和楽の夜・後半

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こなたと二人。
二人きり。
二人で一緒に並んで、
夜でも賑やかで明るい参道を歩いていく。

さっきから胸がドキドキしている。
高鳴りが自分の耳にまで聞こえてきた。
こなたが、隣にいる。私の、すぐ横に。
それだけで身体が熱を持ち、頭が真っ白になっていく。

「かがみ、あっち行ってみない?」
「え……」

そう言って、こなたはまた参道の反対側へと向かった。
通行人も軽々と避けて奥に進み、すぐに視界から消えそうになる。

「あ、待ってよ!」

追いかけようとして、
突然横から来た人とぶつかった。
バランスを崩して身体がよろける。

倒れないように体勢を整えて、
そして見上げた視界に、こなたはいなかった。
雑踏の中で、こなたを見失ってしまった。

「……こなた?」

小さく名前を呼ぶけど、すぐにそれはざわめきでかき消される。
何処を見ても、人。知らない人。背の高い人。こなたの姿は何処にもない。
更に混雑してきた参道は、こなたを完全に隠してしまった。

「こなたー」

声を上げても、それは周囲の音と混ざり合って霧散していく。
こなたは具体的に何処に行くとも言ってないし、この人ごみの中じゃ、反対側に出ることも、身動きをとることすら出来ない。
……もう、自分勝手なんだから。
折角二人きりになれたのに、何処かにいちゃって……。
離れ離れになったら、意味ないじゃない。

「こなたー!」

急に不安が襲ってきて、思わず叫ぶ。
でも、返事は返ってこなかった。
このまま、はぐれたままになっちゃうんじゃないか。
そう思うと、急にお腹が冷たくなってきた。焦燥感が生まれる。
ただでさえ人が多いんだから、一回はぐれたらそれっきりになる可能性だってある。
……何とかして、探し出さなきゃ。

人を避けて、押しのけて、掻い潜って、走って、
ようやく、反対側の屋台の前に出た。
そして急いで左右を見回し、

「かがみ?」

不意に、後ろから声がした。
振り向くと、何事もなかったかのように立っているこなた。
……人が、人が心配して探してたっていうのに、どうしてそんな平然としてられるのよ。
こなたが見えなくなって、不安だったのに、心細かったのに……。

「……あんたねぇ、一人で突っ走るんじゃないわよ。迷子になるところだったのよ?」
「え、いや~、てっきりついてきてるんだと思ってて……」
「私はあんたみたいに機敏に動けないのよ! ちゃんと、私のことも考えてよ。
……怖かったんだから。こなたとはぐれちゃうんじゃないかと思って」
「ご、ごめん。……じゃあさ、」

瞬間、電撃が走ったかのように全身が痺れる。
左手に、ふわっとした柔らかい感触。
ぎゅっと、握り締められ、包まれる。
こなたの手に。
金縛りにあったみたいに、身体が硬直した。
動かない身体に、ただほのかな温もりが伝わってくる。

「ほら、こうすればもうはぐれないよ」

しっかりと結ばれた手。繋がった身体。
強く握られた手に、くすぐったさみたいな感じが生まれた。
手を見て、なんだか恥ずかしくなって、つい顔を背ける。
嬉しさが表情に出るのを隠すために。
この手を離したくないし、どこまでも一緒に、繋がっていたい。
叫びたい気持ちを抑えながら、そう、思った。

「……これであんたが迷子になることもなくなるわね」
「むー、小さいからってまたそんなこと言って! むしろ迷子になってたのはかがみの方じゃない」
「あんたが飛び出して何処かに行っちゃうのがいけないんでしょ」

……ありがとう、こなた。
その思いを伝えるために、こなたの手を、もっと強く包み込んだ。
こなたの体温を感じる。私たちが繋がっている証。
まだまだ小さいけど、いつかはもっと深く大きくなるだろうか。

「うぅ……。でも、やっぱりかがみ、人押しのけてたね。私の言ったとおりだったよ」
「な、あ、あれは仕方ないじゃない。あんた探すのに必死だったんだから」
「かがみ、そんなに私のこと心配してくれてたんだー。嬉しいなぁ」
「そ、それより、今度からは気をつけなさいよ!」
「はいはい、分かってるって」
「……で、あんた何処に行こうとしてたのよ」

尋ねると、こなたは急に目を大きく見開いて、

「あ、そうだった。あっちにクレープ屋さんがあるんだよ」
「クレープって、別にその辺にもいっぱいあるじゃない。何も反対側までこなくても……」
「ちっちっ、分かってないなぁ、かがみは。とにかく、見れば分かるよ。行ってみよ」

私の手を引いて、駆け出す。
屋台の屋根の下、あまり人が通らない場所を、二人で走っていく。
速く、久しぶりに風を感じた。
人を避けながら、白熱灯の光を浴びながら、冬の逆風を切って辿り着いた先。

「え……」
「ほら、屋台とは違うのだよ、屋台とは」

参道から逸れた脇道。
カーブで外側が膨れたその道の上に止まっている、大きな移動販売の車。
そこには、長い行列が出来ていた。

「あれって、何売ってるの?」
「クレープだよ。ここのお店のはおいしくて人気があるんだって」
「この行列がそれを物語ってるわね」

参道の溢れんばかりの人を見た後だから少なく思えるけど、それでも寂れた脇道には十人ばかりの人が並んでいる。
その先端にある車には、クレープのメニューが書かれた看板が貼り付けられていた。
チョコレート、チョコバナナ、ストロベリー、ブルーベリー、アップル、キウイ……。
種類を見るたびに、それが包まれたクレープが頭に浮かんできて、口の中に想像の甘さが広がる。

「かがみ、どれにする?」
「えーと、ここはベタにチョコバナナにしようかしら。ソースだけじゃなくて、何かが入ってたほうが食べ応えがあるし。
 あんたはどうするの?」
「私は……、じゃあ、イチゴにしよ」
「あんたイチゴ好きだっけ? てっきりチョコ系かと思ってたけど」
「私イチゴ好きだけど? それに凄く甘いものが食べたくなってね」

二人で列の最後尾に並ぶ。
参道から離れていても、その音ははっきりと聞こえてくる。
まだここは、祭りの中のようだ。
子供とそのお父さんが、袋に入ったクレープをかじりながら参道に戻っていくのと擦れ違った。

「……おいしそうねぇ」
「でしょ。ここはそこらへんの作り置きしてる屋台とは違って、その場で生地を焼いてくれるから、温かいままで食べれるんだよ」

脇道は緩やかな下り坂になっていて、ここからでも車内の様子が見える。
円い鉄板の上で薄く伸ばした円い生地が焼かれ、その上にトッピングが乗せられていた。
とにかく、おいしそうだ。

やがて私たちの順番が来て、宣言したとおりのクレープを買った。
クレープが作られる瞬間を見るのは初めてで、完成までの時間はそう長く感じなかった。
お金を払ってお礼を言い、参道に戻りつつそれを頬張る。
チョコの甘さとバナナのどろりとした甘味が……って、この味は何処かで……。

「よく考えたらこれ、チョコバナナと被ってるじゃない。なんだか同じもの食べてる感じだわ……」
「ドジだなーかがみは。私はちゃんとそれを考えてイチゴを選んだんだよ」

こなたはクレープを両手で持って少しずつ、それこそ小動物のように食べている。
愛くるしさが身体全体から溢れだしているようだ。
繋いでいた手を離したのは残念だけど、片手じゃ食べづらいから、仕方がない。
しばらくぼーっと見つめていると、不意にこなたが顔を上げて、こっちを見てきた。
また何か言われるのかなと身構える。
すると急に、目の前にイチゴのクレープが突き出された。

「はいかがみ、あーん」
「誰がするか! 誰かに見られてたらどうするのよ」
「こんな所誰も見てないって。それに、他の種類のクレープを食べてみたいんでしょ」
「そ、それは……」
「恥ずかしがらなくてもいいって。ほら、あーん」
「……あ、あーん」

イチゴの酸味と甘味、生クリームのとろけるような柔らかさ、生地の温かさ。
そしてこれは……こなたとの間接キス、ってこと……。
もちろん私が食べたクレープをこなたも食べるんだから、こなたも私と間接キスしたわけで……。
そう思うなり、突然胸がうずうずしてきた。何ともいえない、不思議な気持ち。
これが何なのかは分かってる。でも、
こんなことでひそかに悦に浸っている自分が、情けなく思えてきた。
何やってるんだろうな、私。
手を繋いでたのだって、こなたとはぐれないようにする為。
いわば保護者みたいな感じだ。
結局、何も進展していない。
自分のクレープを一口、かじる。

「ねぇ、かがみ」
「ぇ、何?」

不意に声をかけられて、思わず生返事をする。
こなたは胸の前でクレープを掴んで、私を見上げていた。
少しだけ微笑んだ表情で、

「おいしい?」
「……ええ。とっても」
「そう。良かったぁ」

こなたが安堵の吐息を吐いたのが、空に消え行く白で分かる。
こなたは私をここまで連れてきてくれた。それは多分、私に食べて欲しかったから。
やっぱり提案した側としては、こういうことしたくなるのかしらね。
だから、気の利いた言葉が浮かばないけど、

「こなた……ありがと」
「……うん」

こなたの表情は、逆光になってよく見えなかった。
その代わりに目にはいった参道は、端から見るとそれこそ川の水が全て人になったような感じだ。
今まであの中にいたのかと思うと、ぞっとしてくる。
かといって、ここにじっとしているのも時間が惜しい気がする。

「じゃ、戻りましょ」

言って、流れに加わろうとしたその時、

「待って!」

いきなり左手を掴まれた。
こなたが凄い力で私の手を握って、引きとめていた。

「手繋ぐの、忘れてるよ。またはぐれたらどうするの?」
「あ、ごめん。……これでいい?」

痺れる手に力を込めて握り返す。
表面の冷たさと、芯の温かさが伝わってくる。
こなたの小さな手を、今度は私が包み込んだ。
すっかり冷えた肌を温めるように。
夢でも幻想でもない、リアルな感覚。
まだ繋がっていられる。肌を感じていられる。
それがとてつもなく嬉しかった。

いつまでもこうして、こなたと歩いていきたい。
どこまでも続いていくような参道の先を見つめながら、そんな希望を、胸に抱いた。


境内までの道を往復するのは、あっという間だった。
闇の中に続いている参道の終わりまで辿り着くのに、時間はかからなかった。
そこにあるのは現実の閑散とした暗さだけ。
夢のような祭りの光と、現の闇の境界線。
外の人々は名残惜しそうに、足取り重く帰路についていた。

それを見送り、振り返って、元来た道を戻った。
もう、後はお参りするだけ。それだけで、こなたと二人きりの夢のような時間も終わりだ。
後十五分もあるだろうか。
もう私たちには、ほんの僅かな時間しか残されていなかった。

……このまま、幻のまま、終わらせていいんだろうか。
きっと今日が終われば、もうこなたと手を繋ぐなんてこともないだろう。
夢幻の世界だからこそ叶えられた夢。

今じゃないと出来ないことがあると思う。
いつもと違う空気。いつもと違う光。いつもと違う音。いつもと違う雰囲気。
今を逃せば、もうチャンスは巡ってこないだろう。
この気持ちもいつもとは違うから、いつもに戻ったらきっと言い出せない。
多分、これが終わったら今の気持ちがいつもになる。こなたが好きだっていう気持ちだけが残る。
だから……、でも……。

「かがみ、何やってるの? 早く行こう」
「……え、ええ」

こなたに引っ張られるようにして、巨大な鳥居をくぐり、手水舎の横をすり抜け、門をまたいで奥に進んでいく。
拝殿までの通路は広く取られていたが、そこを埋め尽くすほどの人が、そこにいた。
携帯の液晶を見ると、もう十時前だった。
今日はいつになく時の流れが速い。
どうして、楽しい時間は早く過ぎ去ってしまうんだろう。
自分の感覚が恨めしい。

さすがに夜も遅くなってきたせいか、さっき見たときに比べると、幾分か参拝客は減っていた。
人と人の間にも、僅かな間隔が生まれている。
多少スペースが取れるようになっただけで、大して変わってないけどね。

終点である拝殿前の階段は、それでも人でいっぱいだった。
鈴の数が少なくて、それが混雑の原因になっている。
賽銭箱に次々と投げられるお金が、強力な白色の電灯に反射してきらりと光った。

「フード付きのコートでも着て前の方に立ってたら、すごい金額が手に入るんじゃないかな」
「あんた罰当たるわよ!」
「冗談だって。かがみはお賽銭何円入れるの?」
「え? まぁ、十円くらいかしらね」
「うわ、ケチだねかがみ」
「な、何よ、普通これくらいでしょ。あんたはいくら入れるのよ?」
「五円」
「少なっ! 私の半分じゃない」
「だってお賽銭なんて、何の得にもならないじゃん。これくらいで十分だよ」
「あんた言ってることがさっきと違うぞ」
「臨機応変といって欲しいね」

ほとんど身動きも取れないまま、前進していく。
いつの間にか、前後左右は背の高い大人に囲まれていた。
自分の位置もろくに把握できず、ただ背後からの圧力で身体が押し潰されそうだ。

「わっ、か、かがみっ」

不意に後ろ向きの波が生まれ、こなたがそれに揉まれて私と離れそうになる。

「こなたっ!」

急いで手に力を込めて、私の隣に引き寄せた。
こんなところで一度離れ離れになったら、そのままどんどん引き離されてしまうことだろう。

「大丈夫?」
「うん。ありがと、かがみ。助かったよ」
「こ、ここは特に人が多いんだから、はぐれちゃったら小さいあんたじゃ、すぐもみくちゃにされるわよ」

何言ってるんだろうな。
素直に受け止めたらいいのに、どうしてもそれが出来ない。

「わ、また私が気にしてることを! ……でも、かがみが守ってくれるから平気だよね」
「だ、誰があんたなんか……」
「照れちゃって~、かがみはやっぱり可愛いねー」
「う、うるさい!」

図星でも、それを認めるのが恥ずかしいから、否定する。
そうやって、いつも本当の自分を隠してきたのかもしれない。
でも、こなたには、そんな私の人に見せない気持ちも見透かされていた。
本当の私を理解してくれている人。
だから……。

前が開けて、鈴を鳴らす太い縄と、大きな賽銭箱が目に入る。
繋いだ手を外して、十円を投げ入れ、鈴を鳴らし、二拍手して拝んだ。
隣のこなたもそれに習う。
この神社に何のご利益があるかは分からないけど、願うことは一つだけ。

――こなたと……。

きっと、この気持ちは抑えられない。
だから、もやもやした想いが残るくらいなら……。

――私に、自分の気持ちを伝える勇気をください。


「かがみは何お願いした?」
「え、まぁ……色々よ。あんたは?」
「私? 私も……色々だね」
「何よそれ」

階段を下りて、敷石の上を歩いていく。
手は、離したまま。こなたが求めなかったから。
……人も少なくなってきたし、もう必要ないわよね。

今まで温もっていた左手が、風に晒されて冷たい。
指を動かしてあの感触を求めても、掴み取るのは虚空だけ。
隣にいるのに。

「あ、私ちょっとトイレ行ってくるね」

こなたは言うが早いか走り出し、人ごみの中に溶け込んでいった。
追いかける間もなく、一人取り残される。

こなたは、あっという間に私の元から離れていってしまった。
またすぐに戻ってくるのに、なんだかそれが酷く寂しい。

溜め息をついて、肩の力を抜いた。
久しぶりに一人になって、今日の出来事が走馬灯のように蘇ってくる。
こなたと話したこと、歩いたこと、手を繋いだこと……。
どれも鮮やかに刻まれている、大事な記憶。
これを糧にすれば、またしばらくは頑張れるかな。

……そういえば。
遡るように思い出していって、ふと、気づいたことがある。
この祭りは何を祈願してるんだっけ。
さっきは結局うやむやになってしまって、みゆきから聞きそびれてしまっていた。
気づかなかったけど、よく考えたら、あの時のこなたは様子がおかしかった。
まるで何かを隠しているような……。

二人で楽しんでいるのに水を差すことになるかもしれないけど、どうしても気になって、みゆきに携帯で電話してみた。
数回のダイヤル音。

「……もしもし」
「あ、みゆき? 今電話、大丈夫?」
「かがみさんですか? ええ、構いませんよ」

みゆきの声には、周囲のノイズとともに、聞き取れないけどつかさの声も混じっていた。
一呼吸置いて、

「このお祭りって、何を祈願してるの?」
「さっきも仰っていた質問ですね。
このお祭りでは、無病息災、五穀豊穣、商売繁盛、家内安全、それに縁結びと諸願成就を祈願しているんですよ」
「……そう、ありがと。じゃ、邪魔しちゃ悪いからもう切るわね」
「はい。頑張ってください、かがみさん」

後ろの方で、お姉ちゃん頑張れーというつかさの声が聞こえた。
その残響を耳に残しながら、携帯をしまう。

こなたは何でここの祭りに私たちを誘ったんだろう。
本当に、ネットのニュースで見たから?
分からないけど、でも。
……決めた。

「お待たせ。いやぁ~凄い行列でさぁ」

小走りで駆けてくるこなた。その顔に浮かんでいる微笑。

きっとこのまま何もしなければ、私たちの関係はずっと続いていく。
友達として、多分、いつまでも。
楽しく、ふざけながら笑い合えると思う。
でも、それで私は満足できるの?

今じゃないと出来ないこと。それはたった一つ。一つだけ。

「こなた」
「え、何?」
「……来て」


人で溢れた境内とは裏腹に、奥の林は静まり返っていた。
背の高い木々の枝は垂れ、狭い空間をより狭く見せている。
薄闇の中には外灯もなく、ぼんやりと近くが見える程度。
祭りの光も届かない。
たださざめきが、遠くから小さく聞こえていた。
そんな、不思議な場所。

でも。
隣にいるのにこなたは、何も喋らない。
私もなんとなく話しづらくて、何も言わない。
会話のないまま、ただ並んで立っている。
途切れることのない外の微かな喧騒を聞き、誰もいない世界にいるような錯覚を得た。
だから、注意は外面ではなく内面へと向かう。
真っ白になった意識が研ぎ澄まされていく。

こなたはここにいる。
手を伸ばせば届くし、抱きしめることも出来る距離。
向き合えば息がかかる距離。
十センチにも満たない距離。
そんな、ほんの僅かな隔たりの先に。

でも。
こんなに近くにいるのに、心は重ならない。
自分が動かないといけないのに、口の中が乾いて声が作れない。
何か言わなきゃ、そう思えば思うほど、何も出てこない。
ただ時間だけが過ぎていく。
遠くの祭りが徐々に終極に向かっていく感じがする。

「見て」

静かな闇の中に、声が響いた。
それは小さくてもはっきりと耳に聞こえ、すぐに風に乗って消えていく。
ここまで歩いてくる時も、ここに来てからも、聞けなかったこなたの声。

「星が、綺麗だよ」

横を見ると、こなたは顔を上げて上を眺めていた。
釣られるように、木々の開けた向こうにある空を見上げる。
暗い夜空の天辺には、小さな光がいくつも輝いていた。
端っこには、小さく欠けた月。

「……そうね」

そして目に入るのは、二つの光。
ここから見れば二つの星はくっつきそうだけど、本当はその間には何十光年もの距離がある。
遠い、気の遠くなりそうな道のり。
そしてどちらも動かず、近づくことはない。

私も、この距離を、隙間を埋めれない。もう少しなのに、これ以上近づけない。
抱きしめることも、向き合うことも出来ない。自分から手を繋ぐことすら出来ない。
私が、後一歩を踏み込めないから。
前に乗り出す勇気がないから。
私は、いつもそうだ。
自分の気持ちを、知らないうちに抑え込んでる。
それは、相手に拒まれるのが怖いから?
本当の自分を見せるのが恥ずかしいから?

そんなのじゃ駄目だ。
もう、逃げるわけには行かない。
神様にもお願いしたんだ。勇気をくださいって。
だから、大丈夫。
しなかった後悔より、した後悔の方がきっといいはずだ。

多分、これが最初で最後のチャンス。
日常に戻ったら、二度とやってこない。
こんな夢のような世界だからこそ、実現できる願い。
今じゃないと出来ないこと。
今、出来ること。
こなたに、自分の気持ちを……伝えよう。

「あ、あのさ……」
「……何?」

振り向けなくて、ずっと見つめるのは遠くの空。
夜の風は立ち止まったままの肌に冷たく、木々の枝葉が大きく揺れた。
胸がドキドキと、凄い速さで脈打っている。
言おう、と思う。……言おう。

「わ、私! ……私ね」

こなたのことが、好き。
大好き。
……今日まで気がつかなかったけど、ようやく、分かったの。
私にはこなたが必要なんだって。

こなたといると、いつも楽しかった。
もちろん、今日だって。

頭に浮かぶ、こなたの顔。
同時にこみ上げてくる、熱いもの。
可愛くて可愛くて、それでいて誰よりも私のことを分かってくれてる。
確証はないけど、そう思う。

だから、こなたといると安心出来た。心のよりどころだった。
思い切りつっこめたのも、こなただから。
こなたなら、笑ってくれる、分かってくれる。
そうやって、いつの間にか私は、こなたを求めてた。
ずっと一緒にいたいと思った。
私を受け止めて包んでくれる、こなたと……。
こなたとなら、そのままの私でいられるから。

何て言えばいいんだろう。
思いは溢れてくるのに、言葉にならない。
でも、溢れる思いは止まらない。

ほんの少し。
顔だけを横に向けて、こなたを見る。

目が合った。

思わず逸らそうとするけど、それに気づいたこなたは、
小さく笑った。

月の光に照らされたその笑顔は、とても怪しくて、
落ち葉を踏みしめて、向き合う。
そして一歩前に出て、

抱きしめた。
精一杯の力で。
包み込むというより、すがりつくように。
冷たくなった身体を、温めるように。

「……ずっと、気づかなかったの。好きな人がいるってことに。
 すぐ近くにいたのに。いつも傍にいたのに。
 ……でもね、今日、ようやく分かった。お祭りが、教えてくれた」

それは今しか、この雰囲気の中でしか言えないから。

「大好きだよ……こなた」

……言えた。
この先どうなるのかは、もう分からない。
でも、どうなっても悔いはないと思う。
これが、私の精一杯だから。
……こなた。

「!」

不意にこなたが、抱きしめていた腕を解いた。
そして、私と少し距離をとる。
それは、どういう……。

「かがみ」

私の名が呼ばれる。
だから、その声に、耳をすませた。

「……私も」

落ち葉を踏む、心地の良い音。
それが、一回、二回……。

「私もかがみが大好きっ!」

飛び込んで、
抱きついて、
しがみついてきた。

私を見上げてくるこなたは、いつものにやにやした笑いとは違う、はにかんだような笑みを見せた。
私も、釣られて笑う。

星と月に見守られた薄明るい林の中で、ずっと、そうしていた。



「かがみ、このお祭りが、何を祈願してるか知ってる?」
「……知ってるわよ」
「そっか……」
「じゃぁ、私が神様に何をお願いしたか分かる?」
「分かるよ。かがみの考えそうなことだもの。……私のは?」
「分かるわよ。こなたが考えそうなことでしょ」

「……私ね、ここ、下見に来てたんだよ。どういうお祭りかも調べて、参道も歩いてみて、近くのお店も見て回って……。
 お祭りの夜を、かがみと一緒に過ごしたかったから……」
「ええ……こなたのおかげよね。……ありがとう、こなた」
「ううん。こっちこそ、ありがとうね、かがみ」

境内に戻ると、まだ祭りは続いていた。
音も、光も、活気も、未だ衰えていない。
人は幾分疎らになってたけど、それでも十分多かった。

また、祭りの中に加わる。
提灯、外灯、遠くの屋台。
話し声。歩く音。鈴の響き。
それらが出迎えてくれて、周りは急に騒がしくなった。

どちらが先かは分からないけど、
手を差し出して、お互いの指を繋ぎあう。
感覚の研ぎ澄まされた指先が、こなたの指先に触れて、ぴりっと痺れた。

身体は凄く熱くて、でも、とても気持ちが良かった。
嬉しくて、夜中の風すら、心地よいと思えた。

「これが夢で、今日が終わったら現実に戻ったりなんて、しないわよね」
「そんなわけないじゃん。かがみは心配性だねぇ」
「でも、不安になるのよね。……こんなに幸せでいられると」
「かがみのおかげなんだから、そんなに謙虚にならなくていいんだよ」

それに、とこなたは言って、

「これで終わりじゃないんだよ。これから、作っていくんだから。
 たくさんの、夢みたいで楽しい時間を」

今いるのは、夢のような、不思議な雰囲気の世界。
隣には、こなた。
これが、最初の二人の時間。
きっと、これからも、こなたは私のそばにいる。私はこなたの傍にいる。
この特別な日が終わっても、ずっと。
だから、徐々に終極に向かいつつも、まだまだ終わらない祭りの中を歩いていく。

祭りの喧騒の一員として。
祭りの調べの一翼として。
こなたと一緒に、
奏でていく。

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コメント:
  • 全身雷に打たれました -- 名無しさん (2009-08-18 00:30:02)
  • 凄く、凄くいいです。
    私、感動しました(ノ_・。) -- 無垢無垢 (2008-11-30 23:13:38)

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