さんってずるい。
いつもはヘラヘラして私のことを心配しているような素振りを全然見せないくせに、
本当はちゃんと私のこと見てくれてるんだから。

「うん、ありがと。でも大丈夫だから」
お父さんはしばらくじっと私の目を見つめた後、またいつもの笑顔に戻って言った。
「そうか。色々不安な時期かもしれんが、思い詰めないことだ」
「うん」
「それに」
「ん?」
「お父さんはいつでもこなたの見方だからな。困ったことがあるなら、
いつでも言いなさい」
「……うん」
そう言ってくれたお父さんの心遣いに、胸がすうっとしていくのを感じた。
お父さんをかまってあげなきゃなんて思ってたけど、ほんとは私の方が
かまってもらいたかったのかもしれない。
飾り気が無くて、とてもきざで、お父さんらしい台詞。
そんな台詞が、今ならとても素直に受け取れる。

──ありがとう、お父さん。


居間を出て部屋へ戻ろうとすると、ちょうどゆーちゃんが玄関で靴を
履き替えているところだった。
もっと遅くに出かけるものだと思っていたのに、ずいぶんと早いんだ。
「もう出かけるんだ」
「うん、少し早いけど待ち合わせの時間に遅れちゃったら困るから」
「待ち合わせは何時だっけ?」
「9時だよ」
さっき時計を見たときは、8時を少し過ぎたぐらいだったのに。
「待ち合わせ場所って、そんなに遠いの?」
「ううん、糟日部駅だよ。そこで田村さんたちと待ち合わせしてるんだ」
「ふーん。でも今からだと、早く着きすぎない?」
「うーん、確かにそうかも」
家からだと歩く時間を合わせても30分あれば着くはずだ。
「でも途中で気分悪くなったら遅れちゃうかもしれないし、早めに出た方が
いいかなって。それにね、少し早めに着いて待っていたいんだ」
なるほど、そういうことですか。
「みなみちゃんだね?」
「えっ、べ、別にそんなことないよ」
そこで慌てたら、はいそうですと言ってるようなもんだよ、ゆーちゃん。
「好きな人は待っていたいものだからねえ」
「もう、そんなんじゃないもん」
私をポカポカと叩きながらも、顔がゆるんじゃってる。
ほんと嬉しそうで、うらやましい。
「ところでどこまで遊びに行くの?」
「ショッピングをした後、田村さんが池袋にあるいい所に連れてってくれるんだって」
「いい所ねえ」
ひよりんが連れて行きそうなところというと、例の通りか。
「じゃあ、そろそろ行くね」
「おー、行ってらっしゃ~い。ゆっくりデート楽しんできてね~」
「むうっ、行ってきます」
少し怒った表情の中にもはにかんだ笑みを浮かべて、嬉しそうに出かけていった。
ああ、ゆーちゃんは今日オタクの階段を上るんだね。
たくましくなって帰ってくるんだよ。

再び一人になって部屋へ戻ろうとすると、さっきのゆーちゃんの
嬉しそうな顔が目の前をよぎった。
──嬉しそうだったな。
夏休みが始まってから、かがみたちとはまだ一度も会っていない。
これまでの長期休暇でしばらく会わないことなんて何度もあったのに、
今年の夏はずいぶん長く感じてしまう。
──もう一週間になるんだ。
日曜日が終わって学校へ行って、そしてまた日曜日になるまでの長さ、
夏休みの約五分の一を占める期間。
「長いよね、一週間って」
誰にとも無く呟いた声は、人気の無い廊下に静かに吸い込まれていった。

「さーて、宿題でも片付けますか」
部屋へ戻ると、かがみが聞けば目を丸くしそうな台詞を言いながら勉強机に向かった。
ほんとは宿題なんてしたくないんだけど、これまでと違うことをして
気分を入れ替えたいのもあったし、さっき進路の話をしようとしていた手前
やっぱり勉強しなくちゃという気になった。
せっかくの長期休暇なんだから、ずっと遊べればなあと思うんだけど、
現実はそうもいかないらしい。
学校で毎日勉強してたんだから、休みの日ぐらい勉強から開放して欲しいよね。

机の上には夏休みに入って以来放置されている教科書やノートが
うず高く積み上げられている。
やらなくちゃと思いながらも見て見ぬ振りをしてきた宿題たちは、
まるで私をあざ笑うかのように、その高さを誇らしげに見せ付けていた。
恨めしげにその宿題の山を見つめながら、去年のことを思い出す。
去年は夏休みの終わりまで放置し続けて、結局休み明けに徹夜でやるはめに
なってしまったんだ。
提出できなかった宿題のせいでさんざん先生にお説教をくらったし、
宿題を見せてくれるようかがみに泣きついて迷惑かけたから、
今年ぐらいちゃんとやらなくちゃならない。
それに、明日の勉強会にまっさらなノートを持っていくとかがみに怒られそうだから、
ちょっとぐらい進めておかないとね。

「ま、文句ばかり言ってても始まらないか」
覚悟を決めて、宿題の山の中から適当に本を引っ張り出した。
くじのように引き当てた問題集を開くと、目に飛び込んでくる文章の山、山、山。
国語の長文問題だ。
「……この問題は後回しでもいいよね」
少し冷や汗をかきながら、簡単な漢字の問題から解くことにした。
こういう単純に知識を問うような問題は、ゲームとかでもよく出てくるから
意外と抵抗無くできちゃうんだよね。
難しい漢字もネットで検索すればすぐに調べられるし、便利なんだ。
そういえば前にそのことをかがみに話したとき、辞書を使うべきで
ネットで検索するのはよくないって言われたことがある。
別に辞書でもネットでも調べるのは同じじゃんって言ったら、
ネットだとつい別のサイトをのぞいてしまって勉強に集中できないからダメなんだって。
まるでゲーム機のようなものだね、勉強机の側にゲーム機があるとそれが気になって
宿題できない気分。
確かに私もちょくちょく勉強とは関係ないサイトを見ることがあるからよく分かる。
あと、勉強は本と鉛筆があればできるとも言ってた。
ようは心構えの問題らしい。
かがみってそういうところはとてもこだわるんだよね。
じゃあ電子辞書はどうなるのって聞き返したら、言葉に詰まっちゃって。
あれはいいのよなんて言ってたから、その辺の基準もよく分かんないよね。

一通り簡単な問題ばかり解き終えて問題集に目をやれば、
当たり前のことながら苦手な長文読解の問題ばかり残っていた。
……まあ、なんだ、がんばれ私。

小一時間ほど問題集とにらめっこしながらうんうんうなっていたけど、
結局集中力が続かなくって、設問を埋めることがほとんどできなかった。
はぁ、大体書いてる内容が全然面白くないんだよ。
ほんとにみんなこんな長い文章を最初から最後まで読んで理解してるのかな?
古い小説の真面目くさった主人公が出てきたり、どこかの偉い先生の書いた難しい本の内容だったり、
文学論がどうだったりと、……そんなのお父さんに聞いてほしいよ。
最近は本屋さんとか行くと漫画で解説してる本があるんだから、
それと同じように長文問題も漫画で描いてくれたら読み解く自信があるんだけどね。
でも、そうなると絵を描く人が大変なんだろうな。
もっとこう、心を揺さぶる冒険話とか問題に載せてくれると私でも集中できると思うんだ。
それだったら私でも退屈せずに読めそうな気がするんだけど……あくまで気がするだけだけどね。
手始めに明日かがみに読みやすいラノベ貸してもらおうかな。

そんなことを考えていると、強い日差しが部屋の中に照りつけて、
私の集中力をさらに奪っていった。
結局半分以上真っ白なままの問題集を前にして、再びため息をつく。
これだけ時間かけても全然進まないなんて、やっぱり私ってダメな子なのかな。
その点、かがみはいつも勉強をずっと続けていて、すごいなって思う。
以前かがみのクラスの前を通りかかったとき、普段私のクラスでは見せないような
きびきびとしたかがみの姿を見たことがある。
私の知らない人に勉強を教えてるみたいだったから話しかけなかったんだけど、
かがみはその人にすごく感謝されてた。
凛としていて、背筋もピンと伸ばして真っ直ぐ前を見つめている姿がすごく
かっこよかったんだ。

そんなしっかり者のかがみに比べて、私はどうなんだろ。
いつもはかがみに教えてもらったり、こっそり盗み見て怒られたりしながら
宿題をやっていたから、こんな私でも困ることは無かった。
でも、これから一人でやっていかなければならなくなったとき、
私はどこまでできるんだろう?
たったこれだけの宿題でつまずいてる私は、この先一人でやっていけるんだろうか?
みんなに頼りにされるかがみと、不真面目で落ちこぼれな自分。
目標を持ってそれに向かって頑張ってるかがみと、将来何をしたいかも分からない私。
よく考えてみれば、これほど不釣合いな組み合わせも無い。

──私、かがみの側にいてもいいのかな。
日も昇り蒸し暑くなった部屋の中で、私はブルっと震えた。
かがみの側にはもっと相応しい人がいるんじゃないかって、これまで当たり前のように
与えられてきた居場所を突如奪われたような不安に、胸が締め付けられた。
勉強のこと、将来のこと、そして……かがみと私との関係。
これまで考えないようにしてきた不安が次々と浮かび上がってきて──。

『ブーッブーッブーッ』
ベッドの上に放置していた携帯の振動音に、私はハッとした。
慌てて取りに行くと、ディスプレイにはかがみからのメールの受信を知らせる
メッセージが表示されていた。

『おはよっ。ゲームばかりやってないでちゃんと起きてるか? 
私はもう少しで宿題終わりそう。今日は明日の準備や掃除で忙しくなりそうだけど、
あんたも宿題頑張んなさいよ』

「……もう、分かってるよ、かがみ」
携帯のディスプレイに並ぶただの無機質な文字が、まるでかがみのノートに並ぶ
少し右肩上がりのくせのある文字のように、温かみをもって私の目に映った。
件名も書かれていないぶっきらぼうなかがみからのエール。
その一文字一文字が私の心に染み込んでゆき、それまで感じていた不安が和らいでいく。

──かがみも今頑張って勉強してるんだよね。
前に電話したとき、朝起きて勉強してるって言ってた。
そう思うと不思議と私も頑張れる気がして、もう一度最初からゆっくり丁寧に
文章を読んでみた。
すると、さっきまで全く頭に入ってこなかった内容が、少しではあるけれど、
理解できるようになった。

──まるでかがみが支えてくれてるみたい。
そう、いつもかがみが側で教えてくれるときと同じように、私は理解できた。
かがみの教え方が上手いのもあるけれど、それ以上にかがみが側にいてくれることが
私の心の平安を保つのに、自信や余裕を持って私らしくあるために欠かせなかったんだ。
今なら私でも問題が解ける。
そんな自分の姿をかがみが頑張って勉強してる姿に重ね合わせる。
そうすると嬉しさが溢れてきた。
頑張り屋で、照れ屋で、そして寂しがり屋なかがみ。
今私は少しでもかがみに近づけてるのかな?
かがみの側にいても、恥ずかしくない私になれてるのかな?

「かがみ……」
さっきからずっとかがみが頭の中に浮かんで離れない。
すでに私の体の一部のように、違和感無く私の心の中にかがみが存在している。
でも、それは全く不思議なことではなく、むしろかがみがいないことの方が
私にとって不自然なことだった。

──やっぱり、変なもの食べちゃったんだ。
胸がどきどきして、キュッと締め付けられたように苦しくなって、
頭の中がその人のことでいっぱいになる。
そんな目に見えなくて甘酸っぱくてほろ苦いものを、いつのまにか口にしてしまったんだ。
それを何と呼べばいいだろう?
きっとくさい台詞を言うお父さんならこう例えるんじゃないかな。

──恋という名の果実、ってね。





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  • ありがとうございます。
    そう言っていただけると、励みになります。
    二人はこれからどうやってこの微妙な距離を詰めていくのでしょう。
    遅筆なので次がいつになるか分かりませんが、マイペースで書いて
    いきますので、お待ちくださいね。 -- 18-236 (2008-12-14 01:59:28)
  • GJ!
    いつもながら、SS全体の雰囲気と2人の距離感が凄くいい。
    毎回楽しみです! -- 名無しさん (2008-12-13 21:21:40)


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