黒ぬこと縄張り

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『黒ぬこと縄張り』


この世の中には縄張りというものがある。
それは俺ら猫だけじゃなく、魚や鳥、多くの動物にも共通して言えることだろう。
無論人間にも、だ。

「......」

気持ちよいくらいの秋晴れの青天。
気を抜けばすぐ瞼が落ちそうなくらいの眠気の中で、俺は横に座っている少女を仰ぎ見た。

「......」

何も話さず、自分の腕に顔を埋めて座っている。
風が吹いているわけでもないのにピンッと立っている数本の髪の毛がユラユラと揺れていた。
珍しい。
髪の毛のことではなく、この状況が、だ。
...と言うか初めてのことではないだろうか。
いつもは俺が来る度、俺を撫でたり食べ物を分けてくれるはずのこの少女が、今日はその素振りすらみせない。
俺が来たことに気付いてないわけでもなさそうだが...。

「......今日さ」

試しに鳴いてみようかと思った瞬間、唐突に彼女のくぐもった声が聞こえた。
相変わらず顔を埋めているせいか聞き取りづらい。
相槌を打てるはずもなく、無言で続きを促すと、彼女は深い息を吐いて顔を腕に擦りつけ始めた。
顔でも痒いのだろうか。
確かに俺も耳の裏は何故かすぐ痒くなる。
その時の事を思い出すと、痒さまでフツフツと思い出されてしまい、思わず後ろ足で耳の裏を掻いた。

「かがみとケンカした」

例の如く、というかほぼ予想はしていたが...
やはり、「かがみ」とかいう人間絡みらしい。
この少女が喜んだり、嬉しそうだったり、悲しんだりするときは必ずこの「かがみ」が理由であるのだ。

「だってさ、仕方ないじゃん」

グリグリと押し付けていた顔をやっと上げたと思うと、少女はそのまますぐに頭を抱き抱える様にして顔を隠した。
ほんの一瞬見えた少女の顔は少し赤くて、その瞳は揺れているようだった。
きっと腕に擦りつけたのが原因なんだろう。

「......」

そして再度の静寂。
五月蠅いよりは静かな方が何倍もいいのだが、この少女の過去の行動や言動のせいでこの静寂でさえも違和感を感じてしまう。
知らぬ間に感化されてしまっていたんだろうか。
半ばやけになりながら一声、にゃあとわざとらしい鳴き声を上げると腕と腕の隙間からチラリと新緑色の瞳が覗いてきた。
そのままジッと見つめてくる少女。
その瞳に写る自分の姿が歪んでいる。

「貰ったんだ...」

ボソッと吐き出すように話し出した少女が俺から目を離して呟いた。
その姿はまるで拗ねた猫のようで、俺はあたかも興味がないかの様に少し曲がった尻尾を舐め始めることにした。
拗ねてる奴にはコレが一番なのだ。
興味ない素振りをすればするほど、簡単に口を割る。
結局は誰かに聞いて欲しいからこのような態度をとっているんだろう。

「形は少し...というか結構いびつだったけど、凄いおいしかった」

ほらな。
誰に言うわけでもないが、そう心の中で呟く。
俺は舐めていた尻尾から口を離し、再度少女を見上げた。

「だから仕方ないじゃん...」

俺に同意を求めるかのように少女は腕から顔を上げ、そのままゴシゴシと右頬を擦る。
なにやらどっかで聞いた話のような。
気のせいだろうか。


貰った。

『あげれたんだ』

形がいびつ。

『形については突っ込まれたけど』

おいしかった。

『おいしいって言ってくれたんだ』


小骨が喉にひっかかった様な違和感。
俺はどこかでこの少女が話した話を聞いたことがあるのだろうか。
喉まで出かかっている記憶があと一押しのところで出てこない。

「こんなにおいしいの作って、あんな風に笑うなんて......ズルイよ」

そう言って少女は左手に持っていた袋を取り出した。
ずっと握り締めていたせいかヨレヨレになってしまっている袋の入口がクシャリと音を立てる。
濃い青色の包装紙で包まれたその袋の中身までは見えないが、仄かに嗅いだことのある様な甘い匂いがした。

「あんなに手に絆創膏貼ってさ」

不器用なくせにとかなんとか呟いている。
何かが吹っ切れたかのように顔を上げた少女は俺ではなく、もっと高い空を仰ぎ見た。

「そんなの見たら...私、我慢できるわけないよ」

どんどん小さくなっていく声のせいで上手く聞き取れない。
声と比例して俯きがちになっていく姿勢にせいで、顔を隠すカーテンの様に前髪が垂れ下がっていた。
何故恥かしいのか、なんて野暮なことを聞くほど俺はフヌケではない。...が、やはり理由は分からない。

「押さえらんなくて...隠そうとしてからかっちゃうんだよ」

仕方ないじゃん、と本日三度目の台詞を吐いた後、少女はそのまま頭を抱えながら再度膝に顔を押しつけてしまった。
なるほど、話が見えてきた。
何が仕方ないのかは分からんが、とにかく何を隠そうとして軽口を叩いたら喧嘩になってしまったわけか。
でも何故恥かしいから軽口を叩いてしまうのだ?
嬉しければ、礼を言えばいいものを。
スンスンと鼻を動かして少女が握っている青色の袋へと近寄る。
そもそもコレの中身はなんなのだ。
話から食い物には間違いないようだが...

「かがみはさ、なんでコレ...私にくれたのかな」

そう言って少女は青色の髪を揺らしながら、袋からソレを取り出した。
そのまま丸でも四角でもない、多角形のソレをサクッと口に含む少女。
何度も何度も噛み締める様に口を動かす。

「...きっと、深い意味なんてないんだよね」

そう言ってまた袋の中からソレを取り出すと、少女は自身の手のひらにソレを置いて俺に差し出してきた。
くれるの、だろうか。
腹は減っている。
ここ数日ただで飯をくれているこの少女達のおかげで、食料を探す事自体していないのだ。

スッと立ちあがり少女に向き合うように移動すると、開いていた瞳を少し閉じて笑った。
腹は減っている。
が、コレは俺が食べていいものではない。
少女が『かがみ』から貰い、心から喜んでいたものだと知っているからだ。
あげたものをおいしいと言われて喜んでいた人間を思い出した。
そう、彼女はそう心底嬉しそうに笑っていたのだ。
きっと同じことなのだ。
その人間の為に作ったものを、その人間に思い込めて作ったものを、傍若無人な猫が食っていいはずがない。
これは一種の縄張りだ。
踏み込んではいけない境界線。
踏み込まない為の境界線だ。
俺ら猫とは違う、縄張りが人間にはある。
そしてその縄張りの境界線がここだ。
俺と少女の間の線。

「......っ」

動かず、ただ少女の瞳を見上げていた俺から目を逸らすとそのまま手を動かしてヒョイと手の上にあったソレを口に含んだ。

「分かったよ...ちゃんと明日謝るから」

溜め息まじりなくせにひどく嬉しそうで、はにかんだような笑みで俺の頭を撫でる。
そうこの少女に悲しい顔など似合わない。
だから笑っていて欲しいのだ。
そう言う様に少女の手を舐めると、甘い...クッキーのような味がした。


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コメント:
  • あーこなた可愛いー!!こなた可愛いー!!こなた可愛いー!!
    GJです!GJ!! -- 名無しさん (2008-11-23 23:18:48)
  • 続編ktkr
    そしてもどかしいぜ、チキショー!!!
    続きwktkしてまする。 -- 名無しさん (2008-11-23 11:27:11)


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