無題(6-774氏)

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 カナカナカナ……
 蜩の鳴き声が聞こえる、初秋の夕暮れ。
 畳敷きの和室。外の風を取り入れるよう大きく開かれた窓の外は紅く染まった縁側になっている。その縁側に座り、南中から黄昏へと移ろう空を見上げる女性が一人。
 紅が差し込む世界でその女性の髪の色は果たして異端に映るだろうか? 見る者を吸い込みそうな美しい蒼は。
 女性は、小柄だった。小柄な体にその体の半分以上の長さの蒼い髪。碧色の目は、時折、誰かを探すように座敷の奥に向けられる。
 しかし、待ち人は、来ない。

 だから待ち続ける。ただ、茜色が黄金に変わり、それが闇を孕んで宵に沈もうとも、待ち続けるのだ。
 風が、そっと、女性の髪を弄んだ。
 ひゅう、となる音は、果たして風の音か、彼女の溜息か。

 カチ、カチ、カチ……時計が、時を刻む。
 すでに耳に飽いたその音、後、どれだけ待てばいいの? 尋ねても、丁度ゼロを刻んだその針は、何も教えてくれない。
 一体後どれだけ待てば、私は、あの人に会えるの?
 彼女の眼が伏せられ、そこから透明な雫が落ちようとした。
 その時だった……。

「こなたっ!」

 すでに闇に蝕まれ光を嫌ってその存在を希薄にしていた座敷の奥。そこから、その闇を切り裂くような鋭い声が飛んだ。
 それは、まさに闇を切り裂き、彼女の耳を塞ぐ時計の音を壊した。
 彼女は、ハッと振り返る。
 そこには、彼女の待ち人――想い人が、立っていた。
 息を、切らして。

「かがみ……」

 彼女は、呟く。その人の名を。

 彼女の待ち人は、また、女性だった。
 本来、腰まで届く長い髪を後頭で側頭に向けて縛る髪型――ツインテール、彼女の、お気に入りの髪型だった。少し釣り上った眼。いつも優しく微笑む唇は、走ってきたことと彼女の焦りを表わすように、今は半開きになっていて、微かな吐息がそこから漏れている。
 蒼髪の女性は、立ち上がった。ツインテールの女性は歩み寄る。
 部屋の中央で、二人は、向かい合った。

「お待たせ、こなた」
「待ったヨ、かがみ」
「う……ごめん」

 蒼髪の女性の遠慮会釈ない物言いに、少し怯んだツインテールの女性。だが、すぐに立ち直ると、両の掌を勢いよく合わせて、深々と頭を下げた。

「ホント、ごめんっ!! 今日に限って委員会が長引いて……」

 そこまで言ってそっと瞳を上げる。蒼髪の彼女は両の頬を膨らまして、あらぬ方向を向いて視線を合わそうともしない。拗ねているのだ。
 その様子が年不相応に見え、しかし彼女の身長を考えたらやっぱり相応に見え、思わず、噴き出しそうになったのを堪える。

「ねえ、こなた、怒ってる、よね? やっぱり」
「怒ってないよ」

 ぷすぅ、と益々に頬を膨らませる蒼髪の女性。ツインテールの女性はどうしたら彼女の機嫌をとれるだろう、と必死で頭を捻り、思考をめぐらした。
 その様子をちら、と横目で見て、蒼髪の女性は、こっちは堪え切れずに噴き出した。
 ハッと見上げるツインテールの女性。蒼髪の女性は、微笑んでいた。

「怒ってないよ、かがみ」

 天使のような笑顔でこう言った後、急にいたずらを思いついた少女のような顔で付け加える。

「でも、遅れたことは許してあげない」
「えっ? えっ!?」

 ツインテールの女性は焦った。蒼髪の女性は、何かを求めている。私が、彼女との待ち合わせに遅れてしまったこと、それを許せる何かを、求めているのだ。
 だけど、思いつかない。そもそもさっきからそれを考えているのだ。彼女は、それを分かって言っているに違いない。
 蒼髪の女性の、底意地の悪さが、ちょっと恨めしかった。

「どうする? かがみ」
「えっと……」

 さて困った、ちっとも頭が働かない。こんな時に限って。
 しかも、彼女は効果音のつもりか、カッチコッチと口で時計の擬音を奏でる始末。
 ツインテールの女性は、必死になって何かを探した。彼女のくれた、埋め合わせのチャンスに足りうるものを。
 そして気づく。彼女の眼に一筋、光るものがあることを。
 黄昏から浅闇へ、天照が休息に着く直前、彼女に与えた最後のヒント。
 蒼髪の女性は、寂しかったのだ。
 ツインテールの女性はふっと微笑むと、蒼髪の女性に向かって歩みを進めた。
 元々2、3歩の距離。すぐにそれはゼロになった。

「待たせてごめんね、こなた」

 蒼い髪を撫でながら、ただひたすらに、己の謝意を、温もりを、彼女に伝えようとした。ゆっくり、ゆっくり。
 抱きすくめられ、撫でられ、最初は憮然としていた蒼髪の女性も、やがては、段々とその表情を緩めていった。
 なんとも言えないその表情を見てツインテールの女性は、胸の奥が甘く疼くのを感じた。そしてそれは、蒼髪の女性も同様に。

――やっぱり私、この子のことがどうしようもなく好きみたいだ。

 完全に日が没し、辺りに濃い闇の匂いがむせ返っても、二人は、しばらくの間離れることはなかった。

「かがみ、今日は、何の用だったの?」

 秋風吹いて、寒くなってきたため窓を閉め、明かりを灯し、食卓にはほんのりと湯気の立つ質素でいて、温かい料理が並んでいる。
 蒼髪の女性は、割烹着を着たまま頓着せずに、ツインテールの女性の膝の上に乗り、甘えている。
 そんな彼女を愛しく想いながら、ツインテールの女性は箸を動かしていた。
 ふと、箸の動きが止まる。

「こなたに、渡したい物があったのよ」
「渡したい物?」
「そう」

 頷き、スカートの中から二枚の紙を取り出す。

「これ、こなたと一緒に見に行きたいと思って」
「映画の、チケット?」

 ツインテールの女性は再び頷くと、蒼い茂みに顔を埋めた。

「全然、こなたの趣味に合わないかもしれないけど、でも、とってもいいお話だから。絶対、こなたと一緒に行きたい。ずっとそう思ってた。でも、中々渡す勇気がなくて」

語尾が震えた。蒼髪の女性はそれに気がついた。そうして、ぎゅっとツインテールの女性の体を抱きしめる。

「でも、かがみは誘ってくれたじゃん。勇気、出せたね」
「こなた……」
「でも、今のままだと一緒に行ってあげない」
「え?」

 思いもかけない言葉にツインテールの女性は狼狽する。蒼髪の女性はニコッと笑って。

「まだ私、かがみのこと許してないよ」
「じゃあ、どうすればいいのよ」

 しょうがないな――蒼髪の女性は言った。

――ここまで鈍いなんて、まったく、かがみは――
――じゃ、じゃあ、どうすればいいのよ――
――んふふ~、かがみ、キスして。それでチャラにしてあげる――
――えっ!?――
――お願い、かがみ――

 蒼髪の女性が目を閉じた。ツインテールの女性は一瞬、天を仰ぎ、そうして覚悟を決めた。

「こなた、愛してる……」

 そうして、二人の距離はゼロからマイナスへマイナスからプラスへ……


「ちょっと待ったぁ!!」

 と、その時、バンと音をたてて扉を開いて入ってきた人物があった。薄い紫色の髪をツインテールで纏めて、少し釣り上った瞳は瞠目し、息は今の本人の心理状態を表すように上がっている。
 突然の闖入者に唇を重ねようとしていた二人は体を離すと、

「何で止めるのよ、かがみ」

 ツインテールの女性、柊みきは不満そうに唇を尖らせた。

「止めるわよ! かなたさんも、調子に乗らないでください!!」
 かがみに怒鳴られて蒼髪の女性、泉かなたは少し舌を出して照れ笑いを浮かべた。

「ちょっと成り切っちゃいました」
「そうよね、かなちゃん、本当に可愛いんだもの。かがみがこなたちゃんを大好きなのも分かる気がするわ~」
「みきちゃんだって」

 キャッキャ、ウフフと盛り上がっている母親‘sを見て、かがみは、はぁ、とため息をついた。

「で、お母さん、髪形変えてまで私に成りきった今の茶番は、一体何?」
「こなたちゃんを誘おうと映画のチケットを買ったはいいが、渡す勇気がなくて中々渡せないかがみがどうやったらこなたちゃんにチケットを渡せるかのシミュレーション」
「な、何で、私がチケット買ったって……」

 誰にも知られていないはずの秘密がこうもあっさりばれていた事と、渡せない事に図星をさされて、狼狽率を120%まで上昇させたかがみ。その顔の赤さは夕日よりも赤く、朝焼けよりも鮮やか。

「あの、怒らないでくださいね、かがみちゃん」
「何ですか……」
「実は私、夜のお散歩中に見ちゃったんです。かがみちゃんがペアチケット片手に携帯電話を開いては閉じ、開いては閉じ」
「あぁぁぁぁぁ//////」
「ため息をつきながら‘こなた、こんな映画好きじゃないよね……’」
「あぅ、あぅぅ//////」
「夜空を見上げながら両手を組んで‘お星様、私、どうしたらいいのでしょうか’」
「そ、そこまではしてません!!」

 否定するように怒鳴り散らすかがみだが、語尾が震えて、しかも顔が真っ赤なのでどこまでがかなたの脚色なのか分からない。

「ま、そんなわけで、悩める娘の相談、お母さんが乗ってあげるから、大船に乗った気でいなさい」
「かがみちゃん、大丈夫。私も、背後霊で応援してあげるから」

 やっぱりキャッキャウフフしているお母さん‘sに呆れるやら、なんやらでかがみは大きくため息をつくと、窓をそっと開けて夜空を眺めた。

(お母さん達にも困ったものよね……二人とも私とこなたにそっくりなんだから、ちょっと気合入れて真似されたら、私とこなたが、き、キ、キス、してるみたいじゃない)
 熱くなった頬に夜風が、心地いい。
(な、何考えてるの、私! そ、そりゃあこなたは嫌いじゃないけど私達は、その、女の子同士だし、そんな、愛してる、なんて言えるわけないじゃない!!)
 キャッキャウフフが妙に意識されてしまう。
(あぁ~、なんでこんなに意識してるのよぉ、もう~!!!)
 かがみは煩悶としながら、みきとかなたははしゃぎながら、柊家の夜は更けていった。

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  • なん…だと… -- 名無しさん (2017-04-04 23:39:18)
  • 文章がヤケに文学的なのは
    これは母が娘達を演じてて
    芝居がかってるってことか -- ななし (2011-06-03 12:42:11)
  • うはぁ!
    見事にだまされたorz
    さすが巫女w
    かなたさんが見えるとわwww
    母'sGJ
    -- 白夜 (2009-10-12 23:50:30)
  • 面白いです!
    凄く笑ってしまいましたどうなるかと思ったけど…、まさかここでお母さん達が出て来るとはあながち思ってもいなかった。
    見事に騙されましたね -- 名無しさん (2009-05-02 02:59:42)
  • 俺も見事に騙されましたorz…
    GJ!

    ちなみに…
    頷き、スカートの中から二枚の紙を取り出す。

    の部分で変な想像をしてしまったのは俺の汚点…
    orz -- にゃあ (2008-10-10 02:26:35)
  • よく読みかえすと、地の文では「こなた」「かがみ」だけじゃなく、
    「少女」とか「女の子」みたいな、遠回りにもこなかが二人を指す言葉は使ってないんだな。
    これは作者さんの罠にまんまと嵌められたぜGJ! -- 名無しさん (2008-10-09 23:45:01)
  • つーか、かなたさん!柊家に出張ですか? 夜のお散歩(徘徊霊)に背後霊ってあなたは。。。
    -- kk (2008-10-07 20:52:21)
  • くっ…ww
    ふつうにかがみとこなただと思って読んでたじゃないか!!www -- 名無しさん (2008-10-07 10:11:47)
  • あまりの、展開のどんでん返しにビックリしました!!!

    最初は普通に、こなたとかがみだと思ってたのが、あんな展開になるとは(笑) -- チハヤ (2008-10-07 05:31:41)

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