こなた×かがみSS保管庫

泊まった日・始

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
 太陽は徐々に高くなり、窓から差し込む光も、眩しく強いものになっていく。
 まだまだ外は晴れていた。時間は、十二時を少し越えたくらい。

 しばらくベッドにもたれて座っていた。その上には、私の体を背もたれ代わりにして
眠りこけているこなた。

 滑り落ちないように、離さないように、胸の辺りを軽く抱きとめる。
 自分の胸の前にあるこなたの顔を、横から覗き込んだ。すやすやという表現がぴったりの寝顔だ。
光の中、こなたは目を閉じてスースーと寝息を立てている。それは、幼い子供のように
無邪気で純粋で、本当にかわいい表情だった。

 顔が自然と笑みになる。
 少しだけ溜め息をついて、天井を見上げた。

 あれから、色んな話をしたな。これまでのことを、たくさん。
 言いたくて言えなかったこと。今まで気づかなかったこと。そんなお互いの気持ちを
混ぜ合わせて、改めて二人の思い出にした。
 ……私たちはこれから一緒に歩いていくから。

 そう、一緒に。
 リードしてもらうばかりじゃなくて、二人で並んで歩かないと。役割分担も必要だけど、
少しくらいは挑戦してみよう。

 こなたを起こさないように慎重に動かして、ベッドに直接もたれさせる。
 起きないか心配だったけど、その瞳は何事もなかったかのように閉じられていた。
 そっと部屋の扉を開けて、外に出る。

 こなたの驚く顔が目に浮かんだ。

●●●

 ぼんやりとした意識の中、ゆっくりと目を開いた。
 日光に温められて、体が火照っている。頭がぼーっとして、自分が何処にいるのか、何をしてたのか、
一瞬思い出せなかった。

 そうだ。私、いつの間にかうとうとして……そのままかがみの上で寝ちゃったんだな。
 だって、かがみの体は温かくて柔らかいし、光に照らされてぽかぽかで、気持ちよくなっちゃったから。

 ――あれ?
 後ろを振り向く。
 硬いベッドがあった。

「かがみ?」
 呟くような小さな声で名前を呼んでみたけど、返事はない。部屋中見回しても、かがみの姿は見当たらなかった。
 ……おかしいな~。

 私は、かがみにもたれて寝てたはずなんだけど。……夢なんてこと、ないよね。
 ――うん。それは絶対にない。折角かがみに思いを伝えられたのに、そんなオチなんて嫌だよ。
 それは本当に夢みたいな出来事だったけど、本当に夢なのなら、それはとても酷い夢だと思う。

 静まり返った部屋の中は、何故かとても広く感じる。
 何も動くものがなくて、太陽の光で変に明るい。まるで幻のような、そんな気がする。

 かがみ、何処にいるの? 独りぼっちなんて、寂しいよ……。

 嫌な考えを振り落として立ち上がる。悲しくて、怖くて、とにかく動きたかった。
 一人でいることに慣れたはずの自分の部屋が、今は独りでいると、とても心細く思える。

 私を嫌いになっちゃったのかな。
 そんなの信じてないし、思ってもないけど、どうしようもない不安が、どんどん湧き上がってくる。

 色んな話をしたけど、もしかしたら、知らず知らずのうちに、かがみを傷つけるようなことを
言ったのかもしれない。それで怒って、帰っちゃったのかも……。

 もちろんかがみを傷つけるようなことなんて言ったりしないけど、だからこそ無意識のうちに
言ってしまったのかもしれないと思うし、無意識に出た言葉ほど人を傷つけるものはないとも思う。

 でも、かがみは私が眠くなってうとうとし始めた時も、そっと抱きとめてくれた。だから、そんなことは
言ってないと思う。断じて言ってないって、思いたい。

 もしかしたら、一人で何処かに出かけちゃったのかな。
 でも、かがみがそんなことするわけない。かがみは、私を置いていったりなんかしない。

 それなら、かがみはどこにいるの? そんな矛盾が心に生まれてくる。
 戸惑って、居ても立ってもいられなくて、気づかぬうちに、歩調が早くなっていく。
 ドアを開けて外に出た。

「あれ? こなた、起きてたの?」
「え?」

 目の前に、かがみがいた。
 手には料理の乗った盆を持って、こんなに近くに。
 いなくなっちゃったって思ったのに、何処かに行っちゃったって思ってたのに。こんなに近くに。

 かがみの姿が、どんどん歪んでいく。
 何でだろう。嬉しいのに、こんなに……。

「こ、こなた、どうしたの? いきなり泣き出して……」
 かがみが慌てたような、心配そうな表情になる。
 ……だって。
「だって……、目が覚めたら、かがみがいなくなってて。怖かったんだよ、心細かったんだよ……。
今までのは夢だったんじゃないかって思ったり、かがみは私を嫌いになったんじゃないかって思ったり……」

「こなた……、ごめんね。こなたを驚かそうと思ってたんだけど、逆に不安にさせちゃって」
 かがみはもう一度、廊下で立ったままの私のところまで戻ってくる。開いたドアから部屋に入って、お盆を
テーブルの上に置きながら。
 良かった。本当に、良かった……。

 耐え切れなくて、かがみに抱きついた。
 くっついていたかった。離れたくなかった。
「私、かがみと一緒じゃないと嫌だよ。かがみと一緒に居たいんだよ……」
「うん。ごめんね、こなた。許して……」
「ううん、許さないよ」
「え?」

 うん。もう、こんな思いはしたくないから。
「約束して。私達、これから、何があっても一緒に歩いていくって。それなら……、許してあげるよ」
 見上げると、かがみは驚いたような表情。でも、それはすぐに優しくなった。
「分かった、約束する。私達、ずっと一緒だって」

 かがみは笑顔で。多分私も、泣き笑いの表情で。
 お互いを見つめあった。

 かがみは、そっと私の頭を撫でてくれる。
 少しでも離れたら、死んじゃうって言っても、大げさじゃないと思う。

●●●

 テーブルには、二人分の昼食が並べられていた。
 私がお昼用に置いといたご飯で出来たおにぎりと、じゃがいもとベーコンの炒め物と、千切ったレタスに
キュウリやトマトが入ったサラダ。
「これ全部かがみが作ったの?」
「ええ。こなたみたいにうまくは出来ないけど、ちゃんとそれなりにはできたわよ」

「……台所は無事だよね?」
「な、どういう意味よ」
「いや、かがみが料理作ったら、なんか猟奇事件の現場みたいになってそうで……」
「どんな偏見持ってたんだ! 私だって人並みには作れるわよ」
「人並み? えー」
「だ、だから、難易度高いのが苦手なだけなんだってば!」
 かがみはそっぽを向いてしまった。
 でも、この流れは必要なんだよね。いつもやってるんだから。

 テーブルに並んだ料理を見る。
 おにぎりは綺麗な三角形じゃなくて、片方だけが膨れ上がって異様な形になっていた。
 じゃがいもは千切りの幅がまちまちで、太いのも細いのも焦げてるのもある。
 ……キュウリは斜め切りの厚さがばらばらだな。

「私を喜ばそうとして、がんばって料理を作ったかがみん萌え~」
「な、い、いいから早く食べてよ!」
「分かってるよ~」

 分かってるよ。
 かがみはずっと待つだけだったからね。昨日も、さっきも。
 私がどんなにかがみの為に料理を作っても、それは与えられるものでしかないから。与えられて、
受け取るだけなのは嫌だったんだよね。自分でも、何かをしたかったんだよね。

 かがみが私の為に作ってくれた、最高の料理を見て、それから、何故かこっちをじーっと睨み付けてくる
かがみを見て、「ありがとう」とかがみに笑いかける。
 ……ありがとう。
 私は幸せだな。私のために、誰かが料理を作ってくれる。しかもそれは、私が大好きな人。

 目の前にいる、私が大好きな人も、応じて笑ってくれる。
 少しだけ、頬を赤らめた表情で。
 だから――

「おいしいよ、かがみ」
もっと笑ってこう言った次の瞬間、かがみの罵声が飛んだ。
「あんたまだ食ってないだろ!」
「いや~、こんなこと言えるの、食べる前だけかもしれないからね」

「そんなに不味いと思うなら、食べなくていいのよ」
 かがみが私の側の料理を取り上げる。
「え? あ、待って、待ってよ。今のはちょっとした冗談で……」
「なら馬鹿言ってないで、さっさと食べなさいよ」

 かがみは、ため息をついてるけど、目は笑っていた。見栄えはあまりよくないけど、おいしそうだよ。

「じゃあ、いただきます」
お箸を取ろうとして、ふと思いつく。
……そうだ。

「ねえ、かがみ」
「ん? 何?」
「食べさせてー」
「え?」

 かがみの顔が突沸したように急に真っ赤になる。
「ななな、何言ってるのよこなた」
 かがみは視線を床に向ける。明らかに動揺している声だ。分かりやすいなあ。
「そ、そんなの自分で出来るでしょ」
 やっぱり素直じゃないね~。
 でもバレバレだよ。動揺を隠せなくて仕草に出ちゃうかがみもかわいいなあ。

「本当はやりたいんでしょ?」
「そ、そんなこと、思ってないわよ」
「私達、恋人同士なんだし、遠慮しなくていいんだよ。ほらほら、早くー」
 かがみは考えるような顔をして、それから私を見て、すぐにお箸を持って、
「し、仕方ないわね。ほら、口開けて」
 やったね。言われたとおりに、口を開ける。
「あーん」

 かがみは、お箸でじゃがいもたちを掴んで、私の方に運んでくる。
 お箸は小刻みに震えていて、今にも落ちそうだ。
「はむっ」
 お箸ごとそれを口にくわえた。

「も、もう一回でいいでしょ。後は自分で食べなさいよね。……それで、どう?」
 噛んで噛んで、飲み込んだ。それで、お世辞じゃなくて本当のことを言おう。

「うん。悪くないね、おいしいよ」
 かがみが作ったものなら何でも。
 だって、かがみの愛が詰まってるから。
「ほんと?」
「ほんとだよ」
「そう……。ありがと」

 かがみは、ほっとした表情で、ようやく自分の分を食べ始めた。

 まだ手が震えている。
 こなたに料理を食べさせてあげる。そんな簡単なことなのに、ものすごく緊張してしまった。
 これは、いつまでたっても治らないと思う。恋人同士って言っても、私から何かするようなことなんて滅多にないし。

 だから、小動物を触るような、腫れ物に触るような、慈しむ感じで。
 そして、箸をくわえた時の姿は、本当に愛らしくて、無邪気だった。もうこれは反則だと思う。

 それに、こなたは言ってくれた。おいしいって。
 ほっとしたし、嬉しかった。
 ようやく、こなたにお返しが出来たんだ。今までずっと作ってもらっていただけだったから。
 私だって、これくらいは出来るんだ。

 今、こなたは私が作った料理を綻んだ顔で食べてくれている。
 ……良かった。こなたは幸せそうだし、私もこなたが喜んでくれたから幸せだ。
 自己満足かもしれないけど、そう自負している。

 ふと、時計を見るともう一時近くになっていた。少しだけ焦りのような気持ちが浮かんでくる。
 残り時間はどんどんなくなっていた。どうして楽しい時に限って、時計はこうも早く回るんだろう。
 これ以上時間が削られるのを黙って見ているのは、耐え切れない。

「ねえ、こなた」
 思わず声をかけていた。
「どしたの、かがみ」
 おにぎりを頬張っていたこなたが、食べるのをやめて私の方を見てくる。

「これ食べ終わったら、どっかに遊びに行かない?」
「え? 行く行く!」
 こなたは目を輝かせて、子供のようにはしゃぎだした。
「それで、どこに行くの?」
「実はまだそれを決めてないのよね。こなたはどこか行きたい所ある?」
 こなたと一緒ならどこでもいいんだけどね。

「私はどこでもいいよ~。かがみがいればそれだけで十分だよ」
 あー、全く、こなたは……。
「それが一番困るのよ……。もっと具体的な場所とかないの?」
「え~、う~ん……」
 こなたは上を見て考える仕草をする。

 私も考えてみる。
 どこかに行きたいとは思ってたけど、どこに行こうかとは思ってなかった。
 初めてのデートは映画館が無難らしいけど、味気ないというか、二人の交流が少なくなるかもしれない。
それに、私達は初めてだけど、初めてじゃないというか、そんなに気を使わなくていいと思う。だって私達は
そんな軽い繋がりじゃないから。

 でも、それだと本当にどこに行けばいいんだろう。
 普段どこかに遊びに行ったりなんてしないから、全然浮かんでこない。ショッピングセンター巡りか、
それとも公園あたりをうろうろするか……。カラオケっていうのもありかな。

 う~ん、どれも微妙な感じがする。こなたは何か、思いついてないのかな。

「こなた、具体的に行きたいところって、ある?」
 するとこなたはにんまりと笑って、
「ん~……。あるよ~」

●●●

 電車から降りて駅から出ると、そのまま道に沿って歩いていく。
 目の前には大勢の群衆。目に入るビル群には、所々にアニメ調の看板。言うまでもなく、ここは、秋葉原。

「だって、詳しく知ってる場所じゃないと、かがみをエスコートできないじゃん」

 部屋でのこなたの台詞が蘇ってくる。
 ここに来るのを決めるには、その言葉だけで十分だった。元より、こなたと一緒なら
どこでもいいんだし。

 だけど、秋葉原にはこれまでもこなたとよく来ている。
 少しだけ、新鮮さがないというか、いや、本当にどこでもよかったんだけど、でも出来るなら、
もっと他にいいところがあったかもしれないし……。

「ねえ、こなた。あんたがここに詳しいのは分かるけど、別に秋葉原なんて
しょっちゅう来てるじゃない」
 右にいるこなたを見下ろしながら、聞いてみる。
 アホ毛の分だけ背が高く見えるけど、こうやって並んで歩いてみると、こなたはかなり小さい。

 こなたは私の方を少し見上げるようにして、
「う~ん、でもデートで来るのは一発目だし、最近じゃオタクを観察しに人が集まるくらいだから、
結構な観光地なんだよ」
「あんたはむしろ観察される側でしょ……」
「もちろんそうだけど、でも、そんなの関係ないよ」
「えっ?」

 私の右手に、こなたが左手を重ねてくる。
 指同士が絡み合う。
「えへへ~。ほら、こっちだよ」
 こなたは私の手を引っ張って、先に進みだす。
「ちょ、ちょっと」

 右手には、こなたとがっちり噛み合っている、きつい感触。
 周りの視線が痛い。誰も彼もがこちらを見ている気がしてくる。
「ま、待ってよこなた。みんな見てるし、恥ずかしいわよ」

 でも、こなたは僅かに赤らめた顔をこちらに振り返らせて、笑う。
「さっき言ったじゃない。そんなの関係ないって」
 そのまま引っ張られていく。

 こなたと繋がっている右手は、固く結ばれていて、多分離れることはないと思う。
 そして、離したくないとも思う。

 少し恥ずかしいけど、くすぐったいな。

 どうしてこなたがここを選んだのかは分からないけど、こなたが選んだところだし、
こなたなりの理由があるんだろう。

 きつく握ってくるこなたに応じるように、握り返す。
 手はどんどん温かく、繋がる強さに応じて広がっていく。
 周りなんて関係ないのかもね。私達は私達のペースで行けば。

●●●

 かがみの手を引っ張って、人ごみの中を歩いていく。
 目指すはすぐ近くのゲーマーズ。まずはここから。
 今買いたいものはないけど、色々かがみに勧めてみようと思う。

 かがみなら、十分素質があるんだし、こういうのも好きになってくれないかな。
 そこまではいかなくても、せめて理解はして欲しい。

 かがみは私がアニメとかが好きなのは分かってくれてるけど、どうして好きなのかとか、
どこがいいのかは分かってないと思う。
 だから、そういうのを知ってもらいたいんだけどな。

 無理矢理染めるなんてつもりは全くないけど、出来るなら……。
 かがみなら、分かってくれるよね。

 共有って言うのかな。
 やっぱり、話が通じる方がいいし、お互いのことを分かっておきたい。
 ……それなら私はライトノベル読まないとな。

 それにしても、周囲の人には、私達はどんな風に見えるんだろう。仲のいい
友達みたいな感じかな。まさかカップルとは思われないよね。
 マニアックな人には百合萌え~とか思われるかもしれないけど。まあ、何でもいいかな。

 なんだかこうやって、ただ歩いているだけで、楽しくなってくる。かがみと一緒だからね。
 会話してもいないのに、通じ合ってる気分になるよ。
 見かけは手だけだけど、本当は心からずっと繋がってる。気持ちがいいような、
不思議な感じ。もうこの手を離したくないよ。

「ねえ、かがみ」
「何? 行きたいお店でもあった?」
 かがみは半ば呆れたような、でも楽しそうな表情だった。
 良かった……。

「……なんでもないよ」
「何よそれ」

 かがみは不思議そうな顔をしている。
「ゲーマーズだよ。寄ってこ」
 だからエスコートというよりは強引に連れて行く感じで、握った手に軽く力を込めて
そのまま引いていく。
「はいはい」
 困ったように、しょうがないわね、とかがみは微笑んだ。

●●●

 お気に入りの漫画を手にとって、隣にいるかがみに見せる。
 もちろん手は握り合ったまま。
「ほらほら、かがみ、この漫画読んでみなよ。面白いよ~」
「わ、私はいいわよ。興味ないし」

 かがみは私と目をそらすように反対を向いてしまった。
 う~ん、かがみは拒否してるけど、本当は読んでみたいんじゃないのかな~。
「本当は読みたいんじゃないの? 正直でいいんだよ」
「な、で、でも私、そういうのはよく知らないから……」
「そうやって敬遠してたらいつまで経っても分からないままだよ。肝心なのは
一歩を踏み出す勇気!」

 かがみは考えるような顔をして、やがて溜息をついた。
「……わ、分かったわよ。買ってみるわよ」

「それなら、ちょっとこっちに来て」
 そして何を思ったのか、にやりとした表情で私の手を引っ張って店内を進んでいく。

 ライトノベルの売り場。その中の一冊を掴むと、私の前に差し出した。

「お返しに、こなたもこれ読んでみなさいよ」
 それは、かがみがこの前学校で読んでいたやつだ。多分、一番のお気に入りなんだろうな。
 文章読むのは辛いんだけど……。

 私も同じように溜息をついてから、お茶を濁す形で返答する。
「うん、まあ、読んでみるよ。うん、多分、ね」
「ちょっと、ちゃんと読みなさいよ。挿絵だけ見るなんて邪道なことしないでよね」
「はいはい。分かってるって」

 あ~、これはさすがに読まないといけないよな~。
 それに、私もかがみのことを知りたいし。

 それからしばらく店内を見て回ってから、二人でレジに行って、外に出た。
「こうやって、いつかお互いの趣味を共有できるようになりたいよね」
「そうよね。私もラノベを語れる人が欲しいし」
「じゃあ、これはその第一歩ということで」
 いつか二人で色々と語れるようになりたいよね。特にアニメとか。

 前を見ると、道路を右往左往する人々。多分、大部分はオタクだろう。
 もちろん私もね。
 そんな人たちを見ながら、かがみに向かって言い放つ。
「将来的にはかがみも三個買いが基本になるようにしてあげるよ」
「さすがにそこまで落ちぶれはしないわよ」
「じゃあ、どこまで来てくれるの?」
「え?」

 かがみがこちらを向くのが気配で分かる。
 だから、思ってたことを言おう。
「やっぱりかがみには私のこと分かってもらいたいんだ。独り善がりかもしれないけど、
これが私の好きなものだから」

 大丈夫かな。無理矢理だとか思われないかな。
 見上げると、かがみは肩をすくめた。
 そして、左手に吊り下げた、漫画の入った袋を掲げて、
「分かってるって。私もこなたのこともっと知りたいしね。こういうのも普通に
読めるようになればいいけど……」
「……うん、ありがと」
「その代わり、そのラノベもしっかり読んでよね。私だって、こなたに知ってもらいたいんだから」
「それは……、うん、任しといてよ」

 よかったぁ……。
 かがみから見えない角度で、小さく溜息をつく。
 これで、お互いがお互いのことをもっと深く知れるよね。
 そうなったら、もっとかがみを近くに感じられるようになるかな。

「……かがみ」
 自然と顔が緩んでくる。
「今度はこっち行こ」

 まだ時間はあるよね。

 中央通りへ。もっと深いところへ。

 空は茜色に染まり、ビル群は朱色に照らされ、道路は柿色に輝いている。
 太陽は止まってくれないみたいで、もう沈みかけていた。
あの時は夜がずっと続けばいいなんて思ってたけど、今はずっと太陽に昇っていて
欲しかった。夜になったら、帰らないといけないから。

 そして、もうすぐその夜が来る。
 ――そろそろ帰らないとな。

 本当に、あっという間だった。こなたと好きなものを勧めあって、それだけで、
いつの間にか時間が過ぎていた。
 これでこなたもラノベを好きになってくれるかな。……そうなってくれたらいいんだけど。
 毎回読むのを拒んでいたのに、どうやら自分から読んでくれそうだし。二人で
語り合ったりしてみたいな。

 それに、私もこなたの好きなものを知りたかった。
 本棚の漫画をこっそり見たときのことを思い出す。あの時は全然分からなかったし、今も
多分分からないと思う。
 でも、こなたに勧められて買ったんだから、読んでみないと。読んでいたら、
そのうち慣れて、好きになれるかな。そうだといいけど。

 不意に強い風が顔にぶつかる。思わず目を瞑って、顔を伏せた。
 肌に突き刺さるようで、それほどまでに冷たかった。

 ある種燃え尽きたような感じで、こうやって話をすることもなくただ歩いているのは
何故だろう。
 日が傾き、気温が下がってきたのを感じてから、ずっとこの調子だ。
 こなたは何も喋らない。私も何も喋らない。心の中に生まれた焦りのようなものが、
私たちの体を動かし続けている気がする。

 周りは徐々に帰路へ就こうとする人々で溢れているのに、私たちはその流れに逆らうように
歩き続けていた。言葉はなく、冷え切った体を震わせながら、ただ繋がっている手と手の
温もりだけを感じて。

 目ぼしいお店には全部入ったし、もう行くところも、時間もなかった。
 それでも帰ろうとしないのは、運動会で盛り上がった後の放課後のような、このまま
帰りたくないという名残惜しい気持ちと一緒だろうか。

 賑やかなざわめきも風にかき消され、ゆっくりと寒い夜が近づいてくる。
 この街にとってはまだまだこれからなんだろうけど、私達にとってはもう、時間切れかな。

 右にいるこなたの方へと振り向く。
 こなたは俯き加減で、とぼとぼと歩いていた。
 太陽が元気の源みたいに、こなたは日が傾くにつれて、しおれていった。そこまで
落ち込まなくてもいいのに。

「こなた」
「……ぇ?」
 こなたは小さな、本当に小さな返事をして、こちらを見上げた。
 それはとてもか弱そうで暗い表情で、いつものこなたからは想像もつかない。
 そんなこなたを見ないようにして、私も力なく口を開く。
「もう帰ろう。遅くなっちゃうから……」
「……うん」

 こなたは小さく頷いた。生気が感じられないというか、心の奥深くに閉じこもっている感じだ。
「どうしたのよ、そんな暗い顔して。ほら、元気出しなさいよ」
 手に提げた袋を肩のほうまで通してから、こなたの頭を撫でる。
「ありがとう、……なんでもないよ」
 でも、こなたは沈んだままで、お礼を言うだけだった。
「そう? ならいいけど……」

 上を見ると、黒ずんだ雲がゆっくりと紫の空を侵食していた。
 白い月がその隙間から僅かに顔を出している。
 帰るまでは、持つよね。

 こなたを半ば引っ張る感じで、駅へ。

 結局こなたは家に帰るまでずっと喋らなかった。
 ただ、手だけはずっと繋いだままで。

●●●

 帰ってきた時には、もう時間は七時過ぎだった。

 外はもはや真っ暗闇で、カーテンで仕切った家の中だけが取り残されたように明るい。
 そろそろ私の家に帰らないといけないかな。
 つかさたちが心配するだろうし、明日の朝には、こなたのお父さんが帰ってくるもの。

 持ってきていた着替えなどをバッグへ仕舞っていく。
「ねえ、……もう帰っちゃうの?」
 今まで黙っていたこなたが、突然口を開いた。
「え?」
 こなたはベッドに腰を下ろして、ずっと虚ろな目で窓の外、灰色の空を眺めていた。
 それはいつかの昼休み、教室で見たのと同じような姿。それなら、考えていることも……。

「……かがみ、私達、ずっと一緒だよね」
 予期しなかった言葉がくる。
「何言ってるのよ。当たり前じゃない」
 だけど、こなたはううんと首を横に振って、
「でも、高校を卒業したら? 大学だってばらばらだし、離れ離れになっちゃうよ……」
 こなたは手にした枕に顔を埋めている。

 どうなんだろう。私達はこれから、どうなっていくんだろう。

 考えても、答えなんて出るわけがない。
 でも、こなたはそこが不安なんだろう。

 立ち上がって、こなたの横に腰を下ろす。
「それに、私とかがみのこと、お父さんたちは何ていうのかな」
 一息。
「私達の関係は世間で言うところの「普通」じゃないから、お父さんや、かがみの両親に
許してもらえないかもしれない……」

 ……ああ、この子、気づいてたんだ。
「お父さんたちは、女同士の恋愛なんて望んでないだろうし、周りからは変な目で見られるかもしれないんだよ。
私達が原因で」

 そういう問題は、こなたが気づかないうちに一人で考えておこうと思ってたんだけどな。
 こなたも、いつから分かってたんだろ。

 確かに私達は異性を愛するという自然界のセオリーから外れている。
 それが非生物的とか、そういう深い理論はどうでもいいけど、とにかくおかしいと思われるだろう。
 つかさとみゆきが理解を示してくれたのは、ずっと仲がよかったからで、一般人にとっては
奇異にしか見えないだろうし、どうなんだろう。

 私の家族や、こなたのお父さんは、許してくれるんだろうか。普通じゃないこの関係を。

 外からは、いつの間にか、雨が地上の物を穿つ音が、いくつも重なって聞こえてくる。
 土砂降りだった。

 お父さんも、お母さんも、悲しむかな。
 ……でも、それは何で? 異性か同性かの違いだけじゃない。

「大丈夫よ、こなた。心配しないで」
「……かがみ?」
「家族には、今度ちゃんと話そう。私達のことを。どうなるかは分からないけど、
きっと、理解してくれるわよ」
「どうして?」
「だって、私は本当にこなたを愛してるし、私達の家族も、本当に愛し合って結婚して、
それで、私達が生まれたんだから。大丈夫、伝わるって」
「……うん」

 でも、果たしてそううまくいくんだろうか。
 とにかく、やってみるしかないかな。自分の気持ちに正直に、自分の思いを伝えていけば……。

 それに、私がこなたを愛してる気持ちは本物だし、誰にも止められない。もう他の人を
好きになることなんて出来ないだろうし、ないだろう。
 このままずっと、こなたと……。

「それに、周りなんて関係ないじゃない。私達は私達らしく、自分のペースでいれば。
こなたなんてずっとそうだったじゃない」

 思い出すのは今日のお昼ごろ、こなたとしたあの約束。こなたの台詞がそのまま蘇る。
 ――約束して。私達、これから、何があっても一緒に歩いていくって。

 この先どうなるかは分からないけど、二人なら乗り越えられるかな。
 多分、私達が行く道は凸凹で、坂道もあって、ただ進むだけでも
疲れるかもしれないけど、二人でなら……。

「約束したでしょ。ずっと一緒に歩いていこうって。どこまでいけるか分からないし、
相当辛いことが待ってるかもしれないけど。だから……」

 気づいたら、朝からずっと考えていたこと。考えないようにしながらも、いつの間にか
考えていて、だからこそ思いついたこと。
 これが、私の最良の選択なんだろう。

 だから……。

「大学に行ったら、一緒に住もう」
「え……?」
「どっか部屋借りて、そこで二人で住もう。大学は別々かもしれないけど、それなら、
離れ離れにはならないわよ。それで、その時になったら、こなたのお父さんや私の両親にも
ちゃんと説明しよう」
 やっぱり、こういうのは自立できるようになってからだろうな。

 こなたと二人で暮らす。そんな毎日が、本当に、実現すればいいのに。

 黙っていると、雨の落ちる音だけが耳に入る。屋根に当たった雨粒の破裂音が
部屋の中に響く。

 すぐ左にいるこなたが、私の体にもたれかかってきた。
「……ありがと、かがみ」
 でも、こなたの表情はやはり曇ったままだった。

「どうしたのよこなた。まだ悩んでることでもあるの?」
 こなたはもたれかかったまま、同じようにか細い声で、
「だって、もうすぐかがみ、帰っちゃうんでしょ。そしたら私、この家で
独りぼっちになっちゃうよ……」
 雨の音で遮られそうになりながらも、一言一句逃さずに聞き取る。
「それに、かがみと学校でしか会えないなんて、寂しいよ」
「こなた……」

 もう一度時計を見上げる。もう七時も終わりかけていた。
 幻想のようだった限られた時間は、もう残り僅かしかなかった。
 家族には今日帰るって言ってあるし、時間を延長させても仕方ないだろう。いずれ
別れのときは訪れるんだから。

 今はまだ、一緒に歩いていくには早すぎる。
 だから一旦、元の生活に戻らないといけない。
 でも、別に永久にお別れってわけじゃないし、学校でもしょっちゅう会っているけど、
こなたは独りの時間が生まれるのが嫌なんだろうな。

 肩に顔を寄せているその体は、本当に小さい。私と頭一つ分くらいは差がある気がする。
 私がしっかりしてないといけないんだろう。私まで悲しむわけにはいかない。

 ……だから、今はこなたの不安を消してあげないと。

 私だって本当は帰りたくない。ずっとここにいたい。
 でも、そういうわけにはいかないんだ。私達はまだ自立していない高校生だから。

 それに、この二日間は私たちにとって怖いくらい良すぎた。
 いつもの生活に戻るだけなのに、そのいつもが今よりも遠い関係になるものだから。
 こなたはそれが耐えられないんだろう……私が何とかしてあげたいな。

 こなたの髪を撫でて、頭をフル回転させて、
「いつも通りに戻るだけなのよ、こなた。だから、そんなに哀しまないで」
「でも、昨日からずっと一緒だったのに、離れ離れになるなんて、嫌だよ」
 ちょっと感傷的になっているのか、だだをこねる子供のように離れようとしなかった。

 私は手櫛でこなたの髪を梳いていく。こなたには幸せな時間を送って欲しい。
哀しんだりなんてしないで……。そんなメッセージをこめて。
 青色のロングヘアはさらさらで柔らかくて、とても気持ちがいい。

 ――そうだ。

「ねえ、こなた」
「……何?」
「前につかさと泊まった時、私とつかさで髪型入れ替えたことがあったでしょ」
「……うん」

 自分の髪をまとめているリボンをほどく。
 あの時は、どんな気持ちだったんだろう。私にとって、こなたはなんだったんだろう。
 今は、とても大切な存在だけど……。多分、色々今とは違ってたんだろうな。

「だから、またやってみよ。……お風呂上がりじゃないけどね」
 こなたの後ろに回って、その長い髪を左右でまとめる。それから、自分のリボンで
同じように束ねた。
「ほら、私のいつもの髪型と一緒でしょ」
「ほんとだ……ツインテールだ……」
 こなたは手で自分の髪の毛と、それからリボンを触って呟く。僅かだけど、声のトーンが
戻っていた。
 少しは元気出してくれたのかな。

「これでかがみといつでも繋がってられるね」
 こっちを向いて、笑顔を浮かべるこなたはいつも通りのこなただ。ただ、髪だけがいつもとは違って、
左右でリボンによってまとめられている。
 新鮮というか……あ~、すごいな。
 元々小さくて可愛い要素に溢れているこなたが、より可愛く幼く見える。てか私は何を考えてるんだ。

「でも、これだと、かがみはアホ毛をつけないといけないよ」
「な、わ、私はいいわよ。どうせ作ったって時間が経てばしおれるだろうし」
「まあ、無理矢理はねさせるのは難しいからね~。それにかがみの髪って割りと癖があって、
この辺アホ毛っぽいしね」
 こなたが指差すのは私の右目の上辺り。確かに多少ははねてるけどね。これは
アホ毛っていうのか?
 でもまあ、いつもどおりの調子だ。

 本当になんでもない、些細なことだけど、こなたは喜んでくれたみたいだ。
 ……もしかしたら、単に甘えたかっただけなのかもね。
「ありがとう」
「どういたしまして。……じゃ、私は、そろそろ帰るわね」
 荷物もまとめ終えたし、こなたも元気を取り戻してくれた。
 ちょうどいい頃合だと立ち上がる。

「え……あ、お風呂入ってかない? 疲れてるだろうし」
 こなたも焦るように立ち上がって、私を必死に引きとめようとする。
 でも、私は首を振った。
「ううん。それは、また今度にしよ」
「じゃ、じゃあ、晩御飯は? 今からマッハで作るからさ」
「それもいい。また、今度ね」

 部屋のドアを開けて、一歩外に出る。
「あ、待って。お見送りするよ」
 背後で声がして、それから足音がする。

 それにしても、今度って、いつなんだろう。

外は未だに大粒の雨が降り続いていた。地面は水浸しで、荒ぶ風が肌に冷たい。
空は真っ暗闇で、灰色のどんよりとした雲がそれを覆っていた。
 憂鬱になるなあ、こんな天気。

 借りたこなたの家の傘を開く。、
「じゃ、また明日か、明後日、学校でね」
態々玄関を出たところまで来てくれたこなたの方に振り向いてそう言うと、また前を向く。
「……うん、じゃね」
 その声を背中で受け止めて、歩き出す。

 水を踏む閉める音。傘に絶え間なく落ちる雨粒の弾ける音。そしてその粒の
重量感。かろうじて雨の直撃を防いでいるだけの小さな傘の下、冷たい闇の中を進んでいく。

 門を出ると、アスファルトの道をそのまま駅に向かっていく。
 背後から雨音と扉の閉まる音が響く中。風と雨で、少しずつ体温が奪われていく。

 …はぁ、と溜息を一つ。
 水溜りを踏みしめ、夜の闇で視界の見えないまま前進する。

 暗いし寒いし、このまま歩いていくのを思うと本当に辛いな……。
 独りで暗闇の中を進んでいくのは、心細い。
 こなた……。

 こなたがあんなに感傷的だったから……。
 私だって……。

 ――あれ?

 どこかから、水を蹴って走ってくる音に気づいて振り返る。

 荒い呼吸を整えながら膝に手をついて、肩で息をするこなたが、いた。

「かがみ……、駅まで、見送るよ。一緒に行こう」
「え……」
 こなたは傘も差さないで、全身を雨に濡らしていた。
 どうして、来てくれたんだろう。分かってくれたんだろう。そんな思いに答えるように、
「だって、こんな暗い中を独りで帰るんじゃ、かがみ寂しがっちゃうでしょ。
今度は、私の番だよ」

 それなら、あんたはどうするのよ。
 でも、声には出さない。多分こなた自身も分かってることだろうから。
「ほら、そんなに濡れて、風邪引くわよ。こっちに入りなさいよ」
 こなたに近づいて、傘の中に入れる。ほんとに、風邪引いたりしないでよね。

「……ありがとう、こなた」
狭い傘の中、こなたと二人で歩き出す。

 雨は激しいままで、止む気配はない。
 二人が入るには狭すぎて、傘からはみ出たところが雨に濡れていく。

「……かがみ、私、今日が今までで最高の一日だったよ」
 こなたが、ぽつりと呟いた。
 そして、こんな闇の中で、表情は見えないけど、多分言葉どおりの顔で、
「今が、一番幸せだよ」

「うん」
それなら、私も嬉しいな。
「今日はもうさよならしないといけないけど、また明日も明後日もかがみと会えるんだし、
卒業してからも、ずっと一緒だって分かったから……」
 一緒。その言葉が頭の中で反響する。
 一緒にいられるのかな。これから先。

 最初に考えたはずだ。これが最初で最後かもしれないって。
 さっきはともかくこなたを安心させようとして色々言ったけど、今思うと
どれも根拠のない話だ。

 家族は反対するかもしれない。周囲からは耐えられないくらいの
冷たい視線を浴びるかもしれない。
 何とかなるみたいに言ったけど、本当に、大丈夫かな。
 もしかしたらこの先、私達は引き裂かれるかもしれない。未来が全然分からないから、
不安だけが膨れ上がっていく。

 元々分かっていたのに。この関係は普通には進んでくれないと。
 女同士っていうのは、この国では異端だから。

 また今度が、あればいいのにな……。

「こなた。私達、ずっと一緒にいられるよね……」
 どうしようもなくて、同じような質問を、今度は逆の立場で。
「何言ってるの? かがみが言ってくれたじゃない。一緒に住もうって」
「でも、もしかしたら家族は反対するかもしれない。周りの反応だって、
想像する以上に酷いものかもしれない……。そんな中で、私達は
一緒にいられるのかしら……」

 自然と俯いていく目は、足元の濡れたアスファルトに向けられる。
 薄暗い視線の端には、私とこなたの靴。

「かがみ……」
 顔を上げて、右を向く。
「かがみも、約束してくれたじゃない」
 こなたもこっちを見ていた。
「未来に何が起こるかわからないけど、壁が立ち塞がるかもしれないけど、
周りに流されるんじゃなくて、私達で、何があっても繋がっていようって」
 こなたと、その背後の闇に、交互に焦点が合う。

 こなたは、何かを決めたように、一度頷いて、
「お父さん達がどんなに説得しても私達を認めてくれなかったら、本当に、
どうしても許してくれなかったら、その時は、駆け落ちしよ。
 それに、周りから差別されたり非難の目を向けられても、これが私達の
本当の姿なんだもん。何を言われても、耐えていこうよ。……私は、
かがみと一緒なら何があっても乗り越えられる気がするんだ」
 こなたは下を見て、それから上を向いて、
「例え世界中が私達を拒んでも、ずっと一緒だよ」

「……そうよね。私も、同じ気持ち……かな」
 元々こうなることは分かってた。
 でも、分かってるのに、この道を選んだんだから。乗り越えていかなきゃ。

 私は、こなたのことが大好きだから。……愛してるから。

 結果的にこの選択はよかったのか、なんて今はまだ分からない。
 今立っているのは、そこに行く途中の道。回答が来るのは、もっと
ずっと先のことだろう。

 だから、少しでもいい結果が出るように……。

 気づいたら、雨は幾分か弱くまばらになっていた。傘に落ちてくる重量感も
少なく感じられる。

 ――もう要らないかな。
 少しくらいなら濡れたって構わない。こなただってずぶ濡れなんだし。

 傘をたたむと、リボンもなく、そのまま下ろしている髪に小雨が降り注いでくる。
「……なんでたたむの? かがみ」
「もう必要ないでしょ。これくらいの雨なら」
「……はげるよ」
「余計なお世話だ!」

 空を見ると、強い風で大部分の雲は遠くへと流れ去っていた。
「ほら、見て」
そして、空の一点を指差す。
「あ……」

 雲のなくなった空の一部分。その真ん中で、月が輝いていた。
 半分だけが明るい、上弦の月。

「……明日は、晴れるかな?」
「……多分、ね」
 私には、明日のことも分からないけど、なんとなく晴れるような気がする。

 実現させたいな。こなたとの二人暮らしを。
 未来は朧気にすら感じることは出来ない。でも、きっとうまくいくって思う。

 根拠もある。
 ――だって、こなたが傍にいるから。

 私たちは、歩き続ける。
 闇の中、小さな雨の中、月の光の中。手を繋いで。



―始―


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  • GJ! -- 名無しさん (2022-12-18 11:15:04)
  • -始-がいいg -- 名無しさん (2010-08-12 09:37:26)
  • 明るい未来を予感させる締めくくりの“始”が良いですね…。 -- 名無し (2010-08-10 01:41:28)
  • 幸あれ… -- 名無しさん (2010-08-08 08:21:47)
  • とてもいいお話でした やはりこなかがはこうゆうのがいいです -- 名無しさん (2010-05-14 21:21:58)
  • 良い話でした、この二人に明るい未来が訪れますように。 -- 名無し (2010-03-31 08:36:03)
  • 二人の不安をお互い拭ってあげる二人、いいですねー。 -- 名無しさん (2008-12-16 21:26:02)
  • 泣き出したり、甘えたり、じゃれるこなたが可愛かった…良い結末でした。最後、ー終ーではなく、ー始ーとなってるのがミソですねw -- 名無しさん (2008-12-12 00:11:44)
  • 明るい未来がありそうな結末でよかった。。。 -- 名無しさん (2008-01-30 23:22:24)
  • 願わくば、二人の未来に幸多からんことを
    GJ! -- 名無しさん (2007-12-13 20:14:12)

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