黒猫と晴天

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『黒猫と晴天』



鼻先に冷たい感覚を感じた。
そこから覚醒してゆく意識に酔いしれながら、重い瞼を開ける。
目の前に広がる青空。
昨日まで降り続いていた雨が嘘のように透き通った青空は文字通り、雲一つ無い晴天だった。
すっかり見慣れてしまった景色を眺めながら、フと足を止める。
四角形の建物の前に、俺は立ち止まる。

――今日もいるのだろうか。

俺の体の何倍も高い建物の屋上に目を移す。
痛いほど降り注ぐ太陽がまぶしい。
その光に目がいかれたのか、クラッと頭が振られた。
ここに立ち止まって考えても仕方がないことだ。
結局今日も、俺は此処に来てしまったのだから。


「あ、きたっ!」

グッと力を入れて重い扉を開けると、そこには紫陽花色の少女がいた。
ホッとしたように微笑んで、俺の方に近づく。

「今日は来ないのかと思った」

はい、といつもの様に黒い鞄の中から袋を取り出してそのまま俺の前へと置いた。
先日貰ったクッキーとやらに形が似てるが、匂いが違う。
前のように甘い香りはせず、魚介類ような香りが俺の鼻孔をくすぐった。

「猫にチョコはダメだってネットで見てね、今日はちゃんとキャットフード買ってきたってわけ」

キャット、フード…とはこれの名前なのだろうか。
やはり意味は分からないが、漂う魚介類の香りにつられ、そのまま口の中へと運ぶ。
見た目以上に固い。
ガリッと歯を立てると中からなにやら液体が流れてくる。
コリコリと舌に流れて来る液体と固形物を飲み込む。
甘くもなく、辛くもなく、苦くもない。
だが、今まで食った中で経験したことない味だ。

「おいしい?」

心配そうに俺に尋ねる彼女。
そう言えば先日、青空の少女にも尋ねられた。
カリカリする外壁を砕いたときに流れ出る液体の感覚が堪らず、何度も何度もそれを口の中に運ぶ。
なるほど、これが「おいしい」という感覚なのかもしれない。
感触も歯ごたえも匂いも、全てにおいて勝っている。

「そんなに慌てて食べなくてもまだいっぱいあるわよ」

俺のがっつく様をみて、彼女は楽しそうに笑う。
俺がこの数日見てきた「悲しそうな笑み」とは違う笑みだ。

「今日さ、こなたにあげれたのよ」

バンバンと床を叩く振動が俺の体を揺らす。
真っ赤になった彼女がふぅと大きく息を吸って、そのまま息を吐く。
急になんなのだ、と彼女を見上げると、ストンッと俺の横に腰を下ろした。

「......クッキー」

あぁ、そういえばあれはその人間の為に作ってきたと言っていた。
では今日は食べられないのか、と変な食い意地が出てくる。
あの甘い食い物も結構好んでいたのだが...
と、同時にスッと、俺の体が浮いた。
......浮いた?

「へぇー、アンタって結構軽いのね」

両腕の付け根を掴まれ、そのまま上へと持ち上げられる。
自分のすぐ下には感心したように笑う彼女が見えた。
慣れない感覚に驚きはしたが、特に抵抗する気はなかったのは、彼女が嬉しそうに笑っていたからだ。

「おいしい、って言ってくれたんだ」

形については突っ込まれたけど、と苦笑しながらも幸せそうに呟く。
そんなに幸せなことなんだろうか。
「おいしい」と、誰かに言われることは。
それとも違う理由があるのだろうか。
きっと猫の俺には理解できない感覚があるのだろう。

「...あれ?」

俺を持ち上げていた腕を下ろし、彼女は俺を膝の上に乗せた。
ヒラヒラと風に舞う布が揺れる。

「なんか、不思議ね」

彼女から伝わる体温が心地よい。
俺はグッと背中をのばした後、彼女の膝の上で体を丸めた。
こんな青空の中の日向ぼっこは気持ちよいに決まっているのだ。

「アンタ、こなたの匂いがする」

そう言って俺の背中を撫でる彼女の手の温かさを感じながら、俺は瞳を閉じた。




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コメント:
  • 温かい -- 名無しさん (2009-11-25 16:35:44)
  • 可愛いなぁ…。
    あと文章上手いね、やっぱり。 -- 名無しさん (2008-11-15 19:46:25)


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