運命を駆ける猫【第三章】

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『今日はこのクラスに転校生が来るでー!皆嬉しいやろ?』

教室は一気にざわめきだし、その話題で持ち切りになる。このクラスには、転校生が来ることを知らなかった人が多かったみたい。

『はいはい、静かにする。ほな入って来てー』

教室のドアがゆっくりと開き、中に入って来た子はとても小柄な女の子だった。膝にまで届きそうな蒼くて長い髪に、人を簡単には寄せ付けそうもない鋭い眼光が印象的だったという。
黒井先生は女の子を教壇へ招き、その肩をポンポンと叩いた。

『じゃあ泉、自己紹介頼むで』
『…自己、紹介?』
『そや。名前と…好きなもんとか嫌いなもんとか、何でも良いからアピールしてみ』
『………』

彼女は怪訝な顔付きになり、視線を動かすだけで教室中を確認をした。
そして口を開く。後ろの席に届くか届かないか…それ程の声で。

『泉…こなた』

言葉は一度、そこで区切られる。生徒達はその様子を真剣に見守る。次にどんなことを話すのか、期待を抱いたような目で。

『好きな物、ありません』『へー、泉は好きなもんあらへんのか』

黒井先生はいちいち変な時に反応を見せる。
いや、でもそんな性格があったからこそ…次の一言も軽く流すことが出来たのかもしれない。

『嫌いな物は…人間です』『へ?』

教室中に異様な空気が漂う。そして次の瞬間、それは笑い声に変わり、クラス中に響いた。
…それもそうだろう。いきなりやって来た転校生が人間嫌いだなんて…ネタか何かにしか思えない。

『そ、そないなネタでくるとは思わんかったわ!』

黒井先生も案の定、その言葉をネタとして済ませてしまったみたいで…。
ただ数名を除いて、彼女は面白い人と解釈を受けてしまっていた。

『まぁええ。じゃああそこに席空いてるから、座り』『………』

その言葉に身体だけで反応した、何も言葉を発さずに指定された席へ座った。
その席の近くだった生徒が、彼女に声をかけた。

『面白い人だねー!泉さんだっけ?よろしく!』
『………』

相変わらず彼女は何も言わず、机に肘をつきながらぼんやりと外を眺めていた。

―――。


私がつかさに聞いた話はこんなものだった。つかさの説明は断片的かつ曖昧だったので、みゆきに電話をして教室の雰囲気やその他にも詳細なことを聞いた。

…誰が聞いても嘘臭い違和感を抱く話。でも私は違う。彼女の言葉が、笑いを狙ったものには思えない。

つかさも私と同じだろう。ただの面白い転校生と感じたなら、変わった雰囲気だった…なんて遠回しな言い方はしない。
更に、みゆきは電話を切る前に『不思議な方でした…』と言っている。決して面白半分ではなく、何か引っ掛かることがあるような言い方で…。

みゆきもつかさも…彼女に対しては“面白い人”と言う見解は無いということ。前述の数名にあたる。

私は一人、自分の部屋で思考を張り巡らせる。ふと時計を見ると、その短針は11を過ぎたところだった。つかさはもう夢の中だろう。

もう一度良く考える。疑問と言う名の迷路は山程あって、その出口を見せる気配は一向にない。

なぜ彼女は入って来たばかりの学校で意味深な発言をしたのか?
なぜ私が見かける時に、いつもあんな表情をしているのか?

いや、それよりも…。
なぜ私がこんなにも彼女に惹かれているのか?
直接話をしたワケでもないし、昔どこかで離れ離れになったワケでもない。顔も名前も知らなかった相手。なのになんで…?

そういえば明日からは普通に授業が始まる。そしてABCの三クラス合同で体育がある。つまりそれは、彼女と自然な形で関わりを持つことが出来るチャンス。私だけで無理なら、つかさもみゆきもいるんだ。


名前、泉こなた。
好きな物、特になし。
嫌いな物、人間。


今の私に分かるのはただこれだけ。しかも、本当か嘘かなんて分からない。もしかして本当にただウケ狙いだったのかもしれない。

…だからこそ、私が行動に出ないと始まらない。
この迷路を抜け出す術を求めて、自分の勘を信じてみたい。

…いや、そうじゃない。
何よりも、私は彼女のこと、もっと知りたい。

本当は、ただそれだけ…。

目が覚めると、そこはいつもより暗かった。それもそのはず。部屋には雨の音が響き、窓にぼんやりと映るのは灰色の空だったから。

「雨か…」

そういえば、頭がガンガンと痛む。雨の日って、たまにだけど偏頭痛が起こるから嫌いだ。うーん、何だか変な夢を見た気も…。

「よし、ご飯食べるか!」

私がリビングに向かいご飯を食べ始めた10分後に、つかさが瞼を擦りながら起きてきた。
全く…早寝遅起きなんてだらし無いな。

「お姉ちゃん…おはよー。今日も…早いね……」
「おはよ。つかさは朝が遅すぎるのよ………って寝るな!」
「ふぇー!?お、起きてるよ…」
「…本当か?まあいいから、早く食べちゃいなさい。じゃないと置いてくわよ?」
「そ、それは待ってぇ!」「私は先に着替えて来るから」

一足、いやそれ以上先に食事を済ませた私は部屋に戻り身嗜みを整える。すぐにでも外に出られるよう、準備しておいた。
きっとつかさが用意を始めるまでに、私の用意は全て済んでしまうだろう。

窓の外の暗い景色を見て思う。今日の体育はグラウンドで体力測定だったけど、この調子じゃ無くなりそうだ。
その場合、体育館での授業になるけど…比較的自由に動ける体力測定とは違い、体育館だと何かしらのスポーツをする為、色々面倒になる。

「…話せるかな」

私の不安はそれだけ。
彼女と…泉こなたと話してみたい。

「お姉ちゃんごめんねっ。学校行こっ!」

…つかさに待たされ15分強。もう慣れたけど、少しくらいどうにかならないものか。そんな不満を抱きながら、私達は家を出た。

学校に向かう間、私達はいつものように他愛のない会話をしていた。
雨だから、なんとなく人が少ないようにも思える。

「今日は雨だから…体育は体育館で何かやるんだよね?」
「そりゃあねー」
「良かったぁ…」
「どうして?」
「体力測定、苦手なんだもん…」

そういえばつかさはあまり運動が得意じゃない。
運動が苦手な人にとって、体力測定なんかに何の利点もないわよね…。
私も得意とまではいかないけど…もう少し運動神経が良くなってみたいものだ。

「ま、延期になっただけだからね。いつかは覚悟を決めなさいよ?」
「はーい…」

今日もいつもと同じペースで学校に着いた。話をしてると時間なんてすぐよね。新しく私達のものとなった教室へ、少し違和感を感じながら足を進める。

「じゃあ、また後で…」
「…ちょっと待って」

言葉を遮り、つかさのクラスを覗いてみる。
どうやら彼女はまだ学校に来ていないようだった。

「どうしたの、お姉ちゃん?」
「いや…何でもないわ。それじゃあまた後で!」
「…?」

教室に入り、慣れない自分の席に座る。日下部と峰岸はまだ来ていないみたいで、教室には数人の知らない生徒がいるだけだった。

「ふぅ…上手くやれるかな」

一つ不安を漏らし、机に顔を伏せる。
私のこの言葉は、このクラスでのこともあるし、その他にも当て嵌まる。
その他なんて言い方だけど、考えてることのは一つなんだけど…。

私はしばらくのそのままの態勢で朝の余った時間を過ごた。途中で髪を引っ張ってくる日下部に軽い鉄拳制裁を食らわし、峰岸には出来るだけ明るく挨拶をした。

…きっと大丈夫よね、うん。

授業が始まり、私は昨日とは打って変わったように先生の話を聞く。板書をノートに写し、重要項目にはアンダーライン。
勉強は学生の資本だから、真面目に受けて当然…そんなことを考えてチラッと視線を逸らすと、居眠りした日下部の姿が見えた。
先生がそれに気付き、日下部の席の前で怪しく笑っている。

マズイ物を見たような気がして視線を黒板に移した数秒後、ふぎゃ!という叫び声と多数の笑い声が聞こえた。

全く、あいつは…。心の中でそんなことを考えながらも、嫌な気はしなかった。日下部が持つ明るさは周りの人間を元気づけるし、魅了する。だから自然と誰からも好かれるんだ。
…少し羨ましいくらい。


ふと、自分のノートを見て悲しくなった。

キーンコーンカーン………なんて低い音が響く。授業の終わりを知らせる鐘がなり、休み時間に入った。
しかし次の授業は体育の為、生徒は一斉に体操服に着替え始める。

男子はA組、女子はB、C組と割り当てられているので、A組らしき女子生徒が私のクラスへ来ている。
けど私はその中で着替えずに、体操の入った鞄を握り締めながら見つめていた。

「柊ぃ、なにボーっとしてんだ?次は体育だぜ!」
「わ、分かってるわよ…」「柊ちゃん、体調悪いの?」
「ううん…」

日下部と峰岸がどうしたのかと声をかけてきてくれた。うん、体調は全く大丈夫なんだけどね…。
あまりに心配そうに見られているので、私はゆっくりと着替え始める。まだ肌寒いので体操服の上にジャージを重ねて着た。

「そんじゃあ行くか!」
「行きましょ、柊ちゃん」「うん…」

体育館に向かう時、B組が気になって覗いてみたけど既にもぬけの殻だった。ゆっくりしすぎてたか…。

体育館に着くと、既にほとんどの生徒が中にいた。
走り回っていたり、喋っていたりしたけど、始業ベルと同時にそれは無くなる。体育の先生は厳しいので有名。だから皆、驚く程に良い子になるのだ。

私はクラスの列に並び、B組の列を見る。前の方にいたつかさがそれに気付き、手を振ってきた。みゆきは軽く会釈をして、すぐ前を向いた。

その二人の姿を確認することが出来たけど、肝心の人が見付からない。
念の為に他のクラスの列を探したけど、何処にもいなかった。
その間に先生が来てしまい、出席を取り始める。
皆が呼ばれた名前に元気よく返事をする中で、彼女の名前だけが返事もなく響いていた。休み?でもそんないきなり…。

「欠席は一名だな。よし…今日は体力測定の予定だったが雨の為、バスケットボールのシュート練習をするぞ。まずは先生が見本を…」

先生がそう言ってボールを持った瞬間だった。
体育館の重いドアが開き、そこに制服姿の生徒が立っていた。そのドアは私達の視界に入る場所にあったので、皆がそこに注目した。綺麗な長い髪が、雨風に靡いて揺れている。

彼女はゆったりとしたペースで入ってくると、列の後ろに向かおうとした……が、先生がそれを制止した。

「おい、待て。どうして着替えていないんだ?」

確かにその質問は正しい。体育の授業で制服のままなんて、見学でもするつもりだろうか?

「…体操服、間に合わなかったんです」
「その場合、家にジャージか何かあるだろ?それを持ってくればいいんじゃないのか」

転校生だから用意出来なかった。いかにもそれらしい理由だけど…私には嘘っぽく聞こえた。

「別に着替えなくたって出来るし…先生には関係ないです」
「そういうことじゃないだろ!」

先生の怒声に彼女の表情が変わる。何か、怠いような面倒臭いような…そんな顔。

「第一、制服なんかでっ…」

先生が何か言おうとしたその瞬間、彼女は先生の手からボールを取った。
そのままボールを二、三度床につき、ドリブルを始めた。素早くて機敏な動きははまるで人のものとは思えない。最後にバサッと、シュートが決まった音がした。

誰もがその姿に魅せられていた。私もその中の一人。正直、男子よりも運動神経が高いと言っても過言じゃないのでは?とにかく、私の頭の中では先程の映像が繰り返し流れていた。


「ね?先生。…そういう話なんですよ」

彼女はそう言って先生にボールを投げ返した。
そしてそのまま入って来たばかりのドアに向かって歩き始める。

「ど、何処に行くんだっ!」
「………」
「おい、泉!」
「帰ります、それじゃ…」

体育館には、顔を真っ赤にした先生とそれを見て笑う生徒達の声が響く。
しかし私は彼女しか見ていない。その小さな背中に視線をぶつけていた。
ふと、彼女がこちらを振り返った。紅い目が私を捕らえた。…二人の視線が絡み合う。

ドクンと心臓が鳴り響く。全身が妙に速い鼓動を打つ。何、この感じ…?
私、どこかで………。

彼女はそのまま何もなかったように出て行く。私は握った掌に原因不明の多量の汗をかいていた。

 ―――。


「…おい、柊ぃ!」
「うわっ、何よいきなり!」

頭の中に独特の声が響く。日下部が私の耳元で大きく叫んだのが原因だ。

「いきなりじゃねーよ。もうさっきから何回も呼び掛けてんのに…」
「あ…そ、そうなの?」
「柊ちゃん、やっぱり無理して体育したんじゃ…」

よく見れば峰岸もいた。
私、ボーっとしすぎだよね。何が原因かなんて、一番良く分かってる。

「ち、違うわよ。心配しなくても平気。ところで何の用だった?」
「何の用って…もう昼休みじゃんか」
「柊ちゃん、いつもすぐに妹ちゃんのところに行くのに、今日は自分の席に座りっぱなしだったから…」
「もしかして、私らと一緒に食べたいのかー?」

今は彼女を見たくない…。見てしまうと、何かおかしくなりそうで…。
でもつかさの教室にいる。いや、そんなの分からない。いないかもしれないのにいるって決め付けるなんて…私、期待してるの?

「うん、今日はここで食べたい」
「うぇ!?ほ、ほんとにか?まさかのビックリだぜ!」「なら食べよっか」
「うん…」

携帯を取り出し、つかさに今日は峰岸達とご飯を食べるからとメールを打つ。
その間に日下部は机を二つくっつけて、気分良さそうに用意をしていた。

明日は…明日ならきっと大丈夫。意識するな、かがみ。今日の異常な感覚は偶然、私の体調が悪かっただけなんだ…。

 ―――。


学校が終わって帰路に着いた後、私は自分のベッドにダイブした。そこで少し深呼吸を繰り返し落ち着く。そのまま眠ってしまいたかったけど、そうはいかない。私は起き上がり、つかさの部屋へ向かう。ノックもなくドアを開けると、つかさは鞄の中を整理をしていた。

「つかさ、ちょっといい?」
「んー?どうかしたの」

鞄から手を離したつかさは、私と面と向かった。妙に笑顔に見えたのは、逆に私が堅過ぎるからか…。

「ねぇつかさ、今日のお昼休みなんだけど…」
「お昼休み…?ああ、平気平気!ゆきちゃん怒ったりしてなかったよ?」
「いや、そうじゃなくて…」

つかさは私がお昼ご飯をドタキャンしたのを話していると思ったようだった。違うのよ、つかさ…。

「どうしたの?」
「あの…転校生の泉さん、いるじゃない?彼女…お昼休みはどうしてた?」
「え?」

つかさは何故そんなことを聞くのかというような顔をしている。でも仕方ないのよ。私達の中で一番彼女に近いのは、つかさかみゆきなんだから。

「昼休みは…教室にいなかったと思うよ。何で?」
「え、いや…別に」

ストレートに理由を聞かれると、流石に困る。そんな私を見て、つかさはニコニコと笑っていた。

「お姉ちゃん…好きなんでしょ?泉さんのこと」
「はぁ!?」

いきなりの発言に心臓が止まりそうになった。どうしたら全く関わりのない相手をいきなり好きになるのよ!

「体育の時間、カッコ良かったもんねー!お姉ちゃん、ずっと泉さんのこと見てたでしょ?」
「むむ…それは確かに」

つかさってば、気付いていたのか…侮れない。それに、カッコ良かったのも事実だから…。

「早く友達になれるといいね」
「………」
「友達…なりたくないの?」
「お姉ちゃん?」

私の顔を覗き込むつかさの目は、まるで私の心を見ているようだった。

好きかどうかなんて計り知れるものじゃない。
だから誰もこの感情を知り得ない。
それでも私は…

「なりたい。友達に…」

何も知らない…彼女と。


to be continued?



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