Exam Climbing ~かぜにあそばれて~

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「これだけできれば、大丈夫かな」
 答え合わせしたノートの『188』という数字を見て、ほっと一息つく。
 入学試験まで、もう18時間。赤本に残っていた最後の過去問も無事に撃墜した私は、窓から
 陽の傾き始めた空を見やった。

 今頃こなたの奴はどうしてるだろう。
 陵桜祭の夜、頑張って同じ大学に受かる、って約束してくれたこなた。
 本当は凄く嬉しかったのに、無理しなくてもいいのにって誤魔化した私を、こなたは嫌な笑顔で
 からかってくれたっけ。
 でも、あれからこなたは本気で頑張り始めた。好きなネトゲやアニメもやめた。
 行き帰りのバスの中でも世界史の年号を覚えて、休み時間や昼食の間も、自作の英単語帳
 (何故か例文が全部アニメやゲームのネタだったけど)と向き合って……。

「私も、頑張るからね」
 空の向こうのあいつの家に、小さく呟いてから、とっくに冷めてしまった紅茶に手を伸ばす。
 ところが。

「あ、れ……?」

 指先から力が抜けて、飲みかけのティーカップを支えられない。
 それと同時に、頭の中をぐちゃぐちゃにされたような頭重感と、悪寒と熱感が入り混じった嫌な
 震えが、前触れもなく私にのしかかってきた。


       Exam Climbing ~かぜにあそばれて~


「うわっ、凄い熱……」
 体温計を覗き込んだつかさが、不安げにうなだれる。
「何度?」
「えっと、39度6分……」
「そっか……」
 予想より更に高い数値に、私は諦めの微笑を浮かべた。

 突発的な高い熱に、生半可な風邪とは全然違う倦怠感、関節の重々しい痛み。
 どう考えても冬の名物・インフルエンザだ。
 体を起こそうとするが、布団を押しのける力も出ない。
 頭を少し上げようとしただけでも、悪心と頭痛が酷くて、すぐ枕に落ちてしまう。
 ぽふっ、と頭が埋まる感触。普段なら心地良いそれさえ、今では音のない鐘のように体に響く。
 こんな調子では、もう最後の追い込みどころか……。

「だめだよお姉ちゃん、ちゃんと寝てないと」
「みたい、ね」
「うん、私今から、お粥作って……あ、その前に、お母さんにも連絡して……
 だから、お姉ちゃんはしばらく休んでて」

 ハンカチで額の汗を拭うと、つかさは足早に部屋を出て行った。
 横になるには強過ぎる照明が消え、少し遅れてぱたん、とドアの音が聞こえた。
 とたとたと階段を下りていく足音も遠ざかると、後はもう、私一人しかいない、寂しい世界だった。

傾き始めた光からも隔離された、薄暗いベッド。
 いつもは一番落ち着ける筈の場所が、今はこんなに重苦しい。
 目の前をちらつく埃も、淀んだ空気の臭気も、体と心を一層陰鬱にしているようだ。
 ちく、ちく、ちく、ちく……。
 枕元で耳障りに廻る時計の針を、もう何回覗いただろう。
 鉛のような布団の中で、何時間も何日も、治るまでただ目を閉じて横になり続けるだけの時間。
 そんな時間なんて、一人きりで耐えるには酷過ぎる。

 どうして……どうしてこんなに大事な時に、こんな風邪なんかひくんだろう。
 アニメやゲームの世界なら、魔法一つで綺麗に治せるのに……。
 こなたみたいなことを考えてみるけど、楽しくなるどころか、寂しさばかりが募ってしまう。

 ……こなた。
 あんなに頑張って、私との約束に応えようとしてくれたのに、肝心の私はこんな調子。
 あいつ、ちゃんと勉強してるかな。まさかこんな時に、アニメなんか見てたりしないわよね。
 でも、こんなこと言ったら、きっと怒るよね。
 まったりした笑顔で、かがみが私をどういう目で見てるかよくわかったよ、なんて。
 それとも、失礼な、一緒に受かるまで我慢してるんだよ?なんて、むぅっとむくれてくれるかな。
 それで、受かったら二人で、ずっと貯めてたDVDをいっぱい見て……。

「こなた……」
 閉鎖空間のような夢うつつの中に、いつの間にか『その名前』が入り込んできていた。
 何度も面倒ごとを持ってきて、何度も私をからかって、何度も私をむかつかせて……
 その何十倍も、私を幸せにしてくれた、こなた。
 もし、こなたが傍にいたら、こんな時でも幸せだろうな――そう考えかけて、慌てて押し留める。
 受験がもうすぐなのに、私の風邪なんかで勉強時間を取らせちゃ駄目。
 それに、もしこなたにうつして、こなたにまでこんな目に合わせたら……そんなの、絶対駄目。

「こな、……」
 電話くらい、くれないかな。
 ううん、そしたら、自分の体調が悪いの、ばれちゃうかも知れない。
 あいつああ見えて、そういうとこは凄く鋭いから。
 でも、もしかかってきたら、つかさじゃ咄嗟に誤魔化……せないだろうし、私がナントカしなきゃ。
 咳とかがなければ、ありがちだけど『ごめん、ちょっと疲れてて……』で乗り切ろう。
 それで、明日は用事ができたから、入試には一人で行ってて、って。

 ――かがみん。

「こなたぁ……」
 机の上に出しっ放しの携帯が気になって、体を起こして……また頭痛に倒れこむ。
 目を閉じて、嫌な眩暈に耐えた後、そんな自分が哀しくなる。
 私って、いつからこんなに寂しがりになったんだろう。
 これも病気で心細いからなのかなぁ。

 ――かーがみんっ♪

 必死になって否定してるのに、こなたの声ばかり浮かんでくる。 
 こんなにぎゅって目を閉じてるのに、目蓋の裏ではこなたが、眩しい朝みたいに飛び跳ねてて。
 しつこいわねぇ、どうしてそんなに出て来るのよ?
 こなたに会っちゃいけないのに、こなたになんて会いたくないのに……。

「かがみんってば」
「えっ!?」
 やけにすぐ傍から聞こえた声に、思わず目を開けて……そこにあった姿に、思考が止まる。
 だぶだぶのコートに、黒い毛糸のマフラーを巻いたままの、小さな姿。
 灰色の部屋の中でも一際明るく見える、エメラルドの瞳。
 それまで夢で求めていた大好きなひとが、すぐ枕元で頬杖をついていた。

「馬鹿、なんで……」
 驚きでフリーズしていた思考が戻ってすぐ、声に出せたかも怪しい呟きで、こなたを睨む。
 どうしてこんな所にいるの。明日入試でしょ?病気、うつったら駄目でしょ?
「つかさから『俺の嫁がインフルエンザ』って聞いたから、特別にご奉仕に来たのだよ。
 病気の恋人を見舞いに行くなんて、こんなイベント滅多にないからね?」
「おい……」
 変な理由で目を輝かせるこなたに、心の中でうなだれる。
 一瞬でも『かがみが病気って聞いたから……』なんてセリフを期待した私が甘かった。
 やっぱりこいつは相変わらずだ。
 いつだってマイペースで、こんな風にオタクちっくな話を振ってきて。
 ……なのに、どうしてだろう。そんな『普段通り』が、余計心に温かく感じるのは。

「けど、あの凶暴なかがみ様が……まさに鬼のかく乱だねぇ」
「あんたは私をどんな風にみてるのよ」
「んーとね、ツンデレ」
「結局それかよ」

 声こそ弱々しいけど、いつもの調子で反発してしまう。
 ああ、やっぱり私って、こんなにこなたに会いたかったんだ。
 頭痛と眩暈は相変わらずで、五感が遠のくくらいに酷いのに、ほら、今は何故か、ちょっとだけ
 笑顔が浮かんでる。それまでずっと苦しくて、寂しい顔だったのが嘘みたいに。

「……と、それよりかがみ、ちょっと来てくれない?」
「どこによ?」
「行き着けの病院。下にお父さんの車が待ってるんだよね。というわけで、ちょっと寒いと思うけど
大人しく拉致られてもらうよ?」
「え……?」
 予想外の展開に戸惑っている間に、こなたは熱を吸って重たくなっていた布団を引っぺがすと、
 羽織っていたコートとマフラーを私に巻きつけてくる。
 汗と締め切られた部屋の臭いが、たちまちこなたの匂いに置き換わる。
 でも……。

「待って」
「ん?やっぱり自分のコートがいい?それとも寒いの?」
「そうじゃ……」
 私を除き込んでくるこなたに、小さく首を振る。
 こなたが来てくれたのは凄く嬉しい。病院に連れて行ってくれるのも、凄く嬉しい。でも。
「こなただって、明日入試でしょ?それに、こんなに……」

「かがみ」
「え、……っ」
 全力で強がろうとする私の言葉は、途中で止められた。
 こなたからの、優しいキスで塞がれて。
「っバカ、あんた……んっ」
「ちゅ……しつれいな、バカなのはかがみだよ?」
 更に言いかけた私を、もう一回唇で妨害して。
「私に心配かけたくないのは分かるけどさ、そんな様子で無理されても、余計心配になるじゃん?
 こういう時くらい、素直にデレてくれないかな?」

 いつもよりほんの少しだけ頬を赤らめて、笑う。ああもう、正直、むかつくほどずるい。
 こんなことされたら、もう断れないじゃない。
「もう、試験で倒れても知らないわよ?」
「平気平気、うつってから症状出るまで1~3日はかかるって婆っちゃも言ってたし、入試終わる
 までは多分セーフだよ。それにほら、大好きな嫁と……同じ風邪、ひいてみたいじゃん?」
「――――っ!??!?!?」
「なーんて、本当は予防接種してるから、かがみんと同じ熱に浮かされて一緒にハァハァ悶えるのは
 無理なんだけどね。残念なことに」
「……っ、もう勝手にしなさいっ!」

 根負けして手渡されたコートを手に取る。こなたに手伝ってもらいながら袖を通すと、こなたの
 体温以上に温められているのに気付く。
「これ……」
「ふっふっふ、どうかね、冬コミ用に買い溜めしておいたけど当日持ってくの忘れたホッカイロは」
「威張るな、あとコミケとか言うな!」
 ムードってのを考えないのかな、こいつは。折角最高の気の利かせかたしてるのに。
 でもほんと、何だかんだ言っても、いつもいいとこどりで、ここぞという時にかっこ良いんだから。

「でも、温まってるでしょ……あ、電話だ。 こちらコナーク……了解、これより柊かがみを護送する
 ……お父さんは指一本触るな、ここは『お姫様抱っこ』を使う……以上だ」
「は?」
「心配ない、ゆーちゃんのお陰で慣れている。正月以降のかがみんの体重増加が5キロ以内なら
 耐えられるはずだ」
「バカ……」
「よし、ではいくぞかがみんや、ふんぬらばー」


 小さくて、ヲタクで、本当に受験生なのかって思うくらい自覚なくて。
 でも、実は誰よりも優しくて、誰よりも私を幸せにしてくれる、そんな彼女に抱かれながら。
「こなた、試験の後、もしあんたが風邪引いたら……こんどは私が看病するからね?」
「ありがと。そしたら一緒に病気直して、二人で合格祝いだね」

 二人笑いながら、約束をした。
 こんなに最悪の体調なのに、何故かもう、試験に落ちる不安はどこにもなかった。


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