こなた×かがみSS保管庫

黒猫と包帯

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yamase

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『黒猫と包帯』



我輩は猫である。
親兄弟、友人さえ知らぬ、放浪猫である。
気付いたら薄暗い箱の中にいて、行く宛もなく歩き続けている。
何の為に歩くのか、どこへ行きたいのか。
俺にすら分からないことだ。
腹が減れば飯を食い、眠りたい時に寝る。
そんな自分勝手な生き方しか知らなかった。

「諦めようと...思う」

俺の横に座って、細い布のようなものを俺に巻いていた少女が消え入れような声でそう呟いた。
何を諦めるのだろうか?という疑問を感じた直後。
ズキッと左腕の付け根に痛みを感じて、視線を落とすと赤い血液が重力に逆らうことなく下に流れていた。
舌を出してそこを舐める。
錆びた、鉄の味がする。

「アイツに告白する勇気も、自信もない」

俺に話しかけるというよりは、自分に向けて蔑んでいるような口調でそう続けた。
右耳が焼ける様に熱い。
あぁ、そうだ。
確かに耳も噛まれたのだったな。
確認することは出来ないが、ジワジワと広がる痛みから察するに、相当な力で噛まれたんだろう。

「......」

手に持っていた細い布を膝に置いて、なにやらポケットから大きめの布を出した少女が、そのままそれを俺の耳へと押し付けた。
少し痛いくらいの力で耳を握られて本能的に腰が下がる。

「ちょっと我慢してて」

そう言って彼女もう片方の手で俺の背中を撫でた。
すぅ、と彼女が触れているところから魔法でもかかったかのように痛さや不安が薄れていくのを感じる。
浮いてしまった腰を再度下ろして、彼女を見上げると「ん、よしよし」と優しく微笑んだ。

「包帯巻くからもうちょっとの辛抱ね」

そう言って耳に当てていた布を離して膝の上に置いていた細い布を俺の耳に巻き始める。
あんなに熱かった耳がいつの間にか痛みまでも感じなくなっていた。

「はい、これでよし」

そう言って耳をチョンと触った彼女が俺から手を離した。
布が巻かれている右耳は少し違和感があるが、格別気になるわけでもない。
手当てをしてくれたお礼、と言うほどでもないがペロッと彼女の指を舐めるとさっき味わった鉄の味がした。

「ったく...こんなになるまで、どこでケンカしてきたのよ」

ケンカ...というほど大袈裟なものではなかった。
俺は元々流れ者。
決まった縄張りもグループも持たず、転々と居場所を変える放浪猫だ。
そんな奴が一週間以上もこの街に居座っている。
それをこの辺りを縄張りとする連中の目に止まってしまい、一悶着やってしまったのだ。
いつもなら相手にせず適当にあしらっていたものを...何故今日はケンカを買ってしまったのか。
今までの俺には想像もつかない馬鹿な失態だ。

「傷薬は明日持ってくるから、今日は包帯だけで我慢してね」

明日...あぁ、ちょうどいい。
確か青空の髪の少女も来る日だ。
この紫陽花色の少女と青空の少女はどこか似ている。
どこがと言われると言葉に詰まるが、雰囲気や性格というよりももっと根底の...俺自身分からないが何かが似ているのだ。
二人とも「誰か」の事を思っていて、「誰か」の為に喜んだり、悲しんだりしているのを俺は知っている。
だからこの二人ならきっと話が合うはずだ。
喋ることが出来ない猫なんかより、よっぽど話し甲斐があるだろう。

「ホント...アンタみたいに満身創痍じゃないけど」

私も負けちゃうかもしれない、と少女は青く高い空に手を伸ばし、そう言った。
さっきの、話だろうか。


『諦めようと...思う』


確か彼女はそう言ったはずだ。
何を諦めようとしているのかは分からないが、彼女は伸ばしていた手をグッと握り自分の額に押し付けた。

「こなたが好きで...好き過ぎる自分が、怖い」

こなた。
この少女が大切に思っている人間の名前だ。
会ったことも見たこともないくせに、毎日の様に会っているような、いつも近くにいる気がするのは何故だろうか。


「こなたが...好きなの」


何かを我慢するように、彼女は自分の前髪を手で握り締めながらそう言った。
あぁ、そうか。
今分かった。
この少女と青空色の少女の共通点。
臆病、なのだ。
相手に好意を寄せれば寄せるほど、臆病になる。
自分に自信がなくなる。

『素直じゃないのよ。私も...こなたも』

数日前この少女が呟いた言葉を思い出していた。
あの時は言葉の意味が分からなかったが、今はなんとなくだが分かる気がする。

『みんなと、かがみと離れるのが...たまらなく寂しくて、恐い』

そして青空の少女の言葉。
何かが...
何かがひっかかっている。
大事な事を見逃しているような、痒いところにもう少しで足が届くような、焦燥感にも似た感覚。

「...結局、私は3年間もアイツに振り回されてたわけ」

握り締めていた前髪から手を離し、その手をポンッと俺の頭に乗せた少女がそう呟いた。
人間の時間感覚など分からないが、3年という期間は決して短くはないはずだ。
その間、この少女は一人の人間に心を寄せ、悩んできたのだろう。

「ホント、惚れた弱みってやつか...」

そう言って彼女は不似合いな自嘲な笑みを浮かべた。

彼女の為に、何か出来ないだろうか。

頭を掠めた思考に思わず全身が硬直した。
今俺は、なんてことを考えていたんだ。
誰かの世話をするのも、世話になるのも御免だったはずだ。
所詮俺は猫でしかない。
自分勝手に行動して、そうやって生きていた。
それを「誰か」の為に何かをするなど考えたこともなかったのだ。

「好き、って...アンタにはちゃんと言えるのにね」

泣きそうな顔で、声で。
俺を見るな。
その顔には滅法弱いのだ。
......分かった。
「この少女」の為ではない。
「この少女から貰った食べ物の礼」の為に俺は動く。
そうだ、食べ物の為に俺は動くのだ。
まずはこの少女と青空の少女を会わせて様子を見ることにしよう。
似た者同士、話が弾むかもしれない。
もしかしたら案外楽に話が進むかもしれないのだ。
泣きそうな表情より、嬉しそうに笑う顔の方がこの少女には似合っている。
勿論、青空の少女もだ。
不意に、
この紫陽花の少女が「かがみ」ならば...
青空の少女が「こなた」ならば...
という思考が俺の頭を掠めた。
そんな偶然起こるはずがないな。
どこの世界に思い合ってる二人が俺みたいな猫に相談事を持ち込むのだろうか。
馬鹿な思考を頭から離そうと、腕を舐めるとさっきより薄まった鉄の味がした。



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  • うーん、面白い・・・。
    続きに期待大です。 -- 名無しさん (2008-11-29 11:13:11)
  • 猫、ファイト!!!その『偶然』を起こしてくだされ!!!! -- 名無しさん (2008-11-27 23:33:52)


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