「守る」という事・前編

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 こんな話を知っていますか? と不意にゆきちゃんがお話を始めた。 
「あるところに、クマとキツネとウサギがいました。彼らはある時、行き倒れ
ていた旅人を見つけて、その旅人を助けることを決めたんです。
 クマはその力を活かして魚を取ってきました。キツネはその知恵を活かして
果物を取ってきました。けれど、無力なウサギは何も取ってくることが出来ず、
何も旅人に与えることができなかったんです……」
「そっ、それで、ウサギはどうしたの?」
 何故ゆきちゃんがこんな話を始めたのかは分らない。けれど、私はウサギが
どうしたのか気になった。
「つかささんは、どうしたと思います?」
 けれど、ゆきちゃんは私の質問を質問で返してきた。
「えっ、えっ、その、あの……」
 わからない。だから私は口ごもるしかなかった。
「……ウサギは火に飛び込んで、自分を食料として旅人に与えたんです」
 ゆきちゃんは普段とは比べ物にならない低い声で、端的にそう言った。
「……ゆきちゃん……どうして、そんな話をするの?」
 私の声は涙声になっていた。
 私は最近様子がおかしいお姉ちゃんのことで悩んでいた。一生懸命考えたけ
れど、どうしていいのか分らなかった。だから、ゆきちゃんの家にやって来て
相談した。
 まだ大学入試が終わっていないから、こなちゃんには心配をかけられないし、
なによりゆきちゃんならきっと助けてくれると思ったから。
 なのに、悩みを打ち明けるにつれてゆきちゃんからはいつものあたたかな笑
顔が消えていって、そして、突然こんな話を始めた。
 涙が溢れてくる。どうしてこんな話をするのだろう。前に、こなちゃんがみ
んなを動物に例えた話をゆきちゃんにも教えてあげた。だから、ゆきちゃんは
分っている。ウサギが誰のことを指しているのか。
「どうして、ゆきちゃん? どうして困っている私に、そんな意地悪な事を…
…言うの?」
 私は我慢ができなくなり、声を上げて泣きだしそうになったその時だった。
不意にあたたかなぬくもりに包まれたのは。
 それは、私がゆきちゃんに抱きしめられたからだった。
「……ごめんなさい、つかささん」
「……ゆきちゃん?」
 頭が混乱して、私は何がなんだか分らなかった。だから、ゆきちゃんの次の
言葉を待った。
「……私は、かがみさんが何を悩んでいるのか知っています。そして、その原
因の一端は……間違いなく私にあるんです……」
「えっ? ゆきちゃん、どういうこと?」
 ますます混乱してそう尋ねると、ゆきちゃんの抱きしめる力が少しだけ強く
なった。
「……つかささん、話を聞いてください。理解できないかもしれませんし、嫌
悪するかもしれません。けれど、力を貸してください。かがみさんを救うため
に……」
「……お姉ちゃんを、救う?」
 ゆきちゃんが何を言いたいのかはわからない。けれど私は、ゆきちゃんも私
と同じ様にお姉ちゃんのことで悩んでいたことがわかった。
「はい。その話を聞いて、私の事を嫌ってもかまいません。けれど、かがみさ
んを先ほどの話のウサギに…しないために、どうか……力を…貸して…くださ
い……」
 顔を見上げた私の頬に、ゆきちゃんの瞳からあたたかなしずくが落ちてきた。
 そして、ゆきちゃんは私を抱きしめたまま声を上げて泣き出してしまった。
 困った私は、泣き止まないゆきちゃんを落ち着かせようと背中を優しく撫で
た。


『「守る」という事』


「何が「守る」よ! そんなに軽々しく言える事じゃないでしょう!」
 食後の一家の団欒は、私の怒声と共に終わりを告げてしまった。
「……なっ、なにむきになっているのよ、あんたは!」
 まつり姉さんの言葉に、頭にのぼった血がすぅーっと引いていくのが分った。
 そう、まつり姉さんの言うとおりだ。なんということはないテレビドラマの
一つのシーン。何事もまじめに取り組もうとはしない主人公が、恋人に涙なが
らに引っ叩かれて改心し、君の事を一生守りつづけると告げるシーンが流れた
だけ。
 そして、まつり姉さんが、こんなこと言われてみたいと言っただけ。
 ただ、私は一度引っ叩かれたぐらいで改心して、守り続けるなどと軽々しく
言うその主人公が好きになれなかった。だから、「そんなにぺらぺら「守る」
なんて事を言う男なんてろくなもんじゃないわよ」とつっかかってしまった。
そして言い争いをしているうちに、怒声を上げてしまった。ただそれだけ……。
「お姉ちゃん……」
「どうしたんだい、かがみ?」
 つかさやお父さん、いのり姉さん達みんなが私を心配そうに見ていた。
「……ごめん。まだ入試のテンションが抜けないみたい……。今日はもう休む
わ……」
 いたたまれなくなり、私は皆にそう告げて立ち上がった。
「ごめん、つまらない事でむきになってた」
 とまつり姉さんに謝りはしたけど、「まちなさい、かがみ!」という言葉を背
中に受けても、私は振り返ることなく自分の部屋に戻った。

 部屋に戻るなり、私はそのままベッドに転がった。
「……だめだ。こんなことじゃ……」
 そう声に出して自分を叱咤しても、何もする気になれない。
 ふと何とはなしに視線を横にやると、枕元においてあった携帯電話が着信を
知らせていた。
 携帯を開くとメールが1件来ていた。送信者はこなただ。
 メールを開くと、
『いよいよ明後日が本番だよ! 大丈夫。かがみんへの愛のために、今度こそ
絶対合格するから! だからさ、とりあえず試験が終わったら私とデートして
ね! 自分で決めた事とは言え、かがみ分が不足しているからさ』
 いかにもあいつらしいメールだった。
「まったく、あいつは……」
 私は苦笑するしかなかった。
 私は何とか第一志望の大学に合格する事ができた。けれどこなたは第一志望
の大学に、私と同じ大学に合格する事はできなかった。
 でも、こなたは本当に頑張ったと思う。3年生になってからだったとは言え、
今までアニメやゲームに費やしていた時間の全てを勉強につぎ込んで頑張った。
ただ私と同じ大学に行くために。……それだけを目標に。
 私は返信メールに、気を抜かないで頑張る事と体調管理をしっかりする事を
自分でも細かすぎるだろうと思うくらい書き込んだ。そして最後に、『O,K
よ』と書き込み、送信した。
 すぐにメールが返ってきた。
『大丈夫だよ。心配性だな~、かがみんは。でもありがと。かがみんと楽しい
デートをする妄想を糧にして頑張るよ』
 そんなメールに、猫口で微笑むこなたの写真が添付されていた。
 久しぶりに見るこなたの姿に、少しだけ気持ちが和らいだ。
 第一志望がダメだったこなたは、第二志望校の試験勉強に集中するために、
試験が終わるまで私たちには会わないと決めてしまった。だから、もう2週間
近くこなたに会っていない。
「……気を抜かないで頑張れって、メールしたばかりじゃない」
 寂しさに耐え切れず、電話をかけようとした自分に苦笑する。
 携帯を閉じ、それをポンと枕元に放り投げて、私は天井を見上げた。
「……「守る」か……」
 無意識に私の口からそんな言葉が漏れた。
 そして沈黙。この部屋には私しかいないのだから、それは当然のこと。けれ
ど私はその沈黙に耐えられなかった。
「私にできるのかな……ねぇ、こなた。私はあんたを守っていけるのかな?」
 小声で、私はここにはいないこなたに尋ねた。
 返事はない。
「ねぇ、答えてよ、こなた。かがみなら大丈夫だよって言ってよ」
 返事はない。……残酷なまでの静寂だった。
「……当たり前じゃない。何を考えているのよ、私は……」
 力なく苦笑する私の頬を涙が伝って行く。だめだ、と思っても止める事がで
きない。
「……強くならないといけないのに。私が強くなって、こなたを守らないとい
けないのに……」
 そう、『愛しい』こなたを守るために、私は強くならなくちゃいけないんだ。
 ……誰も助けてはくれないのだから……。

★ ☆ ★ ☆ ★

 あの時の私は自分の事ばかりで、ただ知っている知識を口にしただけだった
んです。
 あの人の事を思っての言葉ではありません。ただ拒絶をしただけなんです。
 ……どれだけあの人は悩んだのでしょうか? 誰にも相談できない難題を抱
えて、たった一人で悩んだのでしょうか?
 そして、どれだけ悩んだ末に、私に……私なんかに相談を持ちかけたのでし
ょうか?
 相手の事をまるで考えない自己中心的な私の言葉を聞いて、あの人はどれだ
け絶望したのでしょうか? 
 私はつかささんに全てを話しました。話しているうちに、あの人の、かがみ
さんの心をどれだけ傷つける事を、そして追い詰める事を言ってしまったのか、
今更ながらに思い知らされて……自分の愚かさを再認識させられて……。
 私は何度もつかささんに謝りました。「ごめんなさい、ごめんなさい」と何
度も。直接かがみさんには謝れないから。あわせる顔がないから。
 ……いいえ、違いますね。私はかがみさんに会うのが怖いから、つかささん
に謝って許してもらいたかったのだと思います。少しでも自分が楽になりたい
から……。
「……大丈夫だよ、ゆきちゃん。私はゆきちゃんを嫌ったりしないよ」
 優しい声。そして、私に向けられるつかささんの顔は笑顔でした。
 つかささんは私の懺悔を聞いても、私に笑顔を向けてくれました。
 私の思っていたとおりに……。
 その笑顔で私は気持ちが楽になりました。 
 ズルイですよね? 私はつかささんが許してくれる確信がありました。
 つかささんは優しいから、こんな私のことも許してくれると思っていました。
期待をしていました。
 きっと、あの時のかがみさんも今の私と同じだったのだと思います。かけて
ほしかったのは励ましの言葉。向けてほしかったのはあたたかな笑顔。
 思い起こしてみると、『みゆき、あんたを親友だと思うから話すんだけど』
と、あの時かがみさんはそう前置きをしてから私に話してくれたんでした。
 私を親友だと言ってくれたんです。私なら苦しみを和らげてくれると信じて
くれていたはずです。なのに、それなのに私は……。

★ ☆ ★ ☆ ★

 大学入試を終えるまでは良かった。合格に向けて一心不乱に勉強をしていた
時は、余計な事を考えている暇はなかったから。
 考えていた事といえば、合格後のこなたとの楽しいキャンパスライフ。広い
部屋を借りての共同生活。きっと楽しい日々だろうと私は胸を膨らませていた。
 けれど現実は上手くはいかず、こなたは試験に落ちてしまった。
 私もショックを受けたけれど、落ちた当人であるこなたの落胆は酷かった。
 合格発表のあの日、ネットを利用して自分の不合格を知ったこなたは、私の
家にわざわざやってきて、私に謝った。
「……ごめん、かがみ。私、落ちちゃった……。でも、でもね、まだ第二志望
に合格すれば、かがみといっしょに居られるから。一緒の大学には行けなくて
も……ほら、もともと学部が違ったら講義も別なのがほとんどだし……。
 次こそ頑張るから。絶対に、絶対に合格するから」
 涙を見せまいと無理に笑おうとするこなたを私は抱きしめた。
 必死に涙を堪えているこなたがあまりにも痛々しくて、かける言葉が見つか
らなくて……私は抱きしめる事しかできなかった。
 その時、私の腕の中で嗚咽が漏れるのを我慢しながら泣いているこなたを見
て思った。これから先に何があろうと、私がこなたを「守る」のだと。私が守
っていかなければならないのだと。
 こなたのこんな顔を見たくない。泣き顔や悲しい顔は見たくない。笑ってい
てほしい。そう思ったから……。
 こなたを落ち着かせてから、私は手始めにこなたの第二志望校の入試対策を
行おうと考えた。幸いな事に試験までは2週間以上余裕があったし、この1年
でこなたはしっかりと全ての科目の基礎を身に着けているのだから、あとはど
うしても苦手な部分を潰していけば良いだけのはずだ、と。
 しかし、その事を話すと、こなたは首を横に振った。
「気持ちはすごく嬉しいけど、大丈夫だよ、かがみ。それくらいの事なら私一
人でも大丈夫だから……」
「でも……」と私は食い下がったけれど、
「お願い、かがみ。私を信じて……」
 そんなこなたの懇願に、同意せざるを得なかった。
「ありがとう、かがみ。かがみのおかげで元気が出てきたよ。愛の力は偉大だ
よね~」
 私の同意に、先ほどまでのしおらしい態度はどこへやら、こなたは軽口を言
って笑った。いつものこなたの笑顔。私の大好きな笑顔だった。
「ばっ、バカ、そういう発言は自重しろ!」
「真っ赤になったかがみん萌え~」
 いつもと同じ緊張感のないやり取りがとても嬉しかった。
 だからその日は笑顔でいられた。笑顔でこなたと別れられた。幸せな気持ち
でいられた。……だけど、それは長くは続かなかった。
 合格発表から3日後。たった3日なのに、私はこなたに直接会う事ができな
いことが寂しくて仕方がなかった。
 予定をたくさん入れていた。まずは合格祝いに、こなたと二人で少し値のは
るレストランで昼食を食べて、帰りはゲマズに行って買い物をする。随分とア
ニメやマンガを絶っていたこなたは、目を輝かせて嬉しそうに商品の物色を始
める。私はそれを「やれやれ…」とか言いながら……。
「……しかたないわよね。こなただって我慢しているんだから」
 こなたの事を「守る」と決めたのに、私の方が先にまいってしまった。こな
たに会えないことが辛くて仕様がない。
「2週間とちょっとじゃない。すぐよ、すぐ」
 そう自分を言い聞かせる。
 試験が終わればいくらでも遊ぶ事ができる。そして春になれば、こなたとの
共同生活を始めるんだ。
 2週間くらいあっという間に過ぎていく。寂しいけれど、私はこなたを信じ
て待っていればいいんだ。
「でも、もし今度も駄目だったら……」
 自分が発したその言葉に、私の体は凍りついた。気落ちしているから思考が
ネガティブになっているだけだと思おうとしても、一度芽生えた不安は消えて
はくれなかった。
「……大丈夫よ。もし駄目でも、私と一緒に暮らしながら予備校に通えば……」
 支離滅裂な事を言っているのは自分が一番分かっていた。
 仮にこなたが予備校に行く事になったら、私の両親もこなたのお父さんも共
同生活を認めてはくれないはずだ。当たり前だ。大学も勉強をする場に違いな
いがある程度の自由はある。けれど予備校は試験に合格するためだけに行くと
ころ。翌年の合格のために必死になって勉強をする場所だ。予備校の寮かな
にかに入って、勉強するのが本来の姿だろう。認めてくれるはずがない。
 不安な思いが膨らんでいく。こなたと離れ離れになるかもしれない。最低で
も1年はこなたと離れ離れになる……。たった3日会えないだけで寂しくてた
まらないのに。それが1年も続くと思うと……。
 体が震えだした。怖い、怖くて仕方がない。
「そうだ、私も予備校に通えば……。もっと上の大学を目指すと言って……」
 私の思考は、すでに最悪の事態が現実となる事を前提としていた。けれど私
はその事をおかしいと思うこともできなかった。
「……お父さんやお母さんたちがあんなに喜んでくれたのに、そんな事できる
わけないじゃない」
 それに、4人も子供がいる我が家の財政状況を考えると、そんな余計なお金
をかけられるはずがない。
 その後も色々と浅知恵を出しては自分で否定する事を繰り返した。
 ……八方塞だった。もしもこなたが試験に落ちてしまったら、何も手立ては
ない事が分った。そして同時に自分がどれだけ無力なのかが分った。
「守れない。私はこなたを守れない……」
 悔しくて涙がこみ上げてきた。私はこなたを守りたいのに。
「頑張らないと……」
 私がどうにかしなければいけない。今のままでは何もできないから。もとも
と私とこなたの関係は世間に認められるものではないのだから。
 そう決意を固めようとした。それなのに、私のネガティブな思考は、
「守っていけるの? 私が……」
 そうやってすぐに不安を増幅させる。
「私が守っていけるの? 世間の冷たい目から、こなたを守っていけるの?」
 今後大学生活が終わっても、私はこなたとずっといっしょにいたい。一緒の
人生を歩んで行きたい。けれど、私は本当に守れるのだろうか……。
 不安は広がっていき、私の心を侵していった。
 それから何日かは何とか耐える事ができた。夜はほとんど眠れなかったけど、
頑張って普段の私でいようと努力した。けれど、
「お姉ちゃん、心配なのは分かるけど、こなちゃんならきっと大丈夫だよ」
 ある時つかさにそう言われたから、私は普段どおりの私ではいられなかった
ようだ。
 その時はつかさに話をあわせて、「そうなのよ。一応友達だから、心配は心
配というか……」とか言っておいた。
「他に何か困っている事があるなら言ってね。私じゃ役に立たないかもしれな
いけど……」
 でも、つかさにそう言われてしまった。つかさは妙に鋭いところがあるから、
私が別の悩みを抱えているの感じ取ったのかもしれない。
 ……その日までが精一杯だった。日が経つにつれて積もる不安は、私の精神
力の許容量を超えようとしていた。
 一人で悩むのはもう限界だった。けれど一生懸命頑張っているこなたに余計
な心配を掛けたり、プレッシャーを与えたくないと思った。
 つかさにもこんな事は相談できない。今まで秘密にしていた私とこなたの関
係を知ったら混乱してしまうだろうし、つかさは嘘をつくのが下手だから、誰
かに私たちの関係を漏らしてしまうかもしれない。
 だから私は、信頼できる親友に相談する事にした。
 そう、みゆきなら助けてくれると思ったから。

★ ☆ ★ ☆ ★

 相談したい事があるとかがみさんから連絡があり、私はお茶菓子と紅茶を用
意して待っていました。
 かがみさんの家から私の家までは距離があるので、どこかで落ち合う事にし
ませんかと提案したのですが、人目があると話しにくいことだからと断わられ
ました。
 私はかがみさんの相談したい事とは、泉さんの事だと推測していました。
 私にもかがみさんは親しい友人として接してくれていますが、泉さんは別格
な存在だと分っていました。
 私やつかささんといっしょに居るときも、かがみさんは泉さんに話を振る事
が一番多いんです。もちろん、私はそのことに不満なんてありません。むしろ
お二人のあたたかなやり取りが大好きでした。
 お二人は本当に仲が良くて、大学へ進んでからもいっしょにいたいと、同じ
大学への進学を決めたほどです。あいにくと、泉さんが残念な結果になってし
まいましたが、近くの第二志望校への合格に向けて頑張っているはずです。
 だからきっと、かがみさんの相談事というのは、泉さんの手助けをしたいと
いう事だと思っていました。そして、そのような相談事であれば、微力ながら
喜んでお手伝いするつもりでした。
 本当に私は、お二人の「大切な友人」へのあたたかな心遣いとやり取りが大
好きだったんです。
 約束の時間どおりにかがみさんは我が家を訪ねて来られました。
 部屋に案内し、お茶菓子と紅茶をお出ししました。そして、かがみさんは私
に相談事を話して下さいました。それは私の考えていたとおり、泉さんの事で
した。
 ……けれど、その内容は私の想像していたものとは次元が違っていました。
「……ごめん、今まで黙っていて。でも、真剣なの。私もこなたも……。だか
ら、お願いみゆき、力を貸して。私一人じゃ、不安で仕様がなくて…どうした
らいいのか分らないのよ……」
 そうかがみさんが締めくくったことから、ようやく話が終わった事が分りま
した。けれどあまりにも突飛な内容に、私は唖然とするしかありませんでした。
 私は、かがみさんと泉さんは大切な友人、つまり「親友」だと思っていまし
た。けれど、それは違うと、お二人は高校3年生の春から、恋人」なのだとい
うのです。
「……同性愛…ですよ……」
 困惑する私の思考は、言葉となって口から出てしまいました。
 かがみさんは、「うん、分っている」と頷きました。
「……同性を愛する思考をお持ちの方がいらっしゃる事は知っていました。で
すが……」
「あっ、その、やっぱり引くわよね……」
 かがみさんが顔をうつむけて言いました。
 同性愛者と呼ばれる方たちの事は知識としては知っていました。そして、そ
のような方たちのことについて、私はそのような思考の方もいるんですね、と
しか思っていませんでした。
 けれど、私の友人がそのような思考を持った方だった事を知って、私は戸惑
い、正常な判断をする事ができませんでした。
 何故かがみさんが、何故泉さんが……。ぐるぐると頭の中で何度も何故と問
い続けて……私はゆっくりと口を開きました。
「……同性愛というものの事例はいくつもあります。国によっては同性での婚
姻を認めるところもあるほどです……。けれど、それは少数の意見です。大半
の人間はその様な思考には否定的です……」
 何故こんな事を言ってしまったのでしょう。けれど、私の口は止まりません
でした。
「生物が生きてなすべき最大の事柄は、種の保存です。ですから、非生産的な
そのような思考が多数派にはなりませんし、なってはいけないんです。
 ……禁忌とされる事柄は、禁忌であるゆえに人の好奇心を刺激します。です
から、性倒錯の事柄を題材にした娯楽も存在するのだと思います。……けれど、
それは虚構の中でしか許されないと……思います」
 声は震えていましたが、私は淡々と一般論を話していました。
「……分って…いるわよ……」
 かがみさんの震えた声を聞いても、やはり私の口は止まりませんでした。
「誰からも理解されない状況は、強いストレスになります。……そしてそのは
け口になるのは、近くにいる存在か、自分自身だけです……。
 お願いです……最悪の…事態になる前に……」
 ダン! とテーブルを叩く音が響きました。
「……もうやめて……もうやめてよ! 分っているわよ、そんなこと! でも、
私は絶対にこなたを傷つけたりなんかしないわよ! 私が、私がこなたを守る
んだから!」
 涙を流しながら、そうかがみさんが叫びました。
 けれど、私は涙声になりながら話を続けました。
「…無理です……それは、無理です。かがみさんは、泉さんを守りたいと仰っ
ていました。ですが、「守る」ということは並大抵の苦労ではないと思います。
 わずかの間……想い人に会えないだけでも精神的に追い詰められて、私に、
他の人にすがってしまうかがみさんが、お一人で泉さんを守る事は…できない
と……思い…ま……す。お願い…ですから……いつもの、お二人で……いて…
…下さ…い……」
 自分の言葉で私はようやく理解しました。何故こんな事をかがみさんに言っ
ていたのかを。
 ……私のエゴだったんです。私は、大切な友人と過ごしたこの三年間の日々
を、何よりも大切な宝物だと思っていました。大好きだったんです。かがみさ
んたちとの、掛け替えのない友人たちとの毎日が。
 かがみさんと泉さんの関係を肯定してしまったら、私の大切な思い出が壊れ
てしまうと思ったんです……。だから、否定したかったんです。拒絶したかっ
たんです。高校生活が終わっても、何年経っても、私はずっとずっと大切な友
人でいたかったんです。だから、だから私は、私の思い出の中のかがみさんと
泉さんでいてほしかったんです。そんな事が出来るわけがないのに……。
 私は泣き崩れました。ただ悲しくて、悲しくて……。
 好き勝手な事を言って、我儘を言って、そしてただただ泣いている私を、か
がみさんはどんな目で見ていたんでしょうか?
 泣きじゃくる私の頭を不意に誰かが撫でました。この部屋にいるのは私とか
がみさんだけなのですから、それが誰なのかは考えるまでもありませんでした。
「ごめん、バカな相談をしたわ……。みゆきはなにも悪くないから、泣かなく
ていいよ。……私の事、嫌って。……私が全部悪いんだから。みゆきは悪くな
いんだから。ねっ?」
 かがみさんはとても優しい声でそう言って、弱々しく笑いました。
「みゆきに迷惑をかけたりしないから。最悪の事態になんてならないから。私
が強くなる。私が強くなってこなたを守るから。ごめんね、困らせて……」
 かがみさんはそう言って部屋を出て行きました。
 私はただ泣いていました。自分が何をしたのかも理解せずに。
 私は最低な事をしてしまったんです。困って、苦しんで、どう仕様もない時
に、私を頼って来てくれた大切な友人を傷つけて、追い詰めたんです。

★ ☆ ★ ☆ ★

「……私は、クマなのでしょうか?」
「えっ? ゆきちゃん、何を……」
 心の中だけで呟くつもりだった言葉が口から漏れてしまいました。
 私は言葉を続けました。
「私はあの時、ただ知識をひけらかしたんです。さも私の口にした言葉だけが
唯一の正論であるかのように言って。……私が言っている事が正しいと思わせ
ることができれば、私の我儘を通せると考えたのだと思います……。
 先ほどの話の中で、クマは簡単に魚を取って来たんですよね? なのに、無
力なウサギが困っているのを見ても、クマはウサギを助けませんでした。ただ、
自分の力を誇示したかったのだと思います。……自分だけが良ければいいと考
えていたのだと思います。私と同じよ…」
「違うよ!」
 私の言葉をさえぎって、つかささんは大きな声で否定しました。
「ゆきちゃんは、クマさんなんかじゃないよ! ほわほわなヒツジさんだよ」
 つかささんは真剣な顔でそんな事を言いました。けれど、すぐに顔を赤くし
て……。
「えっと、その、胸大きいから、こなちゃんが言ってたとおりウシさんかもし
れないけど……」
「えっ、あっ、すっ、すみません!」
 私はずいぶんと長い間つかささんの顔を胸に抱いていた事に気づき、慌てて
体を離しました。
 苦しくてさぞ不快だったでしょうに、つかささんはそんな体制のまま私の話
を聞いてくれていたんです。
 顔を真っ赤にする私に、
「よかった。いつものゆきちゃんに戻ってくれて」
 つかささんはそう言って輝かんばかりの笑顔を見せてくれました。
「ねぇ、ゆきちゃん。私は頭が良くないから、何が良い事で何が悪い事なのか
は分らないけど、大丈夫だよ。お話とは違うよ。
 だって、ウサギさんには優しいキツネさんがついているんだから」
 つかささんの言葉の意味を私はすぐに理解しました。
「でもね、今、キツネさんは忙しいから、イヌさんとウシさんも力を貸してあ
げないとダメだと思うんだ」
「……あの、ヒツジさんにしては頂けないでしょうか?」
 私の要望に、つかささんは、あははっと無邪気に笑いました。
「私の方からお願いするね。お願い、ゆきちゃん。私に力を貸して。お姉ちゃ
んを助けるために」
 つかささんのその言葉に、私は「はい」と答えました。何度も、何度も。
 こみ上げてきた涙でまたもや泣き崩れてしまった私を、今度はつかささんが
抱きしめてくれました。
「大丈夫。大丈夫だよ……」
 そう言って、私の頭を撫でてくれるつかささんの手はとてもあたたかくて、
優しくて、私はいっそう涙がこみ上げてきて……。
 つかささんは私が泣き止むまで、ずっと私を抱きしめてくれました。

★ ☆ ★ ☆ ★

 静かに目を開くと部屋の天井が目に入った。
 どうやらいつの間にか眠ってしまったらしい。時計に目をやるともうお昼に
なる時間だった。
「まったく、つかさじゃあるまいし……」
 そういえば、最近ろくに寝てなかったから、そのツケがまわったのだろう。
 久しぶりの睡眠で少しは体調が良くなっているはずなのだが、気だるい感じ
がまったく抜けない。
「……まつり姉さんを怒らせて、お父さんやお母さんたちも嫌な気持ちにさせ
て……。何をしているのよ、私は……」
 昨日の夜の事を思い出し、私は嘆息する。
「これじゃあ、みゆきの言ってたとお……」
 弱気な発言を何とか飲み込むと、私はパンパンと両手で顔を叩いて気合を入
れた。
「強くなる……。うん、私は強くなるんだ!」
 昨日は失敗したけれど、頑張る。私は強くなる。泣いてばかりいられない。
 そう決意した私は、とりあえず空腹を訴えるお腹を満たすために台所に向か
う事にした。
「あら、かがみ。ようやく起きたの?」
 台所に着くなりお母さんが声をかけてきた。けれど食卓には誰もいない。休
日のこの時間帯なら、いつもであれば誰か一人ぐらいはいるはずなのに。
「いのりやまつり達はみんな外に遊びに出かけたわよ。お父さんはもう少しし
たら来ると思うわ」
 キョロキョロしていた私に、昼食のおかずを並べながらお母さんがそう教え
てくれた。
「そうなんだ。……あの、お母さん、昨日はごめんなさい。私……」
 私は、昨日みんなを不快にさせた事を謝ろうとしたけど、
「謝らなくていいわよ。誰だって機嫌が良くない時はあるんだから。ほら、か
がみ。顔を洗っていらっしゃい。すぐにお昼ご飯にするから」
 お母さんはそう言って微笑んだ。
「うん。その、ありがと……。顔、洗ってくる」
 どんな顔をすれば良いのか分からなくて、私は逃げるように洗面所に向かっ
た。
 それから顔を洗って食卓に戻ると、お父さんがいつもの席に座っていた。
「おや、かがみ、起きたのかい」
 私が入ってきた事に気づくと、お父さんは笑顔で話しかけてきた。
「うん。つかさみたいな事しちゃった。…あっ、その、お父さん、昨日はごめ
んなさい……」
「だから、かがみ。謝らなくても良いって言ったでしょ?」
 お盆に三人分の茶碗を乗せたお母さんが代わって答える。
「そうだよ、かがみ。お父さんやお母さんは怒ってないよ。でも、まつりには
後で謝って置いたほうがいいんじゃないかな」
「まつりだってもう気にしていませんよ。ほら、朝、食べてないからお腹すい
たでしょう? 座りなさい」
 食卓の上には美味しそうな料理が並んでいる。私はお母さんに促されるまま
席に着いた。
「うん。いただきます……」
 そう言って私は黙々と昼食を食べた。お父さんとお母さんもしばらく何も言
わずに食べていたけれど、
「……こなたちゃんのことよね?」
 不意にお母さんがそう呟いた。
「…………」
 私は料理に伸ばした手を止めて、箸と茶碗をテーブルに置いた。
「……一応友達だからさ、やっぱり心配は心配なのよね。あいつの事だから、
受験票を忘れたりしないかとか考えていたら、ちょっと不安というか……」
 私は何とかいつもの調子で答えた。
「そう……。たしか、明日が試験日だったわね。きっと大丈夫よ、かがみ」
「そうだね。こなたちゃんも頑張っていたみたいだしね」
 お母さんとお父さんが優しい言葉を掛けてくれる……。私は二人に同意しよ
うとして……。
「あっ、あれ、どうして……」
 私の瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれだしていた。
「かがみ……」
「かがみ、どうしたの?」
 私を心配するお父さんとお母さんの声。
「なっ、何でもない、大丈夫。大丈夫だか……」
 何故だろう。涙が止まらない。堪えようとしても、ぜんぜん堪える事が出来
ない。
「かがみ!」
 泣き止まない私をお母さんがぎゅっと抱きしめた。
「あっ、ああっ、うわぁぁぁっ~!」
 まるでそれがスイッチだったかのように、火がついたみたいに私は泣き叫ん
だ。
「大丈夫、大丈夫よ、かがみ……」
 お母さんの優しい声。
「そうだよ、大丈夫だよ、かがみ……」
 お父さんのあったかな声。
 私の耳にはずっと二人の声が聞こえていた。
 ……どれだけ泣いていたのか分らないけれど、私が泣き止むまで、お母さん、
そしてお父さんも私を抱きしめてくれていた。
「おちついた? かがみ……」
「何も心配要らないよ。お父さんたちがついているからね……」
 ようやく泣き止んだ私に向けられる、二人の優しい笑顔。全てを受け入れて
くれそうな笑顔。
 お父さんとお母さんなら……きっと分ってくれる。そう思った。思いたかっ
た。けれど……。
 みゆきの顔が頭をよぎった。ショックを受けて泣き出してしまった、あの時
のみゆきの顔が……。
 ……どうして、こんなに私は弱いんだろう。
 みゆきが言っていたとおりだ。私はすぐに他の人にすがってしまう。
 こんな私がこなたを守る事なんてできない……できるはずがない。
『誰からも理解されない状況は、強いストレスになります。……そしてそのは
け口になるのは、近くにいる存在か、自分自身だけです……』
 みゆきはそうも言っていた。
 本当にみゆきの言うとおりだ。ただ、弱い私は周りの人たちばかりを困らせ
てしまう。傷つけてしまう。
 ……私はどうすれば良いのだろう。
 私は、私は……こなたの側に居ないほうがいいの?
 誰にも聞けないその問いを飲み込んで、私はまた泣き出してしまった。



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  • GJ !
    このままだとあまりにもかがみが救われないので、ぜひ続きを
    書いて欲しい -- 名無しさん (2008-06-12 21:49:45)

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