想いを言葉に(2)

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「おい、…の二人。結構…愛くね?」
「こ…制服、陸桜…園の…よな」
「妹…とか…て…な」
 私たちと話している男性とは別の何人かがこちらに視線を向けてなにかを話している。
全ての会話を聞き取ることはできなかったが、私たちに関して何かを相談している様に聞こえた。
「なぁ、袖触り合うも多生の縁っていうしさ。これからお茶でもどうだい?」
 正面の男は私たちを見下ろしながら誘う様な口調でそう答える。
この一言を聞いた私は肝が冷えるのを感じた。こんな時間に、こんな状況でお茶?
どう考えてもまともな人間の対応とは思えなかった。この男たちは危ない。
女の感とでも言えば良いのだろうか。私の中の何かがそう信号を発している。
とにかく謝罪はしたんだし、これ以上この場に留まるべきではない。
「い、いえ。私たち家に帰るところなので失礼します」
 私は相手の返事を聞く前につかさの手を強引に引き、この場を立ち去ろうとする。
しかし、
「まぁまぁ、そう言わずに良いじゃん。この近くに良い店があるんだ。
絶対楽しいからおいでって」
「お姉ちゃん!」
「つかさ!?」
 つかさは男の一人に腕を掴まれていた。なんとか男の腕を振り払おうとするが、
力で敵うはずもなく、逆に両腕を押さえ込まれてしまう。
この時、つかさの制服のポケットから何かが落ちたように見えたが、
そんなことを気にしている余裕は無かった。私がつかさを掴んでいる男の手を
放させようと近づくも、今度は私が別の男たちに右腕を取られる。
「別に良いじゃん。さ、お姉ちゃんの方も一緒に行こうぜ」
 女の私相手に男二人掛りで両腕を取られ、完全に動きを封じられてしまう。
「くっ! 離してよ!」
「おい。ここじゃ人目に付くから、そこの裏道へ連れ込め」
 私たちは先ほど私が向かおうとした細道へと無理矢理連れ込まれる。
抵抗しようにも完全に両手を取られ、全く動かせない。つかさも似たようなものだ。
どうしてこんなことになってしまったのか。抵抗も空しく私たちは明かりの無い
漆黒の闇の中へと連れ込まれていった。

 私たちが連れ込まれた場所は行き止まりの一本道だった。
壁の向こうは倉庫か何かだろうか。壁の高さも優に4 mはあるだろう。
民家は無く助けも呼ぶこともできそうにない。唯一の退路も男たちが立ちふさがっており、
男たちが並ぶ道の奥から、明かりが僅かばかり見える程度。
つかさも今の状況に恐れを感じているのだろう。私にぴったりとより付いている。
私たちは完全に袋の中の鼠だった。
「ちょっと! ここは何処よ! こんなところに連れてきて、私たちをどうするつもり!?」
 震えるつかさを抱きながら、わたしはできる限り腹の奥底から大声を張り上げた。
それは気持ちのうえでは負けないという意味での足掻きでもあったし、
万が一にもこの声を聞いた人が助けてくれるのではないかという淡い希望があったからだった。
「別にどうもしねぇよ。俺たちはこれからみんなで遊ぼうってだけさ」
「ふざけんじゃないわよ! 警察を呼ぶわよ!?」
「呼びたければ呼べば? 呼べればの話だけどな」
 男の一人が口元を歪ませながらせせら笑う。私は自分のポケットから素早く
携帯電話を取り出し警察への電話を試みる。が、気持ちが焦りなかなかボタンを
押すことができない。その途端、男の一人が私たちの前に立つ。
私が男を見上げた瞬間、頬を平手打ちされてバランス感覚を失った。
「あぅっ!」
 男に叩かれた私はその勢いで斜め後方によろめいてしまう。視界には壁が迫っており、私は壁に
手をつけて激突を防ごうとするが、間に合わずに頭を打ち付けてその場に倒れてしまう。
「お姉ちゃん!!」
 つかさが悲鳴を上げながら、私の元に駆け寄ってくる。私はつかさに心配をかけないよう
体を起き上がらせようとした時、左目の上に位置するあたりに痛みを感じる。
その部分に触れてみると赤い液体が指に付着し、それが私の血だと判断するのに
時間は掛からなかった。だが痛みはさほどでもないし、指に付着した血の量から
見ても傷自体も深くは無さそうだった。軽症で済んだことに安堵しながら
私は現状の確認を行おうとするが、既に私の携帯電話は私を叩いた男の手の中にあった。
おそらく叩かれた時に手元から落ちてしまったのだろう。私は軽く舌打ちをした。
「あ、あれ? 私の携帯が、携帯が無い!」
 つかさも私を真似ようとしたのだろう。しかし肝心のつかさの携帯は無いらしい。
「何処かに落とし――」
 私がつかさに問いただそうとした時、男たちに連れ去られそうになった時の
映像が私の脳裏に蘇る。つかさが必死に抵抗する中、ポケットからするりと落ちた
小さな物体。あの時、つかさのポケットから落ちたのが、携帯電話だったのか。

「残念。警察に電話はできませんでした。さぁ、どうする?」
「ゲヘヘ」
 男たちの薄汚い笑い声が聞こえてくる。なんて目をしているのだろう。
こちらを凝視する男たちは傲慢さを漂わせ、その舐めるような視線に不快感を覚えながらも
私は男たちを睨みつけた。腫れ上がった頬に手を当てながらこの状況を打破するために
頭をフル稼働させて思考する。しかしこの圧倒的に不利な状況でそう簡単に解決策が
出るはずもない。
 その時、未だ立ち上がれずにいた私の正面につかさが立ち、
両腕を大きく横に開いて私を庇った。
「つかさ!?」
「お姉ちゃんに乱暴しないで!!」
 あの時と同じだ。わたしが中学校の同級生から嫌味を言われた時と。
この子は本当に、私のためなら恐いものなんて無くなるんだな……。
未だ足がすくんで動けない自分が情けない。こんな状況下においても私のために
体を張れるつかさは私なんかよりもずっと勇敢だと思えた。
ほんの少しだけ淡い希望のようなものを抱いた気がしたが、それは幻だったと思い知らされる。
「その目、生意気だな!」
「あ!」
「つかさぁ!!」
 私の前に立ったつかさは私の時よりもさらに強く平手打ちを放たれて、つかさは
そのまま倒れかけるが、幸いにもつかさは動けなかった私の上に落ちる。
私がつかさのクッション代わりになることで、コンクリートの地面に叩きつけられることだけは
回避できた。私は目を閉じてしまっているつかさを抱きかかえた。
「つかさ、つかさ! しっかりして!!」
 必死につかさの名前を呼び掛けるが、私の言葉に反応は無い。
まさか、つかさを支え切れずどこかを強く打ちつけてしまったのだろうか?
打ったとしたら頭? 体? どうしてつかさは何も答えてくれない?
気を失ったの? それともまさか……。
 私の心の支えでもあったつかさの現状に私の思考は混乱し、只々つかさを
何とかしなければとしか考えられなかった。
「怯えることぁねぇよ。俺たちはただ遊ぼうって言ってるだけだぜ?」
 あまりにも人を馬鹿にしている。つかさをはり倒した男に私の中でどす黒い炎が
燃え上がる。私はつかさを地面に寝かせて、つかさを攻撃した男に我を忘れて立ち向かった。
「あんたのせいで!!」
 激昂した私は不慣れながらも、力を込めて男の顔面に左手で拳を振り下ろそうとする。
しかし、私の全身全霊を込めたその攻撃は、儚くもあっさりと受け止められてしまった。
「所詮女の力じゃこんなもんよ」
 私は男にボディブローを打ち込まれて、一瞬視界が暗転する。
そのまま数歩後退してつかさの傍に倒れてしまった。
「が――は……」
 腹部からの激痛に私は悶えて呻き声が漏れる。

 何故私やつかさがこんな目に合わなければならない……。
私たち姉妹がいったい何をしたというのだ……。悪が弱者を蝕むこの世界は、
どうしてこんなにも理不尽なんだ……。
 男たちは、ゆっくりと私たちに歩み始める。その姿は、何日も肉にあり付けなかった
猛獣のように見えて、それが私を一層恐怖で縛り付けた。全身から感じる恐怖に
私の瞳が涙の膜を浮かべ始める。
 恐い、恐いよ……。お父さん、お母さん、姉さん、
日下部、峰岸、みゆき、こなた……。誰か…誰か助けて……。 
「や……やめて……来ないで!」
 私は目を開かないつかさを抱きかかえて、後ろに下がろうとする。
しかし完全に腰が抜けてしまった私は、つかさを引きずりながら
動くことはできず、その場で叫ぶことしかできなかった。
「来ないで! 来ないで!! 来ないでぇ!!!」
 先程の男の手が私たちを掴もうとする。私は目を閉じて思わず神に祈った。
 私は現実主義者だ。この世界に不条理なことがたくさん起きていることは知っていたし、
神社の娘でもある私だが、本気で神様がいるなどとは今まで一度も考えたことは無かった。
そんな私でもこの様な状況では祈るしかなかった。あぁ、人は心の底から絶望した時、
ありもしない神に救いを求めるのか……。
 人は絶望した時、神に祈る。それは私たちが生まれるはるか昔から人が繰り返し
行ってきたことだ。戦争に絶望し、腐敗した国に絶望し、自分の大切な人を失った時、
人は神に救いを求め続けてきた。
 しかし、私は現実主義者だ。他の人がどう思うかはともかく、私自身は
本当にいるかどうかも分からない神の救いを待つことはできない。
 この世界で誰かが苦しんでいる時に、その誰かを助けることができるのもまた、人しかいない。
 そう、人しかいないのだから。
「さぁ、そろそろパーティーの時――かはっ!」
 突然、男が呻き声を上げた。何が何だか分からず、私はつかさを抱いたまま動けなかった。
その直後、何かが地面に叩きつけられた音が聞こえてくる。 
「かがみ、つかさ、大丈夫? 怪我は無い?」
 私はその声を聞いて胸が大きく高鳴った。私はその声の主を知っている。
あり得ない、この状況であいつの声が聞こえるなんてあり得ない。
だけど、私があいつの声を聞き間違えるなんて絶対にあるはずが無い。
私は瞳を恐る恐る開いた。涙でぼやけた視界の中で、私がよく知っている
人物がそこにいた。
 膝まで伸びた美しい髪は月の光を浴びて青白い輝きを放っている。
風に髪を揺らしながら、緑色の澄んだ瞳が私たちを心配そうに見つめており、
陵桜学園の夏服の色と重ねて、全身に蒼を纏った少女はそこに佇んでいた。
「こ、こ……」
 いったい何が起こったのか? 何故男は倒れているのか? どうして少女はここにいるのか?
判断のつかない私は、その少女の名前を掠れた声で呟くことしかできなかった。
「こな……た……?」
 それは他の誰でも無い、私の一番の親友である泉こなたその人だった。

 こなたは私とつかさの傍で膝をかがめて話しかける。
「かがみ、大丈夫? おでこから血が出てるよ?」
 こなたは心配そうに私を見つめている。激変する状況に私の頭はついてこれなかったが、
憂いを帯びた表情でこなたに見つめられれば、空元気だろうと答えないわけにはいかなかった。
「え――あ、う、うん。さっき壁に頭を打ち付けちゃって。痛みは無いから、
多分今は……もう平気」
 本当は痛みが無いというよりも、痛みを忘れていたという方が正しかったのかも知れない。
「他には? 他には何もされてない?」
「う、うん。お腹を殴られたけど、他は大丈夫……」
 その言葉にこなたは一度目を伏せてから、つかさに視線を移した。
「つかさは?」
「つ、つかさは……。その、あいつらに叩かれた時に意識を失ったみたいで……」
「どこか強く打ち付けたりした? たとえば壁に叩きつけられたとか」
「ううん、それは多分大丈夫だと思う。つかさが地面に倒れそうになった時、
私がつかさを支えたから」
「見せて」
 私が答える前に、こなたは私の腕の中から半ば強引につかさを抜き取ると、
つかさの口元に手を近付けて呼吸を、今度はつかさの左手首に指を当てて脈を測りだした。
「あ、あのさ、こなた?」
「何?」
 私はすぐ傍でピクリとも動かずに倒れている男を指しながら訊いてみる。
「これ……あんたがやったの?」
「そうだよ」
 何を驚いているの? とでも言わんばかりにこなたは淡々とした口調で答えた。
男の傍には先ほど奪い取られた私の携帯電話が転がっている。
こなたにとってはそんなことよりもつかさの体調の方が重要らしい。
それは勿論私もそうなのだが、先ほどまで私たちを襲おうとした男を、
私よりも一回り以上は大きい男を平然と倒したと言われても素直に頷くことは
できなかった。そんな私の疑問など気づくこともなく、こなたはつかさの心拍に
意識を集中させているように見える。
 今はつかさを優先すべきだと、少しずつ平静を取り戻しつつある私の理性が
そう判断を下し、私はこなたとつかさを見守っていた。こなたが一連の作業を終えると、
次につかさの頭部、胸部、腹部、手足の様々な部分を慣れた手つきで調べていく。
冷静につかさの体調を調べられるこなたの様子を見ながら、
つかさが気を失った時に、慌てふためくことしかできなかった私は
いったい何をしていたのだろうと自分自身の情けなさに心の中で嘆息していた。

「……うん。見たところ外傷は無いし、脈もある。呼吸も落ち着いてるから
多分気絶しているだけだと思うよ」
「そ、そうなの……?」
「絶対とは言えないけどね。多分大丈夫だよ」
 こなたはつかさを私に預けると、その場で立ちあがった。
「ごめんね、かがみ。もう少し早く来ていれば、かがみたちにこんな思いはさせなかったのに……」
「こなた?」
「おい! てめえら俺らを無視してんじゃねぇぞ!」
 仲間を倒されたことに憤怒しているのか、別の男が声を上げながらこちらに
近づいてくるのが見える。私は自分の心拍が跳ね上がるのを感じた。
「こ、こなた……」
「かがみはつかさの傍にいてあげて、後は……」
「聞いてんのか!? そこの青い髪の女!!」
 男がこなたの肩を掴む。こなたは男に振り向きざまに相手の手首を掴むと一気に捻り上げた。
「うぐがぁぁ!!!」
 男の顔に苦悶の表情が現われる。そんな男の様子にこなたは、滑り込むように
男の懐に飛び込み、顎めがけて打ち上げるように掌底を放った。
「!!」
 こなたの流れるような一連の動きを目の当たりにした
私は言葉を失い、男はその場に倒れこんだ。
「後は私に任せて」
 こなたは私に背を向けて真正面から男たちと対峙していた。私はこの時、本気で
こなたは怒っているのだと感じていた。普段から喜怒哀楽をはっきりと表現する
こなただが、口調だけなら怒りも悲しみも読み取ることができない。しかし、
5秒と掛からずに男一人をねじ伏せたその姿と相俟って、悲しいほどに淡々とした
口調はこなたの静かな怒りを体現しているかのように感じられた。

「この糞餓鬼! やりやがったな!」
「てめぇ!」
 先ほどの状況に今度は二人掛りでこなたに襲いかかる。私たちを巻き込ませないように
するためか、こなたも二人に向かって突撃する。こなたは一人目の蹴りを、身を屈めて
かわし、ジャブ、ストレートの二連撃を当てて、男の一人をのけぞらせる。
その間に向かってきたもう一方の相手を捌く。
 相手の右ストレートを難なく受け流すと、相手の鳩尾に拳を打ち込み、前のめりに
なった相手の後頭部に、スカートなのも気にせず回し蹴りを直撃させて男をダウンさせる。
しかし、最初に連撃を食らった男が体制を立て直し、再びこなたに襲いかかる。
こなたは防御が遅れ、腹部に一発。左ボディブローをまともに浴びてしまう。
「こなた!!」
「もう一撃!」
 こなたはよろめき、一歩足を下げる。男は二発目を加えようと大きく振りかぶって
右ストレートをこなたの顔面に放つ。だが再び構え直したこなたは、モーションの大きすぎる
相手の攻撃をかわすと同時に、カウンターで相手の顔面に左ストレートを
打ち込む。男は力なくその場に倒れこむが、先ほどの一撃が効いたのか
こなたもまた、右手で腹部を抑えていた。
「こなた! あんた今……」
「大丈夫。急所には当たってないから」
 私の言葉にこなたは気丈にそう答えた。いくらこなたが格闘技経験者といえども、
まともに一撃を浴びて効いてないということはないだろう。私は先ほど拳を打ち込まれた
自分の腹部を摩りながら、こなたの身を案じることしかできなかった。
「ほぅ、女のくせになかなかやるな」
 今までの様子を黙って見ていた最後の一人がゆっくりとこなたに近づいてくる。
不気味に微笑んでいる姿に何故この男は今、笑っていられるのだろうかと疑問を感じた。
この男がどれほど自分の強さに自信があるのかは知らない。あの男がこなたに負けないという
精神的余裕を考慮しても、仮にも仲間4人を倒されて笑っていられるこの男たちは
いったいどういう人間関係なのか不思議でならなかった。
 明らかにこなたの力を舐めっている男は右手をこなたに差し出す。
「気に入ったぜ。どうだ、俺の女にならねぇか? 俺はおま――」
 こなたは男の話が終わる前に問答無用で男の顔面に拳を一発打ち込み、男を一歩後退させる。
「く、くくく……」
 しかし、先ほどまで男たちを次々と戦闘不能にしてきたこなたの攻撃を
まともに受けたにも関わらず男は平然としていた。
「聞く耳すら持たないか。いいぜ、やってやるよ」
 男はゆっくりと構えを取って臨戦状態に入った。
「なんで……? なんでこなたの攻撃が効いてないの?」
 この男の様子に自然と疑問の声が口から洩れた。私の言葉に男は鋭利な視線を向ける。
その視線に私はつかさを抱いている腕に自然と力がこもる。
「けっ。柔な女のパンチなんざ気かねぇよ。今まで俺がどれだけの奴を
ぶちのめしてきたと思ってやがる?」
「…………」
 男はこなたに視線を戻すが、こなたは微動だにせず、真っ直ぐに男に構えていた。
 この男が、どれほど喧嘩慣れしているのかは想像の域を出ない。
全体的にかなりがっしりとした体躯の男は、背丈も大まかに見積もっても
黒井先生より高く、180 cm前後はありそうだった。男の腕は丸太のように太く、
私よりも小柄なこなたにとってはこれだけでも大きなハンデであり、
急所にでも当たらない限り、こなたの力では男の纏う筋肉の鎧を破ることは不可能に思えた。
「てめぇみたいに気の強い女を力で無理矢理ねじ伏せるのも面白そうだ」

 この台詞を合図に、こなたと最後の男との戦いが始まった。
先に仕掛けたのはこなたで、こなたはその小柄な体と、自慢の瞬発力を生かして一気に
相手の懐に潜り込み、肘打ちを相手の腹部に打ち込む。
男はそれを無視するかのようにこなたを捕まえようとするが、こなたは艶やかに
男の腕をすり抜けて、今度は腹部に蹴りを放つ。男もこなたに下から大きく拳を振り上げる。
しかしこなたは後ろに飛び跳ね、男の拳は空を切った。
 こなたは自身のスピードを最大限に生かし男に攻撃を加え続ける。一方相対する
男の方はこなたの攻撃をもろともせずに、全攻撃が必殺となるであろう強力な一撃で
こなたを狙う。男はその長身とリーチを生かし、こなたの全身を様々な角度から
狙っている様にみえる。こなたもまともに受ければ致命傷は免れないと判断したのか、
男の攻撃は全て回避しており、防御での対応は一切行っていなかった。その一進一退の打ち合いを
見ながら、こなたの攻撃は全てが男の腹部あたりへ集中していることに私は気づいた。
 この戦いは不利だ。武術に関しては無知の私だが、そんな言葉が頭をよぎる。
こなたの攻撃に男は全く動じていない。対して男の攻撃をこなたは避けて対応するしかない。
一見するとこなたは蝶のように舞い、蜂のように刺すかのごとく男を攻撃してるように
見えなくもないが、それは、回避を最優先にしながら隙を見て相手の筋肉の鎧に
さほど効きもしない攻撃を打ち込む以外に手立ては無いという劣勢の状態であった。
 そんな打ち合いを固唾を飲んで見守っていた時、戦況に変化が起きた。こなたは相変わらず
相手の腹部を狙い、こなたの背丈からみて、ほぼハイキックに近いミドルキックを
男の腹部に打ち込む。その時、超絶な打ち込みに足がついていけなくなったのか
こなたはバランスを崩し、回避が一瞬遅れる。男がそのチャンスを逃すはずもなく、
重い一撃がこなたの胸部に突き刺さる。こなたは激痛からか、口から唾液を零し
顔を歪ませる。駄目押しの二撃目を狙う男にこなたは大きく後方に
跳躍し、私たちのすぐ傍にまで下がった。
「こなた!」
「ちょ、ちょっとドジっただけだから、心配しないで」
 こなたは口ではそう返すものの、左手で胸を押さえながらその場に片膝をついてしまう。
「てめぇの攻撃をいくら受けても俺はビクともしない。
しかしお前はたった一発でそのざまだ。まだやんのか?」
 既に勝ったつもりなのか、男はあえてこなたに追撃をかけようとはせず、
その場に佇みながら勝ち誇った態度でこなたに問いただす。
「どうする? お前が俺の女になるならそこにいる二人は見逃してやってもいいんだぜ?」
 私たちを指さしながら男はこなたにそう突きつけた。
こなたと引き換えに私たちを見逃すという男の要求に私は思わず声を荒げた。
「そんなの卑怯よ! 私のせいでこなたがあんたの女になるぐらいなら、
私は助けなんていらないわ!」
 それは何も、ただの強がりとして言った言葉では無かった。こなたは私たちのために
身を挺して戦ってくれている。そんなこなたの思いを踏み躙って、自身の安全のために
こなたを犠牲にするぐらいなら、私にとっては地獄に落ちるほうが遥かにマシな選択だった。
「なら、お前ら三人で運命を共にするか? その大事そうに抱えてる妹と一緒にな」
 男は天を仰いで高笑いをする。嘲笑うような男の姿に私は唇を噛んだ。
「心配しないで。あんな奴の言うことなんか聞いちゃいけない」
 こなたはゆっくりと立ち上がり、私に背中を向けたまま続ける。
「そもそも、女子高生を力ずくで襲うような輩の約束なんて微塵も信用できない。
仮に私が負けを認めたとしても、かがみたちが無事に帰れる保証なんてどこにも無い」
 こなたは男に向かって歩き出し、男の前で構えを取る。それは戦闘を続行するという
意思表示に他ならない。そんなこなたの態度に男の眉が僅かに動くのが見えた。

「だから私がこいつに勝って、かがみたちを必ず無事に帰してみせる」
「こなた……」
「ちっ……。どこまでも頭の悪い女だ。できればその顔に傷は付けたくなかったんだが、
本気でやらねぇと理解出来ねぇみたいだな!」
 こんどは男からこなたに仕掛ける。決して折れないこなたの態度にいらつきを見せた男は
こなたの顔面目掛けて、容赦なくひざ蹴りを打ち込もうとする。
こなたは一歩だけ足を引いて身を交わす。
 こなたと男の激闘が再開された。
相変わらず、こなたは腹部を中心に攻撃を行う。しかし、先ほどのダメージが残っているのか
男の攻撃を軽やかにかわしていた先ほどとは違い、常に紙一重で攻撃をかわしている様だった。
そんな中でもこなたは一歩も引かずに隙を見つけては巧みに応戦する。
 対する男の方は、怒りで火がついたのか、こなたの頭部や顔面を集中的に狙うようになっていた。
こなたは回避だけでは体が追いつかないのか、一部の攻撃は防御で対応するようになり、
そのたびにこなたの顔は苦痛で歪む。
 とうとう防御を続ける腕に限界が来たのか、こなたのガードを弾いて男の拳が
こなたの顔面に直撃し、勢い余ってこなたは吹き飛ばされる。
背中から側面の壁に叩きつけられ、その場に崩れ落ちてしまった。
「こなた!!」
 足手まといになると分かっていても、嬲り続けられるこなたの姿に耐えられなくなった
私は自分の通学カバンをつかさのまくら代わりにして、こなたに駆け寄った。
「だ、大丈夫。大丈夫だから……」
「何が大丈夫なのよ! 血が出てるじゃない!」
 防御である程度はダメージを軽減できたとはいえ、顔に浴びた拳のせいでこなたは
鼻から血を流していた。さらによく観察すると、目の下なども赤く腫れあがっており
唇からも血が滲んでいる。私が見ていた以上にこなたは男から攻撃を受けていたことが分かった。
「多分、もう少しだと思うから、かがみは下がってて……」
 こなたは自力で立ち上がった。まともに立っていることも辛いのか
上半身をやや前に傾けており、呼吸も荒々しい。それでもこなたは臆する様子もなく、
額に付いた玉のような汗を拭ってから、鋭い眼光で男を見据える。
「よくこれだけ俺の攻撃に耐え続けたもんだ。女にしておくのが惜しいぐらいだ」
 悠然とした態度で男は私たちを見下ろしている。何かができるわけではない。しかし
これ以上こなたが傷つくのを黙って見ていられなった私は、こなたの前に一歩踏み出て、
こなたの盾になろうとする。そんな私の姿にこなたは私の横に並ぶと、私の肩を掴む。
私がこなたに顔を向けると、こなたは血を流した顔で笑いながら首を横に振った。
 その気持ちだけで十分だよ。こなたの瞳がそう訴えているように見えた私は
何もできない自分の無力さを痛感し、自分の歯を軋ませた。

「だが勝敗の結果は明らか。いいかげん――」
 男が私たちに一歩を踏み出そうとした時だった。何が起きたのか、
男はその場でふら付いて倒れかかり、地面に手を付けた。
「な、なんだ……!?」
 男はなんとか立ち上がろうとするが足元をふら付かせ、直ぐに膝と腕を地面につけて
立ちあがれないように見えた。男の様子がおかしい。私が疑問を感じているのと
ほぼ同時に、こなたは男に向かって踏み込んだ。
200 m 25秒のタイムを軽く叩きだすこなたの脚力は、男に構える隙を与えずに、
加速をつけたこなたの拳が男の顎を捉える。
「ぐはぁ!」
 こなたの攻撃に男が声を上げる。今までこなたの攻撃に動じなかった男が、
初めて見せた苦悶の姿に希望が見え始める。男が足を踏ん張らせて体制を立て直そうと
するが、こなたはそうはさせまいと怒涛の連撃を仕掛けた。
 正拳、肘打ち、掌底打、回し打ち。様々な攻撃法を用いてこなたは
相手の顔面目掛けて駄目押しをかける。男は不利な状況を打破しようと反撃を
仕掛けようとするものの、一切の行動を許さないこなたの連打を前に、
逆にこなたの攻撃をまともに浴びる結果となる。
 およそ1分以上、こなたの拳の雨を浴び続けた男は、腰の入った
左ストレートを打ち込まれると、男はその巨体を吹っ飛ばされて仰向けに倒れこんだ。
「馬鹿な……! この俺が、こんな餓鬼一匹に……!」
 男は懸命に立ち上がろうとするが体が動かないのか、地べたに這いつくばったまま、
起き上がることができずに、もがくことしかできなかった。
 終わった……のだろうか? こなたは苦々しい口調で吐き捨てることしかできない男を
静かに見下ろしていた。その無様な姿に動けなくなったと判断したのか、
おぼつかない足取りでゆっくりと私の方へと足を動かす。
 歩くのも辛そうなこなたの傍に私は駆け寄った。
「はぁ、はぁ……。や、やったよ。かがみ……」
 こなたはその場に倒れかかるが、私がこなたを抱いて支えてあげた。
「こなた、しっかりして!」
「ご、ごめん。もう大丈夫……。でも、さすがに疲れた」
 私に重心を預けていたこなただが、すぐに私から体を離して自分の力だけで姿勢を
正した。顔に受けた外傷は多く、こなたは肩で息をしている。
「ねぇ、なんで急にあいつの動きが鈍くなり出したの? 急に一方的な展開になったけれど」
 今まで、一度もこなたの攻撃が効いているように見えなかった男だが、
たしかに動きが鈍くなった。それが何故なのか理解出来なかった私はこなたに問いかけた。
「ある意味では、一種の賭けだったんだけどね」
 そう呟いたこなたは、最後に倒した男の方に体を向けると、呼吸を整えながら語り始めた。
「腹部、なかでも肝臓へのダメージってのはその場その場で来るものじゃなくて
少しずつ蓄積されていくものなんだよ。あいつは私の攻撃なんて効いてないって
言ってたけど、多分効いてないって思いこんでいただけで、実際には私と同じように
少しずつ体がついていけなくなったんだと思う」
 体をふら付かせながらこちらに向き直ったこなたは、自分の胸の前で右手の拳を握り締める。
先ほど大丈夫などと言っていたが、それが強がりなのは確認するまでもない様子だった。

「私は背が低いから、背の高い相手への顔や頭部を狙っての攻撃は当てにくいし、
かといって女の私じゃ力も無いから、一撃で相手を倒すだけの破壊力も持ち合わせていない。
だから、持久戦に持ち込むことにしたってわけ。速さなら負けない自信があったからね。
とにかく相手からの致命傷になる攻撃だけは避けて、ひたすらに相手の動きが鈍くなるのを待つ。
私が勝つには、それしかなかったから」
 息を切らしながらも、笑みを浮かべてそう答えたこなたの言葉に、私は改めて息を呑んだ。
 自分と相手の力量を正確に分析し、敵わないと見れば長期戦で隙を窺い続けるという
冷静な判断力を持ったこの少女は、本当に私のよく知っている泉こなたと同一人物なのだろうか?
つかさが気を失った時、頭に血が上った私は怒りに身を任せて闇雲に攻撃し、
敵わないと悟った私は恐怖で体を縛りつけられた。
 だがこなたは違う。多人数が相手でも恐怖で臆することのない勇敢さ、
自分の力と判断を信じ、決して諦めを見せないその精神力とそれを可能にする
身体能力の高さに、私は感嘆の思いで、目の前にいる私よりも小さな少女を
見つめることしかできなかった。
「でも、流石に疲れたよ。つ――」
 こなたが言葉を続けようとした時、こなたの背後に大きな影が迫っていることに
気づいた私は、再び湧き上がってくる恐怖を押し殺して、腹の奥から声を上げた。
「こなた! 後ろ!!」
 たった今、こなたが倒したはずの男がこなたの後ろで拳を振り上げ構えていた。
私の様子に状況を瞬間的に察知したこなたは、私の胸を突き飛ばし、
私は尻もちをついてしまう。こなたは素早く身を返す。が、一歩遅くこなたに
男の右腕の拳が振り下ろされる。こなたは左腕で相手の拳を防御しよう構えるが、
即座に回避行動に切り替えた。
 間に合わない。そう思った私だったが何故か男の拳が振り下ろされても
こなたは吹っ飛ばされない。外れたのか? そう思った瞬間、男の右手に
白い独特の金属光沢が見えた私は、これまでとは比較にならないほどの悪寒を全身で感じていた。
 刃渡り約15 cm、男はついにナイフを取り出しこなたに襲いかかったのだ。
男はこなたに追撃をかけるためにナイフを切り返す。こなたはなんとか二撃目を交わし、
攻撃一辺倒の体制だった相手の顔面にハイキックを叩き込んで、相手をよろけさせた後
こなたは身を屈めて男に体当たりをしかけた。こなたの体当たりをまともに受けた男は
その場から吹き飛ばされ、こなたも後ろに跳躍して距離を置いた。
「こなた!腕から血が!」
 男に切り裂かれたこなたの左腕からは闇夜でも分かるほどに血液が溢れだしていた。
鮮血はこなたの腕を伝い、水滴となって地面に落ちていく。
「大丈夫、深手じゃない。多分、皮膚を切られただけだと思う」
「腕を切られてどうして大丈夫なんて台詞が出てくるのよ!」
 一歩間違えれば殺されていたかもしれないというのに、どうして切られた
当人であるはずのこなたはこうも冷静でいられるのか。
 こなたに吹っ飛ばされた男はもたもたとした動作で立ち上がった。向こうもこなたの
攻撃の影響か動きが鈍い。しかし未だ手に持った凶器のおかげで攻撃力は格段に上がっている。

「貴様なんかに、貴様のような餓鬼にこの俺が負けるはずが無い!
負けるはずが無いんだぁぁぁ!!!」
 男は天に向かって吠える様な声で叫んだ。
 気が狂っている。もはやそうとしか表現し様が無かった。こなたに負けたことを
認めたくないのか、血走った眼でこなたのことを睨みつけており、私とつかさのことなど
既に眼中に無いようだった。
 この男はもはや人間ですらない。殺意を持って、己の欲望のままにこなたに刃を
向けるその姿は、ただ人の形をとっているだけのモンスターにしか見えなかった。
こんな奴に関わったらこなたは本当に殺される。最悪のイメージを思い描いてしまった
私はこなたに逃げるように悲鳴に近い叫び声を上げた。
「こなた、逃げて! あいつ気が狂ってる!」
「まぁ、婦女暴行を行なう奴の気が正常とは思えないよね」
「そういう意味じゃない! こなたにだって分かるでしょう!? さっきまでとは
明らかに様子が違う!」
「うん、そうだね」
 危機感がまるで無いのか、私に背中を向けているこなたは静かにその状況を見ているだけだった。
そんなこなたの態度が余計に私の声を荒げさせる。
「分かってるなら早く逃げて! どう見たってあいつの狙いはこなたの命よ!
いくらこなたが強くても、ナイフなんかで刺されたらどうなるか分からないのよ!?」
「そうだろうね」
「だったら早く逃げなさい!! こなたの脚力があれば逃げることぐらい――」
「かがみ。焦る気持ちは分かるけど今は落ち着いて。こういう時こそ冷静にならなきゃいけない」
 こなたは私の声を遮り、深海のような静けさを湛えた声で私を諭すように話しかける。
「私が逃げたところで、かがみたちが安全だなんて保証はどこにも無いんだよ。
百歩譲って今のボロボロのあいつからなら、かがみだけなら逃げられるかも知れない。
でも気を失っているつかさはどうなるのさ?」
 こなたの言葉に興奮した私の体が急速に冷えていくのを感じる。私は後ろで気を失っている
つかさに目を向けた。今は指一本動かすことのできないつかさの姿に、失いかけた理性を
徐々に取り戻させていく。
「さっきも言ったでしょ? 私たちがこの状況を打破するには、こいつを倒すしかないんだよ」
 こなたの言葉は正論だった。こなたが逃げ切ったところで、錯乱状態にある男が
私たちに刃を向けない保証はどこにも無い。そうなった時、私も危険ではあるが
それ以上に動けないつかさが一番危険なのは言うまでもない。つかさを抱きながら
逃げることは私にもこなたにも不可能だろう。結局、こなたがこの男を倒すのが、
みなが無事に帰る唯一の道なのだと改めて思い知らされた。しかしその道を選ぶということは、
こなたの命に関わることになる。理性ではそれしかないのだと理解できても、
私の感情が収まりそうもなかった。
「そうだけど、でも……でもこなたは……!!」
「大丈夫だよ、かがみ。私は絶対に負けない。私を信じて」
「信じたいよ。信じたいけど……!」
 こなたは、死んじゃうかも知れないんだよ? 出かかってきた言葉を私は呑み込んだ。
そんなことは冗談でも口にしたくなかった。それを言ってしまったら、本当にこなたが
死んでしまうかもしれないと思ってしまったから。もう二度と、こなたと笑い合うことは
できないと思ってしまったから。絶望的と呼べる喪失感に恐怖し、先ほど収まってくれた
涙が再び溢れ出してくる。あまりにも無慈悲な現実に私は自分の指が軋むほどに強く
拳を握りしめて俯くことしかできなかったが、こなたは私に前で膝を折り、
私の左肩にそっと手を重ねた。私は嗚咽を堪えてこなたの顔を見上げた。

「だって、もしここで私が負けたら、誰がかがみとつかさを護るっていうのさ?」
 こなたは笑っていた。涙でくしゃくしゃになった私の顔とは対照的に、
こなたの顔は怪我で傷つきながらも、一点の曇りもない笑顔で私を見つめていた。
私の中で暴れていた感情が鎮まり始める。
 この笑顔、この瞳に、私は何時も救われてきた。つかさが病気で学校を休んだ時、
勘違いの恋に勝手に浮かれて、誤解と分かり一人で落ち込んでいた時。
普段はおちゃらけているくせに妙なところで人一倍感がいい。私が辛い時、
こなたはいつも私に微笑んでくれた。
 そうだ。今はもう、つかさだけじゃ無い。私を助けてくれるのは、
私を支えてくれるのは、つかさだけじゃないんだ……。
「かがみも、つかさも、私の大切な友達だから。絶対に護ってみせる」
 こなたは私にそう宣言し、立ちあがって私に背を向けると戦場へと足を向けた。
もう、私の中に恐怖心は無かった。
 もし万が一、この戦いでこなたの腕が使えなくなってしまったなら、私がこなたの
腕として、これから先を支えてあげよう。足が使えなくなったら足に、
目が見えなくなったら目になってあげよう。
そして、もし万が一……。万が一にも、こなたがここで死んでしまうようなことに
なったら、これから先どれほど月日が流れようとも、どんな手段を用いてでも、
私がこの男を裁く。今は無理でも、たとえ法が許したとしても、いつか絶対に
この男を私の手で裁いてみせる。そして、生涯をこなたの心と共に生きよう。
できることなら無事であってほしい。しかし、万が一のことがあったらその時は
私も覚悟を決めよう。
 私はこなたの背中を見送りながら、自分の心にそう誓った。
 こなたはナイフを突き出した男に身構える。男もこなたにジリジリと近づいていく。
お互いの距離はおよそ1.5 m。その位置でどちらもお互いの隙を窺いながら動かなかった。
一陣の風が吹き、こなたの青い髪が大きく風に靡く。
刹那、男がこなたの顔面目掛けてナイフを水平に振り回す。
こなたはナイフの描く軌道を後退してかわした。ナイフで切られた
こなたの青い髪の何本かが、輝く糸になって宙を舞う。
一撃目を見切られた男は、今度は後方には逃すまいとリーチを生かして
顔面目掛けてナイフを突き出す。
こなたは横に交わすと、切られた左腕で男がナイフを持った右手を上から抑えるのと同時に、
右手でナイフを持つ指目掛けてアッパーを当てる。
男が手にしたナイフはこなたの攻撃で、空高く打ち上げられる。
空に舞い上がったナイフを見上げた男はこなたから注意を外したことで、
こなたの掌底を顎に受け、上体を反らした男の腹部に体重をかけた肘打ちが打ち込まれる。
幾度となく攻撃された腹部へのダメージが蓄積し、男は動きが止まった。
こなたは腰を深く落とし、右腕の拳を後ろに下げて構えをとった。
それは今までの速さを重視してきた攻撃とは明らかに違う、
相手を倒すために力を一点に集めた渾身の一撃だった。
「はぁぁぁぁぁ!!!」
 雄叫びを上げながら放たれた、こなたのジャンプ右アッパーを叩き込まれた男は、
絶叫一つ上げられないまま、大きな弧を描きながら背中から地面に落ちる。
男は白目を剥いた状態で気を失い、空を舞っていたナイフが金属音を鳴らしながら
男の近くに落ちた。
 今度こそ、終わったんだ。張り詰めた緊張の糸から解かれ、強張っていた私の体が弛緩していく。
戦いの終結を告げるかのように辺りを静寂が包む。夜のしじまの中、
月明かりで照らされた青白い髪を靡かせるこなたが私に振り返ると、いつもの様に微笑んでいた。


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