ナチュラル

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こなたに告白された。

こなたというのは勿論あの泉こなたのことで、告白と言うのもそのままの意味。
九月のある日、私は親友の泉こなたに、好きだと告白された。

目に涙をいっぱいに貯めた彼女は、放課後の教室で自分の気持ちを言葉にした。

『かがみが、好き、です』

虚勢も無く、偽りも無い。
そのままの心を――ただそのままの心を、両手で差し出されたような告白だった。

そして、私の答えはというと。

実を言うと、まだ出ていない。







『ナチュラル』







誤解されると困るので、きちんと説明をしておきたいと思う。
私はこなたの告白を煙に巻いて逃げてきたわけではない。
私は真っ直ぐ受け取ったつもりだ。
しかし真っ直ぐに受け取りすぎた所為か、私は頭が真っ白になってしまった。
こなたが、私のことを、好き。
その情報だけで、私の胸はいっぱいになってしまったのだ。
『……そっか』
長い沈黙の後、私が言えたのはそれだけだった。それからこう続けた。
『ありがとう』
これは本心だった。中途半端な同情とかで出た言葉じゃない。
そりゃあ、同性の友達からいきなり告白されて、すごく混乱していたけれど。
けれど、こなたが好きだと言ってくれて私は嬉しかった。
普段は飄々としているこなたが泣いてしまうほど一生懸命な想い。
それを、向けていてくれたことが純粋に嬉しかった。
泣きべそ顔だったこなたは、その私の表情を見ると、どうしてか相好を崩して笑った。
そして、こんなことを言った。
『今までどおり、友達で、いてくれる?』
心外だった。どんなことがあっても、私はこなたの友達をやめたりしない。
だからそんなふうに言われることに腹が立って、勢い込んで私は言った。
『当たり前でしょ!』
でも言った後で、何かヘンだなと思った。
それが、何をヘンだと思ったのか、その時はわからなかったけれど。
今はわかる。
こなたは私の“返事”を聞かなかったのだ。
こなたは大きく伸びをしながら、窓の向こうに広がる茜色の空を見て、呟いた。
『……やっぱりかがみは、いい人だね』
やっぱり、私は混乱していたのだと思う。
その違和感の理由に気づかずに、普段どおりに一緒に下校をして、こなたを家に帰してしまったのだから。

「はぁ…」
もやもやとしたまま、いつの間にか二週間の時が過ぎて。
気がつけばもう十月の頭。
空気はいつのまにか透明度を上げていて、流れる風には金木犀の香りがした。
木々が色を落とすにはまだ時間があるけれど、それでも木の葉の揺れる音は随分と乾いた音になってきている。
私はもう一度ため息を吐いた。
あれからこなたは、予想通り、いつものままだった。
翌日の朝駅で会ったときから、まるで告白など全く何もなかったかのように普段どおりに接してきた。
それがあまりにも自然で。少し身構えていた私は肩透かしを食らったような気持ちになった。
勿論、友達をやめたりしない、その気持ちは全く揺らいでも変わってもいなかった。
けれど生まれてきて十八年、私は誰かにあんな真っ直ぐな告白をされたことなんてなかったから。
最初の朝は意思とは無関係に体に力が入ってしまっていた。
しかしそんな私を知ってか知らずか、私の様子を意に介した風もなくこなたは全く自然に振舞っていた。
これまで全くと変わりなく、つかさと笑い、みゆきと笑い、私と笑った。
そしてそのまま日々は過ぎてしまって、今に至る。
私は無意識にそのこなたの笑顔の中に『以前とは違う何かがあるんじゃないか』と探し出そうとしたりもしていたけれど、結局の所解らなかった。
こなたはポーカーフェイスが上手い。そしてどちらかと言えば、私は嘘を見破るのが、下手だ。
もしもこなたが本気で何かを隠したのなら、私には解らない。きっと何かを隠しているかどうかですら私には解らないだろう。情けない話だけれど。
(……でも、隠してないわけが、ないわよね)
その、隠し事が上手なこなたが、たくさんの涙と共に、私の瞳を真っ直ぐ見て言ったのだ。
あれが嘘なわけがない。
――かがみのことが。
「よぉー柊ー」
私がC組の教室の窓からぼんやりと木々を見上げていると、日下部が話しかけてきた。
その能天気な声は、からっと晴れた空に飛んでいく野球の打球のようだった。
「日下部」
「お? 柊、どうしたんだ? 何か暗くね?」
「暗くないわよ」
「お、本当だ、暗くはないな」
そう言いながら日下部は、断りもなく私の前の席に座った。
それについて何か一言いってやろうかと思ったけれど、何も浮かばなかったので私は頬杖をついて再び窓の向こうを見た。
窓からは、四角く切り取られた空を見える。
その青はとても高くて澄んでいて――あまりに澄んでいるから、ぽっかりと何かが抜け落ちてしまったような気になる。
校庭を見下ろすと、体育でマラソンだったらしい一団が、水のみ場に集まっているのが見えた。
「なんか、もー…秋だなぁ」
日下部が呟く。私は気のない返事で「そうね」と答えた。
しかし日下部は気にした様子も無く、伸びをしながら言った。
「夏が終わっちゃったなぁー……。なんかこーセンチメンタルにならねー?」
「アンタからそんな長い単語が出ることが驚きだわ」
「柊、私のことバカにしてるだろ」
日下部は頬を膨らませたので私は笑った。
こういうところは、少しアイツに似てる。
でも日下部は何か隠し事をしたりしない。いつも感情に正直だ。
日下部はひとつ欠伸をすると、いつも生命力でらんらんと輝いている瞳をどこかぼんやりとさせながら言った。
「夏ってさー」
「んー?」
「いつも終わるのヤなんだよなー」
日下部は遠い空をじっと眺めながら、呟くように続けた。
「来年も来るってわかってるんだけれどさ。でも同じじゃねーじゃん。先輩がいなくなったり。まー後輩も増えるんだけれどさ」
でも、同じじゃねーじゃん、と日下部は結んだ。
私は少し驚いて、柄にもないことを言うものだ、と思ったけれど、そういえば日下部が「最近部活を引退した」と言っていたことを思い出した。
「結構いいところまで行ったから九月まで続けられたのよ」と峰岸が自分のことのように誇らしげに言っていたのを覚えている。
三年間続けてきた部活からの引退。部活に入ってこなかった私には想像するしかないけれど。

ずっと日常の傍らにあったものが、無くなってしまったら。変わってしまったら。
きっと、らしくもない言葉のひとつくらい、口にするかもしれない。
そう思うと目の前の日下部のぼさぼさ髪の後ろ頭が少しさみしげに見えて、私は細く息を吐いて言った。
「……そうね、同じじゃないわね」
しかし。
同じじゃないことは果たして、悪いことなんだろうか?
人は変わっていく。
望むと望まざるに関わらず、私たちは変わっていく。
それをもしも『悪いこと』だと考えるのだとしたら、未来は限りなくマイナスに満ちたものに見えるだろう。
(変化を望まない、ね……)
きっと、こなたの態度はそういうことなのだろう。
――何も望んでいない。
――だから何も言わなくていい。
態度でそう示しているのだろう。有無を言わせない自然さで。
私は今度は大きく息を吐くと、日下部に言った。
「でも、同じじゃないから、今が大切なんじゃない?」
言った後で、自分も柄にもないことを言ったと思った。
案の定、日下部に「柊もそういうこと言うんだなー」と素で感心された。
冷やかされるより恥ずかしかった。


「昨日ネトゲでやたら横殴りしてくる人がいてさ。別のトコで狩りしようとしてもしつこくついてくるし。もー本当マナー悪いのはダメだよね!」
机を合わせて向かい合った私たちに、コロネを齧りながらこなたが頬を膨らませる。
いつものB組でのお昼。
それはいつもと変わらない光景で。私はこの時間が来る度に、“日常”に流されている自分に毎日気づく。
いや、もしかしたら流されているのは“日常”にではなく、“こなたに”なのかもしれない。
コロネを口に含んだこなたは小さな喉を嚥下させると、私たちには理解不能の話を身振り手振りをつけて饒舌に語り始めた。
正直、こなたのオタクっぷりに慣れた今でもこなたの話は理解できないことが多いにある。今もそうだ。
けれどその小さな体を一生懸命動かして、好きなものの話を嬉しそうに語るこなたを見るのは楽しいことだった。
きっとつかさとみゆきも同じような気持ちなのだと思う。彼女たちは私以上にこなたの話が理解できないはずなのだから。
二人を見れば、二人とも心から楽しそうにこなたの話を聞いている。
彼女たちは“知らないこと”を恐れない。つかさは人の話を素直に聞くことが出来るし、みゆきはどんなことでも新しく覚えることを苦にしない。
その単純なことが、いかに難しいことか。だから私は――密かに二人を尊敬している。
目を細めて猫の口をしながら、その二人相手にゲームの話をするこなたを見て、私はパックの野菜ジュースを啜った。
(思えばコイツは人に恵まれているよなぁ…)
だけどそれはこなたの人徳なのかもしれない。だらしなかったりいい加減だったりしょうもなかったりするヤツだけれど、コイツが魅力的なのは私にもよくわかる。
だってコイツといるとどうしようもなく楽しくなるのだ。
(あっと)
エキサイトしすぎたこなたが自分の牛乳を倒しそうになっているのを見えて、私はこっそり牛乳瓶を彼女の肘から遠ざけた。
すると右に視線を感じて、顔を向けるとみゆきとばっちり目が合った。どうやら私の一連の動作を観察していたらしい。
みゆきが口元に指先を当てて、くすっと微笑んだ。
顔に血が集まる。私は恥ずかしくなってそっぽを向いた。
「んにゃ? どったの? みゆきさん」
「いいえ、なんでもありませんよ」
みゆきと私の様子に気がついたこなたが、大きな瞳をくりくりさせて顔を傾ける。
しかしみゆきはにこにこ笑って私を見るだけでそれ以上何も言わない。結構いい性格してるんだよね、この子。
私はストローに口をつけて誤魔化した。

その時、開け放たれていた窓から風が吹き込んできた。
金木犀の香りと、硝子のように澄んで冷ややかな空気。
体を透明にされて、真芯を通り抜けていくような風が、教室を巡った。
私はその匂いに、唐突に、今こうしている時間は無限ではないということを感じた。
私たちが四人で制服を教室で迎える秋はもう二度と来ない。
そう考えたら急に鼻がつんとしたので、私は驚いてお弁当から卵焼きをつまんで口の中に入れた。
まだ半年近くあるのに。気が早い、と私は自分に言い聞かせた後で、その言葉の意味に気がついて私は息を呑んだ。
(もう半年しかないんだ…)
そう思うと、胸がぎゅうっと痛くなった。しかしそれと同時に、今傍で笑っているつかさやみゆきやこなたが、とても愛しく思えて私は目を細めた。
私たちの日常はきっとどこにでもあるような、ありふれた女の子のそれでしかないのだろう。
それでも、淡い秋の光を受けた優しい目の前の光景は、まるで本の中にあるような特別なもののように思えた。
――この三年間、本当に楽しかったんだ。
結局私は同じクラスにはなれなかったけれど、本当に、心から楽しかったんだ。
そんな実感が沸きあがってきて、私は息を止めた。
言葉にできない想いが溢れて。
胸がいっぱいになってしまったのだ。
あの日の放課後と同じように。
ふと、正面の席に座るこなたが私の方をじっと見つめているのに気がついて。
私が目を何度か瞬かせると、こなたは大きな瞳をとても優しく綻ばせて笑った。
その笑い方は、以前一度写真を見せてもらったことのある、こなたのお母さんの笑顔によく似ていた。


大きく息を吸い込んで、自分の心臓の音を聞いて。
自分の世界の中で、私は考える。
――あの日から何度も考えたこと。
(このままで本当にいいのかな?)
きっと、このままでいれば、あの日のことは私とこなたの記憶の中にしかなくなって。
いずれ、何もなかったことになるだろう。
こなたは毎日、本当に、悔しくなるほど、自然だった。いっそ不自然だと思えるくらいに。
日々が積み重なって、あの日がどんどん遠くなっていく。
時間が過ぎるほどに、私は何もなかったように振舞うこなたを見ることが耐え難くなってきていた。
だって、あんなにも涙を貯めて。剥き出しの心を瞳に映して。
溢れ出すように、熱の篭った言葉を口にしていたのに。
鼻をすすり上げながら、ばらばらになった気持ちを再び形にしていたこなたの横顔を、今もはっきりと思い出せる。
こなたが何も無かったように振舞うのを見ていると、まるでアイツが自分を踏みにじっているように見えて、苦しかった。
(だけれど…)
自分の席から教科書を出しながら私は考えた。
(そもそも私が、根本的なことに結論が出ていないのよ)
その状態で何かを口にするのは何か間違っている気がして、ずるずるとこんなに時間が経ってしまった。
それは――“私はこなたのことをどう思っているか”。
勿論友達として言うのなら、両手放しで最上級の“好き”だ。
一緒にいると楽しいし、こなたの性格もすごく好きだと思う。
自分勝手に見えて実はすごく気が利いているところとか、誰とでも分け隔てなく接するところとか。
私たちが想像しないような場所で時折急に揺れる、繊細な面も私は好きだった。
それだけじゃない。寝不足で眠そうにしている顔だとか。好きなことに夢中になってる笑顔だとか。
偶に照れて頬を赤くしたりする顔だとか。拗ねて頬を膨らませている顔だとか。
こなたの見せるたくさんの表情は、私たちを明るくする。
外見だってこなたの持つ長くて柔らかい髪や大きな瞳はすごく愛らしいと思うし、いつも憎まれ口になっちゃうけれど、小柄なところも可愛いなと思っていた。

――でも、恋愛対象としては、どうか。
そう言われると、途端にわからなくなった。
それまでこなたを“恋愛対象”という目で考えたことはなかったから。
(……でも、嫌という感情は無いのよね)
私は手にした教科書を開くと、軽く鼻先にかざした。
好きだと言われて。
不思議と女同士だからということに対する抵抗感は湧き上がってこなかった。
そういうことを言える空気じゃなかったから?
――ううん、そうじゃない。
たぶん、こなただったから。
――なら、私はこなたを“そういう好き”なのだろうか?
わからない。
数学の教科書は、真新しい建物のような匂いがした。

「おーかがみん、ありがとう」
私が教室から出ると、B組の教室の入り口のところにいたこなたが手を振った。
私はこなたの傍に歩み寄ると、その教科書を手渡した。
こなたは目を細めて、猫のような口をすると息を吐いた。
「柄にも無く勉強なんかするからだねー。いつも置き勉してるから、教科書を鞄にいれる動作を忘れてしまっていたよ」
「いや忘れるなよ。それから勉強はしろ」
「それは約束できない!」
「いやしろよ!」
そんなやり取りのあと、私は意を決して少し咳払いをした。
その私の仕草に、こなたの澄んだ瞳が一瞬だけピンと張り詰めるのを私は見逃さなかった。
「……こなた、話があるんだけれど。今日の放課後、ちょっといい?」
私がそう言うと。
こなたは困ったような笑顔になった。
「……あー」
何とも言いがたい間延びした声を出して、それから「わかったヨ」と言った。
その表情に、胸が少し軋む。
――こなたが無かったことにしようとしているのに、蒸し返すのは残酷なことなのかもしれない。
(けれど、あんな告白は無かったことに出来ないわよ)
一瞬だけ、緊張した空気が私たちの間に流れて。
それでもこなたは健気に気を取り直すと、「教科書ありがとネ」と言って私にまた笑顔を見せた。
でも教室の中に去っていくこなたの後姿は、どこかさみしげに見えて。
私の胸はまた少し軋んだ。


放課後、つかさやみゆきに先に帰ってもらうと、私とこなたは目を合わせた。
「……どうする?」
廊下に並んで立った私に、こなたが尋ねるように顔を傾ける。
ここまで来れば、私でもこなたが平常ではないことを察せられた。
その瞳が、不安そうに揺れている。
「屋上行こうか」
私がそう提案すると、こなたは黙って歩き出した。
屋上まで歩いている間、私たちは一言も口を利かなかった。

日が落ちるのが早くなった十月の屋上は完全な茜色で、それはあの告白の時とよく似たオレンジ色だった。
風は緩やかだったけれど、秋のそれは少し肌寒くて、私は軽く腕を擦った。
屋上に出るとこなたは柵まで真っ直ぐ歩いて行って、グラウンドを見下ろした。
そのこなたの後姿は夕日に逆光していて、しっかり見ていないとその中に溶けてしまいそうだった。
「……前にもこうやって、屋上に来たよね」
私に背を向けたまま、こなたが言う。
私が「そうね」と答えると、こなたはやっと振り返って私を見た。
風の中でこなたの髪が泳ぐ。茜色を照り返して、それは緩やかな炎のように見えた。
陰になったこなたの瞳が、私を射抜く。
「話って、何?」
「何って…」
どう切り出せばいいかわからなくて、私は言葉を濁してしまった。
ああもう、自分で呼び出しておいて。
しかしこなたは助け舟を出してくれた。
「まぁ…ひとつしか無いよネ」
言って、くすりと笑う。
それは何とも言いがたい、読めない笑顔だった。
心臓が緊張で、強く音を立てる。
張り詰めた沈黙が私たちの間に下りて、私は唾を飲み込んだ。
風が吹いている。
口を開いたのは、こなたが先だった。ため息を吐くように、声を漏らす。
「あのさかがみ、こないだの事だったら――」
「あのね!」
しかしそのこなたを遮って、私は声を上げた。
「私は、こっ、こなたのことが好きよ!」
言った途端、顔に血が上る。声も裏返った。最悪。
こなたが表情を止めるのが見える。
一度黙ったらもう何も喋れなくなりそうだったので、勢いにまかせて私は続けた。
「あれから私、考えたのよ。わ、私はアンタのことどう思ってるかって」
こなたはじっと私を見つめている。
「でもね、わからなかったの。考えても。今までそういう目で見たことなかったし。アンタが友達以上かどうか…」
風が私たちの間を埋める。それをとても寒々しく感じて。唇が震える。
「私は誰かと付き合ったことなんてないし、それが同性だっていうんなら……考えちゃう。気軽に、言えない」
私は大きく息を吸い込んだ。
そして顔を上げて、こなたの顔をまっすぐ見た。
真正面から見据えたこなたは、今にも消えそうな表情を浮かべていた。
胸が軋む。
こなたにそんな表情をさせているのは自分なのだ。
そう思うと、胸が締め付けられて、苦しくて、息が出来なくなりそうだった。
――だけれど。
私は逃げたくない。
私はまっすぐこなたを見つめたまま、こなたによく聞こえるように、はっきりと言った。
「だから、教えて欲しいの」
こなたの瞳が丸くなった。
「え?」
予想外の私の言葉に、こなたはきょとんとする。
私は続けた。
「私は、く、区別、出来なかったのよ。だから、こなたは、どっ……どうして私のことが“好き”なのよ? それはどういう気持ち?」
言いながらさらに顔に血が上ってくる。私今、すごい恥ずかしいこと言ってる。
こなたはいつもの目を細めた顔になって、「えーと」と頬を掻いた。
その頬が赤いのはきっと夕日の所為だけじゃない。
「それはも一回、告白しろと?」
「そ! そういうつもりじゃないけれど…!」
しかしそういうことになってしまうのだろうか。
心臓がどんどん煩くなって、顔が熱くて、何が何だかわからなくなってくる。
私が慌てている所為で逆に冷静になったのか、こなたは大きく息を吐いた。
そして呟くように言った。
「いいヨ」
そして私の顔を見て、にこりと笑った。
その顔を見て、私は力が抜けるのを感じた。
意識してなかったけれど私の体にはがちがちに力が入っていたようで。こなたのその笑顔を見たらすごくホッするのを感じた。
私はまた息を吸い込むと、足を踏み出してこなたの隣に立った。
眼下に、グラウンドと校舎と田園が茜色に染められて、広がる。
風が私とこなたの髪を撫でて通り過ぎていく。
その風は秋の匂い――金木犀の香りがした。

「すごいよね」
こなたが呟いたので、私は「え?」と言ってこなたの顔を見た。
「花の匂い。何だっけこれ。なんかモクモクした感じの名前で」
「金木犀だろ」
「そうそう、それ」
こなたは、「きんもくせい」と繰り返した。
「やー、でもニュアンスはあってたネ!」
「微妙だよ」
微妙と言われてしまった!と言って大袈裟な仕草で柵にもたれるこなたが、いつもの調子に見えたので、私は思い切って気になっていたことを聞いてみることにした。
「アンタ、前さ」
「ん~?」
「ノンケだって言ってなかった?」
「あ~、言ってたね」
こなたはのんびり答える。その態度に私は拍子抜けする。
「……私、一応女なんだけれど」
「そうだねぇ~」
「そこんとこどうなのよ」
「ん~…。私にもわかんない」
こなたはにへら、と笑った。
それから俄かに真剣な表情になって、じっとグラウンドを見下ろしながら言った。
「でも、かがみのことは好きになっちゃったんだ」
そして。
「……昔話、してもいい?」
と言って私を見上げたので、私はそれに頷いた。
こなたは私の肯定を受け取ると、再び視線を外してグラウンドの方を見た。柵に腕を乗せてもたれかかる。
それから何かを考えるように、上を向いたり、下を向いたりして。
言うのを躊躇っている様子だったけれど、やがて篭った声で呟くように言った。
「――…生まれて初めて、誰かに言うんだけれど」
こなたは自分の重たげな前髪に触れながら言った。
「……小さい頃はネ。さみしかったんだ。ちょっとだけ。その――………がいなくて……」
最後の声は本当に微かだった。聞こえるか聞こえないか。
しかし私の耳は、その小さな風のような言葉を聞き逃さなかった。
こなたはパッと笑うと、おどけたように「あ、ちょっとだけだよ?」と手を振って見せる。 
そして、それからゆっくりと視線を下に向けた。
「……ただ、保育園のお迎えが私だけお父さんだったりとか、誕生日会とかで誰かの家に行った時とか――そこの家のお母さんが作ったから揚げ食べたとか。そういう時、たまに……たまにね」
短い沈黙。
こなたは落ち着きなく視線をさまよわせながら続けた。
「でもそれってどうしようもないことだよね。言ってもお父さん困るし。だから――だからね、そういう気持ちと、仲良くすることにしたんだ」
こなたは再び顔を上げて笑って見せた。
「そしたらね、笑うのが上手になったよ。笑うのが上手になったら、友達もたくさん出来た。お父さんも心配しないし、さみしいってこともあんまり考えなくなった」
だけれどね、とこなたは言った。
「変なんだよ。そうしてるとどうして笑ってるのか、わからなくなってきちゃうんだ……」
こなたは一度息を呑んでから、「それでもいいやって思ってたんだけれど」と言って、ちらりと私を見て、また視線を外してグラウンドを見た。
「でも高校に入って。つかさやみゆきさんや、かがみと会って。気がついたら、ホントに笑ってて。笑おうなんてしなくても笑ってて。
それで、『もしみんながいなくなったら怖いな』って考えるようになって。それで……」
こなたは柵に肘をついて、両手で目を抑えた。
「そしたら何だか……思い出しちゃった、んだあ」
私はこなたの横顔を、一つの動作も見逃さないように見つめていた。
拳で眼を押さえながら、こなたは言葉を重ねる。
「誰かがいなくなっちゃうのは嫌だよ。ずっと一緒にいたいよ。だけどでもそれは仕方がないことなんだよね? 時間だって流れるし、永遠なんてない。
だからいつかは変わってちゃう……自然なことなんだ。いつか、いなくなっちゃうのは……仕方ない。わかってるんだよ」

秋風が吹く。空は茜を通り越して、段々と紺碧の色に染まり始めている。
暗くなり始めた世界で、こなたは私を振り返った。
「それでも」
こなたの瞳が地平に消えかけた最後の夕日の欠片を照り返して、燃える様に輝いた。
「かがみだけは諦め切れないんだよ」
あの日と同じ、すがるような眼を潤ませて、こなたは何かに耐えるように両腕で自分の頬を押さえた。
「つかさとみゆきさんも大事だよ。誰にも代えられない、一番の友達だよ。
だけれど、かがみは――かがみといると、心臓が勝手にどきどきするんだ。かがみが笑ったり拗ねたりすると、それに合わせて心臓が勝手に動くんだよ。
かがみのそばにいるとどきどきして――それなのにすごくホッとして、あったかくて。
かがみといると、世界が楽しい。ここにいることが好きになれる。かがみは変わってくことを怖がらないから。
かがみがいれば――世界なんか怖くない。さみしいのも、変わってくのも怖くない。
だからどんな形でもいいよ。親友でも、何でもいいから。そばにいてよ。お願いだから。
かがみだけは、いなくなって欲しくな――」
叫ぶこなたを、気づけば私は抱きしめていた。
金木犀の空気の香り、そして腕の中のこなたの匂い。
近くの木で何かの鳥が、空を飛んだ音が聞こえた。
それきり、屋上がしんと静まり返る。
聞こえるのは、風の音と、ぎゅうと抱き寄せたこなたの体から聞こえる心臓の音。
その音は早くて。
体から伝わってくるその振動が、懸命にこなたが生きていることを知らせてくる。
何だかそれに堪らなくなりながら私は言った。
「――いなくならない」
抱き寄せたこなたの肩が思いの他に小さくて、胸が痛くなる。何で痛いのかわからない。
しかしその痛みをこらえて、私は言葉を重ねた。
「そばにいる。アンタがイヤだって言っても」
また静寂。
「かがみ…」
胸の辺りでこなたが私の名前を呼ぶ。こなたは力なく私の制服の裾を掴んで言った。
「勘違い、しちゃうよ……」
「いいわよ」
私はこなたをより強く抱え込んだ。
「すればいいじゃない」
本当に、そういう気持ちだった。
夕日はもうすっかり地平に沈んだ。屋上はすっかり陰の中。
柔らかい闇の中で、こなたの呼吸の音が聞こえる。

そばにいて欲しい。
そう言ったコイツの“そばにいたい”と思っていたのは、私の方ではなかったか。

そうだ。
時々消えそうに見えるコイツの手を掴んでいたいと思ったのは――。

「かがみ…」
こなたが私の名前を呼ぶ。その声に、胸が震える。
今、気がついた。


私をそんな気持ちにさせるのは、世界にコイツだけだということ。


「こなた……」
私はこなたの名前を呼んだ。
こなたは微かに顔を上げる気配を見せたけれど、結局私の胸に顔をうずめたままだった。
私は目を閉じて、強く囁いた。

「好き」

その瞬間、私は向こう岸に跳んだ。


私の声は震えていた。
背中に回されたこなたの手に僅かに力が篭るのを感じた。

地平に、青い空に、細い月が出ている。
互いの輪郭がぼやける様な仄かな闇の中で、互いの体温だけがはっきりと伝わって。




この日から、私とこなたは“恋人同士”になった。



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コメント:
  • Yahoo!! -- 名無しさん (2014-08-26 02:45:46)
  • 素敵すぎる -- 名無しさん (2013-01-28 22:50:54)
  • すげぇ感動した! -- 名無しさん (2010-11-17 22:55:26)
  • 良かった…すごく感動した… -- 名無しさん (2009-04-12 23:41:10)
  • >その瞬間、私は向こう岸に跳んだ。

    この一言に心撃たれました。すっごく端的で簡潔でそして美しい表現です

    -- こなかがは正義ッ! (2009-03-07 22:45:41)
  • 向こう岸に跳んだ。良いねぇ〜 -- 名無しさん (2009-02-02 01:56:07)
  • 最期の数行で悶絶したw -- 名無しさん (2008-11-20 13:36:26)
  • これは名作。紛れもなき名作。 -- 名無しさん (2008-11-20 13:35:03)
  • うーーーむ……この作者はこなかがスレでは、かなり後からの参戦とはいえ、この文章力の巧みさは今までの中でも最上級だと思う。悶えるような第2章を期待してますw -- 名無しさん (2008-08-22 00:04:57)
  • >勘違いしちゃうよ?
    こなたが可愛いすぐるWWWWWW
    GJ! -- 名無しさん (2008-08-21 23:54:56)
  • 景色の描写と感情表現がgjですた。 -- 名無しさん (2008-08-20 03:19:43)

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