こなたにいる

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「こなたにいる」



ずっと遠くにあると思っていたものが急に近づいたとき。
本当は、最初からすぐ近くにあったものなのかもしれない。
いつもそばにある大切な何か、ほんの少しでも離れると生きていられなくなる何か。
空気、水、食べ物、服、家、他にもいくらでも考えつく。
でも、欠かせないものたちから恩恵を授かっている人々のどれくらいが、
その「何か」に生かされることの幸せに感謝できているのかな?

私も人のことは言えないけどね。
だって、今まで何も気づいてなかったんだもの。
いつも自分の隣にいてくれると勝手に信じこんでたあいつが
一日でも、一時間でも、一分でも …… いなくなったときになって、
ようやく胸を騒がせる苦しみの正体を知ることができたんだから。


幸せを運ぶ青い鳥。
別に、あいつの髪の毛が青いからなんて単純な理由じゃないわよ。
あの童話と似てるって思っただけ!
知ってる人は知ってるかな、いや、結構有名ね。
前につかさが読んでて、そういえばどんな話だったかしらって気になって
なんとなく手にとってみたのよ。
子供のお遊戯みたいな話かなと思って初めは正直バカにしてたけど、
ページをめくる手が止まらなかった。
そこらに売ってるライトノベルの十倍も百倍も面白いかもしれないなんて思ったりもして。
意外と早く読み終わったかしら …… 普通の小説じゃなくて、脚本として、
いわゆる「ト書き」ってやつね、それで書かれてるおかげかもしれないわね。


――青い鳥はすぐ近くにいた。
すぐ近くにいたのに、チルチルとミチルは幻想の世界で必死に探し求めた。
あの時の彼らには、自分たちのそばにあった鳥かごに
年単位の時間をかけて探してきた特別な存在がいるとは気づいていなかった。


――結論だけ要約してみると、メルヘンチックな話ね。
あんまり本を読まないつかさが好きになるのも分かる気がするわ。
仮にも自称現実主義の私が、どうしてあんなに夢中になっていたのかしら。
今から思うと、やっぱり自分の立場に近いものを感じていたから?



本当に似てるわね。
あいつこそが幸せを持ってきてくれる存在、いえ、ずっと私にとっての幸せそのものだったのに、
誰も気にしないくらい短い間離れ離れになっただけで、必死に切なさの理由を求めていた。

でも、違うところもあった。 おとぎ話と現実が近づくことはそこまであるわけじゃない。
あの兄妹は素直で純粋だった。 だから、かごの鳥が青い鳥だと知って、そのまま幸せになれた。
私ははっきり言って素直じゃない。 大切なときに素直になれない。
分かりかけても、認めることができなかった。
親友として接してきたあいつに、まさか、そんな気持ちを……!
自分自身に備わってきた理性の目はおかしいと言っているのに、
世間からも間違いなく見捨てられる異常な想いなのに、
どんなにこの感情を抑えようとしても心の霧は晴れなかった。

もう一つ、こんなことを言ったらメーテルリンクさんに悪いけど。
あの話に出てきた青い鳥は、私たちが何もしなくても無条件で最大限の幸せを与えてくれるはず。
見つけるまでの過程は本当に大変だけど。
でも、私の青い鳥はそうじゃないの。
求めなくても少しずつは幸せをくれるけれど、私はより大きな幸せを求めそうになる。
そのどうしようもない欲が、積もり積もって苦悩を生み出す。
もしも、一度求めてしまったなら。
確かに、この上ない幸せがやってくるかもしれない。
それなら私は大歓迎、すぐにでもそうしてやるわよ。
この世界はそう甘くない。 自分の感情をさらけ出した瞬間に青い鳥は逃げてしまうわ、きっと。
一度遠ざかった鳥は、二度と帰ってこない。
私は最悪の結末を恐れている。
少しずつ幸せを積み重ねて、少しずつ悩みを積み重ねて。
これでいいの、大きな幸せを受け取り損ねて絶望するよりは。

大体、青い鳥にも幸せになる権利があるじゃない!
どうして私が勝手にそれを奪えるの?
友達だと信じていたから私と笑いあえていたあいつを裏切るなんてこと、絶対にできない!



ごめんね、私って……本当に、おかしな女の子だよね。
あんたの知らないところで想いを寄せて、
髪の色と童話の最後を無意味に重ね合わせて、
勉強も手に付かないほど、涙も出てくるほどに……あれ、涙……?



どうして、いつから私はこんなに弱くなったんだろう。
開いたままの参考書に染みた一滴を見つめる。
一滴が二滴、三滴に増えるのを見つめつづける。
シャーペンを持った左手に力が入らない。

この瞬間私のもとに青い鳥が飛んできても、どうすることもできない。
ただ本心をひた隠しにして、行くあてのない感情を巡り巡らせ、孤独の中ですすり泣くだけ。
近くにある幸せを幸せとすら思わないことのできる幸せが、
近くにある幸せにそれ以上近づくことのできない苦しみに変わったときから。


それでも、今すぐに飛んできてほしい。
近くにいることを確かめるだけで、不安が少しは消えてくれるから。




扉の開く音と、聞き慣れた呼び声が耳に入る。
鍵、閉め忘れてたのね……私ってば、本当に……。
私への電話を知らせる声、教えてくれたつかさに感謝の一言。
二十分くらい前から、つかさはずっと呼びつづけていたみたい。 気づかなかった。
それくらい前から着信音が鳴りつづけてた、違う、鳴っては止んでを繰り返してた、ってことよね。
信じられないくらい重症ね、誰が治してくれるわけ? まったく。
つかさは参考書の涙に気づいたかしら。
どう笑顔になっても、私がさっきまで泣いてたことは隠せないかも。
いや、もしかして、今でも……?
私は受話器を取った。 つかさはそのまま部屋を出た。



声。
離れていても、確実に温もりを伝えてくれる声。
紛れもないあいつの声。
――飛んできた。


何よりも先に私を気づかってくれる声。
つかさに呼ばれたからと、私に許可を求める声。
あいつが私の家に近づいていることを知らせてくれる声。
――飛んでくる。




着替えよう。 涙を拭こう。 あいつと同じ笑顔になろう。
恥ずかしくないように、私とつかさの部屋を片付けよう。
参考書を閉じて、勉強を一時忘れて、近づいてくる幸せ、
幸せ自身からこぼれだす幸せのかけらに期待しよう。


そして、持つべきものは妹だ。
あの子はいつも鈍いけど、時々妙に鋭いところがある。
他の人とは違う感性が磨かれているのかしら?
私の感情にも、ずっと前から気づいてたり、なんてね。



私を生かしてくれる青い鳥。
「泉こなた」以外の誰にも替えられない、何よりも近い存在。
ここにいてくれるだけで、何よりも特別な存在。

いつになるか想像も付かない、いつになっても叶わないかもしれない。
それでも私は一つの願いを持ち続ける。
青い鳥が分けてくれる幸せが、青い鳥と分け合える幸せに変わるように、という願いを。


呼び鈴が、一鳴り――。



(おわり)




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  • GJ -- 友生 (2011-01-25 04:13:40)

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