『彼方へと続く未来』 第一章 (前編)

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『なんやて泉!? それ本気で言うてんのか?』
『はい。もう父親には話したんで、後は先生に……』
『せやけど……。ほんまにそこを受験するんか? 
 泉がそう決めたっていうのなら反対なんてせえへんけど』
『はい、大丈夫です。あ、あと先生に頼みたいことが……』

 ――大学受験。その中で私は今までの人生で最大の選択をした。
 それは、お父さんやゆーちゃんを始めとした親戚の人達と、
黒井先生以外にはまだ話していないこと。

 当然、その『話していない人』の中には友達を初めとした色々な
人達が含まれていた。かがみにつかさ、みゆきさん達。バイト先のみんな。
 だけど、いつかは話さなくちゃならない。その為に勇気を出そう。
 それに、最初にこの事を話す相手はもう決めているんだしさ……。


       『彼方へと続く未来』 第一章 (前編)


「あのさ、かがみ……」
「な~に? 何か言いたいことでもあるの?」

 センター試験や二次試験といった大きな試験も殆ど終わり、
卒業式や大学の入学手続きを待つだけとなったとある金曜日。
 ふわふわと粉雪がちらつく通学路を、私とかがみは
ゆっくりと歩いていた。ちなみに、つかさは例のごとく寝坊
した為遅刻してくるらしい。かがみいわく、受験疲れなんだそうだ。

 ようやく、いつもと変わらない日常が返ってきた。
 だけど、今日の私はそこを緊張しながら歩く。
 かがみに言わなければいけない事があったから。

「どうしたのよ、いつもよりテンション低いわね。
 なんかあったの?」
「う、うん。そうなんだよ、実は合格した大学のことなんだけど……」
「あ、そういえばアンタがどこの大学に行くのか聞いてなかったわね。
 ほら、恥ずかしがらずに話してみれって」

 かがみが、いつも以上に悪戯っぽく笑って私を見ている。
 その笑顔に、私は安堵を覚えて呼吸が楽になった。

「ありがと、かがみ。 じゃあ話すね、実は……」

 私は、『言わなければいけない事』の内容をかがみに告げた。
 だけど、今思えばこの方法はあまりに身勝手過ぎたと思う。
 ――かがみを、傷つける事になってしまったのだから。

「……ていう訳なんだよ」
「えっ!? アンタ、今なんて?」

 用件を伝え終わった瞬間、かがみの歩みが止まった。
 冬の寒さとは関係無い悪寒がかがみだけに襲いかかった
かのごとく、全身がカタカタと震えている。
 私は、話すタイミングを誤ってしまったと確信し、かがみに
もう一度話しかけようとした時。一閃の雷が落ちた。

「なんで今まで話してくれなかったのよっ!」

 そう言うとかがみは、いつにない勢いで怒り出していた。
 さっきまでの、冗談っ気まじりの笑顔ではなく、目をとがらせ、
顔を火照らしながら私をにらみ続けている。

「なんで!? どうしてそんな大事なこと、今まで黙ってたのよ!」
「だ、だからぁ。ついうっかりしちゃっててさぁ……」

 かがみが怒っている原因は、当然のごとく私にあった。
 事の発端は、とある大学の合格発表日までさかのぼる。
 その日、私は東京の方にある大学に受かっていた。
 本当なら、その大学が私の第一志望であるハズだった。

 だけど、その発表と同じ日に私は進学する大学を決めていた。
 それは北陸地方―― 石川県にある大学だった。

「うっかりじゃ済まされないでしょ! 一体何があったってわけ!?」
「ほら、ず~っとこっちだけで生活してると視野が狭くなるっていうじゃん。
 それに、お父さんの実家から大学に通うから、生活も……」
「だからっ。そういう問題じゃないでしょ!!」

 ヤバい、言い訳をすればするほど泥沼だよ。
 私は、底なし沼に足を取られた様な感覚を覚えた。
 それに加えて、かがみの口調はさらに激しくなっていった。

「私はね、そういう真っ先に伝えて欲しかったことを、
 今までずっと黙っていたのが許せないって言ってるのよ!」
「だ、だったら向こうにいってもすぐに連絡するよ。
 電話もするし、メールだっていっぱいするしさ。それに……」
「――――っ!」

パーーーーーーンッ!

「えっ……?」

 一瞬、なにが起こったのか理解できなかった。
 右のほっぺたが急に熱くなって、同時にじんじんと痛み出してきた。
 その原因が左手を振り抜いたまま微動だにしない状態の、
かがみであることに気づくまで、少し時間がかかった。

「……知らないんだから」
「か、かがみ?」
「アンタのことなんか、もう知らないんだからっ!
 こなたのバカーー!」

 そう言うとかがみは、私を置いたまま走って行ってしまった。
 私は、状況を飲み込めないまま、呆然と立ちつくしていた。
 ただ、真っ先に理解できた事は、このほっぺたの痛みが
本物であること。ただそれだけだった。

 それから――

 かがみは、私と一切口を聞いてくれなかった。
 通学路を歩く時も、バスの中でも、学校に着いた時も。
 後から合流してきたつかさが、その度に私たちの間に入ってくれるけど、
私とかがみの距離は縮まらない。微妙な雰囲気。

「どうしたのお姉ちゃん。こなちゃんとなにかあったの?」
「なんでもないわよ。さ、早く行きましょ」
「かがみ……」

 朝の内に謝るのは無理そうだった。顔とかふくれっぱなしだし。
 ……次に会うのは、お昼の時かな。よし、お昼を食べた後に謝ろう。
 つかさとみゆきさんに進路の話をするのは、その後かな。
 心の中でそう決めて、私は校舎に向かって歩みを進めていった。

「あれ、かがみは?」
「あ、こなちゃん。実はね……」

 お昼時の、いつもの集まりの中に、かがみの姿がなかった。
 つかさが確認しにいった所、みさきち達と食べるからと言ってきたらしい。
 再び、後悔が私を襲った。やっぱり、まだ怒ってるんだ。

「かがみさん、どうされたのでしょうか。
 いつもなら、こちらで召し上がりますのに」
「ん~。ま、かがみもたまには向こうで食べたかったから、
 そうしたんじゃないかな。別に深い意味は無いと思うよ」

 柄にもなく強がってしまった。いつもならかがみの様子位見に行くのに。
 同時にお腹の下辺りがぎゅ~っと締め付けられる感じがした。
 ホントはかがみの所に行きたい。行って、話をしたいのに。
 後一歩が、踏み出せなかった。

「という訳だから、早くお昼食べちゃおうよ。もうお腹ペコペコだよ」
「……ねえ、こなちゃん。お姉ちゃんとなにかあったんでしょ?
 朝から何か様子が変だよ?」
「うっ……」

 それは、普段のつかさからは想像も出来ない程、鋭い声だった。
 私は、今まさに蓋を開けようとしたお弁当箱を机の上に置くと、
つかさの方を直視出来ないまま、苦し紛れに言い訳をした。

「な、なんでもないよ。別に私はかがみとはなんとも……」
「なんでもなくないよ! そのくらい、私にだってわかるよっ!」

 つかさが、この三年間の中で聞いたこともないような大声をあげていた。
 他のクラスメイトの内の何人かがこの声に気付いて視線をこちらに向けて
くるのを感じたが、今の私の中にそんなことを気にしている余裕なんてなかった。

「そのくらいっ、わかるよ。私にだって、わかるよぉ」
「つかさ……」

 つかさは、今にも泣き出しそうな顔をしながら左手で目をこすっていた。
 トレードマークのリボンも、心なしかしおれている様に見えた。
 それと同時に、今まで静観していたみゆきさんが、私に話しかけていた。
 優しさの中にほんの少しの悲しみを秘めた、厳しい声で。

「……泉さん。かがみさんと何があったのか、話していただけませんか?」

 みゆきさんの表情が、さっきのつかさと重なってみえた。
 これ以上、ごまかしてもしょうがない。正直に話そう。
 進路の事。かがみにそれを話した事。 
 そして、その後あった事も全部。

「そうだったんだ、それでお姉ちゃんは……」
「うん。だからあんなに怒っちゃってたってわけ」
「泉さん……」

 理由を話したら、少しだけ気持ちが整理できたような気がする。
 でも、これからどうすればいいんだろう。答えはまだ、見つからない。

「でも、寂しくなりますね。泉さんと会えなくなるのは……」
「そうだね。せっかく三年間、ずっと一緒だったのに」

 二人の言っていること。それは私の心の中にある声と同じだった。
 私も、みんなと離ればなれになるのは寂しい。できれば一緒にいたい。
 だから、思わず聞いてしまった。二人が私をどう思っているのかを。

「ねぇ、つかさとみゆきさんはどう思ってる?
 私が向こうの大学に行くってことに」

 瞬間、机越しに座っている二人が言葉に詰まる。
 十数秒の沈黙。そして、その沈黙を破ったのは、みゆきさんだった。

「――向こうの大学に行くこと。それが、泉さんが自ら望んで選んだ未来
 であるのなら、泉さんを笑顔で見送ってあげたい。私はそう思います」
「私も、ゆきちゃんと同じ意見だよ、こなちゃん。だけど、お姉ちゃんは……」

 つかさが、再び泣き出しそうな顔になった。
 それにつられて私も自然に目が滲んできた。再び訪れる沈黙。
 食事の時間の最中とは思えない程の、重い空気。
 しかし、二度目の沈黙を破ったのは、意外にもつかさだった。

「ねぇ、こなちゃん。私、お姉ちゃんと話してみるよ。事情は大体わかったし……」
「私も……。何かお力になれることがあれば」
「ううん、つかさ達にこれ以上迷惑かけらんないよ。大丈夫、どうにかなるって」
「こなちゃん……」

 正直、大丈夫なんていう保証はどこにも無かった。
 だけど、今回ばかりは私自身の力でどうにかしなきゃ。
 既に冷え切っていたお弁当を手に抱えながら、私は決心した。

 ――その後、お昼の出来事の影響から、私は自主的にかがみと距離をとった。
 下校も別々。借りていた教科書は週明けにつかさ経由で返すことにした。
 後悔に支配された時間が数時間続き、その日はつかさと二人で学校を出た。
 そして、家に着いた後も私の頭の中には、いいようもない感情が渦巻いていた。

「う、う~ん。ちょっと休憩するかぁ」

 じわりと熱を持ったPCから離れ、私はベッドに頭から突っ伏した。
 時計を見ると午後の八時、まだまだ夜はこれからだった。
 ふと、棚の上にある本が視界に入った。ブックカバーの新鮮さが目につく。

「これ、確か昨日買った……」

 本の正体は、某作品のラノベシリーズの最新作だった。
 かがみが執拗に勧めてくるので、近所の本屋で買ったものだ。
 そう、私がかがみに進路の話をする前日の出来事。
 かがみの瞳の中に、私が映っていた頃。

「そういえば、読んだら感想聞かせてって、言ってたなぁ」

 そんな事をつぶやいた矢先、机の上から携帯の着信音が聞こえてきた。
 携帯を掴んで画面をみてみる。つかさからの電話だった。
 たぶん、かがみ絡みの内容だろうと察したが、出てみる事にした。

「もしもし、こなちゃん? お姉ちゃんのことなんだけど……」

 案の定、かがみについての話だった。
 こんな切り出し方をしてくる所から察するに、
かがみと何らかの話し合いをした後のようだった。

「お姉ちゃんね、家に帰ってきてからも全然元気ないんだよ。
 さっきも、こなちゃんのことを話しにいったら、追い出されちゃって……」 

 携帯を通して聞こえてくるつかさの声は、微かに震えていた。
 きっとさっきまで泣いていたに違いない。
 だけど、私がかがみに触れようとしても、きっと拒絶される。
 そう、今の私はただの北風。かがみにとっての、北風。

「そっかぁ。かがみに嫌われちゃったのかな~、私」
「こなちゃん……」

 分かってる。この言葉が本音なんかではないことは。
 だけど、言わずにはいられなかった。
 言わなければ、滲む涙を紛らわすことなんて、出来なかったから。
 携帯を持っていない方の手が、ベッドのシーツを固く掴んでいた……。



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