記憶のカケラ

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――小さくてちょっと変わっていて、髪が青い女の子。 
それが、私が『泉さん』と初めて会った頃に抱いていた感情だった 。

だけど、一緒に高校生活を過ごしていくうちに、私たちの関係も
少しずつ変わっていった。 そして、出会ってから間もない頃のある日、
私と泉さんの間にちょっとした変化が起きた――

「こなちゃん、遅いね……」
「ほんと、何かあったのかしら。
 せっかく今日から一緒に登校することにしたのに」

 まだ入学して間もない頃のとある日の朝、通勤ラッシュで
混雑している駅のホームで、私とつかさは泉さんが来るのを待っていた。
 とは言ったものの、この一件の立案者がその泉さんだった
ものだから、尚更私たちがこうして待っている意味がわからない。
 普通に考えて、何で言い出しっぺの方が遅刻してくるのかしら。  


「こなちゃん、どうしちゃったのかなぁ」
「しょうがないわね、泉さんも……。
 それよりさ。 その呼び方って、やっぱり泉さんの?」

 私がまるで気づかない程に、つかさが自然にそう呼んでいたので、
危うくスルーしそうになってしまった自分がいた。
 ま、気づいた所でどうこうという訳でもないけどさ。

「うん、『泉こなた』だから、こなちゃん。
 少し前からこんな感じで呼ぶことにしたんだよ。
 それに、こっちの呼び方の方が、なんかかわいいでしょ?」


 ……時々、つかさのセンスがわからなくなる時があるけど、
今がまさにその時だった。 だけど、せっかくつかさが考えた
呼び方なんだし、ここは褒めてあげるべきよね。

「……まあ、かわいいかどうかは別にしても、
 つかさらしさが出てていいんじゃない? その呼び方」
「えへへ…… ありがと、お姉ちゃん!」
「ふふっ、どういたしまして」     

 私たちがそんな話をしている内に電車が駅の中に入ってきていた。

 素早く、そしてぴったりと駅のホームに収まった電車のドアが一斉に開く。 
 と同時に、今日の主役兼首謀者が私たちの目の前に現れていた。

「ごめんごめ~ん。 遅れちゃったよ。
 朝の準備で少し手間取っちゃってさぁ」

 開口一番、泉さんはバツが悪そうに頭を掻きながら、
私たちに申し訳なさそうに謝っていた。

 本当なら厳しく注意する所だが、そんなことをしていたら
学校に遅刻してしまうので、とりあえず保留しておくことにした。
 一方、同じ立場であるハズのつかさの方は、
まるで何事も無かったかのように挨拶を始めていた。

「あ、こなちゃん。 おはよ~」
「おはよっ、つかさ! あと……。 
 え~っと、柊さんもおはよ~」
「えっ!? お、おはよう」

 ……ちょっと待った。 なんでつかさのことは名前で呼んで、
私の方は苗字なのよ。 まだ知り合ってから日が浅い為だとか
言っちゃったらそれまでなんだろうけどさ。 
 別に気にすることでもないハズなのに、凄い違和感が。

「どうしたの、お姉ちゃん。 具合でも悪いの?」 

 不意に、つかさに声をかけられた。
 どうやら、相当考え込んでいたらしい。

「ううん、なんでもないわよ。 とにかく、早く駅から出ましょ。 
 じゃないと、ホントに遅刻しちゃうもの」 
「そうだね。 それじゃあ急ごっか、こなちゃん」
「はいは~い、柊さんもああ言ってるしね」
「……」

 その後、私は自分でも理解できない程もやもやした気持ちで
一日を過ごすことになった。 授業を受けている時も、
お昼を食べている時も、掃除をしている時も、
そのもやもやを拭うことは出来なかった――

「……とまあ、こんなことがあったのよ」
「そうですか、それで泉さんのことでお話があると」

 授業も終わり、各委員会もあらかた終わった後の会議室で、
私はつかさや泉さんと同じクラスの高良さんと話していた。
 当時は、私も学級委員長をやっていたため、高良さんとは
放課後の委員会の方で顔を合わせる機会が多かったのだ。


ほんっと、なに考えてるのかしら」
「なるほど、事情は大体わかりました。 
 あと、他に気になった所などはありましたか?」
「そうね~。 なんていうか、まだあまり話をしていないっていうのも
 あるんだけど、な~んかよそよそしい所がある……みたいな」
「よそよそしい、ですか」

 静かにそうぽつりと呟いた後、高良さんは左の頬に手を当てながら、
なにやら考え事を始めていた。 そして数十秒の沈黙の後、
何か閃いた様にふいに顔を上げていた。 どうやら結論が出たらしい。

「どう? 泉さんのことで、なにかわかったことあったかしら」

「色々と可能性を考えてみたのですが……。
 おそらく、それは照れ隠しですね」
「はぁ!?」

 正直言って、全く予想もしていない答えが返ってきていた。
 多分、この時の私はもの凄く呆気にとられた顔をしていたに違いない。
 しかし、そんな私にはお構いなしとでもいったような感じで、高良さんは
ニコニコと笑顔を浮かべながら解説を始めていた。


「たぶん泉さんは、かがみさんに対して照れているんだと思います。
 名前で呼んでくれないのもきっとそのせいで、今はきっかけを
 探しているんだと思いますよ」

 う~ん、そんなものなのかしらねぇ。
 とてもあの泉さんが、そんな恋する乙女みたいな
行動を取るような人には見えないんだけどな~。
 まあ、高良さんもここまで真剣に考えてくれたんだし、
参考にしてみる価値はありそうね。

「色々アドバイスありがとね。 助かったわよ」 
「あまりお力になれなくてすみません。
 では、私はまだやらなければならない用が
 ありますので、そろそろ失礼させていただきますね」
「うん。 それじゃまた明日ね」
「はい、また明日会いましょう」

 そう言うと高良さんは、ペコリと頭を下げてから先に会議室から出て行った。
 一方の私はというと、誰もいなくなった会議室の中で、しばらくの間
泉さんの行動について色々と考え込んでしまっていた。


「ふぅ~、あんまり考えててもしょうがないわよね。
 結局、直接話してみなきゃ始まらないんだから」

 窓から吹き込む暖かい風を頬に感じながら、
ふと外を見渡してみる。 入学式の時には満開だった桜も徐々に
散り始め、枝の先には新しい緑の葉が顔を出し始めていた。

「散りかけの桜も綺麗でいいわよね~。 ……って、誰も聞いてないか」

 ふと、自分の言動が急に恥ずかしくなってしまった。
 離れたグラウンドや体育館からはちらほらとかけ声が
聞こえてくるものの、会議室の中には私しかいなかったのだから。
 さらに、つかさ達には先に帰るようにあらかじめ言ってあった為、
今日は一人で帰らなければならなかったのである。

(まっ、しょうがないか。 たまには一人で帰るのも……)

 そんな感傷にひたっていた時、会議室のドアががらりと開いた。
 高良さんが戻ってきたのかしら? それにしては背が小さい様な気が。
 そして中に入ってきた人物を見て、私は思わず声を上げた。

「い、泉さん?」
「あっ。 やっと見つけたよ~、」

 会議室に入ってきた人の正体は泉さんだった。
 でも、つかさと一緒に帰ったハズの泉さんが、
どうしてこんな時間にこんなところに来たんだろう。

「見つけた~もなにもないわよ。

 つかさと一緒に帰ったんじゃなかったの?」
「いや~、なんとな~く柊さんのことが気になったと
 いうかなんというか……。 あ、ちゃんとつかさには
 事情を説明してきたから、心配しなくていいからね」

 へっ? 私のことが気になるって……。
 一体どういう意味なのかしら。

 そんな風に私があれこれ考えていると、横で
それを見ていた泉さんが、少し恥ずかしい表情を
しながら、ぼそぼそと喋りだしていた。


「まぁ~、なんて言うのかねぇ。 朝の時の柊さん、
 少し様子がおかしかったからさ。 それで……」
「えっ? それでこんな時間になるまで私を待ってたわけ!?」

 まさか、こんな夕暮れ近い時間まで待っててくれたなんて……。
 もしかして、高良さんの言ってた『きっかけ』って、こういう意味なのかも。

「ま、そういうことになるよね。 思ってたより待たされちゃったけど」
「なるほど、そういうことだったわけね。
 だけど、つかさには改めて説明してあげた方がいいわよ。
 あの子だって、泉さんと帰るの楽しみにしてたハズだから」

「うっ…… そうだね、つかさには明日話しておくよ」

 私がそう注意すると、泉さんは朝の時と同じように
申し訳なさそうな顔をしながら私をみつめていた。
 どうやら、少し思い詰めてしまっているらしい。


「……まっ、ちゃんとわかってくれたみたいだし、
 朝のことも含めて全部許してあげよっかな」
「えっ、ホント!?」
「うん。 だから、もう帰りましょ」
「そうだね。 それじゃあ、早くバス停に行かなくちゃ。
 もうすぐ、バス来ちゃうもん」

 私の言葉ですっかり元気を取り戻した泉さんは、
柔らかい笑顔を浮かべながら嬉しそうに歩き始めていた。
 ほんっと、調子がいいんだから、全く……。

「どったの? ぼ~っとしちゃってさ。
 早くしないと置いてっちゃうぞ~」
「あ、ちょっと待ちなさいよ~」

 急いで鞄を持ち直して、私も足早に歩き出す。
 こうして、泉さんに半ば誘導されるような形で、私は
スクールバスの発車所まで連れて行かれるのであった……


「ふう、やっと駅まで来れたわね」
「そだね~。 結構時間かかったよね」

 会議室で泉さんに会ってから小一時間後、私たちは駅のホームにいた。
 周りは既に沈みかけた夕日によってまんべんなく照らし出され、
細長く伸びた影が線路を挟んで反対側のホームにまで届いていた。

 ――あれから、帰りのバスの中で泉さんと色々な話をした。
 私生活のことやお互いの過去の思い出とかをたくさん
話すことが出来て、私はとても嬉しかった。
 だけど正直、アニメや漫画の話はわからないことが多かった。
 ……今度からはちょくちょくチェックしてみようかしら。

 そんなことを思い返していた時、ホームの中に案内放送が響き渡った。
 どうやら私たちの居るホームに電車が到着するようだ。


「んじゃ私、この電車に乗ってくからさ。
 柊さんも、気をつけて帰ってね」
「あ、うん……」

 まただ。 朝にも感じたこのもやもやした感じ。
 でも、いまならこの気持ちの理由がわかるような気がする。
 多分それは、私が泉さんのことを――

「こっ、こなたっ!」
「えっ?」

 そう思った瞬間、私は泉さんのことを名前で呼んでいた。
 突然名前で呼ばれた当の本人は、ホームの柱に背中を
預けたまま、きょとんとした顔で私を見つめている。


「あっ、明日は、ちゃんと遅れずに来なさいよね。
 そうしてくれないと、私やつかさが困るんだから!」

 精一杯、声を振り絞って言葉を紡いでいく。
 今思うと、なんでただ一言喋るだけなのに、
こんなにも緊張しちゃったのか、よくわからない。
 一方、私に名前でよばれた『こなた』の方も、ほんの少しだけ
頬を赤らめながら、私に軽快な返事をしていた。

「そうだね、今度はちゃんと早起きするよ。 それに――」

 と、こなたの返事が中盤まで差し掛かった頃、電車が到着していた。
 耳に残る甲高い電車のブレーキ音が、ホーム中に響き渡る。
 その為、こなたの返事の一部を聞き取ることが出来なかった。

「――れたら、いいよね。 ま、来年の話だけどさ。
 あっ、それじゃあ私は先にこの電車で帰るから」
「えっ。 あ、ちょっと!」


 聞こえなかった部分について私が確認しようとした直後、既にこなたは
到着した電車に向かって歩き出していた。 そして、車内にぴょんと軽く
飛び乗るのとほぼ同時に、くるりと私の方に振り向いていた。

「う~んと、今日は楽しかったよ、色々話せてさ。
 ――それじゃあまた明日ね、かがみっ!」 
「あっ……」

 次の瞬間、私の中のもやもやは完全に消えていた。
 そして、新しく芽生えてきたのは透き通るような優しい感情。
 私は、それを満面の笑みに変えて真っ直ぐにこなたを見据えた。

「うん。 また明日ね、こなたっ」

 私がさよならの挨拶を終えるのとほぼ同時に、電車のドアが閉まっていた。
 そして、車内にいるこなたに手を振りながらその電車を最後まで見送った。
 駅のホームは再び静寂に包まれ、私はさっきまでこなたが寄りかかっていた
柱に身を預けながら今日の出来事を振り返っていた。

(こなた……か。 なんだか長い付き合いになりそうね)

 結局、この時の予想はものの見事に的中することになる。
 そして、誰にも話すまいと思っていたこの日の出来事を、つかさ
にあっさり白状してしまったのは言うまでもなかった――

「てな感じだったでしょ。 どう、全部思い出した?」
「あ~、そういえばそうだったよね。 ていうかさ、 
 かがみってあの頃から可愛かったんだねぇ」
「なっ、またアンタはそういう余計なことばっか言うんだから」


 こうして、長いような短いような不思議な感覚を残しながら、
私は高校生の頃の思い出を話し終えていた。
 あの頃から既に四年以上。 大学二年生になった今でも、
こなたと私はこうして同じ時を過ごしている。 長い付き合いだ。

「まあまあ、久しぶりにかがみからいっぱい話聞けてよかったよ。
 昨日たくさん頑張ったかいがあったってもんだよね」

 私の話を聞いて満足そうな表情をしているこなたを見て、
一つの予想が私の頭の中にくっきりと浮かんできていた。
 もしかして、こなたがあんなに必死にレポートを
仕上げようとしていた理由って……


「どうしたのさ、かがみ? なにか考え事でもしてるの?」
「えっ? ああ、なんでもないわよ、気にしないで。
 ……それよりもさ、一つ聞きたいことがあるんだけどな」
「かがみからなんか聞いてくるなんて昨日以来だね。
 いいよ。 なんでも答えちゃうからさ、私は」

 こなたは、昨日の夜の時と同じように、自信たっぷりな顔を
しながら私が質問するのを待っていた。
 しかし、次に私が発した一言によって、こなたの態度が
一変することになろうとは私自身全く予想していなかった。

「あの時、なんて言ってたの?
 ほら、駅のホームで別れる間際に……」
「あっ! え~と、これから楽しくなりそうだね~。
 とか、できれば来年は同じクラスがいいかな~。
 みたいな感じで、その……」

 そう言うとこなたは、恥ずかしがりながら顔を布団に押しつけていた。
 真っ赤な顔をしながらごにょごにょと喋っているこなたを見るのは、
長年の付き合いである私でも遭遇したことのない珍しい光景だった。

 そんな姿を見た瞬間、普段はこなたの中に潜んでいる
ハズの小悪魔が、ふいに私の体に乗り移ってきていた。
 私は、ほんの少しだけ顔をにやつかせながら、

隣に
いるこなたに対して話しかけていた。

「ふ~ん……。 全部は聞こえなかったけど、
 やっぱりこなたも私と同じクラスに……」
「だ~、やっぱり聞き取ってるじゃん!
 それに、かがみだって前に同じ様なこと言ってたでしょ!」
「おやおや~、そんなこと言ったかなぁ?
 もう、だいぶ前の話だしね~」
「ううっ、いつもとまるで逆のパターンじゃん。
 すっごく恥ずかしいよ」


 こなたは、いつもと違う配役にとまどう劇団員のように
ぎこちない態度になりながら布団をさっきよりも深く被っていた。
 だけど、そんなこなたの姿が今の私にはたまらなく可愛かった。



「ほらほら、いつまでも恥ずかしがってると、
 夜明けまでそのまんまだぞ」
「いや~、さすがに夜明けになるまでそんなことしてたら
 時間が…… って、時間!?」

 次の瞬間、こなたは何かを思い出したかの様に慌て始めていた。
 かくいう私も、何かを忘れているような感覚に襲われていた。

「急にどうしたのよ、こなた?」
「ど、ど~したもこ~したもないよっ、かがみ!
 もうすぐ新しいアニメの放送時間じゃん!」
「あっ、そういえば……」

 ふと、自分の携帯で時刻を確認してみる。
 すると、時刻は既に放送開始時間の数分前を示していた。
 そして、さっきまで顔から火が出るほど恥ずかしがっていた
ハズのこなたは、いつの間にか元の調子に戻っていた。

「え~、コホン。 それじゃあ本編の前に簡単に説明するね。
 これはね、二年前にやってたアニメの続編なんだ。
 女子高生四人のゆる~い生活を描いたっていう……」

 こなたは、まるでどこぞの教授の様な顔つきで真剣に解説を
始めていた。 ていうか、普段からその位真剣な態度で勉強してくれ。
 心の中で突っ込みを入れ終わった私は、とある異変に気づいた。

「ちょっ、ちょっとこなた! 解説してくれるのはいいんだけど、
 肝心のテレビの電源とかがついてないじゃない。
 っていうか、録画も始まってないような気が」
「ええ~! そりゃまずいって。 どうしたんだろう、
 録画設定でもミスったかな? あ~、でももう時間だしぃ。
 え~い! もうこうなったら手動で録画だぁ~」
「わわっ、布団被ったままこっちにこないでよ。
 このままじゃしっ、下敷きになっちゃ……」
「ちょっ、かがみ!? 危ないよって、あわわわわーー!」 


 その直後、バランスを崩したこなたが私に布団ごとダイブしてきたことは、
一生忘れない出来事になるであろう。 そんな私たちの体を、ほんの少し
強さを増した電灯の光が柔らかく差し込み、濃いオレンジ色に染めていた。
 それは、夕焼け色のホームに佇んでいたあの時となにも変わらない、
二人の思い出が詰まった優しいオレンジ色の光だった――




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