パーフェクトスター第4章Bパート2

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『パーフェクトスター』
●第4章「夢の終わりに謳う歌」Bパート2
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 * * *

眉をひそめて少し考えている様子からすると、かがみの状態を説明するのには時間がかかりそうだ。
医学部かつ博学であるみゆきさんは納得できていても、
素人相手に説明する際、言葉が多くなってしまうのは仕方のないことだと覚悟し、
あくまでみゆきさんのペースで私は話を進めることにした。

「泉さん、人が過去の記憶を無くす、といった人体の自然の仕組みから離れた行動を起こす要因はご存知ですか?」
「ようは記憶を無くしてしまう原因ってこと?」
「ええ」

脳みそのありとあらゆる引き出しを急いで全開にする。
出てきた情報はどれもゲームや不真面目に見たドキュメンタリー番組、映画による知識なだけで結構曖昧なものばかりだ。

「うーん…事故や病気が原因だったりするよね、確か」
「そうです。その原因の分類は知られているだけで5つ。
外傷性─頭部の外傷によるもの。薬剤性─精神作用のある薬剤の投与によるもの。
症候性─全身疾患による健忘や認知症─神経の変性疾患による健忘があります」
「な、なるほど…」

みゆきさんは細かく丁寧に説明してくれてるんだけど、聞き慣れない単語を含むこのペースに早くもついていけるのか心配になっていた。
事実を知ってるはずつかさからも、何故か頭の上から白煙が見えるのは気のせいだろうか。
私やつかさの様子を、苦笑を交えながらうかがっているみゆきさんが「そして」と続ける。

「かがみさんにスポットを当てます。彼女の場合は、5つ目のの要因。
“心因性”によるものだと推測されます」
「その、心因性って?」
「心因性というのは、例えば、幼少期に受けた虐待の記憶、天災や事故で受けた心的外傷、
いわゆるトラウマや極度なストレスが原因ということになります」
「う、うーむ、ちょっと待ってねみゆきさん」

── いかん、早くも煙出そうだヨ。

つかさの二の舞を踏まないために、脳のキャパシーを越えないように必死に物事を整理する。

「ようは、かがみは何らかのトラウマやストレスによって記憶を無くしたっていう認識でいいんだよね?」
「ええ、そういうことになります」

頭の悪い教え子に献身的かつ丁寧に説明してくれてるみゆき先生から正解が出た。
私はとりあえず、自分の出した答えを頭の中に並列させていく。

「私も専門分野からかけ離れた事象なので、多少間違えがあるかもしれません。
ですが、泉さんがお話してくださったことや、現在のかがみさんの状態を掛け合わせると、
精神医学的に“解離性障害”と称される病気を発症していると言えます」
「へ?」
「人は極度なストレスや過去のトラウマから自己を守るため、
何らかの手段を自分の中でとる事があります。
その中の一種として“解離性障害”というものがあります」

新たなワード、“病気”、“解離性障害”。
どこかで聞いた事あるようなワードなだけで、
一向に私の引き出しからは類似ワードが選出されない。
…しろはた。

「…ごめん、みゆきさん、何かわかりやすい例えないかな?」
「そうですね…同じ人物でも複数の人格が存在したりする物語がありますよね?
物語では明確にされていないこともありますが、あれも“解離性障害”の一種です」
「あー多重人格の人が探偵やってたりするよね」

私の言葉にみゆきさんはクエスチョンマークを返したが、
私としてはなんと“解離性障害”の理解は出来た。
…歪曲した理解の仕方かもしれないけど。

「ただし、それは解離性同一性障害といってまた特殊な例でして、
この病気については未だ不明な部分が多いとされてますが」

どうやら歪曲しすぎてたようだ。

「かがみさんの場合は、とある出来事をきっかけに記憶を喪失し、
遁走(とんそう)を起こしていることから、“解離性遁走”状態にあると推測できます」

 * * *

「かいりせいとんそう?」

みゆきさんから出てきた言葉の漢字が頭に浮かんでこない。
また何かの専門用語なのだろうかと頭を捻っていると、みゆきさんが答えをくれた。

「解離性遁走とは、解離は説明した通り、心的外傷への自己防衛手段として、
自己同一性を失う神経症のことで、遁走は元々その場から逃げ出すという意味を持った言葉です」
「んー…ということは、かがみは何かしら心に傷を負ったり、自分を失いたくなるようなストレスを受けて、記憶を失って逃げ出したことになるの?」
「簡潔にまとめるとそういうことになりますね。
解離性遁走の特徴としては、不意に家や職場から遠く旅立ってしまい、
過去の想起が出来ない状態に陥っていて、また新たな同一性 ─ 人格を装っているか、
人格に混乱を生じている可能性があるとのことです」

“自分が本来過ごしてた環境から逃げ出し、記憶を喪失している”
難しい言葉の羅列を必死に紐解けば、確かにかがみに当てはまる部分はある。

「今のかがみの人格は昔の人格とは違うのかな…」
「それは…私も以前、つかささんの家に伺ったときに数回、お会いしただけなので…」

私が口にした疑問に、みゆきさんが言い淀む。
ここまではみゆきさんにもわからないかと、諦めかけていたとき。

「ううん。こなちゃん、今のお姉ちゃんは前のお姉ちゃんとあまり変わってないよ」

さっきまで頭から白煙を出していたつかさが復活していた。

「確かにお姉ちゃん、高校に入ってからは、人から冷たいって言われるようになっちゃったけど。
元々素直じゃない部分はあったし、本来はすごく優しい人なんだ。
だから、こなちゃんが言ってた…ツンデレ?なのは、前からだから」

さすが双子の妹。
姉の性格はしっかりと把握しているようで、つかさの言葉には重みがあった。
いい知れぬ安堵に浸っている中、みゆきさんが話を続ける。

「“心に傷を負い、記憶を失って逃げ出した”と先程泉さんがまとめてくださいましたが、
かがみさんはとある出来事によって、心の自己防衛機能が働いたと私は推測しております」
「そう、確かにそこだよね。だって、かがみは記憶を失う前はすごくプライドが高い人だったんだよね?
だったら、この状況は本人からしてみれば苦痛以外の何者でもないんじゃないかって思うんだけど」
「…そんな方だからこそ、ある出来事に対し“全部自分が悪い”と深く考えてしまい、
遁走を起こすほど症状が重くなってしまったのではないか、と思いますが…」
「…」

そこまでいってみゆきさんは一度目を閉じた。
みゆきさんの言う通り、プライドの高い、もとい完璧を追い求める人間ほど、深い自己嫌悪に陥ったとき、酷く脆い。
…今まで逃げてこなかっただけに、逃げ道がわからないから。

私らしくない人間心理を一人思い浸っていると、頭の中でバラバラだった糸が突如形を成し、一つの憶測へ変わる。

── もしも“自分のせい”で誰かを、身内を傷つけてしまっていたら?

かがみの記憶喪失の期間と、とある出来事の始まりの糸が繋がった。
みゆきさんが何度も口にしている“とある出来事”に思い当たる節があったから。

「もしかして…かがみが自分を追い込むきっかけになった“ある出来事”って…」
「泉さんも予測しているとは思いますが──」

みゆきさんは目をしっかりと開き、私を見据える。

「かがみさんと泉さんとの出会いが3週間前、つかささんの事故は約3週間前。
大きな出来事がほぼ同時に起こっている事から、今回の事はつかささんの事故がトリガーになっていると思われます」

私の憶測が、より一層現実味を帯びた形へ変化を遂げた瞬間だった。

 * * *

「…せっかくのフリードリンクだし、飲み物とってくるよ。
みゆきさんにつかさ、何飲む?」

逃げ出す口実以外には聞こえない台詞と三人分のコップとともに、私は席を立つ。
もとい、逃げ出すというよりは、状況整理を自分の中でしたかったから。

席は窓際で、フリードリンクの補充位置は若干歩く場所にある。
丁度、2人を背にする形で私は頼まれた飲み物のスイッチを押してから、自分の頭の中を整理し始めた。

みゆきさんが私に配ったカードは2つ──

一枚目のカードは、“きっかけ”。
かがみの記憶喪失は“つかさの事故”がきっかけになっていること。
ただし、みゆきさんにもどのような事があったのか、つかさからは聞かされていないらしく、
当時の状況についてはここでも語られる事はなかった。
当人のつかさも、事故の状況の話になると途端に口調は鈍り、肝心な部分まで話が進まずにいた。
そんな様子のつかさに、私もみゆきさんも、つかさが自分から喋ってくれるまでは、
こちらから触れないというのを暗黙の了解とし、話を進めていた。

そして二枚目のカードは、“原因”。
つかさが語らない事故の詳細を抜きにしても、つかさの事故をきっかけにかがみが
記憶を喪失したことは時系列からいってほぼ確実で、
みゆきさんがタイムテーブルをより明確にしていってくれたおかげで、
事実とかがみの認識にずれが生じている可能性があるのもわかった。

その可能性が事実ならば…
── かがみは“大きな勘違い”をしてる。

一つ認識を間違えるだけで自分自身を貶めてしまう大きな勘違い。
それが、きっとかがみが記憶喪失した原因になったストレスの正体なんだと思う。
対し、みゆきさんはこうも言っていた。

『その誤解が今回のトリガーであるならば、それさえ取り除かれれば、かがみさんの記憶は戻るかもしれません』

みゆきさんの台詞を思い返してハッとして気づく。
“きっかけ”、“原因”のカードと──“解決方法”のカードも既に配布されていた。

…みゆきさんはすでに3枚目のカードを配っていた。
なら、もう私たちがするべきことは揺るぎないものとして、出ているんじゃないだろうか。

私の今の気持ちのように、溢れかけたドリンクを手早く小さな手に備え、私は席に戻る。


かがみが遁走を起こした本当のきっかけこそ、かがみ本人にしかわからないし、
つかさが喋らない以上は事故の詳細もわからないままだけど、起こった事はすべて事実として誰かしらの記憶に残っていた。
飲み物をとりに行く前、人伝の事実を聞かされた上で時系列の整理とみゆきさんから今回の出来事に関する情報をもらっていた。

「もう一回、確認していい?」

頼まれたドリンクを2人の前に置きながら、私は自分が至った結論の最終確認のため、もう一度お浚いを提案した。
私の目の色で変化を察してくれたらしい2人は、受け答えの出来る体制をとってくれる。

「3週間と正確には3日前、つかさが事故にあった」
「うん、間違えないよ」
「運び込まれた当時は、意識不明の重体で、一時は“意識が戻らない可能性もある”って言われてたんだよね?」
「そうだったって、お母さんやお姉ちゃんたちはいってたけど」
「かがみもその話を耳にしているのもほぼ確定だよね?」
「…うん、睡眠も食事もとらないで、ずっと外で待ってたってお母さんがいってたから…」
「それで、かがみが最後に家族の前から姿を消したのは」
「事故が起きてから2日後。つかささんが、目を覚まされる前です」

何かを思い出したつかさは口を閉ざし、そこにみゆきさんの補足が入る。
つかさの意識が戻ったのは、かがみが家族の前から姿を消してから。
かがみは最後に「自分の気持ちの整理がつくまでは、連絡は取らない」と家族に言い残して、姿を消したという。

「時系列から考えると、つかさが目を覚ます前に、姿を消したかがみが知っている事実は、
“つかさは意識が戻らないかもしれない”で止まっている可能性がある」
「ええ」
「これがかがみの誤解で、今回かがみが記憶を喪失するトリガーであると考えていいよね」
「推測通りであれば、そうなります」

私は必要な糸を手繰り寄せ、すべてを繋げた。
難なく繋がった糸を元にすれば、みゆきさんからもらった三枚目のカードを言葉にするのは簡単で。
きっとここですべてが明確にされた後、親友2人と大好きな人と私、その4人で笑い合える未来が待ってると、
この場にそぐわない感情に心が躍り始めていた。

「それならさ。さっきみゆきさんがいった『原因を取り除くことができれば記憶が戻る』って話からすると」

こうして期待を含んだ私の示唆を与える言葉の後は。

「かがみさんとつかささんを会わせれば、すべてが解決するのではないか、ですよね」

予想と反し、みゆきさんによって紡がれ、その声にはこのファミレスに来た当時に感じた冷たさが再び含まれていた。
直接言葉で否定されたわけではないのに、与えられたのは否定された感覚。
それは今回の問題が難儀無く解決する期待と、心のどこかで希望を持っていた私を打ち砕くには十分だった。

「解決、しないの?」
「…解決はします。ですが、その解決策をとる前に泉さんには知っていて欲しいことがありました」
「…」
「今回の冒頭で、“どうしてかがみさんをこの場に呼びたくないのか?”と問われましたが、この理由もそこに既存します」
「…そこまでして、私に知っていて欲しいことって」
「ことをすべて解決する上で、ほぼ確実に失われるものが一つだけ出てきてしまうということです」
「かがみの記憶が戻るのと引き換えに…何かがまた失われるってこと?」
「はい」

みゆきさんの言葉に、砕かれたモノの跡に募っていくのは不安だけ。
積もり積もった不安を少しでも軽減したくて、目の前の2人を見直すと、2人の目には共通して苦の色があった。

余計重量を増した不安は、すでに不安ではなくある種の恐怖へ変化し──
これ以上聞いてはいけないと本能か勘、または別のものが私を引き止めようとしていたけど、
すでに心の均衡が崩れた自分は止まってはくれなかった。

「…その失われるものって、何?」
「それは──」

 * * *

今日たくさん起こった出来事の中から、唯一よかったことを選び出せと言われたら、間違えなく私はこれを選ぶ。

── 帰った後、すぐにかがみと顔を合わせなくて済んだこと。

実を言えば帰ることすら躊躇われた家の玄関のドアを、数十分かけてようやく覚悟して開けたとき、かがみは部屋で寝息を立てていた。
起こさないように、顔が見えないようにと、直行でお風呂に向かった私は、シャワーを浴びている。

頭上から降り注ぐお湯は、汗でベタついた肌と顔を汚した雫を洗い流してくれるけど、混濁した思考と感情までは消してくれないようだ。
私の身体を柱にして、床に落ちる水の音と共に、頭の中ではみゆきさんの言葉が反復されていく。

『解離性遁走の症状を起こした方のほとんどが、第一の自己、過去の記憶を取り戻したとき遁走期間中の記憶を』

…どうして私はかがみに出会ってしまったのだろうか。

『専門医からすれば例え違いもあるかもしれません。
ですが、あえて例えるならば今のかがみさんは夢を見ているのと同じ状態で、このままにしていても何れは醒めてしまう。
醒めてしまえば、ほぼ確実に』

…どうして私はかがみと暮らすことを選んだのだろうか。

『心の均衡を保つ防衛手段として解離を起こしているため、夢で思ったこと・体験したことを残してしまうと、
今度は同一性への影響が出てしまうとも言えます』

…どうして私はかがみのことを好きになってしまったのか。
いつか居なくなるって、なんとなくわかっていた気がするのに、私はかがみを好きになっていた。

──ああ、居なくなるだけなら、探し出せば繋がるからまだいいのかな。

想いが繋がったままの失踪のほうが思えば楽だ。
そうだったら私はなんとしてでもかがみを探し出すから。

でも──

『それは、かがみさんが泉さんと過ごした3週間すべての記憶を喪失するということです』

かがみの中から私の存在が消え、私の気持ちだけが残る結末。
人の気持ちを、一寸の狂い無く形成し直すことなんて不可能に近いのは、同じ人である以上はわかる。

降り注ぐお湯とは違う温度の液体が、目元から生まれ、再び私の顔を汚していく。
何度洗い流しても消えることのないその液体は、私の感情のベクトルを一気に一定方向に固定する。

感情に身を任せた私はその場に崩れ落ち、ただ声を押し殺して泣いた。



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  • 続きないのか・・・?悲しすぎる・・・ -- 名無しさん (2008-01-13 11:03:28)

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