38万4400km分の想い

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 遥か昔、宇宙の彼方に浮かんでいた月という名の星に、薄紫色のウサギがいた。
 ウサギは、孤独という言葉を知らなかった。何故なら、この灰色の大地に
立っていたのは、他ならぬこのウサギだけ。気付いた時には、独りだった。
 だからこそ、ウサギはこの大地の上には自分しかいないという事実が、
当たり前だと思っていたのだ。

 独りで考え、独りで駆け回り、独りで食事をとり、そして眠る。
 それが、ウサギ自身が決めた生き方だった。
 何でもない日常。ウサギにとって、それが唯一の時間の進め方。
 幾日も、幾月も、ウサギはそれを繰り返した。
 しかし、幾年も経ったある時、ウサギは考えた。

 ――本当に、ここには私しかいないのかな。

 ウサギは、ようやく悟ったのだ。
 自分が孤独であるということに。

『誰かいないの? いたら返事をしてっ』

 極々希少に広がる大気に向かって、ウサギは呼びかけた。
 しかし、長く伸びたその二つの耳に、返事が届くことはなかった。

 次の日。ウサギは旅に出た。目的は、自分以外の誰かを見つけること。
 大地を蹴り、何メートルもジャンプしながら、ウサギは走り続けた。
 旅のお供は、白くて丸い形をした食料。それを食べながら、前へ、前へ。

 明と暗が交互に訪れる大地の中、ウサギは翔け続けた。
 脚が痛み、耳がしおれるまで疲弊しても、ウサギは止まろうとはしなかった。
 そして、何日経ったかも分からない程の時間が過ぎた頃。
 ウサギの目に、不思議なものが飛び込んできていた。

 それは、真っ暗な空に浮かぶ、蒼い半円状の物体だった。
 所々に白い渦の様な物が取り巻き、その周りには小さな赤茶けた形の
欠片が点在している――綺麗だなぁ。今のウサギには、その言葉を
絞り出すだけで精一杯だった。

『ねぇ、アナタは誰? 私と友達となってよ』

 ウサギは、問いかけた。
 何故そんなところにいるのか、なんでそんな形をしているのか。
 どこから来たのか。しかし、ウサギの質問に、蒼い物体は応えなかった。
 否、応えられなかった。
 その物体は、意志を伝える手だてを持っていなかったのだから。

 ウサギは、再び考えた。前足を組むフリをしながら、何日も立ち尽くした。
 ある時、ウサギの中で一つの答えが生まれた。とっておきのアイディア。
 少なくともウサギにとっては、そういう結論だったに違いない。

『私から、そっちに行くよ。この後ろ足と前足をつかって、アナタの所へ』

 それは、恋をした人間に似たものであったかもしれない。
 事実、この日を境にウサギは一心不乱に跳び続けた。
 後ろ足に力を溜め、前足を支えにしながら一気にジャンプ。
 その度に、蒼い物体がほんの少しだけ大きく見えたが、
やがてウサギは地に足を着いていた。

 もう一回、もう一回跳べばアナタの所へ行ける。
 そう信じて、ウサギは大地を蹴った。
 周辺がその衝撃で整地されても、周りがまた明るくなっても、
ウサギは跳ぶことをやめなかった。焦がれ、憧れ、そして惹かれた
あの蒼い場所まで。一羽の挑戦は続いた。

 ――しかし、生命にはいつか終わりが来る。

 月に住むウサギにとっても、それは例外ではなく、不眠不休で
跳び続けるという行為は、確実にウサギの体を蝕んでいた。

 もうやめて……アナタは充分頑張ったよ。

 蒼い物体――地球は、そう言いたかったに違いない。
 だけど、見ていることしか出来なかった。想いを伝えることが出来なかった。
 そして、さらに数日後――ウサギは倒れた。

 ウサギは、最後にこう願った。

 アナタの所には行けなかったけれど、ここに、私の生きた証を残します。
 未来へと続く時の中で、アナタがこれに気が付いてくれたのなら、これ程嬉しい
事はありません……さようなら。私が愛した――。

 その言葉を最後に、ウサギは旅だった。薄紫色の体をなびかせながら、
遠くへ、ずっと遠くへ。そして、残った想いは涙となり、果てなく広がる月面を、
綺麗に色づけていった――。

「あれっ? おかしいな……どうして、泣いてるんだろう」

 月明かりが照らす部屋の中で、かがみは一人泣いていた。
 この日は、読み溜めていたラノベを少しでも消化しようと机に向かっていたのだが、
突然襲ってきた睡魔に耐えきることが出来ず、彼女はしばらく間眠りに落ちていた。
 そして、ふと気が付いた時。彼女は涙を流しながら、窓の外を見上げていた。
 記憶の中から揺り起こされたのは、蒼い星に恋をした薄紫色のウサギの夢。 

 なんであんな夢を? と思案しているかがみの携帯に着信。
 手慣れた様子で携帯を手に取り、彼女は通話を開始した。

「もしもし? なんだ、こなたかぁ」
『やふー。今からそっちに行ってもいいかな? かな?』
「はぁ!? もう日が暮れてるじゃないのよ。今から来る気?」
『もっちろん。かがみに会いに行くのに時間も理由もナッシングだよ』
「もうっ、りょーかい。アンタには負けたわ……で、今から家を出るわけ?」
『いやぁ。実はもう半分位の所まで来てるんだよね、これが』
「早っ! その行動力、もっと勉強の方に生かしなさいよね……」

 文句を言いつつも、笑顔でこなたの声に応えるかがみ。
 その瞳に宿っている感情は、とても澄んでいて、どれにも形容し難いものだった。
 同級生、親友。はたまたそれ以上の何かか。この時のかがみは、まだ真実を知らない。



 ウサギは、蒼い星に行き着くことは出来なかった。その距離、38万4400km。
 けれど、そのウサギが残した涙は海となり、今でもはっきりと月の表面に刻まれている。
 その海の下で、走る少女が一人。行く先で待っている人との距離は、曖昧38万4400㎝。
 およそ四キロの距離を、彼女は跳ぶ。今度はウサギの方からではなく、蒼い欠片を
纏った、輝く幸運の星が。

『今日も、月が綺麗だなぁ』

 想いは受け継がれる。黄色い満月の下で。そして、二人の想いも少しずつ動き始めていた。




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