無題(H1-349)

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――死んだ人間は、お星様になるんだよ。
そう言ったのは、誰だっただろう。

黄昏が差し込む黄金色の世界。整然と並んだ机。消し忘れの黒板。開け放たれた窓……その世界の中心で私と向かい合いながら、小さな、あの子は、こう言った。
――ねえ、キス、しない?

「「じゃーんけんぽんっ!」」
「やたっ!私の勝ち」
「あ~、負けたか」
「んじゃ、ココからスタートね。かがみ、動いちゃだめだからね? ……チ・ヨ・コ・レ・イ・ト」
そう言って、小柄な体躯からは考えられないほど大きく、あの子は跳ねる。
揺れる蒼い髪。華奢な肩からは、さっき言ったことについては、何も感じられない。たった数十分前の出来事だったのに、もう忘れてしまったかのようだ。
「ほら、かがみ~、次行くよ~」
拳を握った腕を、大きく振り回す。無邪気にさえ見えるその笑顔からは何も窺い知ることは出来ない。
私は、応えて手を挙げながら、ふと、空を仰いだ。
夏の夕暮れは、長い。それでも、夜の気配は、確かに近づいてきている。
紅く、蒼く、染まった夕焼けの空を透かして、微かに天の川が見えた。


放課後の教室。誰もいなくなって、もうすぐ下校時間にも迫ろうという中で、私は、こなたに勉強を教えていた。
机を挟んで向かい合って。真剣にノートを取って。ペンが紙を撫でるカリカリ、と言う音だけが静かに響き渡るその中で、
「放課後に2人きりで学校に居残ってテスト勉強って、まるでギャルゲのシチュエーションみたいだよね」
ふと、こなたがポツリと漏らした。
「またアンタは、そんなこと言って……」
いつもの軽口だと思って諌めようとした私の言葉を聞いているのかいないのか、こなたは、どこか茫洋とした口調で、独白のように続ける。
「それもクライマックス。告白シーンで、1枚絵になるようなシチュじゃないかな」
そう言って、ノートから、顔を上げたこなた。でも、私はノートに集中していて、その顔を見てはいなかった。
「……ずっと前から好きだった」
何かのゲームの台詞だろう。そう思って聞き流した。こなたも、私が聞いているとは思っていないのか、詠うように台詞を続ける。
「いつも一緒にいてくれるところとか、私のわがままを聞いてくれるところとか、宿題を見せてくれるところとか……」
軽い、違和感を感じた。こなたは、何を言っているのだろう?誰のことを、言っているのだろう?
「朝、おはようって言ってくれるところとか、ダイエットの結果に一喜一憂する所とか、ラノベが好きなところとか……」
ハッとした。これって、まさか……?
「色んな所を全部ひっくるめて、かがみのことが、好き」
思わず、顔を上げた。すると、ニヨニヨとした猫口に視線がぶつかった。
「……って言ったりするシチュエーションだよね」
なんだ。軽い落胆を覚えて再び視線をノートに落とした。少し、鼓動が早まっている。何でだろう? 何で落胆を覚えたのだろう?
少し引っ掛るものを感じながら、それでも、もう一度、ノートに集中しようとした。そこに、追い討ちをかけるようにこなたの声が降って来た。
「告白の後は、キスしたり、するのかな」
「……ふぅ。さあね」
もう集中できそうにない。こなたも、勉強に集中してる感じでもないし。
片づけを始めようと席を立った。腕を掴まれて、つんのめった。倒れる直前、グイ、と力強く引っ張られた。
目の前にこなたの顔が、あった。碧色の視線に、捕まった。
そして、あの子は、言った。
――ねえ、キス、しない?


「かがみ、今日は勉強教えてくれて、ありがとね」
気が付くと、そこはもうこなたの家で。
日も流石にもう沈んで、その残滓を残しつつも辺りは星の光が支配する、闇の世界へ転じていた。
「期末近いからね、助かったよ」
そういうこなたの顔は、やっぱりどこか茫洋としていて、碧の瞳も私を捕らえた時のような力強さはなかった。
「こんなに遅くまで、本当にありがとう」
そう言って視線を少し上げたこなた。それにつられて、私も上を……空を見る。
「今日は珍しいよね。こんなに星が見えるなんて」
瞬く星達は静かに、温かく、無慈悲に、こちらを見下ろしていた。


「こなたっ、アンタ……」
手を、振り解こうとした。でも、こなたは予想以上の力で、私を捕らえて離さない。
「冗談は……」
私の声が尻すぼんでいく。こなたは何も答えない。ただ、ぼんやりと、私を見上げてくるだけ。表情がその面から一切消えて、私の答えを待っていた。
「なんで……?」
私はこの時、どんな表情をしていたのだろう。困惑?不安?怒り?悲しみ?それとも、喜び?
こなたは、私のどんな表情を見たのだろう。少しだけ溜息をつくと、手を離した。
スルリ、とこなたの手が離れていく。そのことがなぜか私を余計に混乱させた。
「かがみとなら……しても良いかなって、思った」
なんで?
「好きだから」
なんで?
「……好きな人と、今繋がっておかないと、不安になる」
なんで……。
「帰ろっか。かがみ」
そう言って、こなたは微笑んだ。


私達は、暫く無言で星空を見上げた。
どのくらい、そうしていたのだろう。
「かがみも、そろそろ帰らないとね」
こなたの声で、我に還った。携帯を開くと、門限をかなり割っている時間であることが確認できた。
こなたのほうへ視線を上げる。私とこなたの間にはさっきまでの児戯で開いた距離があった。
「バイバイ、かがみ」
そう言って踵を返したこなたの姿が、一瞬、白いワンピースを身に纏った、こなたと同じくらいの身長の蒼い髪の女性と重なって見えた。
その人は、まるで星空から降りてきたかのように、こなたに、重なった。

――好きな人と、今繋がっておかないと、不安になる。

気が付くと、今度は私が、こなたの腕を取っていた。
こなたは、ほんの刹那、驚いた顔をしたが、すぐに、いつもの猫口で、人をからかってくる時の表情を作ると、
「かがみ、じゃんけんで勝ってないのに、勝手に動いたらダメだよ?」
そう言って、でも、振り解こうとはしなかった。
「今日、アンタの家に、泊まっていい?」
「いいよ」
明日がどうなるか分からないから、今、ただ、一緒にいたい。
……そう、思った。

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コメント:
  • 静かな感じがツボ -- 名無しさん (2010-08-05 14:42:10)
  • これは良い( ̄▽ ̄)
    GJ -- 名無しさん (2010-08-01 20:11:12)

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