運命を駆ける猫【第五章】

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毎日屋上へ通い詰めたのは一緒にいる時間を増やしたかったから。
他愛の無い会話を繰り返したのは早く仲良くなりたかったから。

私は貴女の笑顔が見たかっただけ。
あんな顔…見たくなかったのに。


―――。


「………」

教室へ向かって、何も言わずに私の前を歩く日下部。顔は見えないけど、機嫌が悪いことが手に取るように分かる。

「ねぇ、日下部…」
「…なんだ?」
「ごめんね、気分悪くさせちゃってさ…」

私の謝罪の言葉に、日下部は立ち止まって後ろを振り返る。
…その表情は怒りではなく、意外にも悩ましげなものだった。

「柊が謝ることじゃねぇよ。それに…」
「…何?」
「いや、何でもない」

気まずそうに頬を掻きながら、日下部は再び廊下を歩き出した。

「柊はB組に行くだろ?」「あ、うん…」
「私はあやのが待ってっから先に戻るな」
「分かった」

そんじゃあと一言残し、日下部は足早にC組の教室へ入って行った。私はその姿を見届けた後、すぐ隣のB組へと入った。
…つかさとみゆきに今までのことを話して謝らないといけない。

「つか………あれ?」

二人の名前を呼ぼうと同時に教室へ入ったのはいいけど、そこにはつかさとみゆきの姿は無かった。
いつものようにくっつけられた机の上には、既に食べ終わったらしきお弁当箱が二つ並んでいた。

「トイレかな…」

机も荷物もそのままに置いてあることから、二人がすぐに帰ってくると思った私は、しばらく帰りを待つことにした。
一人、椅子に座ってぼーっとしていると、ある違和感に気付く。


「お腹減った…」

そういえば、屋上にお弁当を持って行ったのはいいけど、食べる暇が無かった。本来なら手のつけられていないお弁当が私の手元にあるハズなのに、それが見当たらない。

「まさか…屋上か?」

それしかないだろう…他に思い当たる節なんて無い。取りに行こうにも屋上には泉さんがいる。
さっきあんなこと言われたばかりだから、今は出来れば顔を合わせたくない。

「仕方ない…お昼は我慢して放課後取りに行くか」

頬杖をつきながら一つ溜息をつく。そんなことをしても心の曇りは晴れる兆しを見せない。

『私さ、あんたみたいな人が1番嫌いだから』

嫌いなもの、私。
彼女について新しく分かったのは、出来れば知りたくも無いことだった。

「何が…いけなかったのかな?」

ワケが分からなくなって、机に顔を伏せる。
考えてもどうにもならないのは分かっているけど、それでも深く考え込んでしまうのが私の性質。

「どうしよ………」
「あら?かがみさん」
「あ、お姉ちゃんだー」

遠くから私を呼ぶ声に反応して塞ぎ込んだ顔を上げると、いつの間にかつかさとみゆきが教室に戻って来ていた。

「あー…」
「お姉ちゃん、大丈夫?体調でも悪いの?」
「ううん…」

身体の調子なら大丈夫。どこも悪くなんてないよ。

「昼食はもう済ませましたか?」
「まあ…」

また…嘘ついた。心が痛む。いつまでもこんなことしてちゃ駄目って分かってる。日下部にも言われたし、さっき自分にも言い聞かせたじゃない。二人には、ちゃんと話さないと…。

「お姉ちゃん?」
「あの、さ…」

どこから、何を話すべきかなんて分からない。だから私の持っている感情全てを、二人に伝えよう。


―――。


「そうだったんだ…」
「うん、どうしても気になってさ。ごめんね、今まで黙って嘘ついてて」
「何も謝ることではありませんよ」
「でも…」

今までのこと全て話しても、二人の様子は変わらない。つかさはいつもと変わらずニコニコしているし、みゆきも聖女様のような眼差しでいる。

「私も、出来る限り協力するからね!」
「私など役に立つかは分かりませんが…」
「そんなことないわよ。ホント、ありがとね」

私を咎めもせず、寧ろ納得して受け入れてくれた二人。更に協力までしてもらえるなんて…持つべきものは友達だと痛感した。

そんな優しさに触れ心が落ち着いた私は、先程と違って明るく、他愛の無い話を始めた。授業の話や、最近流行りの臭いものの話。
あ、それと…

「そういえば、つかさ達はさっきまで何処に行ってたの?トイレか?」
「あ…う、うん。そうだよー」
「…?」

その話に切り替わった途端、つかさの表情が変わった。私にはそれが何を意味しているか全く分からず、そのままオロオロしたつかさの顔を見つめていた。

「コホン…かがみさん」
「ん?」

するとみゆきが一つ咳をして、私の名前を呼んだ。言い方を悪くすれば、つかさに対する私の注意を逸らした気がする。

「一つお話しておきます」「な、何よ?」
「泉さんは…自分の言ったことに後悔されています。今日のことに関して、かがみさんだけが気に病まれているワケではないかと」

終わったハズの話題が、意外にもすぐ掘り返された。というか、何を根拠にいきなりこんなことを言うんだろう?みゆきは泉さんの何を知っているのか?

「どうして…そう言い切れるの?」
「はい……勘ですね」
「か、勘って…」

女の勘は鋭いって聞くけど、この時だけはそんな言葉を信じられなかった。みゆきはきっと、何か確信を持っている。

「…まぁいいわ。あまり深くは聞かない」
「そうですか、ありがとうございます」

そう言うとみゆきはつかさと目を合わせて苦笑していた。やっぱり何かあるのか…この二人、何だか侮れないわね。
そうこうしていると、昼休み終了のチャイムが聞こえた。私は二人に一礼し、急いで自分のクラスへと向かった。


―――。


授業が終わり放課後になって、私はつかさとみゆきを誘って帰る準備をしていた。鞄の中に教科書や筆箱を詰めていると、ある物が足りていないのに気付く。

「あ、お弁当箱…」

屋上に忘れたであろうお弁当箱。それを取りに行くため、私は二人に先に帰ってもらうようにお願いした。帰る二人を見送った後、私は急いで屋上へと向かった。
流石にこの時間なら、泉さんもいないだろう。そう思って何の迷いもなく、屋上への扉を開く。

予想通りそこには誰もいない。いや、でもある意味予想外れかもしれない。
…肝心のお弁当箱は無かったから。

「先生か誰かが預かってるのかな?」

屋上をウロウロと徘徊しながら、独り言を呟く。
でもやっぱり、何処にもお弁当箱は無かった。

「…もう明日でいいや」

意外にも呆気無く諦めた私は、教室へ荷物を取りに戻り、一人寂しく通学路を家に向けて歩き出す。

「これなら二人と一緒に帰れば良かったな…」

自分勝手な不満を漏らしながら、ゆっくりと歩く。
そんな私の横で、子供の騒ぐような声が聞こえた。
視線を送ると小さな公園が目に入った。公園の周りには草木が多く、なんだか河川敷みたいな雰囲気も否めない。

何も考えず、フラフラとその中に入ってみると、ブランコや滑り台で数人の子供が遊んでいた。
その姿に目をやりながら、傍にあったベンチに座る。

あんなに蒼くて綺麗だった空は、夕日に照らされ少しオレンジがかってていた。

「…ん?」

ベンチの後ろにある草むらから小さな音が聞こえる。振り返ってみると、そこから一匹の黒猫出て来て、私のもとへ寄って来た。

「あなたも一人なの?」

私の言葉に返すように小さく口を開けて鳴いてみせる。本当はタイミング良く鳴いただけだろうけど、私にはそれがこの子からの返事に思えた。

「そっかぁ…」

その小さな頭をそっと撫でると、気持ち良さそうに喉を鳴らしている。
猫は気まぐれって言うけど、本当はこんなにも人懐こいんだね…。

もしかしたら、泉さんも…。

猫に例えるなんて失礼かもしれないけど、彼女と猫は似ているような気がしてやまない。それなら、いつかは私に…。

「あっ…」

半ば妄想的な思考を巡らせているうちに、猫は私の手をサッと摺り抜けて走り出した。
何事かと思い目で追うと、とある方向へ一直線で向かっていた。あっちの方には…小さいけども立派な道路がある。

「そっちは…!」

心配になり急いで後を追いかけると、私のいる歩道から数メートル先に出た道路の真ん中で毛づくろいをしていた。

「良か………っ!?」

無事を確認して安心したのもつかの間、その後方から…一台のトラックが猛スピードでこっちに向かって来ているのが見えた。

「危ない!」

私の声が黒猫に届くはずもない。トラックに気付いている様子も無かった。

「だ、ダメっ!!!!!」


理由なんてない、身体は自然に動き出す。

可能不可能なんて知ったことじゃない。

助けないと…!

その刹那、一つの風が吹いた気がした。





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