白日の夢

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空は不思議と私を惹きつける。
まるで見ている者を吸い込むかのように一面を覆う青は、どこまで続いていくのだろう。
駅舎の壁にもたれながら振り仰いだ空は青く澄み渡っていて。
私はまるで甘い香りのする花に引き寄せられる蜜蜂のように、ずっと空の虜になっていた。

「あっ、こな──」
あいつとよく似た背丈の女の子を見つけ、期待に胸が膨らむ。
でも改札から出てくる人の波に呼びかけた声は、ただただ空しく消えてゆくばかりで。
忙しく行き交う人の中に私を振り返るあいつの姿はなかった。
そうやって淡い胸のときめきは何度ため息に変わっていっただろう。

──空、青いな

その色がいつも側で見ている色に似ていると気付いたとき、あいつの後ろ姿を空に重ね合わせていた。
目をつぶるとその青さに包まれているような気がして。
あいつを側に感じることができて。
悔しいけれども、とても幸せな気持ちになることができる。
このままずっと待っていれば、いつものように側に来てくれるんだろうか。
そんな淡い期待を胸に抱いて。
来るはずのない姿を、私はずっと待ち続ける。


『白日の夢』


「こなちゃん、またね」
「またね~。かがみんも私がいないからって寂しがっちゃだめだヨ」
「誰が寂しがるか」
「ふふ、じゃーまたね」
「うっ、じゃ、じゃあ」

そう言って軽く手を上げると、電子音と共に電車のドアが閉まった。
動き出した電車の窓ガラス越しにこなたの姿が見える。
全身を大きく使って、見ているこっちが恥ずかしくなるぐらい元気いっぱいに手を振っていた。

学校帰りにいつもの駅でいつものようにこなたと別れる。
ただの日常の繰り返しなのに、今日に限ってはやけに寂しく感じられた。
──しばらく会えなくなるんだ
そう思うと胸の辺りがきゅっとなった。

今日ほとんどの学生が待ち望んでいた1学期の終業式を迎え、多くのクラスメイトは歓喜の声をあげていた。
返された成績表を見て中には沈む者もいたが、それでもこの夏への期待感に教室は沸きかえっていた。

そんな浮ついたムードの中、私は一人雲ひとつない青空を見上げていた。
眠気を誘う柔らかな春の日差しとは異なり、この季節に降り注ぐ太陽の光は全てを焼き尽くす。
窓際の席に座りながら、カーテン越しに伝わる熱気を何度も恨んだものだ。
でも、この席から見上げる空もしばらくの間見られなくなるんだと思うと、不思議と寂しく感じられた。
空の青はあいつを思い起こさせる。
だからだろうか、こんなに暑い夏空も愛しく思えるのだ。

峰岸はそんな様子の私に、どうしたのと声をかけてくる。
日下部は冗談交じりに「恋の悩みか?」なんて聞いてきて。
それを聞いた私はまさかと笑い飛ばしながらも、本当はそうなのかもしれないなんて心の中で思ってしまった。

教室を振り返ると、みんな明日からの予定に花を咲かせていた。
私も夏休みに興味がないわけではない。
多くの学生の例に漏れず、私も学業の緊張から一時的に切り離される夏休みは楽しみだ。
でも、その代わり毎日あいつの顔が見られなくなる。
それは、素直に夏休みを喜ぶことができないほどに私を追い込むには十分な理由だった。

大きく手を振っていたこなたの姿は電車の動きに合わせて遠ざかり、やがて後ろ姿へと変わっていった。
電車がホームの端に差し掛かかろうとした時、こなたは頭からぴょこっと伸びるアホ毛を揺らしながらこちらを振り返った。
最後に一目見てやろうとこなたの顔をじっと見つめた私は、一瞬にしてその瞳に引きつけられてしまった。
さっきまで元気いっぱいにはしゃいでいた笑顔が見られるものと思っていた私の期待は、見事裏切られたのだ。

──泣いてる?

よく目を凝らさなければ気が付かないほどの小さな輝きを目尻に湛えながら。
日の光を受けたエメラルドの瞳が小さな顔の中で確かなきらめきを返していた。

それはおそらく夢だったのだろう。
まるで魅了の魔法にかけられたかのように、私はこなたのことしか見えなくなっていた。
それは別世界に迷い込んでしまったかのような不思議な感覚で。
私とこなたの二人だけが違う道に迷い込み、この世界から隔絶されてしまったかのようだった。
たどり着いたその先で、私とこなたはひとつの完成した世界の中に囚われていた。

どうして泣いてるのか聞きたい。
そしてできるのならば、ぎゅってしてあげたい。
その気持ちだけに支配され、私とこなたとを隔てる見えない壁に両手を強く押し付ける。
──前に進めない
側に駆け寄ることができない状況に焦燥感を覚える。
やがてこなたの姿は視界からふっと消え、代わりに言いようのない寂しさだけが私の胸に残された。
そしてそれを象徴するかのように、ドアのガラスにはくっきりと手の跡が残されていた。

「こなた……」
「こなちゃんがどうかしたの?」
「えっ、あっ、……ああ、なんでもないから」
「ふーん?」

自然と口から出たその名前に、隣で電車に揺られていたつかさが怪訝な顔をしていた。
少しバツが悪くなって、手をひらひらと振って何事もなかったかのように笑ってごまかす。
冷静に考えてみれば、おかしな話だ。
実際にはただの光の反射で、泣いてなんかいないのだろう。
私を見つめるその眼差しが余りにも儚げで、そう思えてしまったのだ。
いや、その儚げな表情すらも私の心が作り出した幻影なのだろうか。
でも、と私は期待を隠せなかった。
もしかしたらこなたも私と会えなくて寂しかったんじゃないか、と。

目の前を流れてゆく見慣れた景色を見つめながら、さっきの不思議な感覚を思い出す。
まるで夢と現実の狭間に迷い込んだような不思議なできごとだった。
その世界の中には私とこなたの二人だけがいて。
世界の半分をこなたが占めていた。

いつのまにあいつの存在がこんなにも私の中で大きなものになっていたんだろう。
来る日も来る日も私のことからかって、引っ掻き回されてきたのに。
でも、そんなこなたと一緒にいる時間がとても楽しくて、気がつけば勉強の話ばかりしている私の学校生活に花を添えてくれていた。
こなたと共に過ごす時間が、何よりもかけがえのないものになっていたんだ。

「こなた」
それは私だけが幸せになることのできる不思議な呪文。
今度はつかさに聞こえないよう、もう一度その名を呟いてみた。
するとぱあっと花が咲くように、私の心はとても甘くていい匂いに包まれる。
春の日差しのようにぽかぽかとして、温かで、優しい気持ちに満たされていった。

自然と顔にも表れてしまったのか、つかさはいつもの優しい表情で私を見つめていた。
つかさがこういう表情を見せるとき、とても大人っぽく見えてドキッとすることがある。
普段はおっちょこちょいで抜けた所があるのに、たまに驚くほど人の心の機微に敏感なのだ。
まるで私の心まで見透かされたようで照れくさかったけど、今はこの幸せの呪文でさっきの焦燥感を少しでも忘れることにした。


翌朝、私はいつも学校へ行く時間に目を覚ました。
手探りで目覚まし時計を探り当て、そこでいつものようにベルが鳴っていないことに気付く。
──そっか、今日から夏休みなんだ
時計は普段起きる時間よりも1時間も前を指していた。
もう一度ベッドへ潜りこんで目を閉じみたが、なかなか眠れそうにない。
いつもの早起きの習慣で目が覚めてしまったのだろう。
普段ならありがたい習慣も、休日になると考え物だなとため息をついた。

昨夜遅くまで寝つけなかったせいか、頭がまだボーっとしている。
それも、昨日見たこなたの表情のせいだ。
くるっとこちらを振り返ったときに見せた表情が目に焼きついて離れない。
そのせいでもやもやとした気分が昨日からずっと続いていた。

久しぶりに境内の掃除でもしようかしら?
学校があるときは忙しくてできなかったし、それに体を動かせば気分も晴れるかもしれない。
幸い朝早い時間帯だし、日もさほどきつくない。
そう決めると早速普段着に着替え、神社の境内に向かった。

広々とした神社には未だ訪れる人はおらず、早朝の境内は静謐な空気に満たされていた。
小さいときから何度も目にしてきた神社ではあるが、この清々しい空気だけはずっと変わらない。
胸いっぱいに空気を吸い込むと、清涼な杜の匂いがした。
涼しい風を体に感じながら、境内を箒で掃き清めていく作業はとても気持ちのいいものだ。
昔は嫌々やっていたこの作業も、今はありがたい。
無心になって掃き続けている間は、もやもやとした気持ちもどこかに消えてくれるから。
それに掃除をすれば心もきれいになるとどこかで聞いたことがある。
こうしていれば私のもやもやとした心もきれいになるんだろうか?

そうして30分ほど掃き続けると、境内はずいぶん綺麗になっていった。
掃き清め続けた広い境内は、私の期待通りの姿を現してくれる。
でも、私の心のもやもやが晴れることはなかった。
まるで学校の勉強のようだなと思う。
真面目に先生の話を聞いて勉強を続けていれば、必ずテストでいい点数を取ることができる。
でも、言われた通り勉強を続けても、心のもやひとつ消す方法すら分からないのだ。

「暑いな」
空を振り仰ぐと、太陽は既に強い日差しを浴びせかけていた。
爽やかな早朝の空気は、一瞬にして蒸し暑い夏の空気へと変わっていく。
汗をぬぐいながら、恨めしいほど晴れ渡った青空を見つめていると、ふとあいつの後ろ姿が思い浮かんだ。

──いっそのこと、このままいつもの駅まで行こうかしら?
その考えが浮かんだ瞬間、まるで遠足に行く前の子供のようにわくわくした気持ちになった。
一体どこからこんな突拍子もない考えが浮かんできたんだろう。
冷静になって考えれば馬鹿げたことだ。
でも、その時私はもしかしたら今日も会えるんじゃないかって、夢の続きを見ているように淡い期待を抱いていた。
ただいつものように電車に乗って駅に行くだけなのに、それがとても素敵なプランに思えたんだ。


糟日部駅に到着すると、無言で忙しそうに改札を行き交うサラリーマンの姿ばかりが目についた。
たまにクラブ活動へ行くのだと思われる生徒の姿を見かけもしたが、普段の学生の多さに慣れているためか、降りる駅を間違えたんじゃないかと何度も駅名を確認してしまった。
この時間は生徒の声で賑わう駅前も、この先1ヶ月は元の静けさを取り戻すのだろう。
いつも混雑している駅前のパン屋も今日は閑散としていた。

いつもの待合せ場所に行き、ひとりぽつんと佇む。
こうして待っていれば、いつも遅れてあいつがやってくるんだ。
「おはよ~」と眠そうな顔を隠そうともせずに、何の悪びれもなく言ってきて。
私は少し怒ったような顔して「遅い」と返事をする。
ほんとは今日もこなたに会えたことが嬉しくて顔が綻びそうになっているのに、それを必死になって隠すんだ。
そんないつものやり取りを思い出して、ふふっと笑みを漏らした。

でも、そんなやり取りも今朝はまだない。

次の電車が来て、この駅で降りる人が一斉に改札を通り抜ける。
その中にこなたがいるような気がして、あいつの姿を探してみた。
人ごみにまぎれると姿が見えなくなってしまうので、ぴょこぴょこと可愛く揺れるあいつのトレードマークを目印にする。
その姿ならすぐに見分ける自信があったのに、ついにあいつの姿を見つけることができなかった。
軽い脱力感にとらわれたものの、まだ次の電車がある、そう言い聞かしてずっと待ち続けた。

そんなことを何度繰り返しただろう。
もうすぐ遅刻ぎりぎりの時間に学校へ到着するバスが出発する。
そしてそのバスに乗ることのできる最後の電車が到着しようとしていた。
──あいつが乗っていますように
残った最後の期待を胸に、祈るような思いで人だかりを見つめる。
改札を出る人の中に少しでも同じような背丈の人を探して。
あの人だかりの中に小さな体が埋もれてるんだって信じて。
人が半分に減ってからも、そのまた半分になっても、最後には出てくると思っていたのに。
──あいつは、来なかった

しばらく青い空を見つめながらぼーっとしていた。
あいつが来ないことなんて、最初から分かっていた。
なのに昨日の続きのようにまた会えるかもしれないなんて期待は、一体どこから出てきたんだろう。
『かがみ寂しがりやだから、うさちゃんかもよ』
以前こなたに言われたことを思い出す。
──ぼんやりと空を見つめているうさぎか
空に浮かぶもこもことした白い雲はまるでうさぎのように見える。
そしてそのうさぎは広大な青い空の草原を一匹だけでさまよっているのだ。
その姿がどことなく滑稽で、そして寂しげで、まるで今の私のようだなと思ってしまった。
すると無性に可笑しくなってきて、一人くすっと笑うと、後には空しさだけが残った。
「何やってんだろ、私」
最後にもう一度見上げた空はどこまでも青く、ただその青さだけが強く印象に残った。

昨日から私を惑わすこなたの影も、今はもうない。
ずっとまとわりついていたこなたの影は、寂しさのあまり私の見た白日の夢だったのだろうか。
でも、その夢も今終わりを告げる。
私はもたれていた壁から離れると、駅前で閑散としているパン屋へ向かった。
特にパン屋に行く用事があったわけではない。
ただ、このまま何もせずに帰るのが悔しくて、あいつの好きなチョココロネを買った。
帰ってからほとんど腹いせのように頬張ったそれはとても甘くて、ちょっぴりほろ苦い味がした。


その夜、私はこなたに電話をかけることにした。
夏休みの予定について話すことがあったし、なによりも今日のことで色々言ってやりたかった。
子供じみた八つ当たりなんだってことは十分承知している。
こなたへの甘えなんだってことも。
でも、何か言ってやらないと気がすまなかった。

着信履歴の中からすぐに見つかったこなたの名前を選び発信ボタンを押す。
しばらくの発信音の後、ずっと聞きたかった声が聞こえてきた。

「もしもし、かがみ~?」
どことなく眠たそうな声。
でもその声を聞いた瞬間、私の心の中に溜まっていたもやが一瞬にして霧散した。
それに昨日別れたときのような儚さは微塵も感じられず、ホッと息をついた。
「あっ、こなた。勉強会の件なんだけど、今大丈夫?」
「ん、ちょっとだけ待ってね。もうすぐ終わるから」
「ああ、もしかして勉強中だった? だったらまた後でかけなおすから」
「いやいやネトゲだよ、今ちょうど狩りが終わったところだから。オチるからちょっと待ってね」
「ああ、そっちの話ね。しかし夏休み初日からだらけまくってるな」
一瞬真面目に宿題でもしているのかと思ったが、何の後ろめたさもなくきれいさっぱり否定された。
私のように常に勉強のことを考えている人間にとっては、ある意味清々しくてうらやましいとさえ思う。

「お待たせ。勉強会の話だよね?」
「うん。ちょうどお父さんたちが来週の日曜旅行に出かける予定だから、その時がいいんじゃないかと思うけど、どう?」
「私ならいつでも大丈夫だよ」
「ならその日でオッケーね。みゆきもその日は大丈夫だって言ってたから、決まりね」
「その日までに腕を磨いておくよ」
「おーい、勉・強・会だからな、念のため」
「うぐ、かがみ厳しい」
ちょっと拗ねたような反応が可愛くて、くすっと笑ってしまった。

「で、あんた今日一日どうしてたの? 元気にしてた?」
「んー、元気だよ。朝までネトゲしてて、昼起きてまたネトゲして」
予想はしていたものの、それを聞いて長いため息をつかざるを得なかった。
こなたは自室でくつろいでいたとき、私は駅で一人ボーっと待ちぼうけしてたわけだ。

「うおっ、なんかものすごく呆れられてるような」
「いや、まあ想像通りだったし」
改めて徒労感に襲われる。
するとその雰囲気が伝わったのだろう、こなたは少しムッとしたように言ってきた。
「じゃあ、そういうかがみこそ何してたのさ」
「えっ、私? べ、別に今日はこれといって何もなかったけど……。そ、そうよ、勉強よ」
逆に聞かれることを想定していなかった私は、とっさに今日の出来事を思い出し返事に窮した。
明らかに動揺した受け答えに、しまったと思ったときには遅かった。
こなたはそのタイミングを逃すことなく、茶化すように聞いてくる。
きっと電話の向こうではニマニマと笑っているのだろう。

「あれ、かがみん今日は何かあったのかな? もしかして真面目なかがみんのことだから、今日学校あると勘違いして学校へ行ったとか」
「んなっ、そ、そんなことないわよ」
余りに鋭い推察に、ギクッと音が出たんじゃないかと思うほどびっくりした。
まるで「はい、今日学校へ行きました」といわんばかりの受け答えをしてしまい、頭を抱えてしまう。
「えっと、もしかして図星だった?」
聞いた本人もさすがに冗談だったようで、すこし引いているのが分かる。
少し冷静になるために、一度深呼吸した。
「私もそこまでぼけてないわよ。それに私が今日何してたかなんて、聞いても仕方ないじゃない」
自分からは聞いておいてずいぶんな言い草だが、今日一人で駅へ行ったことについては詮索されたくなかった。
もしそんなこと知られてしまったら、どうやって言い訳すればいいんだろう。

「えー、気になるよー。何かあったの?」
「別に、何もないわよ」
「もしかして怒ってる?」
それはあんたのせいじゃない。
こなたがネトゲを楽しんでる最中私一人思い悩んでたことを思うと、なんだか腹がたってきた。
「……だいたい、あんたがあんな顔するから」
「えっ、なんのこと?」
あんな顔して私を不安にさせて。
「バカ……」
何で来なかったのよ。
「おおぅ、何だか今日のかがみんは凶暴だね。……あの、ほんとに何か悪いことしたかな?」
その心配そうな声でハッと我に返った。
「ううん、ごめん。ほんとにこっちの個人的なことだから」
「そう?」
「うん、こなたは関係ないから。その、ごめんね。バカなんて言って」
「ううん、気にしてないよ」
「よかった。……ありがとね、こなた」
「なになに、デレ期突入?」
「う、うるさい。素直に受け取りなさい」
私の顔はいつものように真っ赤になっているだろう。
でも、その顔の赤さはこなたと話せた嬉しさからくる赤さだ。
だからいつもは気にしている顔の赤さも今は気にならない。

「ふふ、いつものかがみんだ。実は私もね、今日かがみが何してるのかずっと気になってたんだ」
「そうなの?」
「うん、何か変だよね。一日中ネトゲできるのは嬉しかったけど、気になってあんまり集中できなかったんだ。これまでそういうことなかったのにね」
「そう……なんだ」
その言葉の意味をどう捉えればいいのか分からない。
こなたも私と同じだったということだろうか。
「いつものようにかがみと会えなかったから、調子狂っちゃったのかな」
ははっと短く笑った後、弱々しい口調でこなたは言った。
「こんなこと言ってやっぱり変だよね。ごめんね、忘れて」
だから、その言葉の中に秘められていた寂しさをはっきりと感じ取ったとき、ガツンと頭を殴られたような衝撃を覚えた。
こなたは私に何かを伝えようとしてくれている。
伝えたいけれど、はっきりと告げることのできない何かを。
それを一生懸命伝えようとしてくれている。
だから、私も少し勇気を出してみようと思った。
「ううん、そんなことない。私も実は、……今日こなたと会えなくて寂しかったから」
言ってしまった。
顔から火が吹き出るんじゃないかと思うほどの熱と、不安で冷たくなった心を感じる。
電話越しにこなたが息を飲む音がした。
そして、こんなのって変だと思うけど、電話からこなたの嬉しい気持ちも一緒に伝わってきたんだ。
「そうなんだ。私たち、同じだね」
「そうね」
その言葉を聞いて最初はクスクスと、そして最後には二人して声を出して笑いあった。
笑った後には、とても穏やかで、優しくて、そして清々しい余韻が私たちの間に漂っていた。

「今日は電話かけてきてくれてありがと。かがみの声が聞けて嬉しかったよ」
「うん、私も嬉しかったから」
「また、電話してもいい?」
「当然じゃない」
「ありがと。じゃあ、次に会えるのは1週間後だね」
「うん。その時にまた会いましょう」
「うん。じゃあ、そろそろ……きるね」
「あっ、待って」
「えっ?」
「あっ、ううん、何でもない。その……じゃあね」
「かがみ」
「ん?」
「だ──きだよ」
「えっ?」
ノイズが混じってうまく聞き取れなかった。
でも、とても大切な、温かくなる言葉を言われた気がした。
だから、わたしもうんと優しく言ってあげた。
「おやすみなさい、こなた」

電話が切れた後には、晴れ晴れとして、体がぽかぽかと温かくなって、舞い上がるような嬉しさが体中を駆け巡っていた。
今日私を待たせたことも、いや、その他のどんなことだって今なら許せる気がする。
──この夏はきっといいことがある
そんな予感も今なら確かなものとして感じることができる。
だって、こなたは私と会えなくて寂しいと思ってくれたから。

胸をときめかせながらベッドへもぐりこむと、私の頭はすっかり次の勉強会のことで占められていた。
その日までに、宿題を済ませなければならない。
明日から頑張ろう、そう誓うと私は目を閉じた。
今夜見る夢は、きっと素敵なものになるだろう。
儚い夢なんかじゃない、本当に幸せな夢を見られるはずだ。

──夢の中でこなたと会えますように

そう願いながら、私は眠りについた。

Fin


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  • かがみの素直な心情が全く気取りなく、柔らかく描かれていて、
    頬が緩んでいるのに気付かずに読み耽っていました。
    このかがみは心の底からこなたが好きなんだなぁ、と、
    どのフレーズを読んでも実感できるとは。氏の物書きレベルの高さが伺えます。
    優しさ溢れる作品をありがとう!

    因みに読みながらQueenの「Teo Torriatte」を聞いてたら、
    貴作と歌詞、曲調が驚くほどマッチしていて嬉しくなりましたw -- 通りすがり (2008-09-26 03:55:00)

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