春風秋月

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「そういえばもうすっかり秋ね」
 学校からの帰り道、バスを降りたわたしは軽く伸びをしてすごしやすくなった季節への変化を誰ともなしに呟く。
 空は青く晴れていて、日差しは優しく、風は柔らかい。

「9月の初めの方は夏日が続きましたが、10月に入ってからは随分秋らしくなりましたね」
「そだね、体育祭や修学旅行の時はまだ暑かったもんね」
 横を歩くみゆきが微笑みながらうなずき、つかさもリボンを縦にゆらす。

「あ、でもまだ関西の方は夏日みたいよ」
「紅葉のシーズンも今年は大分ずれ込むみたいですしね」
「やっぱり温暖化の影響ってやつなのかな?」
 そんな他愛もない会話をしながら、わたしの視点はまだ一言も発していないこなたの方に移る。
 昨日も徹夜でネトゲをしていたとかで大分眠そうにしていたが、ひょっとして急に具合でも――

「天高く~『誰 か』が~肥ゆる秋~」
 似てもいない森○レオの声真似をしながら、こなたはニヤニヤ笑っている。
 …こ、こいつわたしが自分の方を向くタイミングを見計らってたな。しかも『誰か』の部分を強調して…。
 自然と昨日乗った体重計の数値が頭の中に浮かびあがったので、かぶりを振ってそれをすぐに追い払った。

 そういえば最近、夜中に勉強する時ポ○キーの空箱が気づくと机の上にあるってことがちょくちょくあった気がする。
ううう、最近は小麦の原料高で内容量減ってるみたいだから平気…よね?

「か、『柿が赤らむと医者が青くなる』ということわざにもある通り、旬の美味しい食べ物を食べますと
健康にも良いですよね」
 みゆきが慌ててこなたのフォローに入る。ありがとう、でもいいのよみゆき。

「あー、それは余計大変だね」
 こなたのω(オメガ)が更に横に広がっていく。上等じゃない、そっちがその気なら…。

「いやー『秋の一日千日』って言うけど、誰かさんみたいにネトゲばっかりしてると成績も『つるべ落とし』よね~。
まぁ…『肥 ゆ る 誰 か』は『色 々 と』忙しくて、あんたに宿題を見せたり、勉強を教えてる暇は
なさそうだけど。そういえば中間テストももうすぐだったっけな~?」
 わざと意地の悪い声をだす。

「いいっっ?!」
 こなたは驚いた後、あまりわたしの見たことのない複雑な顔をしてがっくり肩を落とす。
 よしよし、ダメージ受けてるな。
 お返しとばかりにニヤリとわたしが笑うと、こなたは「む~」とむくれたがすぐに不適な笑みを浮かべた。

「『あしびきの 山鳥の尾のしだり尾の ながながし夜を一人かも寝む』…だったかな?
秋の夜は長いからねぇ、かがみはウサちゃんだから寂しくて泣いちゃうんじゃない?」
 手に口をあてて言ったこなたのセリフに頭が一瞬真っ白になって固まった。

「「えっ?!」」
 一瞬遅れて硬直が解けたわたしと驚きの声をハモらせた後、ぼんっという音がしたかのように
みゆきの顔が一気に上気する。
 かくいうわたしの頬も熱い。

「図星?ねぇ図星?」
 まるで敵の総大将の首を取った足軽のように嬉しそうにこなたは笑う。こ…こいつ、
ちゃんと意味わかって使ってるのか?

「こ、こなた?ちょっとその意味言ってごらんなさいよ」
「え?この歌『独りで寝る夜は、山鳥の長く垂れた尾のようにめがっさ長くて寂しいよう』
って意味じゃないの?」
「め、めがっさって…まあ確かにテストでそう書けば丸はつけてもらえるだろうけど…」
 やっぱり深い意味までは知らないようだ。…だから落ち着けわたし。

「ところで、何でみゆきさんまで真っ赤なの?」
「えっ?!」
 いきなり話を振られ、みゆきが驚いた声をあげる。そしてわたしの方にチラリと申し訳なさそうに視線を送った。

 うんうん、わかるよみゆき。受験生にとって柿本人麻呂の歌の意味なんて常識みたいなものだもんね。
あしびきの~なんて枕詞の頻出語句だし。
 そりゃ、歌の意味を明らかに勘違いして唐突にバカなこと言われたらビックリするに違いない。

 わたしはみゆきに『どうぞどうぞ』とゼスチャーを送り解説役を譲った。
「あ、あのですね」
 おずおずとみゆきが真っ赤な顔で解説を始める。
「この歌は恋の歌でして…山鳥の雄と雌は昼間は一緒にいますが、夜になると谷をへだてて
別々に寝るという習性があるそうです。ですから愛しい人と一緒にいたいのに、
独りで秋の夜長を過ごさなくてはいけないという…ですね…その…」
 ビシっと音を立ててこなたの動きが硬直する。

 まるでそれが合図だったかのようにわたしたち三人は同時に下を向いた。

 あ、あれ?なんでみんな黙っているのだろうか?
 頬を伝うひとすじの汗とともにわたしの頭に疑問符が浮かぶ。こういう時いつもだったら
こなたがバカなことを言って会話が流れるのだが、今日はなぜか何も言わずに下を向いたまま固まっている。
 チラリと他の二人に視線を向けると、みゆきは下を向いたままハンカチで額の汗を拭いており、
つかさはわたしたちをおろおろと見ている。…頭の上に浮かんでいるクエスチョンマークを見ると
どうやら状況をよく分かっていないようだ。いや、別に状況って言っても特に深い意味はないはずなのだけど。

 うぅぅ…それにしてもこの沈黙は何となく気まずい。

 ようやく硬直が解けたこなたは、ぎぎぎぎと錆びたブリキのロボットのように首だけを回して、
つかさを見、みゆきを見た。そしてわたしの方を見た…ようだ。『ようだ』というのは、こなたが
こっちを見る前にわたしが顔を明後日の方に向けたため、こなたの視線だけを感じたためである。

 断っておくが別に顔を見られるのが恥ずかしかったってわけじゃない。
 ま、まあ…まだ頬の熱はひいてはいないけど。

 そんなことより、今こなたはどんな顔してるのだろう。少しは恥ずかしがったりしてるのだろうか?
 そう思って再びチラリと視線を送るとこなたは慌ててそっぽを向いた。そして頭をかきながら
わざとらしく笑い出す。

「そ、そうだったのかー。(棒読み) いやー勘違いって怖いもんだねー。
あは、はははははは…」
「そ、そうよね、勘違いって怖いわよね。あははははは…」
 わたしもつられて笑う―がもちろんその笑いは乾いている。

「「あはははは…」」
 お互いにまったく違う方向を向きながらの乾いた笑いの二重唱。
 ああ、もう。なんなのよ、この状態は?
 そんなわたしたちをつかさは黙ったまま不思議そうな顔で見ていたが、何かを思いついたように口を開いた。

「そういえば修学旅行や体育祭の頃は毎日晴れてたけど、最近天気が不安定だよね。
この前なんか晴れてるのに、いきなり小雨が降ってきて濡れちゃったよ。
『女心と秋の空』っていうけど素直じゃないって言うか、何だか相当複雑なんだね」

 ビシっ。

 なぜか再び空気が固まる。
「ほえ?……あ」
 そして発言したつかさ自身も固まっている。が、今度の硬直は先ほどのものよりは短かった。

「そ、そうですね、秋の天気は変わりやすいですよね」
 おおっ!みゆき偉いっ!
 誰よりも早く硬直状態から回復したみゆきが同じ天気のことわざで切り返す。

「でも実はこの言葉はもともと『男心と秋の空』ということわざだったんですよ。
同じく空模様が変わりやすい春の天気を例える『男心と春の空』ということわざもあるように、
本来は男性の浮気な心を言ったものだったそうです。昔は女性は貞節なものとされていましたので
『女心と~』とは言わなかったようですね」
 みゆきの解説をつかさはピコピコとリボンを揺らして嬉しそうに聞いている。よしよし、
なんとかいつものペースに戻ったみたいね。

「へ~そうなんだ~。やっぱりゆきちゃんは物知りだね。
じゃあオカマさんはいつの空なの?」
「ええっ?!お、オカマさんですか?」
 …こんなところまでいつも通りだ。こらこら、みゆきが困ってるぞ。

 って!?こなた!『オナベは秋?』って余計みゆきを混乱させるようなこと言うなって。
 まったくもう。

 呆れながら空を見上げる。
 空は青く晴れていて、日差しは優しく、風は柔らかい
 浮気モノと呼ばれている空も今は穏やかだ。
 きっと当分はこのままの天気が続くのだろう。

 ほんと、このままずっと続けばいいのに。

 ……それにしても、やっぱりオナベは秋なんだろうか。なんだかすごく気になってきた。
 今晩の電話でこなたに聞いてみようかな?

秋の夜は長いもんね。




☆おまけ
「ゆきちゃん、他に何か面白いことわざとかってある?」
「そうですね…『秋の鹿は笛に寄る』ということわざなんてどうでしょうか。
鹿は秋になると雌と雄が慕いあう習性があるので、猟師の鹿笛にも簡単に誘われて近寄ってくるそうです。
ですから弱点に付け込まれて利用されやすいこと、また恋のために身を滅ぼすことの意味で使われています」
「へ~そうなんだ~」

「ねえねえみゆきさん、他には?」
「そうですね、『秋の扇』や『秋の夜と男の心は七度変わる』などもありますね。
前者は夏の間大切にされた扇も秋になれば捨てられると言う意味で、後者は『男心と~』と同じ意味です。
『秋』と『飽き』の音が同じということや人肌恋しい季節への移り変わりの時期ということ。
そして独りで過ごすには少しだけ長い秋の夜…ということで秋には恋などを歌った和歌なども多いんですよ」
「ほえ~例えばどんなの?」
「題知らずのものもありますし、その歌集によって秋の歌一つとっても様々ですから
その全てを紹介はできませんが、先ほど泉さんの仰った柿本人麻呂の歌などは秋の恋歌の一つですね」

「ちなみにみゆきさんの好きな歌は?」
「えっ?!わ、わ、私ですか?」

「ほらほら、照れずに言ってみたまへ」
「えぇとですね…題知らずなので厳密には秋かどうかはわかりませんが、
百人一首の道因法師のものなど…(徐々に小声に)」

「ふーん、道因法師か~って全然思い出せないや」
「いや、あんたは少しくらい便覧とか読みなさいよ。
ま、まあわたしもすぐには思い出せないけど」
「い、いえっ!べ、別に無理して調べなくても…」

「ひゅー、ひゅー、ぴー」

「…ところでつかさ、口を尖らせてあんた何してるの?」
「ひゅー、ぴゅー、ぴー…えへへ、秘密の練習」



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