第10話:余命○ヶ月の花嫁

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【第10話 余命○ヶ月の花嫁】

昼食時、かがみは食事はビッグサイトの中の店で取ることにしていた。
店舗も通路もスーツ姿のビジネスマンであふれていた。
今日は東西複数のホールで製品展示会や発表会があるようだ。
どの顔もオタクとは程遠い健全でエネルギッシュな顔だ。
体育会系のリア充営業マンが多いのだろう。コミケほどではないがかなり込み合っている。

そんな黒山の人だかりの中に、一瞬、その健全な場にまったく合わない
いやある意味ビッグサイトという場においては非常になじんでいるかのような空気が通り過ぎるのをかがみは感じていたのだ。


ばか、ばか、なんてことをするのよ……!!
あの点滴の針は、心臓の近くの大血管に直接刺さっているはずだった。
そんなものを抜いただけでも───
あげくいまは血小板が少なく、血が止まりにくい。

医者がナース達が病院中を大慌てで探し回っている間、かがみは一人ビッグサイトを目指した。
こなたの名前を呼びながら、スーツ姿の男たちの群れをかき分けて走り回る。
とにかく広い。あちこちにセミナーや展示ブースが作られ、大音量で音楽や映像を流している。
無料では入れないところはわざわざ分厚いカタログや入場チケット、IDカードを買って入り込む。
ビジネスマン集団の中に女子高生が一人分け入って走り回るのだから非常に目立っていた。

(──あんたは、絶対死なない。私が、私が守ってみせるんだから……)

西から、連絡通路を通って東へ。
コミケのときもイライラするほど長いと思っていた連絡通路がいっそう長く感じる。
紺スーツの群衆をぬうように駆け抜け、ガレリアへ。エスカレーターをかけ降りて1階へ。
6ホールのうち5つが開いてイベントをやっている。
息を切らしながら、足がもつれながら巨大なホールとガレリアを行き来し、大勢の群衆の中を探し回る。

「こなた!!……こなた!!」
音響と群衆の人いきれで頭がガンガンする。


とうとう走れなくなり、よろめいてガレリアの柱に手をつく。

「こなた……こなた……」
涙の粒が幾滴も床に落ちる。
雑踏の中にかきけされそうな声で泣き声をあげはじめる。

そのとき、床に赤いシミがあるのに気付いた。
点々と足跡のように続いている。

「!」

その跡を追う。
ガレリアをフラフラと左右に揺れ動いたあと、唯一イベントのやっていない東6ホールの入口に向かっていた。


誰もいないからっぽのホールの中心。
赤い染みの彼方に、胸を真っ赤に染めた青い髪の少女が横たわっていた。

「こなた!!こなた!!しっかりしなさい」
かがみの声に、こなたの目がかすかに開く。

「……やあ、かがみん……ほら、かがみんの好きそうな本が、買えたよ……新刊だよ……」
血に染まったこなたの手が虚空をつかむ。
目はやたら高い天井をじっと見つめている。
「今日の、参加者の……入りは悪いね。天気が、悪いからかな?……ダメだね、最近のオタクは……気合が……入ってない……」
こなたはそのまま力を失う。
「バカ!!しっかりしなさい!!死んじゃだめだからね!!」
かがみは固く目を閉じるこなたを揺さぶる
「私より、早く死ぬなんて許さないんだから……」


こなたはただちに癌研有明病院に戻され、ICUへ入れられた。
一時、心臓が停止寸前に陥ったが、止血処置と大量の輸血でなんとか乗り切った。
しかし、その後襲ったのは40度もの高熱だった。免疫力のない状態で外に出たのはそれだけでやはり致命的であった。
さまざまなウイルスが、細菌が、死神のようにこなたの命を奪おうとまるで競い合っているようだった。
心電図が叫ぶように鳴り、人工呼吸器がポンプの音を荒々しく立てる。
シャンデリアのような点滴とスパゲッティのようなコードやチューブの中にこなたは埋もれていた。
意識がない状態がつづき、……その状態が数週間。その間、白血病自体の治療も中断していた。
気配が戻るのを感じた。
ベッドサイドにいたかがみは、顔を覆うくらい大きな透明なマスクの下のこなたの目が少し開くのを見た。

「……」
「か、が……みん」

「……」
「ごめ……ん、ね」

「……ほんと、バカなんだから。まったく」

「あれ……かがみん……なんか……涙の、筋が……ついてるよ?」

「な!!べ、別にこれは、汗よ汗!!」
かがみは目を必死に手で拭った。

「まったく、どうやったら重症なのに病院抜け出してビッグサイトに行く気になれるのよ。心臓まで通ってる針外してまで……」

「……あのね、かがみん……お母さんが……来たんだよ」
「え?」
「それ……でね、……帰って、きなさい……って」
「……」
「でね……手を引いて、くれたから……ちょっと待ってって言って、点滴外したんだ。
それで、ビッグサイト見たら……なぜか、コミケやってて……
ちょっと、かがみんのために、同人誌、買ってくるって言って……
お母さん、連れて、ビッグサイトに行ったんだ。
なんか、お母さん、マジでビビッてた……
オタクの山とか、全員なぜか黒髪メガネとか、……
かいだこともない匂いがするとか……おなじ日本とは、思えないとか」
「んで……その後、秋葉に行こうとしたら、さすがに、止められて……ふふ」
マスクの下の顔が笑顔になった。
「幸せそうねって……言ったから、うんって返事したよ。
たくさんの、二次に囲まれて……ほんとうに、良かったって返事した」
「……」
「そしたら、お父さんに似ちゃったね、お嫁さんにいけなくなるよ……
とか言って、お母さん笑ったから、その……ちゃんと、相手……いるって、言っておいたよ……」
「えっ……三次って、あんた、まさか、男がいたの?」
一瞬かがみの胸がズキンとした。
ううん、とこなたは首を振った。酸素マスクと白いチューブがグラッと揺れる。

「……その……えと、かがみんって言っておいたよ」

「!!!!」

「……そしたら、お母さん……ふつつかな……娘だけど……最期までよろしくっ、て……」
こなたはゆっくり目を閉じ、また眠りについた。

「な、なによ……何言ってるのよ、よ、余命○ヶ月の花嫁みたいに……」
かがみはあわあわとなる。心臓がドキドキと高鳴っている。
まさか、あのキスしたのも、見られていたのか……
霊に見られるとは完全に想定外だった。
「あ、あれは、ただの試しだし、あんたが不憫だから……それに、その、不意打ち……っていうか」
そう言いかけたとき、かがみは微笑みながら眠るこなたの顔を見た

かがみは、胸が温かくなった。
安心感というか、おさまるべきものが、ようやくおさまったというか。
迷い歩いて来たものが、やっと何かに到達した感じがした。
特別な歓喜や異常な高揚は起きなかった。
なぜなら、とても自然だったから。そうあるべきだったと思ったから。

そして静かに、静かに、いつもの返事の言葉でかがみは一線を越えた。

「わかった……」

面会時間が終り……
こなたは既に分厚いICUの扉の向こうだった。
ステンレスのドアにかがみは自身の姿が映っているのをみた。

そのとき、ステンレスのゆがんだ部分の反射光が、見る見るうちに人の形に変わっていくのを見た。
その人物の像は───こなたにそっくりだった。
しかし、……よくみると少し違う大人の女性。

それはかがみのすぐ横に立っていた。



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