彼方へと続く未来 第三章 (前編)

このページを編集する    
 ユラユラと揺れる景色が、あっという間に視界から消えていく。
 眩しい朝日が照りつける、いつもと同じ朝。いつもと同じ時間の電車。
 そして、いつも通りの駅で電車から降りる態勢に入る。
 後ろ髪が余計な所に引っかからない様に注意しながら、
目の前のホームに軽くジャンプ。勢いで少し体がよろける。

 そんな私を、いつもの様に出迎えてくれた二つの影。
 一人はつかさ。高校生になって始めて出来た友達。
 そして、もう一人は―― 


       『彼方へと続く未来』 第三章 (前編)


 今日も、学校の中は平和そのものだった。
 ゆーちゃん達を始めとした一年生組は学期末テストの対策とかで
忙しいみたいだったけど、私たち三年生は卒業式の準備に関する
連絡とかがここに来る目的になりつつあったから、ある意味気楽だった。

 とはいっても、まだまだ授業は普通にやっていて、うっかり世界史の
時間にうたた寝しちゃった時は、黒井先生流の愛の鉄拳を何コンボか
決められて頭がグラグラしちゃったけどね。
 ……とかなんとかやっている間にあっという間にお昼の時間。

 いつもの机に自然と集合する私、つかさ、みゆきさん。 
 あの時は三人で囲んだこの机も、今は静かに四人目が
来るのを待っている様に見えた。みんなで待つこと数十秒。
トテトテという足音と共に、C組からの訪問者がやってきた。

「おーっす。お昼食べにきたわよー」
「お姉ちゃーん。こっちこっち」
「こちらですよ、かがみさん」

 かがみ。一昨日仲直りしたばかりの、私の大切な親友。
 怖い性格だっていう人もいるけれど、たまに見せる素直な所が
たまらなくかわいいんだよね。本人は否定してるけどさ。

「やあやあ、いらっしゃいかがみんや。何にもない所だけど、
 遠慮無く座ってくれたまえ」
「はいはーい、お邪魔しま~す……って、なんでアンタだけ
 やたらと偉そうなのよ。納得いかねー!」

 かがみは、『いつものかがみ』のままだった。そのかがみを加えて、
四日ぶりにみんなでお弁当を突っつきながら、他愛もない話しで盛り上がる。
 つかさが、疑問に思っていることを口に出して、みゆきさんがそれに応える。
 それを私がネタにして返して、さらにかがみが突っ込みを入れる。そんな日常。
 私は、この日常が好きだった。かがみ達が、側にいてくれる日々が楽しかった。

 そして、また新しく刻み込まれた高校生活。
 こんなやりとりも、卒業したらきっと大事な宝物になるよね。
 そう……信じてる。

「あれっ。もう帰っちゃうの、かがみ?」
「ごめ~ん。どうしてもやらなくちゃいけない用事があってさぁ」

 綺麗に空っぽになったお弁当箱を抱えながら、かがみが私たち
三人にそう告げたのは、お昼休みがちょうど半分過ぎた頃だった。
 いつもなら、これからみんなでもっと盛り上がって、恒例のあるある話し
でもしようかと思っていた矢先の出来事だったから、余計に意外だった。

 どうしたんだろ。もしかして、まだ食べ足りないから、みさきち辺りのお弁当
とかでもつまみ食いに行くのかな~? って冗談で言ったら、思いっきり突っ込まれた。
 『アンタといると毎日疲れるわよ』そうぶつぶつと文句を言いながら、
かがみは教室を出て行った。にしても、こんな時間に用事を作るなんて珍しいなぁ。

 ……まぁ、かえって都合がいいってもんだよね。
 今日に限っては、私にも大切な用事があるんだから。
 本当は放課後に行こうと思ってたけど、今が絶好のチャンスだしね。

「さ~てと、私もちょっと出かけてこようかな」
「あら? 泉さんもどこかへ行かれるのですか?」
「まあね。ちょっとした野暮用って奴だよ」
「そうですか。それでは気を付けて行ってきて下さいね」
「頑張ってね~、こなちゃん」

 ……なんだか、かがみでもないのに無性に突っ込みを入れたくなってきた。
 元々私は突っ込むよりも狙ってボケるタイプだから、こういうパターンって結構
対応しにくいんだよねぇ。って、こんなことしてる場合じゃないよ。急がなくちゃ。

 お弁当箱を鞄にしまって、二人に軽く手を振ってから教室の外へ。
テンポ良く廊下を早歩きしながら、校舎の奧へと向かう。
 その間に、すれ違う生徒の学年層はだんだんと下がって、やがて一年生達のいる教室の
エリアへとたどり着いた。その中の一つの教室へと入り、ゆーちゃんの所へ。

 『え~と、確か部室の方に行くって言ってたけど……』ゆーちゃんの言葉を聞き、
グッジョブと言い残し再び廊下へ。歩き回る事数分、ようやく目的地へと到着した。

 “アニメーション研究部”そう書かれたステッカーが貼り付けられた扉が一つ。
 ここが今回の終点、改め今日の相談場所。こっそり持ち込んだ“アレ”が
潰れないように慎重に手に抱えながら、私は冷え切った扉にそっと手をかけた。



 部室の中は、しんと静まりかえっていた。作業し易い様に繋げられた机と、おそらく
余っていると思われる大量の椅子のざらついた感触が、不思議と心地良かった。

 そんな部屋の奧で、うごめく人影が一つ。その人影は、私がここに入って来た
ことが分からない程集中していたらしく、響く物音にもまるで無反応だった。
 仕方無いから、机に突っ伏しているその人影の正面まで行って自重しない程
の大声で叫んでみると、やっと反応が返ってきてくれた……ていうか、遅っ!

「ええっ。勘弁してくださいよ~、先輩。再来週からテストなんですよぉ~」

 真新しい装丁の本をパタリと閉じながら、妄想に定評のある後輩……もとい
ひよりんが、目をパッチリとさせながら驚いていた。
 ていうか、テスト前のハズなのにこうして昼休みに部室にいる時点で、
今の言葉に説得力というものは存在しないのだよ、ひより君。
 それに、こっちにはとっておきの手段があるんだから。

「んふふ~。その割には、目の色変えて読んでたみたいだけど?」
「な、何をっスか」
「私がこの前すすめた漫画の新刊♪」
「うぐっ、それは……」

 お~お~、困ってる困ってる。ここまで来たら、あともう一押しだね。

「そこまで余裕ならさぁ。相談の一つや二つ位、余裕ってもんでしょ?」
「はぁぁ~。先輩にはやっぱり敵わないっスね……」

 頭を両手で抱えながら、ひよりんは降伏の白旗をあげた。
 目標、完全に沈黙! って奴だね。

「それで、相談の内容ってなんなんスか、先輩?」
「ん~……まあ実際に見て貰った方が早いかな、はいコレ」
「はうあっ! こ、これは……」

 それとなく私が手渡したのは、一枚のルーズリーフ。
 そこに描かれていたのは二人の人物。一人は栗色の髪に青色の瞳を
した外国人の女の子。右手には、“ぼーいずらぶ”と書かれた薄い本。
 もう一人は、机に座って作品を書いている、茶色がかった髪をした女の子。
 それぞれ、昨日一晩かけて暇を見つけながら描いたものだった。

「え~っと。これってもしかして、私と……」
「もちろんパティだよ。結構いいコンビだと思うんだけど」 
「あっ。そっ、そ~っすよね。よく似てるっスよ。あは、あはははは……」

 今朝の埼玉県の空気より何倍も乾燥した笑いが部屋にこだました。
 お世辞はいらないよ、ひよりん。正直さ、よくわからなかったんでしょ?
 ひよりんからルーズリーフを受け取りながら心の中で叫んでみる。
 かくいうひよりんも、私の心中を察したらしく、こめかみの辺りを軽く
掻きながらしばらく目線を右往左往させた後、

「で、でも。どうしてこんな絵を描こうと思ったんスか~、先輩?」
 結局スルーすることにしたらしい。まあひよりんの性格のことを考えれば、
この位予想はつくけどさ。

「まあ、ちょっとした遊び心って奴だね……そんなことよりもさ、ひよりんにぜひとも
 聞きたいことがあるんだけど」
「聞きたいこと、ですか?」
「そそそ。一体どうすれば、絵が上手く描けるようになるのかなってね」
「えっ……」


 あっ、あれれ。ひよりんにしては珍しく冷めた反応だねぇ。
 んっ、そうか。そうやってさっきみたいにまた誤魔化そうって作戦だね。
 だけど甘いよひよりん。この程度で引き下がるほど、私は諦めが良くないんだから。  

「いやぁ~。こうやって同人誌に関わる者として、最低限の画力位は身につけなきゃって
 思ったわけよ」
「はぁ」
「ほら、良く言うじゃん。描ける人のを真似したり、雑誌のイラストを描き写したり
 すると上手くなるってさ。下手の横好きって程じゃないけど、頼めないかなぁ?」
「…………」

 ま、またその反応……今日のひよりん、やっぱりどこか冷めてるよ。
 てっきり二つ返事でオーケーするものだと決めつけていたので、
ここに来て完全に手詰まってしまった。そうやってあれこれ考えていると、

「――確かに、他の人。例えば私や部長の描き方を真似したり、
 雑誌のイラストを参考にすることは、有効な方法だと思うッス。
 だけど、それよりもっと大切なこと。先輩にはわかりますか?」

 不意にひよりんが椅子から立ち上がって、普段なら同人誌の原稿の追い込みの
時くらいにしか見せない様な顔つきで、私に難題を吹きかけてきた。
 トレードマークの一つである眼鏡。それが太陽の光に反射し、キラリと光った。

(なっ……急に言われてもわかんないよ、そんなこと)

 再び脳内であれこれ会議してみるけど、一向に答えは見つからない。
 お互いに立ち尽くしたまま、時が止まった様な錯覚に襲われる。
 長い沈黙。その沈黙を破ったのは私ではなく、ひよりんだった。

「気持ちっすよ!」
「へっ?」

 怪しい電波でも受信しちゃったんだろうか。普段のひよりんからは想像も
つかない話しの切り出し方に、思わず驚いてしまった。
 だけどその驚きは、ひよりんの次のひと言によって、消えていった。

「自分は描くのが下手じゃない。むしろ誰よりも上手い、って思う気持ちっスよ」
「上手いと思う……気持ち?」
「そうっス。現に私だって、最初からこんな風に描けてた訳じゃ無かったんスよ。
 昔の頃に描いたイラストを見つけられて、笑われちゃったこともありましたから。
 だけど、上手くなりたい。誰よりも上手くありたいと思ったからこそ、今の私がいる」

 眩しい。なんかひよりんが眩しく見えるよ。これってまるで、長い解説が
一段落した後のみゆきさんと同じ……か、それ以上だよ。ひよりんって、こんなに
真面目なことを言う後輩だったんだねぇ。少し見方が変わった様な気がするよ。

「だから、泉先輩も見つけてください。先輩にしか出来ない、自分だけが表現できる
 気持ちで突っ走って完成させた絵を! ……って、ちょっと臭すぎちゃいましたかね」

 あ、やっぱり自覚はしてたんだ。だけど、言われて初めてわかったよ。
 技術とか器用さなんて関係ない。私には、大切な親友――かがみの為に存在
しているこの気持ちさえあれば、もう充分だってことにさ。

 ……ありがとう、ひよりん。おかげで何か吹っ切れたよ。
 精一杯のお礼を、何回かに分けて伝えると、ひよりんは顔を赤くしながら照れていた。

 『こんなの、私のキャラじゃないっスよね』って聞こえた様な気がするけど、わざとスルー
して、普段のひよりんのパターンに戻ってもらうことにした。だって、そっちの方がやっぱり
いつものひよりんらしいもんね。再び頭を抱えながら、自重モードに入っているひよりんに
もう一度心の中でお礼を言いながら、私は部室を後にし、自分の教室へと向かった。

 何分か振りに出た廊下。だけど、そこにいる生徒の姿はまばらだった。
 たまたま持ち込んでいた携帯を開いて時間を確認してみる。すると、時間は私の予想
よりも遥かに進んでいて、午後の授業が始まる時間まで後少ししか無かった。

(ちょっとだけ、急ごっかな)

 急ぎ足で廊下を歩き、三年生の教室へと続く階段を二段抜きで上り切る。
 加速していた体を引き留めてふうっと息を吐く。これならもう楽勝で間に合うよね。
 そう思ってクラスに戻ろうとした次の瞬間、見慣れた人影が私の斜め上の視界に現れていた。

(あれって……かがみじゃん)

 その姿は、間違いなくかがみだった。その表情はいつになく険しくて、
緊張感を纏ったオーラみたいな物を出しながら、屋上へと続く踊り場に立ち尽くしていた。
 私は、何がどうなっているのか分からず、とりあえずかがみに話しかける為に
階段を上って近くまで行こうとしたんだけど、

「本当に、すみませんでしたっ!」

 それは、かがみの声によって遮られた。突然聞こえた声に驚いて、私はとっさに
下へと続く階段を少し降りた所に身を隠した。なんで、こんなことしてるんだろう。
 罪悪感にも似た感情が私の心にぐさりと突き刺さる。

 一方のかがみは、そんな私に全く気付くこと無く、深々と頭を下げていた。
 それは、私から見て死角の位置に居る人に向けられているみたいだった。




コメントフォーム

名前:
コメント:

|新しいページ|検索|ページ一覧|RSS|@ウィキご利用ガイド | 管理者にお問合せ
|ログイン|
  



★Counter

TOTAL: -
TODAY: -
YESTERDAY: -

★更新履歴

取得中です。