第12話:空気だけ抱きしめて

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【第12話 空気だけ抱きしめて】
こなたは放射線治療室から出てくると、急に具合が悪くなっているようだった。
大量に放射線を浴びると、放射線宿酔といって一時的に乗り物酔いのようになることがあるとかがみは医者から聞いていた。

身体を丸めて頭までシーツの中にもぐるこなた。
かがみがそばに来ても、反応はない。

(こなた)
かがみは心の中の声で呼びかける
(せめて、こっちを見なさいよ)

こなたはかがみに背を向け、無言で、全く動かない。

静かにかがみは、こなたの布団に手をかける。
起こさないように、静かにゆっくりシーツをめくる。
我慢しているのか、こらえているのか、こなたはかたく目を閉じている。

……いいかげんにしなさいよ
もうすぐ抗がん剤の効果が現れ始めて、またビニールテントに入って直接触れることすらできなくなるのよ。
そして無菌室に入ったら、あんたはひとりぼっち───

こなた、私、前言わなかったっけ?
……痛いときには痛い、苦しいときには苦しい、怖いときなら怖い、悲しいときには悲しいってちゃんといえって。まだわからないの?

私自身も、それができてないじゃんって……
そう思ってるんでしょう?
だから、そうやって背中丸めて、反対側向いてるんでしょう。
自分の気持ちにいつも素直じゃなくて、言うことと思ってることが正反対で、ツンデレ、ツンデレって、そう思ってるんでしょう?

(微エロ注意)
「……私が、ひとりぼっちになるんだから」
とかがみはつぶやいた時

気がつくと、こなたに背中から抱きついていた。

頭は冷静だった。冷静なのに記憶が飛んでいた。
体温の伝わり具合、骨の位置、服越しの肌の手触り
確かに認識できる。
そこにこなたがいる。「夢中」ではない。私は夢を見ていない。
心臓の音が聞こえる。呼吸の音が聞こえる。
少し高い体温が、ガーゼのように染みとおっていく。
起きてるの?起きてないの?
どうでもいい。
ゆっくりこなたのパジャマのズボンの中に手をすすめる
そこには天国の雲のように柔らかい肌。
手先に官能すら覚える。少し股間がモジモジする。
なによ、あんた思ったより脂肪があるじゃない……私のこと馬鹿にしてるくせに。
そう思って冷静さを取り戻そうとしたが、指先は性器の方へ───

直前でなんとか留まり、下腹部を何度も撫でた。
失った女の部分を埋めるように愛でた。

「起きてる?」
こなたにそっとたずねた。
返事はなかった。

「私ね、あんたが男なら」

手を止め、下腹部をあたためる。

「……すぐに、恋人同士になってたと思う」

長い髪に頬を寄せる。とてもウイッグとは思えない柔らかな青い髪。

「……女同士だから、ちょっと、時間がかかっちゃったけどね」

……痛いときには痛い、苦しいときには苦しい、怖いときなら怖い、悲しいときには悲しいって、なんでも素直に……

私は言ったわよ。
だから、返事してね。

前処置は、おそろしいほど何事もなく進んでいった。
原発事故なみの放射線や致死量寸前の抗がん剤という毒劇物がつぎつぎ投与されているとは思えないスムーズな進み具合だ。
単調な日々が見る間に過ぎていく。
命の綱渡りをしているとは思えない順調さだ。
こなたの体調はよく、食事も摂れる。熱も出ていない。
……医者によると、前処置で死んでしまう患者も多いという。

こなたが顔をしかめて呟く
「こういうとき、たいていヤバいフラグが立ってるんだよね……」
「私がつぶしたから」
かがみはぴしゃりと切り返した。
「え?」
こなたは?という顔になった。

白血球数640(正常値7000前後)

こなたの最新の血液データ。
いよいよ、抗がん剤が骨髄に回って、量産型のあれで潰されるア○カのごとく死滅していくところだった。
こなたの免疫力は常人の1割を切り、いよいよ無菌室へ行くことになった。
そこでいよいよ移植がおこなわれる。
今までの病室と同じフロアだが、かなり奥まった場所。途中の廊下が自動ドアで区切られた先が、これから当分過ごすはずの無菌病棟であった。

不思議に体調が絶好調のこなたは、医師団に囲まれながら歩いてそこまでいく。
看護師が車椅子を用意したがいらないといった。

それを見ながらそうじろうは昔を思い出していた。
「かなたのころは、もう無菌室といえば死亡フラグ100パーセントで、次のCGは棺桶に眠るヒロインってイメージだったなあ……」
しみじみとしながらつぶやく。
「だから、かなたの最期の日は、無菌室を抜け出して、一緒にコミケへ行ったんだ……。かなたはヲタクの大群に戸惑ってたけど、幸せそうだった。たしか最後の幕張だったかな。その日だけなぜか体調が回復してまるで病人じゃないみたいになって……医者も驚いてたなあ」

自動ドアが開く。ふわっと風が出てくる。外の空気が入らないように無菌病棟は気圧が高くしてあるゆえだ。
これからこなたとかがみは、空気すら別々のものを吸うことになる。
ふたりは最後の同じ空気の香りをかいだ。

こなたに触れた分子が、一つ一つ、かがみの体を抱きしめて────

自動ドアを挟んで正面で向き合う。
たがいに手を繋いだ。
しばらくたたずむ。

「……なんかさ、良くも悪くもすごいフラグが立ってそうなシーンだね」とこなた。
二人は顔を赤くして下を向く。
「こ、これは、ゲームじゃなくて現実よ」
かがみは、頑張って顔を上げる。
こなたも顔を上げる。

「移植される臍帯血、B型とAB型だってさ」
「あ、Bって私と同じ血液型じゃない」
「もしB型の骨髄になったら、血液型占いでかがみと同じ運勢かあ……」
以前なら心のどこかで嬉しく思いながらも「なにか悪い!?」と怒り出すところだったが、今は、その思いを素直に表現できるようになった。
きっと、同じ運勢だ。
この宇宙が滅んで、次の宇宙が始まっても、ずっと────

だから、ほほえんだ。

ちょっと赤くなって顔をそらしかけるこなた。その頬に手を当て、グイッと正面を向かせる。

目がまっすぐ合う。

反射的に胸がぎゅんと高鳴る。
「前、あんたからやったから……今度は……私からね」
───自然と顔が近づき、唇が接しかける。
が、直前で取りやめる。

「ね、こなた。戻ったらしよう」
「そうだね、今やったら死亡フラグ満点だしね」

こなたは元気に手を振って、ステンレスの自動ドアの向こうに医師団とともに消える。
ドアに大きく書かれた「立入禁止」の赤い文字が、二人を隔てた。


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