紫陽花色に光る雨

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「あ、雨だ」

ぽつんと鼻先に冷たい雫を感じる。
空を見上げると、鈍い光を受けた雨が線となって降り注いでいた。
あともうすこしで家に着くというのに。
徐々に強くなる雨が私の髪を濡らしてゆく。
腰まで届く蒼い髪が雨を含み、体にまとわりついた。
「むぅ、嫌な季節になったねえ」


『紫陽花色に光る雨』


6月も半ばを過ぎ、梅雨の季節を迎えていた。
連日降り続く雨のせいで、空は一面暗い雲に覆われている。
どこまでも続いてゆく暗い雲は、私の心まで覆ってしまいそうだ。
ずっと青空が見られないのは寂しい。
気分までどんよりとなりそうになったが、雨もたまにはいいことをしてくれる。
「今日は録画の時間変更しなくてもいいかな」
野球が中止になるからだ。

「かがみが横にいれば一緒に入れてもらうんだけど」
今、傘に入れてくれそうな人は横にいない。
かがみ達とはさっき駅で別れたところだ。
どうして別れた後で降り出すんだろう。
どうせなら、一緒にいるときに降ってくれればいいのに。
「何で傘持って来ないの、なんてまた怒られそうだけどね」
いつ雨が降り出すか分からない今の季節には、折りたたみ傘を持ち歩くのが当然なのかもしれない。
でも、かばんが膨らむので中には入れたくない。
折りたたむのが面倒くさいという理由もある。
手は濡れるし、一本一本骨を折りたたむ作業が大変だ。
誰かボタンひとつで簡単に折りたためる傘を開発してくれればいいのにといつも思う。

突然雨が強くなった。
愚痴を言っている暇は無さそうだ。
雨が制服に染み込み、徐々に体温を奪ってゆく。
衣替えも既に終え半袖の薄着ということもあり、肌寒さに身震いした。
6月に入り気温が上がったとはいえ、雨の日は急に涼しくなることもある。
「急がないと」
自慢の俊足で家を目指す。
一人雨に打たれながら走る自分の姿が、水溜りに映る。
──こんなとき側にいてくれたら
一抹の寂しさを感じながらも、これ以上濡れてしまわないよう先を急いだ。

★☆

昨日から降り続く雨が、今朝も駅舎を濡らしていた。
いつものように駅前で待ち合わせをしながら、止まない雨をじっと見つめていた。

「おーっす、こなた」
「こなちゃん、おはよう」
ざあざあと降り続く雨の音が頭の中で反響している。
かがみ達の声が、どこか遠くから聞こえてくるようだ。

「おーい、こなた?」
「……ああ、おはよう、かがみ、つかさ」
「元気ないわね。どうしたのよ?」
「ん、ちょっとね」
怪訝な表情でかがみは私の顔を覗き込んできた。
「ん、何?」
「ちょっとごめん」
そう言うと私の額に手を当てた。
ひんやりとしたかがみの手が心地よい。
「うわ、これは熱あるわね。ボーっとしてるから熱でもあるんじゃないかと思ったけど、その通りみたい」
「こなちゃん、大丈夫? 苦しくない?」
つかさが心配そうに身を乗り出した。
「これぐらい大丈夫だって。昨日ちょっと雨に濡れただけだから」
「苦しくなったら言ってね」
「うん。つかさは優しい娘だねえ」
そう言ってつかさの頭を撫でると、恥ずかしそうに笑った。
「まったく。雨の中ではしゃいでたんじゃないでしょうね?」
「むっ、双子なのにどうして姉の方はこうもがさつなのかねぇ?」
「悪かったわね、どうせ私はがさつで優しくないですよ」
頬を膨らませながら、そっぽを向いてしまった。
──ちょっと言い過ぎたかな?
腕を組みながら横を向いているかがみの様子を窺っていると目が合った。
「むふふ、心配してない素振りを見せながらも、さりげなく横目で私の体調気にしてるかがみ萌え」
「う、うるさい! 冗談言う元気あるんなら、さっさと行くわよ」
そう言うとかがみは先を歩き出した。
「あ~、待って、かがみ様~」
「様は止めんか」
私に気をつかってくれているのか、ゆっくりと歩いてくれている。
心配そうに後ろを振り返っては私のことを見てくれた。
時折目が合うとごまかすように前を向く。
そんな不器用なかがみの心遣いがとてもうれしかった。


「──じゃあこの問題を、泉」
お昼も近い4時間目の授業を、ボーっとする頭で聞いていた。
どこかで私の名前が呼ばれた気がする。
「泉、おーい、泉、寝てんのか?」
耳元ではっきりとした声が聞こえると同時に、頭にゴスンと衝撃が走った。
「おおお、これが病人に対する仕打ちですか?」
「何や、いつもみたいに寝てんのかと思たけど、ほんまにしんどいんか?」
「ちょっとしんどいかも」
「昼までもちそうか?」
時計に目をやると、授業が終わるまでまだ30分以上あった。
授業が始まってからずいぶん長い時間経ったと思ったが、まだ20分しか経っていないことに驚いた。
このまま30分以上座り続けるのはさすがにきつい。
「うう、無理そうです」
そう言ってまたぺたんと机の上に顔を乗せた。
「あんまり無理しーなや。どうする、保健室行くか?」
「そうさせてもらいます」
「一人で大丈夫か?」
「まあ、なんとか」
「保健室の場所分かるか?」
「……大丈夫です」
思わずツッコミそうになったが、その元気も無い。
これも先生なりの気の使い方なのだろう。
確かに以前の私は保健室に縁が無く場所を忘れていた時期もあった。
しかし、ゆーちゃんがよく利用するようになってからというもの、自然と覚えてしまっていた。

机の上の教科書をまとめ席を立つと、不意につかさが立ち上がった
「先生、私保健室まで付き添います」
普段のおっとりした様子とは異なり、はっきりとそう告げていた。
「ああ、そうやな。途中で倒れたらあかんからな。ほんなら頼むわ」
先生の了承を得ると、早速つかさが私の側まで来る。
「あんまり無理しないでね」
「うん、ありがと」
みゆきさんも心配そうな目を向けてくれている。
普段余り意識することはなかったけど、こうやって心配してくれる友達がいることに胸が熱くなった。
これ以上無用な心配はかけたくなかったので、大丈夫だとみゆきさんに手を振った後一緒に教室を出た。


「じゃあ、ゆっくり休んでね」
「うん。一緒に来てくれてありがとう」
「お姉ちゃんには、またあとで言っておくから」
「私と一緒にお昼ごはん食べられないからって寂しがらないように言っておいてね」
「えへへ」
そう笑い、つかさは保健室を後にした。
最後に見せた謎の笑顔が気になったが、今は何も考えずゆっくり休もう。
体の力を抜き、倒れるようにベッドに横になる。
自分の部屋とは違い、消毒薬のにおいが漂っている。
ベッドも真っ白で清潔だ。
火照った体で横になりながら、窓の外を眺めた。

朝から降り続く雨は、一向に止む気配を見せない。
一日中雨に降られたグラウンドには、大きな水溜りが出来ていた。
こんな雨の日に外で体育の授業を受ける生徒はいない。
誰一人いないグラウンドは、まるで生き物が活動を停止したように静まり返っている。
小さな花壇に咲く草花だけが、潤いに満たされ青々としたその姿を見せつけていた。

そのとき、ふと目の端に鮮やかな紫が映った。
もう一度その方向に目を向けると、紫陽花だった。
雨に打たれた紫陽花は蒼とも紫とも取れない色を見せている。
雨露をたっぷりと含み、ますます鮮やかになってゆく色がとてもきれいだ。
雨で霞む景色の中、まるでそこだけが輝いているようだった。

つかさが去ったあと、この部屋には誰もいない。
保健のふゆき先生も、用事で席をはずしている。
今自分の置かれている状況を思うと、急に寂しくなってきた。
しとしとと降り続く雨の中、一人だけこの学校に取り残されたような感覚に襲われる。
「かがみ……」
今は側にいない人の名を呼んでみる。
紫陽花の中に、かがみの姿が思い浮かんだ。
笑った顔、怒った顔、今朝私に見せてくれた心配そうな顔……
様々な表情が浮かんでは消えてゆく。
でも、どの顔も私を見守ってくれていた。
腕に抱かれたような安らぎを覚え、そのまま目を閉じた。



──……
苦しくない?
うん、大丈夫
寒くない?
うん、かがみが一緒にいてくれるから
ずっとそばにいるからね
かがみ……
……──

耳元で聞こえる物音に、私は目を覚ました。
「あっ、起こしちゃったようね」
「……うぅん、かがみ?」
「よっ、気分はどう?」
未だボーっとする頭をもたげると、かがみがベッドの脇に座っていた。
なんだかずいぶん恥ずかしくなるような夢を見ていた気がする。
「顔が真っ赤ね。まだずいぶん熱があるのかしら?」
「……それは熱とは関係ないと思うよ」
「?」
「何でもない。今休み時間?」
「そう。お昼休みよ」
「お昼ご飯は?」
「みゆき達と一緒に食べた。あんたまだでしょ?」
「うん。寝てたみたいだから」
「ほんとよく寝てたわ。よっぽど疲れたみたいに」
「見てたの?」
「えっ、いや、ずっとって訳じゃないけど」
気まずいのか明後日の方向を向いた。
「寝てる人の顔を見るなんて、かがみのエッチ」
「なっ、……何がエッチよ。だいたい同じ性別なのに」
顔を真っ赤にしながら、もじもじしているかがみがおかしかった。
「そ、それにあんたが呼んだんでしょ?」
「私が?」
呼んだ覚えは全く無い。
もしかしてうわごとでかがみの名を呟いてたんだろうか。
そうだとするとかなり恥ずかしい。
「あ、あんたが寂しそうにしてるって聞いたから」
「誰に?」
「つかさ」
つかさ、なんという味な真似を。
「と、とにかく、ずっと寝顔見てて悪かったわね」
「ううん。別に気にしてないから。私もからかったりしてごめんね。私のこと心配して見に来てくれたのに」
「まあそうだけど。今日はずいぶん素直なのね。熱のせいかしら?」
「むぅ、せっかく素直に謝ってるのに」
「ふふっ、ごめんね。あんまりあんたがしおらしいから、つい。いつもこうだったらいいのにね」
「ふん、どうせ素直じゃないもん」
「そうやってふくれないの。ほら、お弁当持ってきてあげたから」
そう言ってかがみお手製だろうか、お弁当を差し出してきた。

「食欲はある?」
「うん、ちょっとだけなら」
「少しでもあるなら、ちゃんと食べなさい。チョココロネばっかり食べてちゃだめよ。少しでも栄養あるもの食べないと」
焼き魚と野菜という、質素ながらも栄養バランスの良さそうなお弁当だった。
「かがみが作ったの?」
「そうよ。味に関しては自信ないけど、栄養はあると思うわ。私の余った分で悪いけど、何も食べないよりはましでしょ?」
私のために自分のお弁当を少し残してくれたんだ。
そう思うと、胸から熱いものがこみ上げてきた。
それをごまかすように、私は口をあーんと大きく開けた。
「えっ、何?」
「あれ、かがみが食べさせてくれるんじゃないの?」
「ば、ばか。そんな恥ずかしいことできるか」
「でも誰もいないよ?」
「誰もいなくたって、恥ずかしいのは恥ずかしいのよ。それにあんた手は動かせるでしょ?」
どうしても食べさせてくれないみたいなので、少し芝居を打つことにした。
「どうせかがみは私なんかに食べさせてくれませんよ」
悲しそうに目をつぶり、不貞寝をした。
「なっ、そんなにいじけることないでしょう。分かったわよ、もう」
そう言うとお弁当の中からおかずを適当な大きさに切り分けて、口まで運んでくれた。
「はい、あーん」
「ノリノリだね、かがみん♪」
「そんなこと言うならあげない!」
「あ~、やめないでかがみ様」
「もう、冗談は言わないでよ。あと、様はやめい」
恥ずかしそうにしながらも、ちゃんと食べさせてくれた。
口に含んだおかずはごく普通のもののはずなのに、ともておいしい。
幸せな味が口いっぱいに広がった。
「かがみの愛情の味だね」
「恥ずかしいこと言うな」
顔を赤くしながらも、まんざらではなさそうだ。
そのはにかんだ笑顔が私を幸せな気持ちにしてくれる。
後ろで赤くなっている二人も、この微笑ましい私たちの姿を祝福してくれているに違いない。
……

「申し訳ありません、お取り込み中でしたか」
「こなちゃん、お姉ちゃん、どんだけー」
その声に私たちは固まった。
ここが誰もが入ってくる可能性のある保健室であることを忘れていた。
かがみは錆びた機械のように、ギギギと首を後ろに回している。
「い、いつからそこにいたの?」
「かがみさんが、はい、あーんとおっしゃったときからでしょうか」
かがみは頭を抱えてうずくまった。
「申し訳ありません、泉さんの体調が気になってしまって、つい。で、でも、これだけ甲斐甲斐しく看病してもらえれば、泉さんの風邪もすぐに治りますよね」
「……フォローになってないよ、みゆきさん」
「お姉ちゃん、こなちゃんと一緒に幸せになってね」
抱えていた頭をなんとか持ち上げ、かがみは説得に乗り出した。

「と、とにかく、誤解だってば!」
真っ赤になりながらかがみは必死に否定し始めた。
──そんなにむきに否定しなくてもいいのに
何だかその姿を見ていると、無性に悔しくなってきた。
「かがみんとの関係がこの程度だったなんて、悲しいヨ」
「そうよ、こなたも言って……ん、って何言ってんのよ、あんたは」
「かがみんの愛は見せかけの愛だったんだネ」
「ああ~もう、ややこしくなるからあんたは黙ってなさい!」
「みんなー、保健室では静かにね」
しばらくぶりに戻ってきたふゆき先生の一言で、その場は何とか納まりを見せた。

そんなこんなで一騒動あったあと、昼休みも終わりに近づいてきた。
「5時間目の授業は、この熱じゃ無理そうね。どうする、おじさんに迎えに来てもらう?」
ピピッと鳴った体温計を見ながら、かがみはそう提案してきた。
「ううん、お父さん今日仕事で出かけてて夕方にならないと帰ってこないから無理」
「そう。ゆたかちゃんに送ってもらうわけにもいかないか」
「ゆーちゃんも最近体調崩してるから無理させられないよ。送ってもらってもゆーちゃんの方が先に倒れそうな気がする。二人共倒れなんて嫌だよ」
「共倒れって……しかたない、私が帰り家まで送ってあげるわよ」
「えっ、でも悪いよ」
「あんたに途中で倒れられるよりましよ」
「病弱のヒロインを家まで送り届けるなんて、……かがみん、リアルで私を攻略するつもりだね?」
「ちゃかさないの。それに誰が病弱のヒロインだ」
「……ほんとに、いいの?」
「当たり前よ。さっさと休んで風邪治しなさい」
「……うん。ありがと」
「じゃあ、放課後またここに寄るから」
「うん」
ちゃかしてみせたけど、かがみは力強く私を送ってくれると約束してくれた。
かがみ、冗談じゃなく本当にフラグを立てちゃってるよ。
ゲームみたいに何かイベントが起こるのかな。
こういうシーンってどういうイベントが起こったっけ?
去っていくかがみの背中を見送りながら、これまでやった数々のゲームを思い出していた。
主人公がヒロインを家に送り届けて、家はたまたま親が仕事で遅くまで帰ってこなくって、……って○シーンに突入?
……駄目だ、自重しろ、私。
恥ずかしい妄想をしていると、熱が出てきそうになった。
○な妄想で熱出したなんてかがみに知られたら、一生の恥。
私は一生からかわれて、主導権を握ることができなくなる。
「……寝よう」
なるべく変なことは考えないよう、放課後まで寝ていることにした。


にわかに生徒の声で騒がしくなりだした放課後、かがみはつかさやみゆきさんと一緒に保健室に現れた。

「おっ、起きてたんだ」
「さっき起きたんだよ。寝てる間にかがみんにいたずらされたら困るからね」
「するか。それより気分はどう?」
「うん。寝てたらずいぶんましになった気がする」
「無理しないでね」
「ありがと、つかさ」
「黒井先生にはかがみさんに送ってもらう件、既に伝えてありますので心配しないで下さい」
「さすが根回しが早いね、助かるよ」
「それにしてもずいぶん体調が良くなられたようですね。やはり、かがみさんの手料理が良かったのでしょうか?」
「へっ!?」
「んなっ!?」
思いもかけない台詞に私とかがみは同時に変な声を上げてしまった。
「な、何を言うのよ、みゆき」
「ああ、別に変な意味ではなく、本当に泉さんが元気になって良かったなと思いまして」
一人赤くなって慌ててるけど、こういうときこそ冷静であらねばならぬのだよ、かがみん。
「こなちゃんもお姉ちゃんみたいに真っ赤だね」
「うぇ? そ、それは熱のせいだよ、うん」
思わぬところから反撃がきた。
まさか私としたことが赤くなるなんて。
思わず頬に手を当ててしまった。
「まだ熱あるの?」
つかさは私の額に手を当ててきた。
「そんなに熱くないよ?」
「うああ……」
天然コンビにしてやられた。
つかさは何も気付いてないし、みゆきさんは本当に天然なのかどうか……
光る眼鏡に阻まれて目が見えず、考えが読めない。
むう、手ごわいね、みゆきさん。

「じゃ、じゃあ、気を取り直して」
未だ赤さの抜けきらない顔でコホンと咳払いしながら言った。
「こなた、歩いても大丈夫?」
「それくらいなら大丈夫そう」
「よし、じゃあ帰りますか」
「これ、こなちゃんのかばんだよ」
「悪いね。じゃあ、行きますか」
ベッドから降りると、まだ少しふらつくようだ。
完全に熱が抜け切っていないのだろう。
そんな私をかがみは支えてくれた。
今日は寝てばかりだけど、帰って休むことにしよう。
早く風邪を治さないと、かがみ達と一緒に過ごせないから。


「それじゃあ、こなちゃんお大事にね」
「うん。今日はほんとありがとね」
「お姉ちゃん、ファイト」
「何をがんばるのよ」
半分呆れ顔になりながら、かがみは妹に手を振っている。
今日さんざんいじられたせいか、すっかり慣れたみたいだ。
かがみには家まで送ってもらうことになっているので、途中つかさと別れることになった。
いたずらっこのような笑みを浮かべながら、つかさは去っていった。
ほんと、つかさは自分が何言ってるのか分かってるんだろうか。
分かって言ってるんだとしたら……なんか恥ずかしいな。

帰りの電車の中は思ったより混雑していた。
ずっと揺れる電車の中で立ち続けるのは思っていたより体力がいるようで、熱のある体では正直こたえた。
途中の駅で人が降りたので、ようやく一人分座れるスペースが空いた。
「ここ座って」
「ありがと」
かがみに感謝し席に座ると、体の力が一気に抜けていった。
思ったより、疲れているらしい。
まだ熱の残る体では、このままずっと立っているのは辛かったに違いない。

目の前では、電車の揺れに合わせてかがみの制服がひらひらと揺れている。
時折制服の隙間から、かがみのお腹がちらちらと見え隠れしていた。
──きれい……
ついその白い肌に見とれてしまう。
かがみはいつも体重のこと気にしているけど、本人が言うほど肉付きがいいようには見えない。
適度に腰は引き締まっているし、出るところは出ている。
理想的な体形だし、とてもきれいでうらやましい。
……って、何を見とれているんだ、私は。
昼間の妄想がふと頭をよぎり、また顔が赤くなり始めた。
かがみの顔をチラッと上目遣いでうかがう。
大丈夫、私のこと見ていない。
ほっとため息をつきながら、どこか申し訳ない気分になってきた。

気分を変えようと窓の方を向いた。
外では相変わらず雨が降り続いている。
斜めに走る雨の雫が電車の窓を濡らしていた。
「止まないね」
「そりゃあ、梅雨だからね」
その時窓の外に続く田園風景の中に、色鮮やかな紫陽花を見つけた。
「あっ」
「えっ、何?」
雨で霞む景色の中、そこだけが色彩を放っているようだった。
「紫陽花が咲いてる」
「どこ?」
「もう見えなくなっちゃった」
「あんた花とかに興味あるの?」
「いや、特に無いよ」
「ふーん」
「……でも、特別だからね」
「?」
「何でもない」
何か聞きたげな様子だったが、そのまま気付かない振りをした。


「ほら、こなた、そろそろ起きなさい」
「……んぁ?」
目を開けると体がゆらゆらと揺れている。
かがみが私の肩を揺さぶっていた。
「もうすぐ降りる駅よ」
「んん、分かった」
寝ぼけ眼をこすりながら、周囲を見回す。
もうすぐ降りる駅が近いようだ。
しかし、昼間あれだけ寝たはずなのに、また眠ってしまうとは。
ゲームで夜更かししたのが原因だろうか。
眠い目をこすりながら、またふらつかないよう注意し席を立った。

雨足は先ほどよりずいぶん弱くなったようだ。
「もう少し待ってれば雨止みそうだけど、どうする?」
「んー、早く帰って休みたいかも」
「そう。じゃあ、行きましょ」
「うん」

「そういや今日はちゃんと傘持ってるのね」
「そりゃあ朝から降ってたからね。さすがに雨に濡れながら登校するわけにはいかないよ」
「昨日はどうして雨に濡れちゃったのよ?」
「だって傘って持ち歩くのめんどくさいじゃん? 折りたたみ傘はかばんの中濡れるし膨れて邪魔だし」
「あのねえ。そうやっていつも傘持ち歩かないから、ばちが当たったのよ」
「むう、まさか風邪引くとは思わなかったんだもん」
「いい教訓になったでしょ」
「まあね。でもそんな風に言われると意地でも持ちたくなくならない?」
「ならないわよ。はぁ、まったくあんたは懲りないわね。
そんなに傘が嫌ならカッパを着ればいいじゃない。ちっちゃい子がよく着てるやつ」
「なんだかとても馬鹿にされてるような気がするんだけど」
「気のせいよ」
「カッパは蒸れるから好きじゃないんだよね」
「文句ばっかりね。まあ、確かにこの季節毎日傘ささなきゃいけないのが面倒くさいって気持ちは分かるけど」
そう言って止まない雨を見つめながら、いつものようにため息をつく。
肩が下がった拍子に、ツインテールが傘からはみ出し雨に濡れていた。
「かがみ、髪が濡れてるよ」
「えっ、ああ、ほんとだ。もう、これだから雨は」
「嫌だよね」
私も自分の髪が濡れていないか首を回して確認してみた。
幸い大きな傘だったので、小柄な自分が濡れることは無かったようだ。

振り向いた先の民家の庭先に、偶然紫陽花が咲いているのを見つけた。
今日あの紫の色の中にかがみの姿を見てから、気になって仕方が無い。
これまでそんなもの気に留めることもなかったのに。
熱のせいかボーっとしている。
まるで吸い寄せられるように、その花のもとへ近づいていった。

「こなた、危ない!」
かがみの声が聞こえると同時に、強く抱き寄せられた。
とたん、車が横を猛スピードで通り過ぎてゆく。
「まったく、何考えてるのかしら!」
かがみは通り過ぎた車をキッとにらみつけている。
どうやら私は前から車が近づいてきたことに気付かなかったらしい。
「怪我は無い?」
「う、うん。心配かけてごめん」
私が無事だとわかると、ほっと息をついた。
「大丈夫? さっきまで普通に話してたから熱が下がったのかと思ってたけど、まだ熱があるのね?」
「うん。完全にはまだ治ってないみたい」
「それもそうか。ごめんね、熱のこと忘れてて。家までちゃんと送り届けるっていったのに」
さっき危ない目に遭わせたことを悔いているようだった。
「そんな、心配しないで。ちゃんと歩けるから」
「でも、まだボーっとするでしょ?」
「それはそうだけど……」
かがみはしばらく迷ったあと、何かを決意したように言った。
「こなた、こっちに来て」
「えっ?」
そう言ってかがみは私を引き寄せると、肩に腕を回してきた。
「か、かがみ?」
「こ、こうしていれば安全でしょ?」
「う、うん」
「これでふらふらすることもないと思うし、さっきみたいに危ない目にも遭わないし」
照れを隠すためか、やたらと理由を強調している。
「うん。でもこれって、……相合傘だよね」
私の呟きに、かがみは真っ赤になった。
かがみはいつも通りの反応とはいえ、自分の言った言葉の意味を悟り私まで赤くなってしまった。
「なっ、何言ってるのよ。別に変な理由なんてないんだから。
仕方ないじゃない、だいたいあんたがふらふらして危なっかしくて──」
──やっぱりいつものかがみんだ
必死に反論するかがみを見ていると、ふと可笑しさがこみ上げてきた。
二人して一緒に赤くなって何やってるんだろう。
「もう、素直に私の側にいたいと言いたまへ」
「あ、あんたは私の話聞いてなかったの?」
「本心じゃないくせに」
「ううっ、もう知らない」
そういいながらも、私の側を離れることはしない。
私を守るように、ずっと肩を抱いてくれている。
──ありがとね、かがみ
私はそっと、気付かれないようかがみに寄り添った。

本当ならじめじめして暑いはずなのに、触れた肌から伝わるかがみの体温はとても温かくて心地よかった。
ほんのちょっと寄り添っただけなのに、それに気付いたかがみはぎゅっと私の肩を抱き寄せた。
驚いてかがみの方を振り返ると、頬を赤らめながら明後日の方を向いている。
何だかとても変な感じ。
頭がボーっとする。
でも、不思議と体のだるさは感じない。
これもきっと熱のせいなんだ。
朝から続いている熱が私をおかしくしているに違いない。
でもじゃあ、体をだるくするはずの熱がどうしてこんなに心地よく感じるんだろう。
ずっとこのままでいたいって思うのはどうしてだろう?

気がつくと、ずっと降り続いていた雨が止んでいた。
雲間から射す日の光が、雨の雫に濡れた周りの世界を輝かせていた。
光の雨が降りそそぐ中を、二人ひとつの傘をさし寄り添いながら歩き続けた。
傘が日の光をさえぎってくれる。
きっとこの瞬間、傘でさえぎられた私たち二人の世界にはまだ雨が降っているんだ。
だから、まだ傘はたたまない。
あともう少し、このまま一緒に歩きたい。
私たちの世界に降り続く雨が止まない限り……

「ここまで送ってくれてありがとね」
「どういたしまして」
駅から自分の家までの道のりは、こんなに短かっただろうか?
まだ未練の残る中、かがみのそばを離れた。
触れていた肌から温もりが消えていくのが寂しい。
本当は早く家に帰って休みたかったのに、二人でもっと歩いていたいと思った。
雨なんか嫌いだったはずなのに、……もっと降り続けてほしいなんて思ってしまった。
ほんとどうしてしまったんだろう。
そんな動揺を隠すため、冗談めかして言った。

「かがみんとの相合傘は良かったヨ」
「えっ、ほんとに?」
「ちょっ、何まじめに言ってるのさ」
かがみが素で返事をしてきたので、慌ててしまった。
いつもなら顔を真っ赤にして返してくるのに。
かがみまでどうしちゃったんだろう。
「そ、そうよね。何言ってんだろ私。あれは仕方なくなったんだもんね」
とても寂しそうな顔で、俯いてしまった。
その姿に私の心が痛んだ。
「ち、違うよ。自分でからかっておいておかしいと思うけど、かがみがそばにいてくれて嬉しかったよ。ああもう、何言ってんだか」
いつもの調子でかがみをからかうことが出来ない。
私まで慌ててどうしちゃったんだろう。
そんな様子の私をかがみが見ている。
とても恥ずかしい。

「こなた」
「なに?」
「ありがとね」
「……!」

それはとても幻想的な風景だった。
ほんの一瞬、雨の雫に濡れたかがみの髪が日の光を受けきらきらと輝いていた。
それにも勝るとも劣らない、輝きの中で見せる満面の笑み。
それはどんな花よりもきれいだった。

「……」
何も言えない。
私はかがみから目が離せなかった。
私はただボーっと見惚れることしかできなかった。

「こなた?」
「……」
「どうしたの?」
「……えっ、あっ、べ、別に何でもないよ」
「もう、家に着くなりどうしちゃったのよ?」
「うん……まだちょっと熱があるみたい」
「まだ立ってるの辛い?」
「ううん、そんなんじゃなくて」
「熱でふらふらするんじゃないの?」
「そんな熱じゃないよ」
「えっ、じゃあどんな?」
「……ずっと、下がりそうにない熱だよ」
かがみは頭の上にクエスチョンマークをつけながら、きょとんとしていた。
「もうすこし風邪が長引いてもいいかも」
「何でよ?」
「秘密だよ」
「?」
「気にしないで。熱でちょっとおかしくなってるだけだから」
「気になるわね」
「ふふ」
「教えなさい」
「またいつかね」

かがみ、私自身にもその答えは分からないよ。
このもやもやする気持ちが何なのか、今はまだはっきりと分からない。
この気持ちをうまく言い表すことができるかも、うまく伝えることができるかも分からない。
でも、いつか分かるときが来ると思う。
もしそのときが来たら、必ず言うから。
だから、今はもう少し待っててね。

空を見上げると、雲間から青空が覗いていた。
初夏の到来を予感させるその青空に、私の心は躍った。
──これから先きっといいことがあるよね
蒼に染まる空と、紫陽花色に光る雨。
それはまるで、私とかがみみたい。

季節はこれから夏に向かう。
蒼が空いっぱいに広がる私の季節が来る。
今はまだ紫の多い季節かもしれない。
でも、待ってて。
きっと夏空のように、かがみを私の色で染めてみせるから。


Fin


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  • 両想いだとなぜ気付かない!? -- 名無しさん (2010-06-17 16:32:12)
  • これいい!このSSすっごく萌えた!! -- 名無しさん (2009-04-27 00:12:39)
  • 初々しい二人の思いが素敵でしたw -- 名無しさん (2008-06-19 18:22:09)
  • 良いなぁ、何か心が暖かくなりました。 -- kk (2008-06-18 22:07:21)
  • 肩抱きよせるトコで悶えしにましたwwwwwwGJ! -- 名無しさん (2008-06-17 08:46:10)

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