彼方へと続く未来 第三章 (後編)

このページを編集する    
 ――もし、私が今置かれているこの状況を誰かに見つかったとしたら、
一体どう言い訳したらいいんだろう。こそこそと階段の陰に隠れてかがみと誰かが
話しているのを盗み聞きしている……どう考えても、悪いことしてるよね。


       『彼方へと続く未来』 第三章 (後編)


(やっぱり行こう。こんなこと、してていいハズないじゃん)

 心の中でようやく決心がついた。曲げていた膝を上げて移動の態勢に入る。
 だけどそれは、踊り場から聞こえてきた声によって、再び遮られた。

「先週は、本当にご迷惑をおかけしました」
「ええってええって。泉の出した答えに柊がちゃんと辿り着けた。
 それだけでウチはもう十分や」
「でも、先生……」
「これ以上細かいことは言いっこ無しやで、柊。女にだって二言はないんやからな」

 死角の位置にいた人――黒井先生の声が、階下に隠れている私の耳にも
はっきりと届いていた。その声はとても優しくて、そして厳しかった。
 ……そっか、かがみは知ってたんだ。私が、先生に話したことを。



 二人の話は、それからもしばらくの間続いた。
 その間、私はじっとしたまま意識を狼狽させていた。 
 無機質なコンクリート。そこから伝わってくる冷たさが、
逆に私が冷静になる為の時間を奪っていったからだ。

 背中越しに感じる寒気と、ジワジワと冷えていく体。
 もう、私にかがみの姿を見る余裕はなかった。

「そんじゃ、ウチは次の授業があるから先行くわ」

 ふと、先生の声が聞こえた。柊もとっとと自分の教室にいくんやで、と付け加えて
階段を降りてきた後、先生は私に気付くことなく、廊下の向こう側へと消えていった。

 ……あれ? それじゃあかがみはどうしてるのかな。
 なんで先生と一緒に降りてこなかったんだろう。
 不確かな疑問の答え。それはすぐに頭の裏側からやってきた。

「やっぱり、アンタだったのね」

 振り返ると、そこには視界一面に広がった紫。
 それが、全ての答えだった。



 予鈴が鳴り響く中を、かがみと一緒に歩く。
 その間、私たちの会話は断続的に続いていた。

「もしかしなくても……聞いてたわよね? 今の話」

 かがみの言葉に、コクリと頷く。

「やっぱりね。青い色のアホ毛がちらちら見えてたから、
 そうじゃないかなとは思ってたけど」

 どうやら、気付かれていないと確信していたのは、私だけだったみたいだね。
 体は隠したけど、そこまで気が回らなかったよ……。

「内容は聞いていた通りよ。黒井先生にも迷惑かけちゃったからね」
「……あのさ、かがみ。それじゃあ私もせんせ――」
「はい、ストーップ! これ以上は何も言わない!」

 うっ、まだ全部言い終わっていないのに、何故かかがみに全力で
止められてしまった。どういうことなのか、よくわからないままでいると、

「今回の騒ぎで悪かったのは全部私だったんだから、
 こなたが気にすることなんてないのよ。気持ちは嬉しいけどね」

 そう言うと、かがみは少し苦笑いしながら顔を伏せてしまった。
 いつもなら、ここで不意に手でもつないで驚かせてあげようか位
考えたのかもしれない。だけど、それは私の中に芽生えた、『恥ずかしい』
という感情によって押さえつけられた。
 えっ、なんで? どうして、こんな気持ちになるんだろう。

 ――本当は、もう気づいてるんじゃないの?
 頭の中にある冷静な部分が告げてきた真実。

 その真実を冷静じゃない私が受け入れる前に、私達はB組の前まで戻ってきていた。

「じゃあ、また放課後にそっちに行くわね」
「うん……あっ、そうだ。ちょっと待っててくれないかな?」
「んっ? 別にいいけど」

 眉をしかめるかがみをよそに、私は教室に入ると自分の鞄の中に手を突っ込んだ。
 そして数十秒後。漫画やらチョココロネとかが散乱する中から、それは出てきた。
 数字と方程式がギッシリと書き込まれた四角い本。それを持ってかがみの所へ。

「はい、かがみ。これ返すよ」
「これって、数学の教科書?」

 ケンカしたままだったら、つかさ経由で返すハズだった教科書。
 直接返すことにはならないだろうと決めつけていたそれを、
そっとかがみの前に差し出した。

「ずっと借りっぱなしだったでしょ? 忘れててごめんね」
「別に謝ることなんてないわよ。落書きでもされてたらさすがに怒るけどね」
「さすがにそこまではしないよぉ。しそうにはなったけど」
「って、する気はあったのかよ。全く、アンタって奴は……」

 半分あきれ顔になりながら、かがみは私から教科書を受け取ると、
いつもの様に笑っていた。だけど、そこには大きな違和感があった。
 原因は、視線の先にあったかがみの手。

 そのかがみの左手が……震えていたから。
 だけどそれには、ちゃんとした理由があった。私が、その原因を
知ったのは、今からもう少し後でのことだった。

 日陰に積もった雪が、夜の寒さで凍り付いてつららの様に窓の外に
ぶら下がっている、氷点下の世界。そんな外の寒さを吹き飛ばすくらい暖まった
リビングで、私たちはいつもと変わらない夜の食卓を囲んでいた。

「そっかぁ。卒業式まで、あと二週間なんだよね」
「そうだよ~。おまけにその翌日の夜にはもう実家にいる訳だから、
 なんだかあっという間だよね」

 特製チキンカレーをスプーンですくいながら、ゆーちゃんと談笑する。
 学校での話し。卒業式の話し。そして、私たちの実家の話し。

 ――卒業式の翌日に、向こうへ出発する。これが、私が決めた日取りだった。

 本当なら、もう少しこっちでゆっくりしていくことも出来るんだけど、
そんなことをしたら、きっとかがみたちに甘えてしまう。
 だからこそ、私はこの日を選んだ。

「こなたがいなくなると、さみしくなるな。まあ、後は俺とゆーちゃんで
 なんとかするから、ちゃんと向こうでも頑張るんだぞ」

 私、お父さん、ゆーちゃんで囲むこのテーブルの風景も、
今ではすっかりお馴染みとなっていた。

 この光景が見れなくなるのは残念だけど、しょうがないよね。
 ……っていうか、ゆーちゃんはお父さんと二人きりで生活すること、
なんとも思ってないのかな? はっきり言って、色々な意味で危ない
と思うんだよね。試しに、その事をさりげなく話題に出してみると、

「ええっ? そんなことないよ。大丈夫だよぉ」
「ゆーちゃんの言う通りだぞ、こなた。危ない事なんてあるわけないじゃないか」

 う~ん。そう言っているお父さん本人が、一番危ないと思うんだけどなぁ。
 今までだって、セクハラまがいのこととか散々しまくって、ゆい姉さんや
ゆき叔母さんに怒られてたって言うのにさ。

 お父さん達の先行きにちょっとだけ不安を覚えながら、改めて二人を視界に写す。
 ……でも、やっぱり心配なんていらないよね。ゆーちゃんの体調のことが少し気に
なるけど、その点についてはみなみちゃん達だっているしね。

 そう考えながらスプーンを持ち直して食事に戻ろうとした時。
 私はゆーちゃんの頭に小さな変化が起きていたことに気が付いた。

「あれ、もしかしてゆーちゃんって、髪飾り変えた?」

 そう、お昼の時とかには気付かなかったけど、ゆーちゃんの髪飾りが
新しい物になっていたのだ。星をかたどった綺麗なアクセサリーが、
ゆーちゃんの髪の両脇に、隠れるようについていた。

「うん! お母さんに作ってもらったんだ~」
 みなみちゃんともお揃いなんだよーと言って、眩しいくらいの笑顔になる
ゆーちゃん。う~、羨ましいなぁ。こうやってさりげな~くフラグを立てていく
所あたりがいかにもゆーちゃんらしいよね。私も見習わなくっちゃ。

 カチャリという音を立てながら、再びカレーをすくう。
 このカレーをここで作るのも、もうすぐ最後なんだよね。
 すくったカレーを口に運ぶ。中辛のルーで作ったハズなのに、
その時だけは何故か、しょっぱい味が口の中に広がっていた。

 取り込んだ洗濯物をたたんでいる間も、夜はどんどん更けていく。
 洗い立ての上着やシャツの匂い。いつもなら気にもしないハズの
それが、不思議と私の心に言葉にならない何かを投げかけてくる。

(まただ。一体何なんだろう、この気持ちって)
 一枚目の上着をたたみながら、しばらくぼ~っとする。

『またぁ? 全くもう、しょうがないわねぇ』
 二枚目、ようやく持ったシャツの袖。
『ほらっ。元気だしなさいよ』
 頭に響く声を聞き流しながら、折りたたむ。
『あのね。私、こなたのことが……』
 たたんだばかりのシャツが、宙を舞った。

 ――――! 何それ、どうしてそうなるのさっ!
 確かに、フラグとか好感度とか色々言ってきたけど、それはあくまで
ゲームでの話し、だしさ。ていうか、そんなことに……なる訳、ないじゃん……。

 明後日の方向に飛んでいったシャツを掴みながら、ポツリとそう呟く。
 だけど、気を落ち着けようとしてはき出した言葉とは裏腹に、私の体は
どんどん熱くなっていった。頭が、胸が、そして全身が燃えるように熱い。
 たまらず、私は残りの洗濯物を置いたままフラフラと立ち上がった。

「少し、頭冷やそっかな……」

 近くにほっぽり出されていた通学用のコートを着て、玄関に向かう。
 そこで靴を履き、ひっくり返っていたコートの襟を整える。
 目の前には、すきま風が通り抜ける音が響く玄関の扉。
 その扉を静かに開けて、私は外に飛び出した。



 昼間の時とは違って、湿った空気が漂う夜の世界。
 上には、今にも落ちてきそうな星空と、ぽっかりと浮かぶ三日月。
 だけど、本当なら欠けていて見えないハズの月の輪郭が、今日は
うっすらと見えていて、何だか不思議な感じがした。

 地球照。昔、みゆきさんから聞いたことがある。

『地球照とは、地表で反射した太陽の光が月に達して、その光がさらに月面で
 反射されて、再び地球に戻ってくることによって生じる現象ですね。
 西洋では、新しい月に抱かれた古い月とも呼ばれています』

 何でそんな話しになったのかは忘れちゃったけど、その時つかさが言った、
『へ~、それじゃあ地球とお月様って、本当に仲良しなんだね』っていう言葉
が、妙に印象に残ったのを今でも覚えている。

 そんなことを思い出しながら、私はもう一度月を見た。

 ――月には、ウサギが住んでいる。
 その話を最初に聞いたのは、いつの頃だったかな。
 凄く小さい時だった気がするし、結構最近だった様な気もする。

 ウサギ……かがみのことを、何度もそう呼んできた様な気がする。
 寂しがりやで、ツインテールも耳みたいだって、冗談っぽくそう言ってきた。
 だけどさ、変だよね。私の方だって、かがみのこと言えないくらい寂しがりや
なのかもしれないのにさ。一昨日だって『嘘をつくのがうまいから』なんて言って
誤魔化しちゃったけど……ごめん、私嘘ついてた。

 狐だってさ、やっぱり寂しいんだよ。誰かと一緒にいたいんだよ。
 いくら素早くても、何かに化けられても、一人じゃやっぱりつまんないもん。

 私は昔からそうだった。あまり友達も作らないで、家ではゲームかアニメ。
 学校以外でも友達が出来るようにとお父さんが勧めてくれた格闘技も、
結局長続きはしなかったし、これといって仲のいい友達も出来なくて。
 代わりに、ますますゲームやアニメにのめり込んでいった。

 でも、そんなひねくれ者だった私に、かがみはいつも声をかけてくれた。
 料理下手でちょっぴり凶暴だけど、いつも私のわがままに付き合ってくれた。
 初めて私の名前を呼んでくれた時も、平野さんのライブの時や、修学旅行の時も。
 かがみは応えてくれた。瞳が合わさるだけで、かがみの全てを感じられた。

 ――あっ、そうだったんだ。私、やっぱりかがみのことが……。

 吹き付ける風が激しさを増して、私の全身を駆け抜けていく。
 それでも全身を巡る血液は、冷めることなく私の肢体を温める。
 そして、一際強い風が駆け抜けたのと同時に、疑問の答えは出た。

 ――好き、なんだ……。

 混乱する思考の中で出した答えは、曖昧じゃなくて。
 かといって確信なんていう言葉でも括れなくて。
 ゆっくりとスローモーションの様に回る自分の前髪を見て、
ようやく意識が現実に戻るのと同時に、後ろから声が響いた。

「風邪ひくぞ? そんな所にいたら」

 たなびく作務衣の端が、鳥の翼みたいにパタパタと動いている。
 『ん、ちょっとした気分転換だヨ』と、作り笑いをしながらそう応えた。

「それなら、いいんだがな」

 ポツリと言葉を落としたのを最後に、作務衣を着こなした人物――お父さんは
黙り込んでしまった。その直後、流れてきた雲が上空を覆い、周りに闇が落ちた。
 その間、私たちは黙ったままだった。ただじっと、雲がいなくなるのを待った。
 一分、二分と時が過ぎて、やがて空全体を覆っていた雲は、足早に離れていった。

「今日も、月が綺麗だな」
 お父さんの声が響く。
「うん、黄色くて綺麗だよね」
 それに、私も続く。

 月明かりが、一段と強くなった。
 もしかして、あそこにいるハズのうさぎの仕業なのかな。
 だとしたら、ありがとう。私も、強くなるからさ。

「あのね。お父さん――」

 あの日、私はお父さんに全てを話したハズだった。
 だけど、今日になって私はもう一つの決意をお父さんに伝えることになった。
 私が、かがみのことをどう想っているのかを。

「そうか。こなたは、かがみちゃんのことを」

 腕を組み、眉をひそめながら考え込むお父さん。
 その様子を見て、私は少なからず不安を覚えた。

 やっぱり、同姓の女の子を好きになるのって、間違ってるのかな。
 お父さんたちにも、迷惑かけちゃうのかな。

 でもね、私もう決めたんだ。かがみと一緒にいたい。
 告白だってまだだし、例え付き合えたとしても、最初は遠距離恋愛からって
ことになっちゃうけど、距離なんて関係ない。でも……

「お父さんは、こんな私のこと……許してくれる訳、ないよね」

 親不孝な娘だって、叱られるかもしれない。
 このまま、何にも言ってくれないかもしれない。

「でもね。お父さん、私はっ!」
「――前にも、似たようなことを言ったかもしれないが」

 だけど、私の予想とお父さんの行動は違った。
 お父さんは、ゆっくりと組んでいた腕を解き、静かに目を開くと

「それがこなたのやりたいこと……いや、こなた自身が選んだ道であるのなら、
 俺はもう止めないってな」

 真剣な表情でそう言った後、だけどな。と付け加えて

「社会は、こなたが考えている程甘くはないぞ。周りの目だってそうだ。
 同姓の人を好きになるということ。それ自体を悪いことだと思っている人だって沢山いる。
 それでもこなたは、かがみちゃんのことを大事にしていけるのかな?」

 突きつけられる現実と、私の認識の甘さ。
 でも、もう迷っている時間はない。
 道は……ううん、未来はもう目の前まで迫ってきているんだから。

「それでも、私は……」
「私は?」
「かがみと、同じ道を歩きたい」

 肺の奥から、大好きな人の名前と一緒に湿った息を吐く。
 まるで、蒸気の様に白く彩られたそれは、私の目の前で、音もなく溶けていった。

「それが、どんなに険しい道だろうとね」
「……そうか。立派になったな、こなた」

 お父さんは、ほんの少しだけ黙った後、静かにそう言ってくれた。
 短い言葉の中に精一杯の感情を込めた私の告白。
 どうやら、ちゃんとお父さんに伝わってくれたみたいだった。

「子どもは、やっぱり親の見ていないところで成長していくものなんだろうな」
「そんなことないよ。私はただ、自分の気持ちに正直になっただけだし」
「じゅうぶん立派じゃないか。かなたも、きっと天国で喜んでいるぞ」

 お母さん……もし、お母さんが生きていたら、私になんて言ってくれたのかな。
 やっぱり、お父さんと同じ意見だったのかな。それとも……ふぇっ、へっくしっ!
 目まぐるしく考え事をしているところに、顔に貼りつくような勢いの風が再び吹いてきた。
 同時に、屋根の瓦の僅かな振動音や、ガサガサと擦れる枯れ葉の声が周りに響き渡る。

「さてと、寒くなってきたことだし、そろそろ家の中に入るか」
「う、うん、そだね」

 揺らめく月と、煌めく星空。
 二つの輝きに背を向けて、私たちは急いで家の中へと戻り、冷えきった全身を暖めた。

 ――その後、リビングでお父さんから聞いたところによると、この時かがみのことについて
話していた私の表情は、お父さんに告白された後のお母さんにそっくりだったらしい。
 『似てきたのは、抱き心地だけじゃなかったんだなぁ。お父さん、感激だぁ!』とか
言いながら号泣しているお父さんにちょっぴり引きつつ、私は仏壇の前で、手を合わせた。
 お母さんにも、ちゃんと報告しなくちゃいけないしね。私が、好きになった人のことを。



 私は、どうしてかがみにこんなにも惹かれているんだろう。
 今まで生きてきた中で、ここまで私の心の中に入り込んできた
存在は居なかった――ううん、違う。居なくなっちゃったんだ。

 幻想と、写真の中でしか会えない大切なヒトが抜けた後に出来た空白。
 私は、その空白の部分に、かがみという名前のピースをはめ込もうと
し続けていたのかもしれない。だけど、空白の部分にそれがはまる事は、
おそらくありえないと思う。『どうしてだい?』そう尋ねる声に、私はこう応えた。

「だって、かがみはかがみだもん。誰の代わりでもない、私の大切な人だから」

 近くにいても、遠くにいても。
 私とかがみの心の距離は変わらない。
 親友? それとも他の何か? 
 螺旋階段みたいにグルグルと回る疑問。
 それは、今でも私を惑わせる。

 ――だけど、みんなが教えてくれたから。
 このモヤモヤした気持ち、私だけの気持ちの行き先を。
 今はまだ準備不足だけど、いつか絶対に伝えてみせる。
 だから、もう少しだけ待っててね……かがみ。


「じゃあ、行ってくるね」

 靴の先をトントンと鳴らしながら、普段以上に襟先が整った制服に身を包む。
 今日だけはいつも鞄に忍ばせていたチョココロネは無くて、代わりに筒状に丸まった
画用紙が、散りばめられたクレヨンの粉と一緒にその中に収められていた。

「ああ、俺も後からゆーちゃんと一緒に行くからな」
「うん。ちゃんと遅れないで来てよね」

 玄関に響く私とお父さんの言葉。
 暖かくなってきた空気に、二つの声が溶けていく。

 ――あれから、あっという間に二週間が過ぎた。

 その間に、私は休職扱いだったバイト先に退職届けを出しにいった。
 秋葉腹のコスプレ喫茶。私に、働くことの楽しさを教えてくれた場所。

 『お疲れ様』お世話になった店長。
 『頑張ってね』店に来ていたお客さん。
 『いつかまた、ココに遊びに来てくださいネ』ずっと一緒だった、パティ。

 みんなが声をかけてくれたのが、嬉しかった。
 しばらく来ることはない秋葉腹の町並み。そこに私は別れを告げた。

 その後も、転居手続きや卒業式の準備とか、ホントに色んなことがあった。
 ぐんぐん加速していった日々。その中で私は、画用紙に向かい続けた。
 自分の中の本当の気持ちを、クレヨンに託して。

 毎日、試行錯誤を繰り返した。くじけて、何度も壁にぶつかった。

 だけど、私決めたんだ。
 この絵が出来て、ちゃんと卒業できたら――かがみに、告白しようって。
 受け入れられても、断られても、そこから全てが始まる。

 だからそれまでは、いつもの私でいよう。
 最後まで笑顔で、みんなと一緒にいようって決めたから。
 いつもは途中で投げ出してばっかりだったけど……約束、守れたみたい。

 ――だって、今日がその卒業の日なんだから。
 きっと、かがみにこの気持ちを伝えてみせる。
 そう自分の胸に言い聞かせて、私は学校へと向かった。

 告白まで、あと五時間――




コメントフォーム

名前:
コメント:
  • もう、サイコーの内容ッス!!

    めっさ続きが気になります!
    -- チハヤ (2008-07-13 18:32:54)

|新しいページ|検索|ページ一覧|RSS|@ウィキご利用ガイド | 管理者にお問合せ
|ログイン|
  



★Counter

TOTAL: -
TODAY: -
YESTERDAY: -

★更新履歴

取得中です。