しあわせのそうび

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「ねぇ」
抱きしめられている少女が後ろの少女に話しかける。
抱きしめている側の少女は嬉しそうに、んー? と返すだけでそれ以上の反応はない。
「これ、やっぱり恥ずかしいんだけど」
「気にしない。気にしない」
頬をこれ以上ないくらいに紅潮させた彼女に対し、彼女は何でもない風に答えた。
先程記述した通り、彼女は抱きしめられているのだが、
しかし、抱きしめられるにしては彼女は大きいし、抱きしめるにしては彼女は小さかった。
なんというか、その風体は、背伸びをしている妹とお姉ちゃんといった風で。
恥ずかしがるのも仕方がないかな、とも思えるが、それが理由では断じて無い。
なぜなら彼女達は同級生だったのだから。
どうして過去形なんだ、それがなんでこんな状況になっているんだ。
言ってやりたい事は多々あるだろう。
それでも、彼女は抱きしめられるのを容認しているし、
彼女もそれを理解して、にこにこと幸せそうに笑っていた。
……ええい、両方とも彼女でまぎらわしい事この上ない。

二人の関係を短く端的に述べてしまおうか。
泉こなたと柊かがみは、所謂――恋人同士であった。


 ◆

「抱っこしたい!」
それは三十分程前、こなたが部屋に遊びに来ていたかがみに言い放った言葉だ。
あまりにも唐突な言動にしばし硬直、頭の中で何回も言葉を反芻する。
「――――はい?」
が、首を傾げるしか出来なかった。

「だーかーら、抱っこだって」
「いや、だからと言われても」
わけが、わからない。
眉をしかめて真剣そのものの表情でこなたに問いかける。
しかし、そんな一言をこなたは、したいから、でばっさりと切り捨て、
固まっているかがみの背後に座り、腰に手を回す。

――――ぎゅう。

そんな効果音を出し、かがみを思いきり抱きしめた。
「ちょ……!」
背中やら腰やらにやわらかい感触が伝わり、腕から抜け出そうとする――
けれど、これ以上ないほどにがっちりとホールドされていてそれは叶わなかった。
「……あー、もう」
これでは、逃げられない。
そう悟り大人しくなったかがみを、こなたは更に強く抱きしめた。
「へへー」
はにかんだように笑って顔を押し付ける。
もっとも、身長差がありすぎるので背中に顔が埋まっただけなのだが。
「なんなのよ。この状況は」

漫画だらけの部屋で自分よりかなり身長が低い恋人に後ろから抱きしめられている。
文にすれば限りなく不可解な状況だが、紛れも無い真実なのだ。
真実ならば、受け止めなくては。
受け止めて、納得のいく説明を聞かなくては。
納得のいく理由無しに、こんな恥ずかしい状況なんてやってられない。
表情を窺ってみるが真後ろにいる恋人の顔は見えなかった。
ただ、あほ毛がゆらゆらと、ひょこひょこと揺れている。
あほ毛に感情がある――なんて非科学的な事は言えないが、確かにそれは、嬉しそうだった。

もういいや。
そこで思考を放棄して、かがみは腰に回されている手を握る。
そのまま背中いっぱいに感じる温もりを、受け止めることにした。


 ◆

そして三十分後。
話は冒頭に戻る。
「ちょっとだけでも離してくれない?」
さっきはもういいや、なんてのたまっていたものの、流石にずっとその体制は辛かったのだろう。
少し呆れたように、疲れたように問い掛ける。
「私は呪われちゃったんだよ」
けれどもこなたは妙に弾んだ声で不吉な事を宣言した。
「呪われた?」
「そう。教会に行って神父さんに解いてもらうアレだよ」
「どのアレだよ……で、それはどうしたら解ける訳?」
「聞きたい?」
待ってました、と言わんばかりの笑み。
かがみはとてつもない不安に襲われたが、ずっとこの状態でいるよりはマシと考えたのだろう。
不用意に「いいわよ」などと答えてしまった。
こなたは大きく頷いてかがみの耳元に口を寄せ、囁く。
「それはね――

 王子様のキスなのです」

「――――はい?」
「聞こえなかった? キスだよキス。
 ちゅー、口づけ、接吻。えーと、他の言い方は……」
「それは分かった! 分かったけど今の状況に何の関係があるのよ!」
王子様? 誰が? とわめき立てるかがみをこなたは心底呆れたような顔で見つめた。
「かがみのニブチン」
腰だけに遣っていた手を、腕にも回す。
そのまま器用にするり、とかがみの前に行き、膝に座った。
「な!?」
下手すれば顔同士が触れてしまいそうな距離。
それを意に介さず、こなたは続ける。
「キスで呪いが解けるとか、昔話の定番だよね」
首筋に当たる吐息。
本当に近くにいるんだと、嫌でも認識させられるような距離。
「そうね。で、それが――」
どうしたのよ、と口にする前に言葉が耳に届く。

「王子様役が、かがみなんだよ」

「――――ッ!」
状況を見れば考えなくても、分かるような話である。
それが分からなかったのは、かがみが極端に鈍感だったからであろう。
その鈍感は宣告を予想だにしていなかったようで耳まで赤くし、狼狽している。
「とりあえず、どうぞ」
「え、ちょ」
目を閉じて、顎を軽く上に向ける。
元々が近いため、少しでも動けば触れてしまいそうな。
そこで、二人は停止していた。

「…………」
「…………」
沈黙。
なんだろう。なんなんだろう。
かがみは状況を把握しようとするも、考える事に集中できない。
視界いっぱいに映る恋人が、彼女の思考を乱している。
それでも、少し間違えば触れてしまうような距離は、どうしても埋める事ができなかった。


「――――かがみのヘタレ」
そのまま数分がたって、静止していたこなたがようやく動き出す。
体を持ち上げ、一部が触れ合うように更に身を寄せ――
「待……!」
目を閉じたかがみの耳に、柔らかい感触が伝わった。

「…………」
「…………」
またしても沈黙する二人。
しかし、空気は明らかに弛緩していた。
「……何で、耳?」
呆けたように問い掛けるかがみ。
「……なんとなく……」
そっぽを向きながらぼそりと答えるこなた。
「いや、普通に口でいいじゃん」
「だって、初めてはかがみの方からしてほしいというか、なんていうか……」
瞬間、かがみが耳まで真っ赤になる。
「え、そんな、あの、えええ?」
「大丈夫? ……ゆでだこみたいになってるけど」
「あんたのせいよ……!」
なんでこんな恥ずかしい事を言えるんだコイツは……っ!
顔の熱は、引く気配がなく、
かがみの頭の中では海を飛び、空を歩き、地を泳いでいるような世界が回っていた。
それを見て、こなたは笑う。
嬉しそうで、それでもなんとなく儚げに。
愛しそうに、独白のように、目の前の恋人に語りかけた。
「ねぇ、かがみ」
「にゃ、にゃに!?」
噛んだ! なんかシリアスな雰囲気だったのにこの人噛んじゃったよ!

「……とりあえず」
緩んだ空気を正すべくこほん、と空咳をして話を切り出した。
「私からするつもりは無いから、かがみがしてくれるのを――待ってるから」
「………………」
言うべき事は言った、という感じの顔でこなたはかがみに回していた腕を離す。
そのままかがみの膝から下りようとするも、肩を掴まれ、それは出来なかった。
「なに?」
呆気にとられ、つい尋ねる。
対するかがみは真っ赤になって、こなたの瞳をただ、じい、と見つめていた。
「かがみ、おりれない」
その視線から逃げるように身をよじる。
けれど、肩に置かれた手は、それを許してくれない。
「かがみー?」
「…………えっと」
ようやくかがみが口を開く。
「その、私もしたい……じゃなくて、
 そんなへたれへたれ言われて黙ってたら末代まで馬鹿にされちゃうし」
「次の世代もあるかどうか怪しいけど」
「うるさい! ……とにかく、えーと」
続けるべき言葉が見つからない。
元々、素直な感情を伝える事は不得手なのだ。
加えて、こういうのは初めてで、どう対処したらいいか分からない、というのもある。
「うー……」
うんうん唸りながらこなたを見るが、適切な言葉が見当たらない。
どうしよう、と頬をさらに紅潮させるのみである。
そんなかがみに、こなたは頭の中だけで笑った。
「はい、どうぞ」
目を閉じて、顎を軽く上に向ける。
元々が近いため、少しでも動けば触れてしまいそうな。
そこで、二人はキスをした。
ただ触れるだけの。本当に触れるだけの、単純な。
こんな簡単な行為に一日を費やしたのか、と。
口にするのは楽だけれど、少なくとも、本人達には重要だった。
そんな奥手な恋人達は――
「……きゅう」
「かがみー!?」
鼻血を噴いて、失神寸前だった。
「ヘタレのくせにがんばるからだよ!
 ああ、もう! 嬉しいのに、喜んじゃいけない気がするっ!」
さりげなく酷い事を叫びながらティッシュをかがみの鼻に押し付ける。
ヘタレだヘタレだ、と騒ぎつつも必死に介抱している姿は実にほほえましい。
しかし、言われている当人はお気にめされなかったようで。

「へたれって、いうな……!」
「いや、このヘタレっぷりは呪いじみてるよ!」
この呪いはいつ解けるのやら――
そんな事が頭をよぎり、苦笑しながらもう一回恋人に抱き着いてみた。

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