10話 for me

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「むう・・・」
「どした柊―?また体重が増えたのか?」

私はできる限り目を鋭くして日下部を睨みつける。ひっ、と小動物の様に峰岸のもとへ。
手元にある1枚の紙。健康診断表よりも、電気代請求書よりも今の私には酷な物だ。
全く情けないにもほどがある。こんな紙切れ1枚ごときに悩まされるとは。
整列した数字を、アルファベットが統率し私を寄ってたかっていじめている。
いい度胸だ。破り捨ててやろうか?そんな考えも一瞬だけ。捨てられない理由がある。

「どうしたの?柊ちゃん。良かったら相談に乗るよ?」

まるで菩薩の様な峰岸の笑顔。ああ、なんだか癒される。後ろで私を馬鹿にしたような顔の日下部が本当に馬鹿みたいだ。

「うん・・・えっとね・・・」
「かがみ様―!」

なんてタイミングが悪いんだろう。せかせかと私の近くに歩み寄る悩みの種。その名も。

「泉こなた、やりましたっ!見てください、かがみ様。9月の模試、E判定からC判定になりました!」

おぉ、と日下部、峰岸から感嘆の声。その前に私の呼び名に突っ込んでほしい。

「すごいわ泉ちゃん。目覚ましい成長ね。」
「やるじゃねーかチビッ子のくせに・・・アタシだってやれば・・・」
「ふふ、甘いなみさきち。やっているとやればには天と地ほどの差があるのだよ。」

今度は私が感嘆する番。こいつからこんな言葉が出るとは。
今までのこなたから出た言葉なら驚かない。むしろ溜息をつきながら突っ込みを入れる。
だけど今、この私たちが悩みながら生きる現実にいるこなたの口から出ているから私は突っ込まない。
本当にこいつは、泉こなたは力強く歩いている。迷わず、立ち止まらず。

「・・・様?」

背が伸びた、体重が増えた、筋肉がついた。そんなレベルの成長じゃない。
猛勉強を始めて成績が伸びたのは勿論だけど、そういう意味での成長でもない。

「・・みん?」

強いて言うなら人として成長した、そんな感じだと思う。

「うりゃー!くらえかがみん!」
「ひゃあっ!こ、こら!どこ触ってんのよ!?」
「・・・かがみ様ったら私が傍にいるのに他の人のこと考えていらっしゃるんだもの。」

前言撤回したくなる。やはりこのバカは根本的には変わってない。断言できる。
ざわざわと賑やかになる教室。勿論話のネタはこなたが原因なわけで。

「そ、そんな関係だったのか・・・柊ぃ・・・」
「恋愛の形は様々よ?みさちゃん一緒に応援しよ?」
「ち、違うわよ!!このバカ!あんたもなんか言いなさいよ!!」

こんな毎日、こんな日常。普通の人から見たらどうなんでしょうか?
私?私の答えは簡単。楽しいに決まっている。慣れても慣れない楽しさ。そんな感覚。
でもそんな単純に世界は回ってないんだよね。
そんな哲学者みたいなことを、笑っているこなたを見ながら考えていた。


☆☆☆☆


ザワザワと賑やかな夕暮れ時の喧噪。道行く人々の足音。ざわつく私の心。
それらとは対照的な空。紅色に染まり、幻想的で、穏やかな光景。
目を閉じてみると分かる秋の空気。少し冷たくて、澄んでいて。
溶けてしまいたい。この空に、この空気に。でもそんな事は不可能。不可能だから願うのかもしれない。
ドン。不意に鈍い衝撃を受け、私の体は地面に崩れる。

「いたっ・・・」

私にぶつかったスーツ姿の男性は私を気にかけることもなく、歩き去ってゆく。
アパートまでの帰り道に通るこの商店街。行きかう人々は数知れず。ボーっとしていた私が悪かった。でも。

「何よもう・・・謝るくらい、してもいいじゃない・・・」

ふと思う。あのサラリーマンにとって、私は、柊かがみはこの行きかう人々の何分の1なのだろう。
出会ってきた、関わってきた人の何分の1なのだろう。
商店街をみる。美しく紅。でもどこか無機質で、どこか機械的で。それを感じさせるのはきっと数え切れないほどの人々だ。
少し、酔った。すれ違う、溢れる人々とちっぽけな自分を意識したからだろうな。
深呼吸をした。そしてまた私はアパートへ歩き出す。無機質な、機械的な世界に溶けてゆく。

「もしもし・・・はい・・・・」
「あはははは!マジでー!?」
「でさ、あいつがうざくってさー・・・」

拒みたくても入ってくる音。この世界を奏でるこの音が、私の思いを加速させる。

「あーもう・・・やだ・・・」

どうしてこんなにちっぽけなんだろう。足掻いても足掻いても、ちっぽけな私。
鞄から1枚の紙切れを出す。数字とアルファベットの羅列。私に悩みを植え付けたモノ。
7、8、9月と変わらない、むしろ下がり気味の数値。救いなのはかろうじて維持しているBの文字。
努力しても形にならない私に、私は憤りを感じていた。こんなちっぽけな数値と文字達に振り回され、自分を見失いそうな私に、怒りを感じていた。
でも、私自身に感じる感情と同じ、それ以上の何かを感じていた。よく自分でも分からない何かを。
ふと気がつくとあの世界から外れた見慣れた私のアパート。夕焼けに映えていた。
荒波立てていた私の心が落ち着いてゆく。不思議だ。いや単純だ私は。
コツコツと階段を昇りながら想像する。
『やふーかがみん、あそぼーよー!』
『このアニメ見てよー。すごく面白いからさ。』
ふふ。自然に笑みがこぼれる。全くあいつは。そんな事を考えながら、ドアを開ける。

「ただい・・・」

ああ、そうか。机に向かっているこなたを見て、何かが分かった気がする。
それは切なさ。いつかこなたが。

「あ、おかえりかがみ。今丁度休憩にしようと思ってたんだ。」

こなたがどこかに行ってしまいそうで。
私が行けないような高みに行ってしまいそうで。


☆☆☆☆

決して今までこなたを卑下して見ていたわけじゃない。ただ強く思い込んでいただけ。
人間が、雪は白いものだと、空は蒼いものだと、海は青いものだと信じている様なもの。
でもそれらは何故そう思われているのか、と考え込んでみる。
解答。それはそう見えるからである。己の目で見たものを己の脳に刻みつけ、確信しているからなのだ。
でも真実は?目で見えるものが全てなら、食の偽造やら、汚職行為やらなんて問題にすら上がらないよね。
もしかしたら真実は真逆だったり。雪は黒で、空は紅で、海は赤色かもしれない。
そんなことありえないよ。そんな事が言えるやつは私がその考えを正してやりたい。
出来ることなら2か月のこなたと、今のこなたを見せてやりたい。そんでもって目が飛び出るという古典的なリアクションを見せて欲しい。
      • 決してこなたを卑下しているわけではない。ううん、むしろ尊敬すらしている。
だからこそ、今の私は私じゃないんだ。

「・・・はあ・・・」

目の前にいるしょぼくれた私が霞んでゆく。そして完全に見えなくなる。
ずっと、対等でいたと思っていた。私の唯一、こなたを補っていけるものが勉強。
2年前、同居する時、私は互いに足りないものを補って生活しようと言った。
でも補ってもらっていたのは、私ばっかりだった。
こなたは掃除も、洗濯も、料理も何でもできた。唯一の弱点が早起きと勉強だけ。
実際にはもっと弱点があるはず。でも私には眩しすぎて、粗探しする程、目が開けられなかった。

「・・・ふう・・・」

口から出た温かいため息のせいで、またしょぼくれた私が顔を出した。
今の私は全然眩しくない。ボロボロと砂山が削れるように、私が崩れてゆく。

『かがみ、私と一緒に住んでくれて、傍にいてくれてありがとう』

この世がもっと単純だったらいいのに。そんな下らないことを考える。
この言葉は、真実なのだろうか。
馬鹿みたいだ。大切な、無くしたくない人の言葉を疑うなんて。

「・・・もう・・・」

ばしゃ、と勢いよく水を目の前に映るしょぼくれた私にかける。すると。

「かがみ、お背中流しに参りました。」

そう。何を隠そう此処はお風呂場。風呂場で悩みこむ私ははたから見たら滑稽だろうな。
鏡に映った私も、そしてわけのわからないセリフを吐く悩みの種ももちろん、裸なわけで。

「・・・どこから突っ込めばいい?」
「んー私がスク水じゃないところからかな?」


☆☆☆☆

「いやね、かがみ疲れてそうだからさ。それに裸の付き合いも大事だよ?」
「だからってさー・・・は、恥ずかしいわよ・・・ってどこ触ってんのよ!?」
「手が滑った。」
「真顔でいうな!てゆうかそんなお約束いらんわ!」

実際、こんな状況になるなんて微塵も思っておりませんでした。さすがこなたさん。
驚きと呆れのあまり、小馬鹿にする言葉すら出ません。

「ったくもー・・・」
「まぁよいではないか。はっはっはー。」

はっはっはー、じゃない。こっちは死ぬほど恥ずかしい。

「それにしてもかがみの胸は結構あ・・・」
「う、うるさーい!!それ以上言うと・・・」
「それ以上言うと?」
「っ・・・さ、さっさと出ちゃうわよ・・・」
「・・・」
「な、何よ!?」
「・・・素で可愛いなかがみん・・・ずーるーいー!」
「うううるさぁーい!」

駄々っ子のような、甘える子供のようなこなたの表情。なにかが溶けてゆくような感覚。
やっぱり、補ってもらっているのは、依存しているのは私の方だ。
助けていたつもりがいつの間にか、助けられていて。
必要とされたかったのがいつの間にか、必要としていて。
隣にいたつもりが、いつの間にか、遠くにいて。
きっと、勉強も私に教えてもらう必要もなくなるだろうな。勿論、私がまだ眠そうなこなたを起こす必要もなくなる。
そしたら、もう、ここに私の居場所は無くなる。こなたの隣は私の特等席じゃなくなる。
もっと凄い女の子かな。もしかしたらカッコイイ男の人かも。


「くらえかがみ!」
「ひゃっ!ははは・・・くすぐったいよ、ん・・あははは!」


ここがお風呂でよかった。こなたとじゃれ合えていてよかった。涙が、ばれないから。


「ね、かがみ?」
「・・・ん?何、こなた?」

最初見たときは、私の涙のせいで幻覚が見えたのかと思った。
何度か瞬きをして、これは幻覚でも何でもない、現実、真実なんだと分かった。

「ありがとね、かがみ。」

こなたの目の端には、涙があった。


☆☆☆☆


「かがみのおかげで、私は・・・なんていうか、成長できた、と思う。
もし2年前、同居しよってかがみが誘ってくれなかったら、今の私はないよ。
ここまで、勉強を頑張ろうなんて思わなかったし。」

世の中がもっと単純ならいいのに。こなたの言葉が理解しにくい。
頭の中になにかノイズがかかっているみたい。大切なこと、伝えてくれているのに。でも。

「今は、アニメよりも、ゲームよりも、一人の時間よりも、大切なものがある。
無くしたくなくて、必要で、隣にいてほしい存在があるんだ。
そんなことも胸を張って言えるよ。ちょっとエロゲの主人公みたいだけど。」

何だろうこの感覚。不思議だ。頭がぼーっとする。湯あたりではない。
こなたの言葉を理解できない。でも、こなたの意思は理解できる。本当に不思議だ。

「ね、かがみ、2回目はないからよく聞いてね。」

もう分かる。言わなくても分かるよ。
もしかしたら、私は空になっているのかもしれない。
水蒸気、酸素、二酸化炭素、命、想いが溶けるあの空に。
なりたいと思えるからなれるのかもしれない。単純だなこの世界は。
だったら、なりたいものがあるんだ。空よりもなりたいものがあるんだ。

「――――。」

私は戻ってゆく。空から複雑で、混沌として、難しい人間に。
こなたは笑ってる。無邪気で、凛としていて、少し恥ずかしそうな美しい笑顔。さっきの涙は水滴だったのかな?ううん。いまはそんなこと、どうでもいい。
目の前にある笑顔が全てだから。この瞬間、人間でよかったと思ったんだ。
やっぱり人間はちっぽけじゃない。だって。
こんなに笑顔が美しいから。たった60憶分の1でも美しい輝きだから。
笑顔一つで、崩れかけた人間を救えるから。
大したことない日常でも、他人を強くさせられるから。

「湯冷めする前にでようか、かがみ。」
「そだね。」
「んーお風呂っていいね。」
「めんどくさがりが何をいうか。」
「かがみの裸が見れ・・・」
「もういい・・・」

ふと鏡が目に入った。かがみには自分でもビックリするような綺麗な自分。
私はなりたい。雨に負けても、風にも負けても、数字の羅列に挫けてもいい。
ただ、こなたの隣にいれるような人間になりたい。そしてこなたと同じ言葉を言いたい。

『無くしたくなくて、必要で、隣にいてほしい存在がある。それが貴女。
これからもずっと一緒にいてください。ずっと、ずっと。』

そのために、今は試験と戦おう。柊かがみ。頑張ります。まっすぐひたすらに。




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  • 支え合い助け合ってこそ「人」というモノなんでしょうね。
    ましてや相思相愛な二人ですもの。
    不安も苦しみも一人では背負いきれなくても2人なら半分づつ持ち合えばいい。
    急ぐ必要も焦る必要もないでしょう。
    こなたもかがみも例え相手を追いこしてもまた再び列び合える様にお互いを待ち続けることが出来るのですから。
    良作を有り難う御座いました。 -- こなかがは正義ッ (2009-04-14 02:10:12)
  • 正にスバラシキセカイ!GJ!
    これを第二期として放送して欲しいわー -- 名無しさん (2009-04-12 07:47:15)
  • ひだまりと、らき☆すたを足した感じですね -- 名無しさん (2008-12-24 23:08:01)
  • こなたとかがみの感情がうまく表現されていて素晴らしかったです。
    続き気になりますww -- 名無しさん (2008-10-21 00:57:24)
  • 頑張れかがみ、あと一歩で大人だよ。
    柄にもなく、そんな事を思ってしまった。

    それにしても表現捻りに捻るよなぁ。そこだけチト気になった。
    最近の流行かな? -- 名無しさん (2008-07-15 22:08:21)
  • 挫折しているかがみがこなたによってまた立ち上がるこの
    一連の描写には、とても引き込まれるものがありました。
    本当にすばらしいです。 -- 名無しさん (2008-07-14 01:27:04)

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