星紡ぐ想い(2)

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★☆★

翌日、休日にしては珍しく朝早くに目を覚ました私は、眠気で重い頭を引きずりつつ起き上がった。
気になっていた天気を確認しようとカーテンを開けると、空は青く晴れ渡っていた。
梅雨のじめじめとした湿気も、今朝はまだましのようだ。
清々しい陽気に、気分まで爽やかになる。
このまま明日も晴れてくれればいい、そう思わせるほどいい天気だった。

朝食をとりながらテレビで明日の天気予報を見ていると、お父さんが話しかけてきた。
「今日は珍しく早いな。どこか遊びに行くのか?」
「うん、ちょっと買い物に出かけてくる」
「アキバか?」
「違うよ。かがみのプレゼント買いに行くんだよ」
「ふむ。何を買いに行くんだい?」
「アクセサリーとかかな」
「そうか。こなたも女の子らしくなったんだなあ」
「……それどういう意味?」
涙を流しながら感動しているお父さんを横目に見つつ、素早くトーストを口に放り込んだ。
再びテレビに目を移すと、いつも見かける天気予報のお姉さんがニコニコと明日晴れる見込みだと告げていた。
──よしっ
心の中でガッツポーズをとる。
せっかくの誕生日なのだから、じめじめして鬱陶しい思いはしたくない。
それに今日はクッキーを焼かなければならない。
湿気はお菓子の大敵だ。
今日は早めに家を出て、なるべく早く家に帰ってこよう。
早速外に出る準備をし、未だ「娘はこんなに立派に育ったよ、かなた」
と涙ながらに呟いているお父さんに挨拶し、家を出た。


電車を何本か乗り継ぎ、アクセサリーショップが集まる一角に到着した。
今日は休日のためか、前回訪れたときよりも人が多い。
友達同士で遊びに来ている女性やカップルが多くを占めていたが、
中には親子連れで来ている人もいるようだ。
ここを訪れる人たちは基本的に身に付けている服や装飾品のセンスがいい。
自分と見比べてしまい、ため息をついた。
「……はぁ。なんか疲れるな」
普段それほど意識することはないけれど、こういう場所に一人で来ると否が応でも意識させられる。
空はこんなに晴れているのに、私の心はどんより雲がかかっていくようだ。
お目当てのリボンを買ったら、すぐに帰ることにしよう。

表通りを歩きながら、リボンを専門に取り扱うお店を探してみた。
ネット上にはそういうお店も多くあったが、通りをぐるっと探してみたところ、
どうもこのあたりには無いようだった。
仕方なくひとつひとつのお店に入って探すことにした。
リボンを取り扱うお店は多かったが、多くは赤や黄色など色が付けられていたり、
柄の付けられたもので占められていた。
ネット上で見つけたような、優しい風合いをしたリボンが中々見つからない。
すぐに見つかるかと思ったが、どうやら考えが甘かったようだ。

何度目かのお店でよく似たリボンを発見することができたが、
実際に手に取って確認すると、どうも印象が違う。
「何だかただの紐みたい」
ネット上で見つけたリボンと同じ素材を使用しているはずなのに、なぜか印象が違う。
写真と実物とで印象が違うことは知っていたが、こうも違うなんて詐欺にでもあったみたいだ。

がっかりと肩を落としながら店を出ると、もうお昼時を過ぎたのか太陽が真上に来ていた。
久しぶりに晴れ渡った空から射す日の光が今の私にはまぶしい。
「どうしよう……」
さっき見つけた印象と全然違うリボンで妥協なんかしたくない。
かといって今から違うプレゼント考えている余裕はないし、このままリボンが見つからなければ、
かがみへのプレゼントはゲーセンで取った人形だけになってしまう。
それでは私なりに重ねてきた努力が水の泡になってしまう。
余りのみじめさに涙が出そうになった。

「ゆーちゃんの言うとおりだね。ほんと大変だよ、……かがみのプレゼント選ぶのは」
太陽の照りつける中とぼとぼと道を歩いていると、いつの間にか表通りから外れ、
裏通りへと続く道を歩いていた。
日の光を受け明るく輝く表通りに比べ、ここは直接日が当たらずほの暗い。
意外なことに、表の通りから外れたこんな場所にもちらほらとお店が並んでいた。
時折お店の中から流れてくるひんやりとした空気が肌に心地よかった。
表のお店が派手な装飾で通りがかる人を呼び込んでいるのに対し、
ここにあるお店はひっそりと、控えめに佇んでいるようだった。

その中に、どこか古びた感じを与えながらも、とても落ち着いた雰囲気の小さなお店を見つけた。
ショーウィンドウから覗くことのできる店内には、家具や食器などに混じり、
古びた布のようなものが見て取れた。
興味を覚え店の近くに行くと、看板には格式の高そうな文字でこう書いてあった。

『Antique Yoshimizu』

「アンチクエ? ……ああ、アンティークって読むんだ」
店内に並べられている古い家具などから、ここがどういうお店かおおよそ判断がついた。
アンティークを扱うお店はこれまで入ったことがなかったし、これからも入ることなんて無いと思っていた。
偏見なのだろうが、どうもアンティークというと一台数百万円以上もする家具や数十万もする食器など、
いわば超レアアイテムをそろえたお金持ち御用達のお店というイメージしかなく、
まさか今日自分が入ることになるなんて思いもよらなかった。
入った瞬間モーニングに身をつつんだ執事にでも出迎えられそうだ。
「まあ、さすがに執事のセバスチャンはいないよね」

どうしよう、入ろうか、やめようか。
表通りにある若い人たちで賑わっているお店とは違い、店内には誰もいない。
すごく入りづらい雰囲気ではあったが、先ほどから店内に飾られている布地が、
まさにネットで見たものと同じような雰囲気を漂わせていて、とても気になる。
このままじっとしてても始まらない、意を決して中に入ることにした。

ドアを開けると、カランカランという涼しげな鈴の音が鳴った。
外の蒸し蒸しとした気候とは異なり、店内は空調がよくきいておりとても快適だった。
古い家に足を踏み入れたときのようなにおいがして、ここがこれまで訪れていたお店とは違うことを感じさせた。
店内を見渡すと、所狭しと家具や食器が並べられている。
それらの価値は私にはよく分からなかったが、細かい模様を施された食器や、
未だ光りを失わない金属製の食器など、見ているだけですごいものであることが伝わってきた。
何より驚いたのは、それらが私の想像していた値段よりもずいぶん安いことだった。
面白い形をした銀色のスプーンを手に取って見ていると、突然後ろから声がした。

「お嬢ちゃん、何かお探しかい?」
「のわぁ!」
危うく近くの食器を手で落としそうになってしまった。
振り返るといつの間に現れたのか、後ろにおばあさんが立っていた。
ああ、危なかった。
心臓がどきどきしている。
「あら、ごめんなさいね。大丈夫かい?」
「はぁはぁ、……大丈夫です」
どんな怪しいおばあさんかと思いよく見ると、どこにでもいそうな気さくなおばあさんだった。
私を驚かせてしまい、申し訳なさそうにしている。
「あの、ほんとに大丈夫ですから」
「そうかい、ほんとごめんね。最近めっきり訪れる人が減ってしまって、
奥に引っ込んでたところに鈴の音が鳴ったもんだから見に来たんだよ」
んーっと腰を伸ばした後、にこにこと嬉しそうに微笑んだ。
「特にお譲ちゃんみたいな若い子が来るのは珍しくてね。アンティークに興味がおありかい?」
「いえ、特にそういう訳でも……」
正直どう対応すればいいのか困る。
おばあさんは意に介した様子も無く続けていった。
「そうかい? まあ、お譲ちゃんたちには余り馴染みのない場所かもしれないね。
来る機会もあんまりないだろし、せっかくだから色々見ていっておくれ」

そう言って私が手に取っていたスプーンと同じ形をしたものを取った。
「これが何だか分かるかい?」
スプーンによく似た形をしているけど、先の窪んだ部分に花柄の穴が開いている。
「えっと、スプーン?」
私がそう答えると、ニカッと笑い答えた。
「これはティー・ストレーナーと言ってね。茶漉しだよ。紅茶の葉を漉すのに使うんだよ」
そうやってしばらく色んなアンティークについて教えてくれた。
それにしてもよく喋るおばあさんだ。
こうやって嬉しそうに説明してくれるのを見ると、本当にこの店を訪れる人が少ないのだろうか。

「私ばかり喋ってごめんね。今日は何か目的があってここに来たのかい?」
「友達のプレゼントを買うために来たんですけど、表通りのショップでは良いものが見つからなくて」
「どんなのを探してるんだい?」
「リボンを贈ろうと思ってるんですが……って、そうだ」
この店に入るきっかけになった綺麗な柄をした布のことを思い出した。
周囲を見回すと、奥の方でそれは見つかった。
「あの、奥に掛けてあるきれいな柄のついた布なんですけど」
そう言って奥にある布を指差した。
「ああ、あれかい。あれはアンティークレースと言うんだよ。
昔は西洋の貴族なんかが好んで集めていた織物で、中には数百人の職人が数年がかりで
仕上げたようなものもあるそうだよ。
さすがにそんなすごいものは置いてないけどね。
レースは時代を経るごとに貴族のものから、一般の家庭で作られるようになったんだよ。
それぞれのお家のお母さんたちが何年、何十年とかけて一生懸命編み続けた、
それはもうすごい労力をかけて作られたものさ。
そしてレースはお母さんから子供へ、子供から孫へと受け継がれていき、
それがアンティークレースとしてこの世に残っているんだよ。
それだけ思いを込めて伝えられてきたものが今も残っているのは、奇跡のようじゃないかい? 
まあ、最近は機械で織られているし、わざわざ手作りしている人なんてほとんど居ないだろうけどね」
そう言って、すこし寂しそうな表情を見せた。

「……お母さん、か」
思いもかけなかった言葉に、私は一層そのレースに惹かれた。
手に取り、その奇跡の織物をよく観察してみた。
最初は真っ白だったのだろう、生地は長い年月を経て亜麻色のように落ち着いた色合いを見せていた。
ところどころ不揃いな編み目が、実際の手作業を髣髴とさせた。
母親はどんな思いでこのレースを編んでいたんだろう?
娘の喜ぶ顔が見たくて?
家族に喜んでもらいたくて?
そんな思いで何年もの歳月をかけて、ずっと織り続けのだろうか。
手の中にあるレースはこんなに小さくて、軽いのに。
この中に込められた母親の思いはどれだけ重いんだろう。
そんなことを考え、少し切なくなった。

おばあさんは私の様子に何か感じ取ったのか、優しく話しかけてきた。
「なんならこのレースでリボンを作ってあげようかい?」
「えっ、でも、こんな貴重なものを」
「なに、手芸用の素材としてレースを買っていく人もいるから、別に変なことじゃないよ。
それに、こんな店で埃をかぶってるよりもお譲ちゃんたちに使ってもらった方が、
このレースを編んだ母親たちも喜ぶだろうさ」
「リボンなんて作れるんですか?」
「なあに、それぐらい簡単さ。こう見えてもずっと裁縫を続けてきたんだよ」
「でも、……悪いです」
「色々話を聞いてくれたお礼だよ。私がそうしたいんだから、気にしないでおくれ」
そこまで言われたら、これ以上むげに断るわけにもいかない。
おばあさんは奥にある部屋へ行き何やら裁縫道具らしきものを持って戻ってくると、早速レースを選び始めた。
「友達のプレゼントだったね?」
「はい」
「どんな子だい?」
「ツンデ……菫色の髪をツインテールに束ねてて、つり目で少し怒ったような顔してて……
でもほんとはとても優しいんです」
「とても仲良しなんだね」
「……はい」

いつもなら冗談でかわしたりかがみをからかってごまかしたりするんだけど、
真正面からそう聞かれると少し恥ずかしかった。
おばあさんは私を見てニッコリと微笑むと、数多くあるレースの中から
綺麗な花柄のあしらわれたものを取り出した。
「すぐできるからね。ちょっと待っておくれ」
慣れた手つきでレースを裁断すると、器用にレースをリボンの形に仕上げていった。
先端に細いレースを何枚も重ね合わせ、花柄模様が結び目から垂れ下がるように仕上げられている。
とてもシンプルではあるけれども気品があって、大人っぽくて、
風が通り抜けるたびに舞い上がるような爽やかなイメージのする素敵なリボンだった。

「お譲ちゃんの分も作ってあげるよ。あと、これはおまけだよ」
裁縫道具の中にあった留め具を取り出すと、余ったレースのリボンと
黒いオーガンジーを組み合わせたイヤリングを作ってくれた。
風に吹かれてひらひらと舞うその姿が、涼しさを感じさせる。
見違えるように立派に仕立てられたリボンとイヤリングを受け取り、
試しに自分の髪を結んでみた。
「よく似合ってるよ」
近くにある彫刻の施された鏡に映った自分の姿を眺めてみると、
いつもより落ち着いた雰囲気の私が映っていた。
身に付けるものによってこうも見栄えが変わることに新鮮な驚きを感じた。
素材はとても古いもののはずなのに、そうは見えないほど綺麗だった。
「喜んでもらえるかな……」
「なに、私が選んで作ったんだ、そんじょそこらで売られてる安物のアクセサリーとは訳が違う。
似合わないはず無いよ」
そう自信を込めてはっきりと言った。
「あの、こんな素敵なもの作ってもらって何て言えばいいのか、……ありがとうございます」
「なに、礼には及ばないよ。私も久しぶりに作れて楽しかったからね」
「これいくらですか?」
「いや、お代なんていらないよ。私が趣味で作ったようなものだから」
「でも、こんな貴重なものただでもらうわけには……」
「私からのプレゼントだと思っとくれ」
「でも……」
「若い子にしちゃ、律儀だね。感心したよ。でも、ほんとにお代はいいから。
こんな誰も訪れないような店に若い子が来てくれて、それに色々話ができて楽しかったよ。
むしろ私のほうが感謝したいくらいさ」
「あの、ほんとにありがとうございます」
「いいからいいから。それよりちゃんと友達にプレゼントあげとくれよ」
「はい、かがみも……友達もとても気に入ると思います」
「かがみちゃんって言うのかい。その子にも気に入ってもらえると、作ったかいがあったってもんだよ」
そう言って嬉しそうに微笑んだ。
「それじゃあ、帰るの遅くなるといけないんで、そろそろお邪魔します」
「そうかい。また近くに来たら寄っとくれ」
「はい、それじゃあ、お世話になりました」
「またね、かわいいお嬢さん」

ドアを開け外に出ると、初夏の熱気を帯びた空気が肌にまとわりついた。
日の光が建物に遮られて影を作ってはいるものの、今の季節特有の蒸し暑さから逃れることはできない。
表通りに向かって歩いてゆくと、賑やかな話し声や音楽が耳に入ってきた。

──ああ、いつも私がいた元の世界に戻ったんだ
騒がしくて、目まぐるしく過ぎ去ってゆく日常の風景。
これまでいた場所との余りのギャップに、まるで自分が違う世界に迷いこんでいたかのような錯覚を覚える。
ふと本当に自分はあのアンティークショップにいたのか不安になった。
もと来た道を振り返ると、ぽつんと佇むアンティークショップが目に入った。
薄闇の中で静まり返りながらも、その店は確かに存在していた。
ほっと息をつくと、再び私は表通りに向かって歩き始めた。



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  • 次回はかがみに渡すのかな? こなたの気持ちのこもったバースデープレゼント、かがみの反応が気になります。 -- kk (2008-07-24 22:18:07)

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