『彼方へと続く未来』 第一章 (後編)

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 翌朝。空虚な気分に押しつぶされそうになりながらの目覚め。
 涙で濡れてしまった私の顔にも、太陽の光は真っ直ぐに降り注ぐ。
 右の頬に微かな痛み、消えない昨日の記憶、それが枷となっていた。
 まだ、ベッドから動けない。私にとって、昨日はあまりに長すぎて―― 


       『彼方へと続く未来』 第一章 (後編)


「お~い、こなた~。起きてるかぁ?」

 間延びした声を出しながら、お父さんが私の部屋をノックしたのは、
つかさと電話で会話してからきっかり半日後の、午前八時頃だった。
 結局、つかさとはまともな情報交換が出来ないまま、通話は終了。
 かがみについての話も、ほとんど私から聞くことはなかった。

「うん。起きてるよぉ。何か用?」

 滲んだ目をこすりながら身を起こしてドアを開ける私。
 どうやらお父さんには気づかれずに済んだようだ。

「さっき、ゆいちゃんから電話があってな。当日は、きよたか君が
 こなたをお袋の所まで送っていってくれるそうだ」
「きー兄さんが?」
「ああ。近々こっちに戻ってくるらしくてな。ここから石川までは遠いっていうのは
 説明したんだが、ほかならぬ叔父さんの頼みなら……ってことでな。それと――」

 作務衣の袖をゆらゆらさせながら、明るく振る舞うお父さん。
 だけど、私が最初に石川の方の大学を受けたいと言った時、
お父さんの顔が一気に曇っていったのを、よく覚えている。

 私は、必死に説得した。かがみ達やお父さんに頼らないで
自分の力だけで生きていこうと決意したこと。
 そして、お父さんとお母さんが生まれ育った場所で、
生活してみたいと思ってこの決断をしたということを。

 その後も、私はお父さんにずっと説明し続けた。多分、人生の中で
一番お父さんと長く向き合った時間だったと思う。そして数十分後。
 黙って私の話を聞き続けていたお父さんが、口を開くと

「わかった。それがこなたのやりたいことだというのなら、
 お父さんはもう止めない。それが、父親としてこなたに
 してあげられる、精一杯のことだ」

 といって、いつもの明るい顔に戻っていた。
 だけど、向こうに行くのを認めるかわりに、お父さんは条件を出してきた。

 条件は三つ。

 向こうの方では一人暮らしではなく、お父さんの実家に住むということ。
 長い休みの時にはなるべくこっちに帰ってくること。
 そして……。かがみ達のことを、絶対に忘れないようにすること。

「……た。……こなた。お~い、こなた~」
「ふわっ!? お、お父さん!?」
「どうしたんだ? 急にぼんやりとして。こなたらしくないぞ」

 突然響いたお父さんの声によって、私の思考は中断セーブされてしまった。
 今すぐ再開しようにも、一度切り替わってしまった思考は簡単には変わらない。
 それがさらに、私の胸の中を締め付けていた。

「……ところでさ、お父さん。さっき何か言いかけてたけど、まだ何か用?」
「おっと、スマンスマン。忘れる所だった。実は、こなたに頼みたい事があってな」
「何? 新作のギャルゲーでも借りたいの?」
「いやぁ、実はその逆なんだよ、こなた~」

 と言って、苦笑いを浮かべて無精ひげの生えた顎をさするお父さん。
 何か、猛烈に嫌な予感がした。

「うわっ。また違うゲームのディスクが入ってるじゃん! まったくもぅ」

 気にしていなくても感じる埃っぽさが、私の鼻と目を容赦なく襲う。

 ここは、お父さんの仕事部屋……じゃなくて、
三階にあるお父さんのコレクションルーム。
その中で、私は一人で必死に捜し物をしていた。

 こんな面倒くさいことをしている理由は一つ。

 お父さんに貸したままの漫画やゲームを回収する為だ。
 さっきお父さんが私の部屋に来たもう一つの目的が、捜索の
手伝いの依頼だったことを知った時には正直あきれた。
 娘から借りたもの位、ちゃんと整理しておけばいいのに。

 とは言ったものの、私の部屋もあまり状況は変わらないのでこれ以上
文句は言わないことにした。だけど、広く確保されていたハズの空間の中は、
漫画やらフィギュアやら積みゲーの箱やらで埋め尽くされ、唯一机の上に
置いてある、予備用のノートパソコンだけが、被害を免れていた。

ぬぬぬ、敵は手強いね。だけど意地でも持って帰らなくちゃ。
 もうすぐお父さんもここに来るけど、それまでに決着つけなきゃね。
 半ば要塞と化している壁ぎわの積みゲーの山に突撃する私。

 そして、その壁際の捜索が軌道に乗ってきた時、急に視界が開けた。 

 ――なんだろう、ここ……。

 見通しの良くなった部屋の向こう、そこに小さな空間があった。
 本来はここも部屋の一部だったハズだが、まるで別の世界の様だった。

 そこには、色々なものが置かれていた。一昔前に流行ったような古いカメラ。
 家庭菜園入門と書かれた本。中でも、特に私の気をひいたもの。
 それは綺麗な白い布が被せられた、木製の大きな三脚の様なものだった。

「……? どうしてこんなものがウチに?」

 ていうか、これってなんて呼ぶもんだっけ。
 誰にでも聞こえるような声でブツブツと独り言を続ける私。
 すると、突然私の耳に今の疑問の答えが後ろから響いてきた。

「それはイーゼル。かなたがいつも絵を描くときに、使っていたものだ」 

 思わずハッとして振り返ると、そこにはお父さんがいた。
 憂いを帯びた顔。よれよれの服装。そして、寂しげな瞳。

「悪いなぁ、こなた。別にお父さんもそこを隠すつもりで箱を積んでた訳じゃ
 ないんだが、いつのまにかそうなってしまってなぁ」

 バツの悪そうな声だ。明らかに普段よりも動きが怪しい。

「それは別にいいんだけど……。今の話って本当なの?」
「ん? お父さん、何か言ったっけ?」
「とぼけないでよぉ。これが、お母さんの使ってたものだったのかってこと」
「ああ、それは本当だぞ、こなた。かなたはな……」

 ――お父さんから聞いた話を簡単にまとめてみると、
お母さんはどうやら高校生の頃から絵を描き始めたらしい。
 だけど、詳しいきっかけとかについては、高校だけ別々だった
お父さんに、細かいことは話していなかったそうだ。

「かなたは、高校の頃の話をあまりしてくれなくてな。
 そのうえ、あの頃は上京の話で手一杯だったからなぁ」

 腕を組んで懐かしそうにお母さんの話をするお父さん。
 そういえば、お父さんは高校卒業後に、お母さんを連れて
こっちの方に出てきたんだっけ。きっとお父さん、この頃には
もうお母さんの攻略フラグ殆ど立て終わってたんだろうねぇ。

「でもさ、お母さんはこれを持ち歩いて色々絵を描いてたんだろうけど、
 ウチにはお母さんが描いた絵って殆ど残ってないよね」
「そう言えばそうだな。ここや実家に飾ってある分を含めても、二、三枚位だしな。
 もしかしたら、大切な誰かにあげたのかもしれないな」
「大切な、誰か……」 

 ふいに、かがみの顔が脳裏に浮かんだ後、
シャボン玉の様に割れて消えていった。
 私にとって、かがみは大切な人なのかどうか。
 答えは確認するまでもない。

 だけど、かがみは私のこと、どう思ってるのかな。
 仮に、このままケンカ別れなんてことになったら、
もう二度とそれを確認出来ないような気がするよ。

 仲直りするきっかけ自体は、探せばいくらでもある。
 問題は、切り出すタイミング。

 今強引に私の方から話しかけても、多分逆効果。
 状況は好転しないどころか、一層悪くなる。
 だけど、私が向こうに行くまでの期間内……。
 遅くても卒業式までにはなんとかしたい。

 でも、かがみに謝って仲直りする。
 本当にそれだけでいいのかな?
 私には、かがみにしてあげなきゃいけない
ことが、あるんじゃないのかな?

 ……私の脳内会議の進行度が最高潮に達し、お父さんの存在ですら
記憶の果てに放り込もうとした時、足下に何かざらついたものが触れた。

 それは、一枚の画用紙だった。
 おそらく、お父さんがメモ用にと買ったものだろう。
 瞬間、私の脳内に何かがインストールされた。

 大切な誰か。絵、画用紙。そして、私の部屋にあるもの。


 ――答えが、一本に繋がった。


「お父さん、ごめんっ。ちょっと部屋に戻るねー」
「あっ、おい。こな――」

 ギリギリでかすれたお父さんの声を耳に入れながら、
私は自分の部屋に戻った。一直線に机に向かい、
周囲をガサゴソと漁る。目的はすぐに達成された。

出てきたのは、小さな頃に私が使っていたクレヨン。
 ついこの間久しぶりに発見したもので、銀色と金色が
追加されているのが、当時の私の自慢だった。

『どれどれ画伯。どんな絵描いたか見せてみー?』
『やだよ。まぁ、気が向いたらどっかで見せるよ』

 この間のかがみとの会話が、鮮明に蘇る。
 屈託のない笑顔を浮かべた、いつものかがみ。
 私は、取り戻したい。もう一度向き合いたい。
 このクレヨンを使って、もう一度……。

「だから、それまで待っててね、かが――」

 私の声が出たのと、ベッドの上の携帯電話が
鳴り始めたのは、ほぼ同じタイミングだった。

 昨日と同じパターンで手に取ってみる。
 またつかさからかな……?

 『柊 かがみ』

 画面には、そう表示されていた。
 想定外の出来事に、おもわずベッドにへたり込む。
 緊張して、のどが渇く。顔もなんだかぼうっとする。

 だけど、この電話に出ればかがみの声が聞ける。
 通話ボタンを押す理由は、それだけで充分だった。

「もっ、もしもし、かがみ?」 
「あっ……、こなた? 実は、昨日のことなんだけど――」

 凍っていた時間が、ゆっくりと溶け始めていた。




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