優しさの温度

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空を見上げたら。
金色や紅に染まった木の葉が、風にゆれて、羽のように落ちてきた。
ふわふわ、ふわふわと。
十一月の公園は、こがね色のじゅうたんが敷き詰められたみたいだった。
その柔らかそうな木の葉の上を、子供連れの家族やカップルが笑ったり話したりしながら歩いていく。
日曜日。私とかがみは二人で公園のベンチに座っていた。
すっきりと秋っぽく澄んだ青い空には、白い月がまぼろしみたいに浮かんでる。
私はひとつ鼻をすすって、隣に座るかがみに呟いた。
「真昼の月を見ると、変な気分になるよね」
すると、かがみは話しかけられたことに今気づいたようで、一歩遅れて、驚いたようにこちらを向いた。
その手には黄色いイチョウの葉。
「え? 何?」
それを指先でくるくると回しながら、かがみは私の目を見て、聞きなおしてくる。
かがみの瞳が、言う。
もう一回言って、って。
その空みたいな瞳を見ながら、私はさっき言ったことを繰り返した。
――真昼の月を見ると、変な気分になるよね。
「変な気分?」
かがみは不思議そうに繰り返して、色づいた木の梢から覗く、空を見上げた。
付き合うようになってから、かがみは私に少し優しくなった。
そりゃ前から、かがみは優しかったけれど。
でも今は、前だったら「何だそりゃ」と一蹴していたことも、ちゃんと聞いてくれるようになった。
注意深く、私の言葉に耳を傾ける。
「――確かに、不思議な気分になるような気がするけれど」
かがみが月を見ながら言う。
空の光に眼を細める、その横顔がきれいで、思わずどきどきしてしまう。
かがみが私に視線を向けた。
目が合って、心臓が強く跳ね上がって、私はさりげなく足元に視線をずらす。
こういうのを自然にやるのは得意。かがみはちょっと鈍感だから気付かないし。
かがみが聞いてくる。
「アンタの言う変な感じ、っていうのはどういう感じだ?」
ほら、やっぱり気付いてない。
もう少しくらい気付いてくれてもいいのに。
――でも、そーゆうトコも、キライじゃないよ。
私は、ふぅ、と息を吐いて、かがみに向き直った。

「なんか、音が遠くなるっていうか」
私は足元の枯葉を蹴って、宙を見て言葉をさがして、それからもう一度月を見て、言う。
「じかんが、止まる感じ」
「時間?」
うん、と言った。
少し冷たい風が吹いて、重い私の前髪が揺れる。
息を吸い込むと、秋の風の匂いに鼻がつんとした。
かがみは、「そっかー」と言って、また月を見上げた。
そのまま黙り込む。
私はもう一度、その横顔を見た。
かがみは月を見上げながら難しそうな顔をしてる。
その表情を見て、私に『共感したい』と思ってくれてるんだって、すぐわかった。
――やっぱりかがみは優しくなったよね。
胸がきゅんとなって、思わず隣にあるかがみの手に自分の手を伸ばしかけて、目の前の人が通ったから、その手を引っ込めた。






―優しさの温度―






親友だったかがみと、“恋人”になったのは、先月の話。
かがみのことはずっと好きだったけれど、私は自分の気持ちをかがみに打ち明けるつもりはなかった。
だれど色々なことが重なって、思いがけず私たちは付き合うことになった。
抱きしめてくれたかがみに腕をまわして、ぎゅっと力をこめたときの、かがみの背中の感じや存在感が、なんだかとても嬉しかった。
その後、二人はどうしたかっていうと。
実は、あんまり、進展みたいなものはまだなかったり……する。今のところ“親友”と変わりない感じ。
えっとね! 
これには理由があるんだよ。
文化祭があったり、中間があったり、ずっとバタバタしてて、私とかがみのそばにはいつも誰かがいて、二人っきりになることもなくって。
何かしようにも何にも出来ないっていうか、そんな感じ。
いや、別に何かしようっていうつもりもないんだけれど。いや、だからって別に何もしたくないわけじゃなくって。
何言ってるんだ私。
ちょっと落ち着いて、深呼吸…深呼吸。
でも――それでもそんな日々の中で、少しだけ変わったことがあったんだ。
かがみが、なんだか優しくなったのだ。
それは本当に小さな変化なんだけれど。言わなければ解らないくらいの変化なんだけれど。
なんというか、ピリピリしたところが無くなって、喋るときの調子も少し穏やかになった。
それからちょっと前にも言ったみたいに、みんなに――特に私に対する態度が柔らかくなった。

みゆきさんもつかさもかがみの変化には気づいていて、思いがけずかがみが優しい時には偶に二人で目を丸くしあっていたりしていた。
その変化に気づいてないのは、かがみ当人だけで。
不思議そうにしているみゆきさんとつかさに不思議そうにしたりしていた。
気づいている上に、唯一理由を知ってる私は、何だか不思議な気分だった。
で、かがみってばさ、複雑な顔をしてる私に、「ん?」って無邪気に笑顔を向けてきたりするんだよ。ツンはどこいっちゃったのさ。本当に心臓に悪い。
――そんなふうに変わっちゃうなんて。
――優しくなれちゃうなんて。
女の子って、何だかズルい。
いや、私も女だけれど。
でも、そんなふうに優しいかがみは、何だかズルいって思うんだ。



そんな日々がすぎて、ようやく落ち着いたのは先週くらい。
不意に私とかがみは二人きりになった。
日誌を出しに行くつかさに付き添ってみゆきさんも席を立って、B組の教室には私たち二人だけになった。
私は嬉しくて、机に腕を組んでその上に顎を乗せると、かがみをじっと見つめた。
するとかがみはすぐに頬を赤くして、視線を泳がせた。
「な、何よ?」
「ふふん、べっつにー」
私はにまっと笑って、かがみを見つめ続けた。
かがみの顔がどんどん赤くなっていく。
それを見ていると胸がいっぱいになって、内側から内側から自然と笑顔があふれてくる。
そっぽを向くかがみに、私はほこほこと笑いながら言った。
「かがみってさ、可愛いよネ」
「何言ってんだ、お前は」
かがみはわざとそっけない態度をとる。横を向いたまま頬杖をついたりして。
本当に、可愛いなあ。
だから私はその横顔に向かって言った。
「で――その可愛いかがみは、私のカノジョなんだよね?」
途端に、かがみは口を開いて私の方を向いて、耳まで真っ赤にした。
私は腕に顔を押し付けて、くふくふと笑った。
そうしないと、嬉しくて叫んじゃいそうだったから。
私が机に顔を伏せていると、ため息の音と共に頭に優しい感触が降ってきた。
かがみの指が、私の髪を撫でる。
「バカ」
呆れたような、でも優しい声。
かがみに撫でられるのってすごく気持ちよくて。
私は日向に寝っ転がってる猫みたいな気分。

くすくす笑いながら、私はかがみに向かって目を細めた。
「かがみさ、何か最近優しいよね」
そう言うと、かがみは少し驚いたような顔をして、それから困ったような照れたような苦笑いを浮かべた。
「そ、そう? そんなつもりはないけれど」
「じゃあ無自覚? かがみってばタラシ!」
「なんだそれは」
かがみは私を撫でながら、少し考え込むようなそぶりを見せた後、やがてぽつりと言った。
「……まぁでも、あんまり普段、それっぽいことしてあげられないしなー」
みんながいるし、と結ぶ。
付き合って、何週間か経ったけれど。
私たちが付き合ってることは、まだ誰にも言ってなかった。
つかさやみゆきさんはまだ知らない。
みさきちや峰岸さんやなんかもまだ知らない。
まだ何にも変わってないし何にもしてないから、言うべきこともないっちゃないんだけれど。
忙しかったし、みんなにどうするかは、とりあえず保留にしておくことになっていた。
だから、付き合ってることは、まだ二人だけの秘密。
撫でる手に猫みたいにじゃれ始めた私を指先でからかって、かがみが小さく声を立てて笑った。
その屈託のない声に、心臓がまたうるさくなる。
――だから、そんなふうにいきなり無邪気になるのはやめてよ。
何かが我慢できなくなって、私はかがみの手を捕まえて、その瞳を覗き込んだ。
私の手に、かがみの手の温かさが伝わって。
二人きりの時間に、小さく熱が灯る。
「それっぽいって?」
私はかがみに囁く。
それに応えて、かがみは少し顔を赤くして視線を泳がせて、小声で言った。
「その………付き合ってる? ぽいこと?」
かがみのその台詞に顔がほころぶのを止められなかった。
――私とかがみは“付き合ってる”んだ。
その事実だけで、ふっとんじゃいそうなくらい嬉しい。
私は満面の笑みを浮かべて言った。
「……じゃ、デートでもしよっか?」
余裕ぶって言ってみたけれど、心臓はどきどきして、パンク寸前。
実は何週間も前から用意していた言葉だなんて、口が裂けても言えない。
かがみは頬を赤くして少し私の顔をじっと見つめた後、こくんと頷いた。
ああ、どうして、こんな時ばっか素直なのさ。
抱きしめたくなっちゃうよ。
しなかったけれどね。廊下からつかさとみゆきさんの声が聞こえてきたから。
私たちは手を離した。

それで今日の日曜日にいたる、というわけ。
二人で出かけることなんて初めてじゃなかったけれど、今日は特別だった。
だって、初デートだ!
待ち合わせの駅前に向かいながら、気持ちが舞い上がってるのがわかった。
履いてるスニーカーに羽でも生えたみたいに、足元がふわふわする。
すれ違う人のことなんか気にせずに、私は気持ちに任せて駆け足で進んだ。
今日の服はライブの時にも着た白い上着に、膝丈のパンツ。
もう少し女の子らしい格好でもした方がいいかなって思ったんだけれど、色々考えた挙句、結局いつもと同じようなボーイッシュな格好に落ち着いた。
でも、スニーカーは持ってる中で一番ぴかぴかで、一番新しいのを選んで履いてきた。
待ち合わせ場所に現れたかがみもいつもと似たような格好だったけれど、よく見ると耳に緑の石のイヤリングがついていた。
いつもと大体同じ。でも少しだけ、オシャレして。
そんな気持ちの度合いが一緒なのが嬉しくて、私はかがみを見た瞬間に笑った。
かがみは「何笑ってるんだ?」と憮然とした顔で言った後に、私の靴に気が付いたように瞳を丸くした。
「じゃ、行こうか?」
私がそう言うと、かがみは少し緊張したような面持ちで、笑ってるような怒ってるような不思議な表情をした。
今日の私は何だか止まらない。
かがみの、そんなところもたまらなく可愛く見えて。
道行く人々に言って回りたい気分だった。
この隣の可愛い子は私の恋人なんだよ!って。
本当は手だって繋ぎたい。
けれど、きっと注目を浴びちゃうから、差し出しかけた手は引っ込めた。
(……なんで、女の子同士だとヘンなんだろうな?)
かがみと人混みを歩きながら、私はそのことが本気で不思議でならなくなった。
付き合う前は『女の子同士』ってことがすごく大きな壁のように見えていたけれど。
付き合ってみると、驚くほど違和感を感じなかった。
新しい服に袖を通してみたら、自分のサイズとぴったりだった時みたいに。
――どうして世間だと、女の子同士は目立っちゃうのかな?
私が立ち止まって頭をひねらせてると、後ろからかがみがすれ違いざまに頭を小突いて行った。
「ほら、映画、始まっちゃうわよ」
緑の石のイヤリングきらりと輝かせて、横顔だけでかがみが笑った。
欲目なのかなんなのか、今日のかがみはとんでもなく魅力的な女の子に思えた。
こんな子なら、好きになっちゃってもしょうがないよね?

今日の映画はかがみが観たいと言っていた、何とか映画祭で賞をとったっていう映画だった。
二人だと、いつも私が観たいものをかがみは優先してくれる。
だから、今日くらいはかがみの好きなものに付き合いたいと思って、私は迷い無くその映画のチケットを買った。
「いいの?」とかがみは言いながら、結構嬉しそうだったから、その表情だけで学生料金のチケット代は高くないと思った。
でも映画そのものは、とても『そういう映画』らしく少し単調で難解で。
正直何度か寝そうになった。
だけど、かがみはすごく真剣に見ていたから、私も頑張って目をこじ開けて見ていた。
(かがみが好きなものを私も知りたい)
って、そう思ったから。
映画館を出ると、私たちは公園に向かった。
喫茶店でもよかったんだけれど、あんまり天気がよくて、空も綺麗だったから、どちらからともなく「少し歩こうか」っていう空気になった。
映画館から少し歩いた場所にある広めの公園は、金色に染まったイチョウがふわふわ宙を泳いでいた。
緩やかな時間。
日曜日らしく、のんびりと人が歩いていて、かがみと私は自動販売機でそれぞれコーヒーとミルクティを買うとベンチに座った。
「こなたはさっきの映画どうだった?」
コーヒーに口をつけると、かがみがそう訊いて来た。
私はミルクティに口をつけながら「うーん」と唸った。
「強いて言うなら、難しい」
「そっか」
かがみは少し残念そうだった。
私も少し残念だった。かがみと同じ感想を持てないことが。
ごめんね。
私は映画を思い返しながら、一番印象的だったシーンを口にした。
「でも、中で出てきた、金色の草原は綺麗だったよ」
「そっか」かがみは微笑んだ。「私もそう思った」
今度は少し嬉しそうだった。
あったかいミルクティの缶に顔を寄せて、私は聞いた。
「かがみは映画好きなの? 何かいつも通っぽいのを推して来るよね」
「通っぽいってなんだよ」
「何か…ブンガク的っていうかね、ゲージュツ的っていうか」
「意味わかって言ってないだろ」
かがみは苦笑いした。
「でもそうだなぁ……映画の選び方は私の好みっていうよりか、いのり姉さんがね」
ぐっとベンチによりかかって伸びをすると、かがみは再び言葉を始めた。
「よく借りてくるのよ。カンヌのとか。で、一人で観るの詰まらないからって、私のことを呼ぶのよ」
まつり姉さんはそういう映画はあんまり好きじゃないし、つかさは寝ちゃうから、私が呼ばれるのよ、と言って。
「体よく洗脳されたのかもしれないけどね。で、今日のもいのり姉さんに観てきなさい、って言われてね」
「そかそか、で、どうだった?」
「悔しいけれど、すごくよかった」
かがみは苦笑いをしながら言った。
やっぱりかがみは頭いいな。ああいう難しい映画を“面白い”って言えちゃうんだから。
――でも、そっか。
かがみは、楽しかったんだ。
なら私も一緒に観れてよかったな。
口には出さなかったけれど、そう思って、私はほこほこと笑った。

それから、二人で真昼の月を見上げて。
時間が止まる感じ、と言って、そのまま黙り込んだ私たちの間に少し冷たい風が吹いた。
ぶるっと震えが来て、私は半分条件反射みたいな感じで、腰を上げてかがみとの距離を縮めた。
これは“親友”だったときの癖。
寒いときは冗談交じりにくっついたりして、かがみのことをよくからかった。
でも今は私たちは“恋人”で。
そんな私の行動に、かがみは顔を赤くして慌てた。
「ちょ、何?」
その表情に、しまった、と思うけれどもう遅い。
ついうっかり以前のまま行動してしまった。気が抜けてたとは言え、ちょっと間抜けかも。
心臓が遅れてうるさくなってくる。「でもこれはある意味チャンスかも」と考えて、あえて離れないまま言った。
「ほら、ちょっと寒くなってきたじゃん? だから暖をだね」
「場所をわきまえろ!」
ほう。
かがみの台詞に私はニヤリとした。
「場所をわきまえれば、いいんだね?」
かがみが「えっ」と言う前に手首を掴んで立たせると、そのまま道から外れた方へ引っ張っていった。
芝生の柵を越えて、茂みを掻き分けて、ちょっと奥まったところにかがみを連れてくる。
そこはちょうど草が開けていて、梢からぽっかりと陽だまりが落ちていた。
その空き地の中心にかがみを連れてくると、私は軽く周囲を確認する。
思ったとおり、木や紅葉した茂みが邪魔をして表からはこちらは見えない。こっちからも表は見えないけれど。
私たちのいるここは、紅葉した茂みに囲まれて、何となく秘密基地の風情。
「ぷっ…ちょっとこなた」
茂みに引っ張り込まれた所為で葉っぱだらけになったかがみが、口についた葉っぱを払いながら抗議の声を上げた。
私はそのままかがみの手を引いて、葉っぱのじゅうたんの上にかがみを座らせると、自分も正面に座った。
地面に座るのなんて、子供の頃以来だ。落ちた葉っぱがふわふわで、案外すわり心地がいい。
私は不満そうなかがみの前で、唇に指を当ててみせる。
「シィー」
なんて、まるでかくれんぼをしてるみたいに言ってみせると、案の定かがみから突っ込みが来た。
「シィー、って何だよ」
でもその言い方はちっとも怒ってなくて。
前みたいに厳しくなくて、“私に甘い”っていうのが体現されてるような声で。
私はまた落ち着かなくなった。
そして。
その時、急にふっと解った。
どうして、かがみが優しいと、ズルいって思うのか。
今、わかった。
かがみが私に見せるようになったその優しさや、甘さは。

“君は私の特別”。
そう言われているような、気がするんだ。

胸が、きゅん、となって、私は慌ててかがみから目を逸らして周囲を見た。
かがみはズルい。やっぱりズルい。
そんなの無意識にやるなんて絶対反則だよ。
心臓が早くなって、息が何だか苦しくて。
私は膨れて足元の木の葉を掴んで、意味もなく宙に放り投げた。
ひらひら、ひらひら。
色づいた葉っぱが黄金色のじゅうたんの上にに音もなく落ちる。
上の方の梢がざああと風に吹かれて、音を立てるのが聞こえた。
耳を澄ませば遠くに人の声も聞こえるはずなのに、道を少しずれただけで隔絶されたみたいに静かに感じる。
完全に、ふたりきりだ。
だから、もうくっついてもよかったんだけれど。
ふたりきり。
そう思ったら、さっき感じた熱がさらに上がってきて。
くっつく以上の願望が、頭の中に浮かんできて。
私は足元の草をいじっているかがみの手をとると、囁いた。
「かがみ」
私の真剣な声に、かがみは目を少し丸くして顔を上げる。
つないだ手から伝わる、北風でほんのりと冷えたかがみの手の感触。
視線が、ぶつかり合う。
自分の手が熱くなって、汗がにじむのがわかった。
私は息を吸い込んで、数々の映画やアニメや漫画やゲームで聞いた――でも自分では生まれて初めて口にする言葉を、口にした。
「――キスしてもいい?」
言った瞬間に、かがみが一気に真っ赤になる。
たぶん私も真っ赤だと思う。
でもそんなの気にしてる余裕はなかった。
だんだんと触れ合ってる手が熱くなっていくのが、心臓の音を加速させる。
私はじっとかがみの瞳を覗き込む。
かがみは「おま…ちょ……」と言って、目を泳がせて、口をぱくぱくさせた。
そしてうつむいて、その顔につないでいない方の手を当てて、最後に「…えー?」と言った。
焦れた私はちょっとズルいかもしれないけれど聞いてしまった。
「……イヤ?」
「いっ、イヤ、じゃないけれど」
かがみは真っ赤になった顔を抑えたまま、黙り込んでしまった。

「……」
「あのさ、かがみ」
私はかがみの顔を覗き込みながら言った。
「ん…」
「夏休みの終わりにさ、一回キスしたじゃん。かがみんちで、私が転んじゃって」
「……あれは事故だろ」
「うん、事故。だから、それが最後だと、ヤだ」
かがみが目を上げた。
もう一度、視線がぶつかる。
かがみは随分黙ってから、「………うん」と言った。

かがみの手が、顔から離れる。
カエデの葉っぱみたいに赤くなった頬が、私の前で晒される。
握り合っていただけの手が一度ほどかれて、指を絡めるようにつながれる。
かがみは静かに息を吸うと、目を閉じた。

目を閉じたかがみの顔を見て、私の心臓はさらに心拍数を上げ出した。
息が出来なくなりそう。

私は浅く息をしながら、ゆっくり顔を近づける。
かがみの唇が目の前にある。

シャンプーの香りがして、長いまつげが頬に影を落としてるのが見えて――。

まず頬にキスをした。
距離を確かめるみたいに、軽く。

かがみが一瞬、目を細く開く。
それが月みたいに、輝く。

それ見ながら私は思い切って目を閉じると、かがみの唇に、自分のそれを重ねた。

その時、周りの音が全部遠ざかって。
聞こえていた葉っぱのこすれる音や風の音も全部遠くなって。


時間が止まる、感じがした。






帰る頃にはすっかり日が暮れていた。
今日は楽しかった。帰るのが惜しいくらいだった。
今は帰りの電車を待つために、駅のホームで二人で立っている。
あの後、雑貨のお店を冷やかしたり、本屋行ってお互いの好きな本の話をしたりした。
本、と言っても私の方は漫画だったけれど。かがみはラノベだけじゃなくて普通の本もたくさん読むようだった。
そういえば。
付き合いだしてから、私もかがみの話をちゃんと聞こう、と思うようになった。
以前は「文字ばっかの本なんて眠くなる」って一蹴していたのに。
変わったのはかがみだけじゃないのかもしれないね。私もかがみのように何か変わってたりするのかな。
隣に立つかがみの横顔をちらちらと見ながら考えてみたけれど、結局自分じゃよくわからなかったから、とりあえず考えるのをやめることにして宙を見上げた。
屋根の切れ間から見えるのは、暗くなった空。
不意に、ずっと黙っていたかがみが向こうのホームを見ながら言った。
「……あのね、こなた」
「んー何?」
「つかさには言いたいの」
かがみの方を向くと、かがみは思いがけず真剣な顔だった。
「隠していたくない。相手がこなただから、こそ。……いいかな?」
緊張した視線が、真っ暗な線路に落ちている。
私はその視線を追って、その暗い線路の上を見て、それからかがみの方を見た。
かがみは、唇を引き結んで、じっと前の方を見ていた。
――いくら私たちが自分たちを自然だと思っていても、外ではそう思わないひともきっと、たくさん、いる。
それは知ってる。
だから、私たちは人前では手を繋がない。
悪いことをしているわけじゃないんんだから、堂々としていたい気持ちはもちろんある。
でも、それが結果的にかがみを守ることになるんだ、って私はわかってたから。
だから、差し出しかけた手を引っ込める。
私たちに何をしてくれるわけでもない、関係ない他人の無神経な視線に、無闇にかがみと自分の関係をさらす気はなかった。
――でもそれが身近な人だったらどうだろう。
つかさはかがみからしたら、双子の姉妹で。小さい時からずっと一緒で。
そして、私の親友で。
きっと――つかさならわかってくれるよね。
「……うん」
私は少し考えたけれど、頷いた。
ということは、二人だけの秘密なのは、もう少しで終わりなんだね。
少しだけ惜しいかも…なんてね。
電車はまだ来ない。
私たちは黙って、近い距離に立ちながら、線路に落ちる闇を見つめていた。
向こうのホームに電車が止まって、過ぎた時、私はかがみに話しかけた。

「かがみさ」
「――うん?」
何かの考えに耽っていたのか、かがみの反応は少し鈍かった。
思えば、今日は割とずっとそんな感じだったような気がする。
もしかして、さっきの一言を言うためにずっと悩んでたのかな。
ずっと側にいて、今は誰より側にいるつもりだったけれど、私はかがみのことをまだまだ全然わかってないのかもしれない。
だから、ひとつずつ、わかっていけたらいいなって思うんだ。
私はかがみに聞いた。
「今まで一番よかった映画ってどんなんだった?」
「何よ突然」
どことなく上の空だったかがみは焦点を取り戻して、怪訝そうに眉をひそめた。
「突然じゃないよ。今日は映画観たじゃん」
「ああ、そういえばそうだったわね。何か今日は色々あって何だか……」
言いながら、かがみは何かを思い出してはっとなって、頬を赤くした。
ちょっと、ちょっと。いきなりそんな乙女な空気出されると、こっちだって恥ずかしくなっちゃうって。
私たちの間にむずがゆい空気が流れかけたのを打ち切るように、かがみが言った。
「そ、そうね」
かがみは少し宙を見上げて、それから言った。
「よかった、っていうのとは違うかもしれないけれど。何だかよく覚えてる映画があるの」
「うんうん、何?」
かがみはその映画のタイトルを口にした。
「聞いたことある?」
「あるようなないような」
まぁ、古い映画だから、とかがみは言った。
その時、ホームの階段を誰かが上ってくる音と大きな声が聞こえた。
それは若い集団で、彼らは大きな声を上げて笑いながら、私たちの近くを通り過ぎ、ホームの頭の方へ歩いて行った。
その音が通り過ぎるまでかがみは待って、それから話を続けた。
「その中でこんな台詞があるのよ。言葉はちょっと違ったかもしれないけれど」
「うん」
かがみは少し顎を上げて、大きく息を吸い込むと、呟くように言った。

「『ものすごく深くて痛い傷を負った場合、治る時も同じくらい痛い』」
かがみの言葉の残響が、私たちの間に落ちる。
私は自分の手に息を吹きかけると、少し笑いながら言った。
「治る時も、痛いんだ」
「映画で言っていただけだけれどね」
かがみは少し目を落とした。
そして言葉を続ける。
「……なんだかそれって、しんどいなって思ったのよ。痛い目に遭ったらずっと痛いなんて」
かがみはポケットに手を入れて、寒そうに肩をすくめた。
「でも………そういうものなのかもしれないわね」
かがみは少し鼻をすすると、無理やり作ったような笑顔でニッと笑った。
すごくかがみらしくない表情だったけれど。
その表情を見たら、何だか胸がすごく痛くなったけれど。
でもそれもかがみの一部で――かがみの表情、なんだよね。
だから、だからって言ったら変だけれど――私はかがみのポケットの中に、自分の右手を突っ込んだ。
「おわっ!? ちょっと、何?」
「んー、確かにそういうふうにもとれるけどさ」
ポケットの中でかがみの手の甲と私の指がぶつかる。
かがみの体温で温かくなったポケットは、思いがけず居心地がよかった。
ちょっと傍から見ると変な光景だろうけれど。
でも右手が温かい。
私は言葉を続けた。
「痛いって思ったときから、治りだしてるって意味かもよ? 映画観てないからわかんないけれど」
そう言って、私はにこっと笑って、かがみの顔を見た。
かがみは目を少し丸くして私の方を見ていた。
そして、ふっと笑った。
「そうかもね」
私のよく知ってる、かがみらしい優しい笑顔で。

――きっとこうして、私たちは日々を重ねてく。
いつか離れ離れになる日が来るかもしれないなんて、今は考えたくない。
ずっと、ずっと、かがみと歩いていけたらいいと思う。

空には、昼間は真っ白だった月が、金色になって昇ってる。


私たちはかがみのポケットの中で、手を繋いだ。



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コメント:
  • 温かくていいですね。 -- 名無しさん (2012-12-03 21:32:46)
  • じっくりとしてないで、さらさらした内容がGJ                    超良いです! -- 名無しさん (2010-11-18 22:28:19)
  • 思わず顔がほころんでしまいました。これからも頑張ってください。応援しています。 -- 名無しさん (2009-01-15 18:39:54)
  • いいなぁ〜、こういうのって。 -- 名無しさん (2008-12-23 19:24:09)
  • いい百合だった! -- 名無しさん (2008-12-15 14:35:29)
  • 第2部始まりましたね…恋人になった二人がこれからどうやって愛を育てていくのか、楽しみです。 -- 名無しさん (2008-11-20 13:40:59)
  • こなたかわいい、GJ! -- 名無しさん (2008-11-16 18:38:28)
  • 心情描写も風景描写も秀逸で、心があったまるお話ですね。
    また、読みたいです。 -- 名無しさん (2008-11-16 11:52:01)
  • いやー、素晴らしい。なんだか優しさに溢れていて、細かい表現にとても巧みで、読んでて暖まるような気持ちになります。
    あなたの作品を読める事に感謝します。また続き読ませてくださいね! -- 名無しさん (2008-11-10 02:02:18)

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