第3話:コミケの隣

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(管理人注:こちらの作品には鬱要素や出血等の表現がございます。そのような展開や描写が苦手な方はご注意ください。
詳しくは作者さんの発言こちらをご覧ください)

【第3話 コミケの隣】

「結局何冊か買えなかったねつかさ…」
「う、うん……!!うん……!!」
つかさのほうは顔が硬直して身をこわばらせていた。
午後3時、柊姉妹は東から出たところにある待ち時間のやたら長いことで知られる信号で、沢山の本をバッグに抱えて青になるのを待っていた。
二人の髪は乱れに乱れていた。男波をかき分け、延々数時間並んで売り切れということもあった。元々かなり多めに渡されたお金がかなり余ってしまった。
広い道路の向こうの駐車場のさらに向こうに、癌研有明病院のマンションのような四角さが午後の太陽に映えていた。

つかさはトラウマと同時に落ち込んでもいた。
勇気を出して必死に人波をかき分けた先のサークルがすでに売り切れていたからだ。
「しょうがないじゃない」かがみは励ました。
信号が青になる。群衆整理の警備員の笛の声を聞きながら重い本を抱えて癌研までの数百メートルを歩く。
後ろから「探し物はなんですか~♪」という館内放送が風に乗って聞こえてくる。痛車が何台も脇を追い越していく。
企業スペースのアニメ・エロゲ柄のバッグをぶらさげた群衆のヲタ話の喧騒から二人外れ、別世界のように静かな癌研のエントランスに入っていく。
こなたは既に入院手続が完了したとのことだった。

かがみたちは病院の雰囲気がどんなものかくらいは知っているが、こなたの入院した科は見慣れた内科や外科などとは全く別のオーラに圧倒された。
それは他のフロアとは廊下についているドアで隔離されていた。何回も自動ドアをくぐり、分け入るように奥へ。まるで半導体か何かの工場の入口のようだ。
くぐるたびに明らかに外とは空気の綺麗さがどんどん上がっていくのがわかった。
そして行き着く先には、かがみたちが今まで経験したことのない異様な空気が漂っていた。すれ違う人がみな頭に帽子やバンダナを巻きつけている。
無毛の頭皮の肌がすきまからはみ出し、白い蛍光灯に反射して無機質に光っていた。一様に坊主頭の子供たちが点滴をいくつもぶらさげながら院内教室みたいなスペースで学んでいるのが見えた。
どの子もかなり入院歴が長そうだった。さらに廊下の奥にはもうひとつ仕切りがあり、その向うにはガラス窓で閉ざされた無菌室が静かに並んで、見舞い客と思しき人が専用電話で中の患者と会話している。
スパゲッティのように大量の管を全身に付けられ、心電図のアラームを鳴らしながらぐったりと酸素マスクを付けられてベッドに横たわる子供の姿も見える。

ここからわずか百メートル先で現在コミケをやっていて、数十万人がコスプレをしたり同人誌を買いあさったり
企業スペースで鍵や型月の特典の奪い合いをして痛車を乗り回してはしゃいでいるとはとうてい思えなかった。

かがみたちはナースに廊下の中ほどの部屋を案内された。
輸血の点滴を何本も付けたこなたがこちらに背中を向けて、ドアの反対側の窓辺に立って外を眺めているのが見えた。
窓からみえる風景は一面ビッグサイト。シャッター前サークルの列が並んでいるのが見える。
搬出のクロネコヤマトのトラック群も見える。
永遠に続くかのような病室の低い空調音に紛れて「探し物は何ですか~」という放送がかすかに聞こえていた。
小さくすすり泣く声が部屋に響いているのにかがみは気づいた。
青く長い髪の横に見える小さな肩が震えているのが分かった。

「……こなた」
かがみはそっとドアを閉めた。
「どうしたの?おねえちゃん」とつかさがいぶかしがった。
かがみは熱いものがこみ上げて、ぼろぼろと涙が目からこぼれた。

と、そのとき不意にドアがガチャリと開いた。
「ん?どしたの?かがみん」
こなたがいつもの糸目で微笑んでいた。
「…な、なによこなた」かがみは泣きべその残る声で強気にみせて答えた。
「ほら、あんたの頼んでた本、買ってきたわよ!」
グイッと押し付けるようにかがみはこなたに本を満載したトートバッグを渡した。
「いや~すまないね~。かがみんもダイエットになったでしょ?ちょっとはお腹のぷにぷに小さくなった?」
こなたはかがみのお腹をくにゅりとつねった。
「や、やめなさいよもう!!」とかがみはこなたのお腹をつねり返した。「あんたのほうがぷにってるじゃないの」
「ああ、なんかさ、骨髄が血を作ってくれないから脾臓と肝臓が代わりに血を作ってるせいで腫れてるんだって」
「そうなんだ…」とつかさ。
こなたはそれを気にも留めず
「あー、お父さん、テレビとパソコン持ってきて。ネット環境を整備したいからさ。
何ヶ月も入院するんだからネトゲの一つやらないと退屈じゃん。あとマンガとか全部」とそうじろうに言った。
「わかったよ。こなた。全部持ってくる。まかせてくれ」とそうじろうは答えた。
「それからかがみん、つかさ」
「な、なに?こなちゃん」
「二日目のコミケもよろしく。私の欲しい本ちゃんと買ってきてね☆。
かがみんはたまーにぬけてるからねー。つかさも頑張ってちゃんと行くんだよ」
「は、ははは、はい……っ」
「な、なによ、ぬけてるって!!もう」
「すまん、二人とも…これで買って来てくれ」
そうじろうはまた財布から一万円札を何枚もかがみたちに渡した。こなたのためならいくらでも金をはたくといった様子だった。
「んじゃ明日もよろしくねー」
こなたはまた、いつも学校の帰り道で別れるときのように手を振った。
「……うん」
かがみたちもこなたにこたえて、同じように手を振ろうとした。……が、その手は力なく空中をなでるだけだった。

帰り道、かがみたちは終始無言だった。
家へ帰り、両親たちにこなたのことを話した。みんな涙を流した。
神社のお守りや縁起物を全種類病院に持っていくことになった。
かがみは自分の部屋へ入ろうとドアを開ける
「ねえ…」
「なに、おねえちゃん」
かがみは同じく自分の部屋に入ろうとするつかさに声をかける。顔を少し見つめる
「なんでもない」
ゆっくりと自分の部屋に入った。今のがつかさとの永遠の別れかもしれないと言うこともありうる。
かがみはそう思うとたまらなく不安でしょうがなかった。

コミケ二日目。最終日。
「な、なんとか全部買えた……」
「よく頑張ったわねつかさ」
かがみとつかさはたくさんの本と、神社のお守りを抱えてビッグサイトから癌研への道を歩いていた。
「でもこなちゃん、ショック受けてなかったね」
「まあ結構あれな性格だからね。それに…まだ死ぬってきまったわけじゃないし。
あいつは地球が滅んでも生きていそうなタイプだしね」
「……あはは、どんだけ……」

癌研の中に入る。相変わらず外の大騒ぎとはまるで別次元のような空間である。
低い空調の音が永遠と思えるくらいつづいている。暖かいデザインなのに生きているもの全てが停止したような空間だった。
二人はこなたの病室へ向かう。

「こなたー、買ってきたわよー。今日はあんたのほしいもの全部買えたわよ♪」
かがみはドアを開ける。
……が、病室は空だった。
【鬱・暴力シーン注意】

「ぎゃああああああああああーっ!!!!!」
突然絶叫が。
一瞬誰の声か、かがみたちはわからなかった。今まで聞いたことのないこなたの悲鳴。
廊下の向かいにある処置室と書かれた扉の奥から聞こえてきた。
扉の目隠しカーテンの隙間が開いて中が見えた。
昨日の医者がこなたに覆いかぶさっている。
模型用プロペラに鋭い針がついたような器具をこなたの胸に突き刺そうとしている。
もがくこなた。大勢の看護師にベッドの上で取り押さえられている。
大人の男がこなたの小さな体に全体重をかけて、グルグル針をねじ込む。
「いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたいーっ!!!!!!!」
断末魔のような絶叫。
そして針の真ん中に開いている穴に、細長い注射器が勢いよく突きこまれる。
こなたの体が波打ち、胸にドスンという衝撃が伝わるのがわかる。
かがみたちは扉の窓にへばりついたまま、金縛りを受けたかのように、まばたき一つ出来ない。
医者は注射器のピストンを高速で勢いよく引っ張り、抜く。
何本も注射器を変えて繰り返される。
その度にこなたの胸から何かが吸い出される。
「ううっ!!……ううっ!!ううっ!!」
吸い出すたびに苦しげなうめき声が部屋の外にもれて伝わる。
「もうやめて……やめて……いたい」
こなたの目から涙の筋が何本もこぼれおちる。
「いたい、いたいよお、いたいよお……」

気がつくとかがみたち二人はその場にへたり込んでいた。
バッグから同人誌が大量に床にこぼれてるのにすら気付かなかった。


病室───

入室が許されかがみたちが中に入る。
「やあかがみん、買って来てくれた?」
何事もなかったかのようにこなたは糸目でほほえんでいた。
唖然とするかがみたち。
「こ、こなちゃん、な、なんともないの?」
つかさは震えて、手を差し伸べようとした。
「ん?別に。ちょっとグリグリ~って胸のど真ん中に注射器刺された。ま、これくらいは平気だよ♪」
……いつものこなただった。
そして見て、と言う感じでこなたは胸のボタンを開けた。
二つの貧乳のどまんなかで、白いガーゼが医療用ガムテープでバッテン印で固定されていた。
つかさは思わず顔を背けた。
かがみはそれ震えつつ指差し「あ、あんた、ほんとうに何もないの?」と何度も聞き返す。
「別に?これくらいどうってことないって♪それより同人誌が手に入らないほうがつらいよ」
「マルク(骨髄穿刺)という検査だよ」
そうじろうが不意にかがみたちの後ろから話しかけた。
「白血病は骨の中にある骨髄の病気だ。だから骨髄の中身を直接注射器で取り出して調べることで白血病のタイプがわかる。
それによって治し方を決めるんだ。お母さんもやったよ。……お母さんは一番悪いタイプだった」
「……ふうん、お母さんもやったんだ」
「だから我慢しなさい。午後には検査の結果が分かる。ちなみにこれから何回もやるからな」
「!!」こなたは一瞬不安そうな顔になった。
「……」そのまま顔だけを背け、窓辺へと歩いていく。
しばらくの間、みんなに背中をむけ、無言でビッグサイトのほうを見てたたずむ。
(そうじろうは部屋を出る)

しばらくすると
「……ねえ、ねえ、二人ともこっち来て」
こなたはかがみ達を窓のそばへ手招きした。

「ほら…このすぐ下」
癌研の建物にくっつくようにビッグサイトの駐車場がある。
こなたの病室の窓のすぐ下から、コミケにやってくる車で広い駐車場が埋め尽くされていた。
どの車にも、カラフルな二次キャラが印刷されている。
リュックサックにビームサーベルを何本も装着した黒髪の男たちがワラワラ集まって写真を撮ったりしている。
「すごいねえ、長年ヲタクやってるけどこんなにまとめて痛車を見たのは初めてだよ。ここ最高のビューポイントだね」
つかさは目を丸くした
「すごーい。何あの車。なんでお巡りさんは捕まえないんだろう…」
「ある意味、世界有数の絶景ね…よくぞここまで集まったもの」
かがみはひたすら唖然するばかりだった。

「いやーまさにここは私にとって天国そのものだよ」
こなたは振り返り、ビッグサイトをバックにかがみの方を向いた。
「なんたって聖地が24時間365日目の前にあるんだから。朝なんて逆三角に反射する太陽の光で目が覚めるんだよ」
東館シャッター前の行列まで手が届きそうだった。
参加者が持っている商業スペースの紙袋の絵柄までが見えた。メイドの頭のカチューシャまでが見えるほどだった。
つかさはいくらトラウマでもここなら大丈夫という感じでヲタたちの姿をしげしげ観察する。

「輸血の点滴がちょっと邪魔だけどね…。」
こなたの鎖骨の辺りに手のひらサイズの大きな絆創膏が張られ、そこからチューブが生えて、赤黒い輸血バッグの管につながっていた。
「もうすごいんだよかがみん。ふつう点滴って腕に刺すじゃん。
でも私のは注射でプスどころかさあ、いきなり押さえつけられて錐みたいなのをさしこんで心臓のそばの太い血管に直接繋ぐんだよ。
まあつかさには無理だね。ゆうちゃんは……時々入院してはやってるから大丈夫かな?」
こなたはいつものように糸目で、嬉しくて浮かれているような口ぶりだった。
しかしかがみは、こなたの頬に涙のあとが残っているのに気づいていた。
血小板が足りないことによる点状出血の二つのほくろの間に染みが走っていた。目が西日に少しうるんでいるのに気づいた。
そろそろ今回のコミケの全日程が終了する時間だった。
「こなちゃんこれ、うちの神社のお守り。全種類持って来たよー」
つかさは元気付けるようにあかるげに声を出し、こなたの病室の壁にベッドをぐるりと囲むように並べた。
「うちの神社のパワー全開だから、あんたも早いとこコミケにいけるようになりなさいよね!」
とかがみはこなたの背中を叩いた。
「ありがとうかがみん。かがみん大好き~」
とこなたはかがみに笑いながら抱きついた。
そのとき、前代表夫人によるコミケの終了アナウンスが聞こえた。
「それじゃ、がんばんなさいよこなた」「じゃーねー」
二人はいつものように手を振って、病室を出た。

すぐ外の廊下に、そうじろうと医者が立っていた。
医者は暗くうかない顔だった。
そうじろうはオイオイと袖を涙でぬらし、口も聞けない様子だった。
「検査の本結果はまだですが、速報が出ましたのでお知らせします」
かがみたちはカンファレンスルーム(患者の家族に病状を説明するための部屋)に家族ではないが招かれた。
そこにはすでにゆたかとゆい姉さんもいた。二人とも今にも泣き出しそうな表情だった。
小さな応接間のような部屋の正面にホワイトボードと白い垂れ幕、長机が置いてある。
机の上にカメラのついた顕微鏡とプレパラート、プロジェクターが置いてあった。
「本当は患者さんも一緒なら良いのですが、状態が悪すぎるので
ご家族等の方々にのみ先に説明させていただきます」と医者はあいさつした。


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