私の目に写る景色が次々に変わっていく。
流れるように早く。私の見たことがない風景が次々と映し出される。


かたんかたん、と規則的に響く線路を走る音。今、新幹線は私を見知らぬ世界へと運んでいる。
窓から見える空はいつも見ていた空と同じ色。それなのに私は夢見心地だ。現実ではないような錯覚。
それでも、気分が高揚している。ワクワクドキドキ。まるで小学生みたい。


こなたに抱き締められながら眠ったあの日。あの日からまだ1週間しかたっていない。それなのに、すごく昔に感じるのは何故だろう?


『もしもし、柊かがみさんのお宅でしょうか?』

あの日の夜、そんな電話が私に届いた。
その声は確か。

『はい、そうですが・・あの、こなたのお父さん、ですよね?』
『覚えていてくれたんだね。こんにちは。』
『こんにちは。』
『いきなり電話してごめんね。実は、かがみちゃんに用があってね。』

おじさんは何かをためらったのだろうか?ちょっとだけ長い間があった。
その間が、すごく長く感じて不安になったのを覚えている。

『こなたの事で、話したい事があるんだ。開いている日、ないかな?忙しかったらオレが、かがみちゃんの所にいこうか?』
『いえ、私が行きます・・・こなたの家に行かせて下さい。明日、行きます。』

本当は、行くのが怖かったんだ。何を言われるか分からなくて。
でも知りたかった。おじさんが、私に何を伝えたいのか。もしかしたらこなたの事が分かるかもしれない。
昔だったら、行かなかったかもしれない。でも、私は何にすがりついてでも、したい事があった。
こなたに逢いたい。
こなたを感じたい。
その想いが私を動かした。

‐‐‐‐

約束通り、私はこなたの家に行った。何日ぶりだったんだろうか?見慣れたはずだったこなたの家も、今では懐かしく感じた。

「いらっしゃい、かがみちゃん。わざわざ来てもらって悪いね。」
「こんにちは、おじゃまします。」

何回通ったか数えられないぐらい、この家に来た。でも、この家にこなたはいない。こなたのぬくもりがない。

「今日も暑いね。麦茶欲しいかい?」
「あ、いえ結構です。それよりも・・・」

確かに暑かった。麦茶があったら一気に飲み干したくなるぐらい暑い日だった。
でも私はそんな事よりも、早くおじさんの話が聞きたかった。

「うん、そうだね。」

そう言っておじさんは私の前に座った。おじさんの顔つきは、私の知っている『こなたの気さくなお父さん』ではなかった。

「まずはお礼だね。いつもこなたと一緒にいてくれてありがとう。」
「そんな・・・私のほうが、ありがとうを言う立場です。」
「こなたがいつもかがみちゃんの話をするんだ。いつも私を助けてくれる、私を元気にしてくれる、大事な人だって。」

身体の芯が震えた。そんな風に思ってくれていたのが今の私には、嬉しくて。
同時に切なくて。

「そして昨日も、かがみちゃんの事を言っていた。」

昨日?それは、こなたが居なくなった日。私を残して居なくなった日だった。

「あいつ、改まった顔をして、好きな人ができた、一生傍にいたい人ができた、って言っていたよ。」

頭が真っ白になるって事を初めて体験した。
好きな人?
一生傍にいたい人?
疑問だけが頭の中を走り回っていた。

「こなたは今、分岐点にいる。こなたは一生懸命もがいている。だから親としてオレは、こなたにちょっとだけ力を貸してあげたい。」

現実を整理しようと努力しても、どんどん複雑に絡み合うだけだった。
そして次のおじさんの言葉は、簡単に見えて、すごく複雑なものだった。

「率直に聞くよ。かがみちゃん、君は、こなたをどう思っているんだい?」


‐‐‐‐

どう思っている?
そう聞かれたら、答えは一つしかない。自分の想いを話せば良いだけ。
なのに、口が動かなかった。声が出なかった。

「同性愛。百合。そんなモノは現実では受け入れられない。それが普通なんだ。」

そう、私の想いは異端。現実では拒絶されるもの。
とっくの昔に分かっていた。分かっていたはずなのにおじさんの言葉は鋭い刃となって私に突き刺さった。

「正直に言おう。オレは賛成できない。こなたを異端にさせたくない。」

当たり前だ。おじさんにとってこなたは家族。かけがえのない、家族。
死んでしまった、こなたのお母さんが生きていた証。
それを私が、異端にすることは許されるのだろうか?

「・・・それでも君は、こなたを愛せるか?」

許されない。許されるはずもない。でも、私は?
私は、譲れる?こなたを諦めて納得できる?周りのみんなが幸せならいい?こなたが幸せなら、いい?


違う。嫌だ。
私は1度こなたを手放した。この上ない哀しみと後悔を味わった。もう2度と、あんな思いはしたくない。


私はエゴイスト。
この時、私は自分自身の甘さを捨てた。誰も哀しませたくない。そんな事は無理だから。
誰かを哀しませないと、私達は幸せになれないんだ。
だから、哀しませた人の哀しみを背負いながら、私は生きていこう。
もう、迷わない。

「・・・おじさんや、亡くなられたおばさんに、なんて言ったら良いか分かりません。ですが・・・」

すれ違って。傷ついて、傷つけて。泣いて、泣かせて。哀しんで、哀しませて。
でもそれが、幸せの道しるべ。先に光がなくても、目の前が棘の道でも、こなたが、私たちが幸せになれるなら。

「私はこなたを愛しています。本当に申し訳なく思っています・・・でも、この想いは譲れないんです。」

胸が痛い。きっとおじさんとおばさんの哀しみ。私は、この痛みを忘れないで生きていく。
ごめんなさい、おじさん、おばさん。


‐‐‐‐

「・・・その言葉を聞きたかった。」

おじさんの表情が変わっていった。でもどんな表情かは言い表わせない。
哀しみ。喜び。安堵。混沌とした表情。

「こなたの親としてのオレは、誰よりもこなたの幸せを願っている。例え、幸せが現実に受け入れられないものでも。」

この言葉は、こなたの親としてのおじさんの言葉だった。
私の想いと似ているようで、似ていないこなたへの想い。

「オレとこなたの間には絆がある。オレとこなただけのつながりがある。」

絆。

「それと同じように、こなたとかがみちゃんの間にも、絆がある。オレとこなたにはない、こなたとかがみちゃんだけの、かけがえのない絆だ。」

かけがえのない絆。

「オレはそれに賭けてみたい。かがみちゃんにしか、こなたにしてあげられない事があるとオレは信じている。」

私にしか、できない事。

「かがみちゃんなら、こなたを幸せにしてくれると信じてる。」

幸せ。

「かがみちゃん、こなたを、幸せにしてやってくれないか?」

私達は、たくさんの人に大切にされて、たくさんの人との絆があって、今を生きているんだ。
哀しみだけじゃない。たくさんの人の優しい想いも、大切にしまっておこう。

「・・・はい。約束、します。絶対にこなたを、幸せにします。」

おじさんは私を見てにこっと微笑む。笑った顔が、こなたにそっくりだった。

「かがみちゃんにこれを・・・」

差し出された一つの封筒。何の変哲もない、ただの封筒。

「家に帰ったら、中身を見て欲しい。あともう1つお願いがあるんだ。」
「なんですか?」
「封筒には、こなたの居場所を書いておいた。あいつ、出かけてくるって言って、自分の行く場所だけを教えて飛び出したからな。こなたに逢いたいんだろ?」

おじさんはウイングをしておどけて見せた。
これを開ければ、こなたの居場所が分かる。こなたに、逢えるんだ。

「かがみちゃん、こなたを追い掛ける前に、家族と向き合って欲しい。これがオレからのお願いだ。」


‐‐‐‐

封筒の中には1枚の紙と、偉人が描かれた紙が数枚入っていた。
紙に印してあるのは、本州の北部、東北地方のとある県の地名。そして民宿らしい名前と電話番号。そこまで行くための新幹線、電車、バスなど事細かに書いてあった。
そして、紙切れの端には。

『お金は幸せへの投資』

と書いてあった。
つい吹いてしまった。こなたのお父さんなんだなって思った。ありがとうございます。

「お姉ちゃん・・・」

お姉ちゃんと声がしたところを見るとつかさが立っていた。

「どうしたの?つかさ?」

そういい終わるか終わらないかのうちに、つかさが私を抱き締めていた。

「・・・つかさ?」
「お姉ちゃん頑張ってね・・・絶対こなちゃんと一緒に帰ってきてね。」

驚いた。何故つかさが知っているのだろう?

「なんで知ってるの?」
「こなちゃんから電話がきてね、私、ちょっと出かけるから、しばらくつかさに逢えなくなる。ごめんね。元気でね。あとその間、私の嫁をよろしくって。」

おい。どこからつっこめば良いのだろう。
でも、こなたが、つかさにそんな事を頼んでいたのを知ったら、頬がゆるんだ。

「お姉ちゃんは、こなちゃんの事、追っ掛けるんでしょ?」

ああ、成る程。部屋に散らばる衣服を見てそう思ったのだろう。
つかさの声がだんだん震えてきた。私を抱き締める力も強くなる。

「だから・・・二人で帰ってきてね・・・絶対だからね。そしたら、またみんなで遊びにいこう?」
「うん、約束する。大丈夫。私は、あんたのお姉ちゃんだから。」
「うん、信じてる。頑張れお姉ちゃん。」

ここにも絆。
こうやって他人と触れ合ってる時、人間って温かいって思う。哀しみだけじゃないんだなって思う。
ありがとう、つかさ。私の妹。私とつかさにしかない絆が、私に力をくれてる。
頑張ってくるよ。


‐‐‐‐

「お父さん、お母さん・・・ちょっといい?」
「どうしたの、かがみ?」

茶の間にいたお父さんとお母さん。
勇気を、出して。

「お父さん、お母さん、私・・・好きな人ができました。」

心臓が飛び出そう。恥ずかしさからなのか、不安からなのか、身体から汗がにじみ出てきた。

「でも、それは・・・現実では受け入れられないものです。」

お父さんとお母さんの視線が痛い。でも、私は迷わない。

「分かっていても、止められないんです・・・」

19年間、私を育ててくれたお父さん、お母さん。大切にしてくれたお父さん、お母さん。

「一生、その人の傍にいたいんです。」

いつも私を想ってくれるお父さん、お母さん。私を愛してくれるお父さん、お母さん。
ありがとう。そしてごめんなさい。

「私は・・・その人を愛しています。その人を愛すことを、許してください。」

お父さん、お母さんの顔が見れない。しばらくして沈黙を破ったのはお父さん。

「かがみ、いい子に育ったな。」
「え・・・?」

お父さんとお母さんを見ると、笑っていた。でもいつもより凛とした笑顔。

「父さんは、かがみには、かがみの正しいと思った事をして欲しい。」
「愛しているものを素直に愛してると言うには勇気がいるわ。でもかがみは、迷わずに、愛してると言ったね。母さんはそれが嬉しいわ。」
「覚えていなさい。現実がかがみの敵になっても、父さんと、母さんはずっとかがみの味方だ。」

唇が震える。肩が震える。寒さじゃない。温かくて、本当に絆って温かいんだなって思った。

「お父さんっ!お母さんっ!」

私は二人に抱きついた。年甲斐もなく、まるで子供のように。涙を流しながら、温かさを感じた。

「かがみ、頑張りなさい。貴女が幸せなら母さんは何もいらない・・・」
「もし、負けそうになったら、戻っておいで。ここもかがみの居場所だからな。」

また一つ。しまうものが増えた。ありがとう、お父さん、お母さん。大好き。
行ってきます。


皆とのつながりで、今私はここにいる。新幹線に揺られながら、空を見る。
こなた。
今行くよ。もう一度、今度は『友達』じゃなく『特別』な絆を結ぼう。



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