運命を駆ける猫【第四章】

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いつもに比べ、やけに賑わっている通学路をつかさと歩く。昨日の雨と比べて今日は驚く程に快晴だったことがその原因だろう。遥か彼方まで続く蒼く澄んだ空。綺麗で広くて大きくて…とても遠い。それはまさしく、私の中の彼女の存在と同様だった。

泉こなたという存在が、私の頭の中から離れない。まだ一言も話したことさえないのに、私は何も知らない彼女を意識し始めてる。所謂、一目惚れってやつになるのだろうか?女が女に一目惚れなんて気味悪い表現かもしれないけど、今の私の気持ちを表すにはそれが1番だった。

「今日は良い天気…絶好のお花見日和だねー」
「うん…」

どうすれば彼女に近付くことが出来るんだろう?

「お姉ちゃん、どうしたの?」
「うん…」

いきなり声掛けても、きっと鼻で笑われたりするんだろうな。寧ろ無視される可能性も有り得る。

「…ゆきちゃん、元気?」「うん…」

でもここはやっぱり…行動に出るしかないんだろう。なるべく自然に…。

「…そうだ。今日のお昼は泉さん誘って、四人で食べようよ!」
「うん…」

そんなの分かってるわよ。昼ご飯はつかさ、みゆき、泉さん、私で食べるのが普通………って、あれ?

「なぁぁぁ!?いきなり何言い出すのよ、つかさは!」「だ、だってお姉ちゃん…考え事しすぎだよ?ゆきちゃんって呼んでも返事するから…」
「え?…あぁ、ごめん」

私ってば、そんなに考え込んでいたのか…。少しだけ自己嫌悪に陥ったけど、つかさに聞きたいことがあったからすぐに止めた。

「で、さっきの話だけど…」
「うん!泉さんもね、お昼ご飯に誘ってみたらどうかなって」
「いきなりだな…」

泉さんが人の誘いを素直に受け入れるとは思えない。彼女の事を何も知らないと言っておきながら、こんなことを勝手に決め付けているのも失礼だけど。

「友達になれるチャンスだよ?」
「そ、それは確かにそうだけど…」
「なら良いよね?」

…なんか納得いかない。つかさに言いくるめられているのもそうだけど、私にも心の準備って物があるワケで…。

「で、でもさ、みゆきが何て言うか…」
「ゆきちゃんなら大丈夫!昨日連絡入れておいたから」

肝心な所は抜けているくせに、こんな時だけは無駄に素早い仕事をするつかさ。器用なのか何なのか…。
そして、普段は口の言い合いで負けない私がこんなに押されているとは…自分のヘタレっぷりを少し痛感した。

「あー…もぅ分かったわよ!好きにして!!」
「やったぁ!えへへ、楽しみだねー、お昼ご飯」
「まったく…」

呆れた言葉を吐きながらも、私の心は躍っていた。期待半分、不安半分の中で。

―――。


「それじゃあ私はB組に行くから、二人で食べてね」「柊はまた妹のとこかー」「そうよ」
「行ってらっしゃい、柊ちゃん」
「寂しくなったら、私はいつだって待ってるぜ!」
「はいはい…」

今日はいつも通りつかさ達とご飯を食べる予定だったので、日下部と峰岸に一言残してB組に向かう。
廊下に出た瞬間、心無しか表情を引き締めている自分がいた。教室の前で深呼吸し、身体の中のモヤモヤした気分を吐き出す。いつも通りの私でいい、落ち着こう。目の前の扉をゆっくりと開ける。

…いつもの場所にはつかさとみゆきしかいなかった。つかさは何故かお葬式みたいな顔をして、みゆきはそれを宥めている。
泉さんは…此処にはいないみたいだった。

「どうしたのよ、二人とも」
「あ、お姉ちゃん…」
「実はですね…」
「泉さんを誘おうとしたら、すぐにどっかに行っちゃって…」
「残念ながら、お誘い出来なかったんです」
「ごめんね、お姉ちゃん…」

なんだ…そんなことか。不謹慎ながら、本当に誰かがの身に何かが起こったのかと思った。つかさは今にも泣きそうに謝ってくるし、みゆきも何故か頭を下げている。二人は何も悪くないのに、気負い過ぎよ…。

「そんなの仕方無いわよ。泉さんにだって都合はあるし、二人のせいじゃないから…ね?」
「…うん」
「申し訳ありません」
「いいって!それより早く食べよ?私、お腹空いてるのよねー」

泉さんの件について話すのは止めにして、すぐにお弁当を食べ始めた。別に今日じゃないとダメってことでもない。

けど…お昼になってすぐに教室を出ていくのは、少し不自然じゃないか?
他に一緒に食べている人がいる可能性は…無いわよね、転校生だし。でも普通に学食に行っている可能性だって有り得る。

…うん、そうなんだ。泉さんは学食に向かっただけ。明日はきっと…一緒に昼休みを過ごせる。

その考えに根拠も無く核心を持った私はそれ以上に深く考えるのを止めた。

次の日も空は快晴だった。季節のせいもあってか、少し気怠い授業を受けながら、私は昼休みが来るのを待った。

「じゃあ今日はここまでだ」
「よし、終わったっ…」

四時間目の授業が少しばかり早く終わり、私はお弁当を持って峰岸の席へ急ぐ。日下部がいるとまた会話が長引くので、あいつが来ないうちに峰岸に用件を伝えて、教室を飛び出た。
その瞬間にチャイムが鳴り響いて、他のクラスからも続々と生徒が出てくる。
今日こそは泉さんが教室を出て行く前に声を掛けるんだ…と思った時、当の本人がB組から出て来た。

声を掛けるにもいきなりのことだったので、彼女は瞬く間に私の横を通り過ぎた。その姿を振り返ると、彼女の手に菓子パンの袋が握られているのが見えた。
あれ?食べ物があるということは…彼女が向かう場所は学食じゃないわよね?

いや、そんなのどうだって良い。とにかく今を逃してはいけない。
私は自然に彼女のあとを追っていた。人の行き交う時間だから、私の行動が浮いた物になる心配はない。
それと同時に携帯でつかさ宛の新規メール作成画面を出し、今日は日下部達とご飯を食べるという…嘘の内容を送る。もし何か言われたら、後で理由を話せばいいよね。

泉さんは廊下の角を曲がり、昇降とある階段を迷うことなく上っていった。
これより上の階に行っても教室はない。あるのは屋上だけだから、階段を上がる生徒なんて滅多にいなかった。

「なんで屋上なのよ…」

悪態をつき、躊躇いを見せつつも…私が取る行動なんて決まっている。
私は既に彼女の姿が無くなった階段を一段飛ばしで駆け上がった。するとその先に見えたのは、広い大空へと続く扉だけだった。

「うわっ、眩しっ…」

扉を開けると真っ先に目に入るのは光。私達の世界を照らしてくれる太陽の光だった。
顔の近くに右手を上げ、それが直接目に入るのを遮る。そのままの状態で屋上を見渡すと、ぽつんと一つの蒼い塊が見えた。

「いた…」

彼女は誰かと一緒にいるワケでも、何かをするワケでもなく…ただこちらに背を向けて座っていた。

私はゆっくりと一歩ずつ…だけど確実に歩み、二人の間の距離を縮めていく。
あと少し歩けば手が届く位置まで近付いたが、私はそうはしなかった。

「泉さん?」

彼女にかける初めての言葉。緊張で少し上擦った私の声に、彼女が振り返る。体育館での時より、かなり間近な距離で私達の視線は交錯した。

「………」

泉さんは何も答えずに私の顔を凝視する。その手には先ほどの菓子パンが握られていた。

顔が熱くて変に汗をかいているのは、きっと気候のせいなんかじゃない。私の中の何かを、彼女が変えているから…。

「ねぇ。一緒にご飯…食べて良いかな?」
「………」

勇気を出して言ったにも関わらず、返事は返ってこない。泉さんは再び背を向け、パンを食べ始めた。

私はその横に少し距離を置いて座ると、勝手にお弁当を食べ始める。彼女から何か話すことは無かったし、私から何か話すことも無い…つまり無言の世界。
つかさやみゆき、又は日下部や峰岸とお昼を食べる私にとって、学校での無言の昼食は初めて味わうものだった。

そんなの、気にしない。今は無理に会話しなくても、一緒に居ればそのうちに話せるようになる…。
そんな私の考えを尻目に、泉さんは食事が終わるとさっさと屋上を降りていってしまった。

「…まさか一人ぼっちにされるとは」

お弁当は食べかけ。中途半端な状態で屋上に取り残された私は、つい本音を漏らす。

だけど、彼女は昨日も一人だったのかもしれない。

謎は多いけど、いつかは仲良くなれる。そう思うと自然に、明日も屋上に来たいという気持ちが湧いた。

そうだ、明日は自己紹介…しないとね。

次の日も、そのまた次の日も、私は昼休みになると屋上へ向かった。
日下部達にはB組で、つかさ達には自分のクラスでご飯を食べると伝え、一人で毎日泉さんに会いに行った。決して秘密にしようなんて考えてはいない。
自分の力で泉さんと友達になり、最後には教室で皆仲良くご飯を食べるのが私の理想だった。

「私、柊かがみっていうの。泉さんのクラスの柊つかさの双子の姉で…」
「………」

日々繰り返すのは、たわいもない独り言。

「ねぇ、今日もコロネ食べてるの?」
「………」

それでも、私は彼女と仲良くなれると思っていた。

「泉さんって運動神経いいよねー」
「………」

いつか必ず、私の言葉に対する返事は返って来る。

「今度は教室でご飯食べない?」
「………」

だから、皆の輪の中に彼女がいる未来を願って。

「今日は一層桜が綺麗ね」「………」

私の想いが届くことを信じて。


―――。


私の屋上通い生活が一週間余り続いたある日。
私はいつものようにお弁当を屋上に向かおうとしたら、廊下で誰かに腕を引き止められた。
その力強さに少しビクッとしながら振り返ると、そこには意外な姿があった。

「柊ぃ、どこ行くつもりだ?」
「日下部?どこって、別に…」

腕を引き止めたのはやけにニヤニヤした日下部だった。私は早く屋上に向かいたい、焦った気持ちのせいで言葉を濁らせてしまう。

「…また屋上か?」
「えっ…!?」

その言葉を聞いた途端、顔から血の気が引いた。何で日下部が屋上のことを知ってるの?…有り得ない。

「何で!?って顔してるから教えてやるよ。前な、飯の途中でトイレに行きたくなって、その時にB組の前を通ったんよ。ちらっと中を覗いたら、柊の姿が無いわけで…」
「でもっ!それだけで屋上にいることは…」

焦りで日下部の言葉を遮ってしまう。皆は私が嘘をついていたことに怒っていて、日下部がそれを伝えに来たのかと思っていた。

「まぁそれだけじゃ普通は分かんねーよな。けど私が知ってる理由は…次の日こっそり柊のあとをつけたからだけどな」
「なっ!?つけてたって…まさか屋上まで?」

私が尾行されてた?そんなこと思いもしなかった。
まさか…私の虚しい独り言も全部聞かれてた?

「大丈夫。何か理由があるんだろうなって思って屋上までは行かなかったし、誰にもこの話はしてない」
「そ、そっか…良かった」「…良くはねーよ」

私がほっとしたのも束の間、日下部はその緩んだ表情を険しいものに変えた。

「お前が皆に嘘ついてたのは事実だろ、柊?」
「…うん」
「そのことについて、お前はどう思ってんだ?」

日下部にここまで言われるとは思っていなかった。けどその言葉は正しくて、私はただ素直に罪を認めることしか出来ない。

「それは、悪かったわ…。今すぐは無理だけど、いつか必ず理由を話して謝るつもり」

つかさにもみゆきにも峰岸にも…勿論日下部にだって改めて謝る。どうして今謝らないのかと聞かれると…少し困るかもしれないわね。だって、変な意地かもしれないけどさ…

私は泉さんの1番最初の友達になりたいから。

だから、理由を話しての謝罪はその後にしたい。

「謝る…か。それだけじゃダメだなー」
「じゃあどうすればいいの?」
「んー、そうだな…」
「な、何よ?」
「…罰として、私も屋上に着いていく!」
「……はぁ?」

―――。


屋上への扉を開ける。いつもなら一人で片側の扉だけを開けるけど、今日は違った。

「私、屋上は初めてなんだってば!」
「いい、開けるわよ?」
「「せーのっ」」

日下部と二人で、左右の扉を同時に開く。するといつもの倍の光が差し込んで来て、私達を照らした。そしてこの光の向こうに、彼女はいた。

「あれ、あいつって確か転校してきた…」
「泉さんよ。私はいつも彼女とご飯を食べてたの」

いっちょ前のことを言っているけど、まだ会話したことが無いなんてとても言えないわね。

「そうだったのか…」
「うん。…これで満足した?」
「おーい、泉さんっ!」
「って、おい!」

屋上に上がる理由を知ったら納得して帰ってくれるなんて考えてた自分が馬鹿だった。日下部はいきなり大声で彼女の名前を呼んでいた。

「………」

しかし、彼女が振り返ることはない。おかしいな…、今までは呼んだら必ず振り返ってくれたし、声が聞こえない距離でもない。

「泉さんっ!」

今度は私が呼びかける。するとしばらく間を開けて、彼女は振り返った。そしてその場で立ち上がり、じっと私達を見つめている。

「どうしたんだ?」
「さ、さぁ…」

私達の困惑しながらも、彼女の方へ歩み寄る。視線は逸らさず真っ直ぐ前を見ながら、三メートルくらいの距離まで近付いた。
その時だった。

「柊さん…だっけ?」

泉さんの口から、初めて私に向けて言葉が発せられた。そのことに心が跳ね上がり、鼓動は有り得ない早さで動いている。

「柊ぃ、もうお友達だったかぁ…妬けるねぇ!」
「ち、違うわよっ」
「………」

茶化す日下部の言葉を否定するけど、それは私なりの照れ隠しだった。そんな私達を見つめながら、泉さんはまた黙ったままだった。

「ねぇ、泉さん。今日こそ皆で…」

私は調子に乗って言葉を発する。今となっては、話せただけで満足しておくべきだったのかもしれない。
何がいけなかったんだろうか…?

「正直ウザいんだよね…」
「え…?」
「しつこいって言ってるの、分かんないの?」

彼女の目はここ一週間で見たものとは違い、明らかに敵意を示していた。紅い、鋭い眼光が私と日下部を交互に睨み付ける。

「私さ、あんたみたいな人が1番嫌いだから」

初めて彼女とした会話は、拒絶だった。

何も返せない、身体が震える、涙が溢れそうになる。
「…おい」

私が聞いた声は、明らかに穏やかな物ではなかった。発したのは泉さんでも私でもない。

「…く、さ…かべ…?」
「柊に謝れっ!!」

…日下部の怒声が、私の耳に響く。こんなに張り上げた声は、初めて聞いた。思わず溢れていた涙も止まる。

「…なんでさ?」
「柊はお前のことを考えて、毎日屋上に来てたんだぞ!!」
「それが?勝手に余計なことして、ただの迷惑。…ってか、あんた誰?」

泉さんは日下部とは対照的に冷え切った対応をする。それがまた余計に、日下部を怒らせる原因になっているようだった。

「お前、大概にしろよ…」「うるさいな…。あんた達に私の何が分かるのさ?」

最もな意見が返ってくる。私達は彼女のこと、何も知らない。それなのに、彼女の心情を全く無視している私の行為は、迷惑以外の何者でもない。
悪いのは私、泉さんも日下部も悪くなんか…

「何も知らないねっ!」
「…はぁ?」
「く、日下部っ!?」

私も泉さんも、呆気に取られる。こんな私達を無視して、日下部は続けた。

「知らないからこそ…お前のこと知りたいからこうやって来てるんだろ!」
「………」

その言葉に心臓が大きく脈を打つのが分かる。

泉さんのことを知りたい。知って仲良くしたい。

私があんなにも言い出せ無かったことを、日下部は代弁してくれた。最もな正論がまさか日下部の言葉によって覆されるとは…誰も思ってもいなかっただろう。勿論、私だってそう。

そしてその瞬間、ほんの一瞬だけど…泉さんの表情が変わって見えた。何かに怯える…子供のような顔に。

「何も知ろうとしないお前に、柊を否定する理由なんかない」
「………」

その言葉にはさっき程の勢いは無かったけど、声のトーンからして日下部はかなり気分を害しているようだった。

「柊、教室帰るぞ」
「え、でも…」

日下部は私の戸惑いを無視して、乱暴に扉を開け階段を降りて行った。
私は最後に気になって、もう一度泉さんの方を見る。彼女は既に背中を向けて座っていて、いつもと変わらない様子に見えた。


そんな彼女を重ね、私は空を見上げる。そして手を伸ばし、溢れ出る蒼をそっと掴んでみる。

…その掌には何も無い。

ただ空を切る感覚だけがはっきり残る。私はその場から立ち去る為、ゆっくりと階段を降りた。


ねぇ、やっぱりあの蒼い空は…私には遠すぎるの?


to be continued?



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  • 冷たい性格の「こなた」の方が
    好きだなあ -- 名無しさん (2010-06-02 17:51:01)

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