きみのて

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すっかり冷え切ってしまったかがみの手を強引に引っ張って、私は歩き出す。
私の手にもじんわりと、かがみの冷たい手のひらの体温が伝わってくる。
困惑しているであろうかがみの顔が容易に想像出来たけれど、私は歩みを止めることはしなかった。
こなた、と呼ぶ声が聞こえる。聞こえないふりをする。
こなた、とまた呼ぶ声がする。今度はもっと強い語調で。
だけど私は振り返らない。
…振り返れない。



きみのて






買い忘れたお昼ごはんを購買で買って教室に戻る時、廊下の向こうにかがみの姿があった。
かがみはまだ私に気付いていない。
だから私は手を上げて、かがみの名前を呼ぼうとした。
そしたら、私とかがみの間を遮るように、見知らぬ男子が急に現れた。

「ひっ、柊!ちょっと良いかな?」

その男子は緊張しているのか、やけに大きい声でそう言った。
だから離れた距離でもその言葉は確かに私の耳に届いた。
かがみは何か返事をしたみたいだけど、私のところまでは届かない。
おそらく、肯定の返事をしたのだろう。
二人は一緒に今までと反対の方向へ歩き出した。

心臓がじくり、と訳の分からない痛みを訴える。
心の中が私のものじゃないみたいに、急にどろどろとした感情が流れ出す。
あれは誰だろう。かがみとどういう関係なんだろう。
委員会の人?でもそれなら、わざわざああやって呼び出すだろうか。
誰だろう、誰だろう、誰だ、誰?
足が勝手に、二人の後をつけて動き出す。
駄目だ、後をつけるなんて、そんなこと、しちゃ駄目だ。
頭ではちゃんと分かっているのに、心はもうそんな理性を聞き入れようとはしなかった。

二人が完全に屋上の扉の向こうへ消えていったのを見てから、私はそうっと扉を薄く開けて扉の向こうを覗いた。
見知らぬ男子が、顔を真っ赤にさせている。
しばらく虚空を彷徨っていた目は、ついに強い意志を持ってかがみに向けられた。
好きです、俺と付き合ってください!
そんなありきたりな台詞が、やはり大声で聞こえてくる。
それを聞いたかがみも顔を真っ赤にさせる。
あ、なんだろうこれ。
胸が、胸が凄く痛いよ。
やめて、やめて、やめてやめてやめてやめて
かがみ、そんな顔しないで、お願いだから、
やめてやめて、私からかがみをとらないで!

その光景を見てすぐに、私は階段を下りて廊下の陰に隠れた。
私は、私の心に黒い影を落とす何かから、必死に隠れようとしたんだ。
それでも、それは私の心から離れてくれない。
こんな気持ちになる理由を自らに問う。
そうすると、答えは簡単に返ってきた。
――簡単だ、私が、かがみのことを好きだからだ。
ずっと前からそうではないかと思っていた。
でも、これは大切な友達に対する気持ちだと思い込もうとしていた。
私は女で、かがみも女で、それは異端で、だからこれは間違いだと。
それでも、かがみと一緒に居ると例えようも無いくらいに幸せで。
かがみのことを考えるとどうしようもないくらい、胸が痛んで。
今日改めて、私はかがみのことが大好きだったのだと思い知った。
思い知るのが遅かったのだろうか。
今頃あの二人は恋人同士になって、キスの一つくらいしているのかもしれない。
そう考えたら、急に目頭が熱くなった。

私の思考は、ギィ、という扉の音で急に現実に引き戻された。
それは階段の上にある屋上へと繋がる扉特有の軋んだ音だった。
私は影に隠れているから、向こうが意識しない限り気付かれることは無い。
二人が来ることを予測していた私は、音を立てないように様子を伺う。
階段から下りてくる足音は、どうやら一つだけのようだ。
ちら、と様子を伺うと、かがみが一人で歩いてくるところだった。
あの人はどうしたんだろう。

「かがみ…」

…あ、いけない。
口から、口から大好きな人の名前が勝手に零れ落ちた。

「…え?こ、こなた!?ど、どうしたのよ、こんなところで!」

かがみは、心底驚いたような顔をした。その顔には、やっぱり赤みが混じっている。
まただ。心臓が。心臓が、じくりって。
私は何も告げずにかがみの手を取って歩き出した。
かがみの手は、今まで屋上に居たからか、とてもひんやりとしていた。
名前を呼ばれても、私は振り返らなかった。振り返ることが出来なかった。
振り返って、かがみの顔を見たら、今度こそ本当に涙がこぼれてしまいそうだったから。

私は、誰も使うことの無い特別教室までかがみを連れて行くと、そこでかがみの冷えた手を放した。
私の体温がゆっくりかがみの体温を侵食したのか、先ほどよりは温かかったけれど。
あんな寒い場所で告白をした男子に心の中で毒づいた。

「こなた…なんなのよ、こんなところまで連れてきて」

かがみの声には明らかに怒気が含まれていた。
当たり前だ、いきなり手を掴まれて、返事も貰えずこんなところまで連れてこられたのだから。
私はなんとかかがみの方に向き直る。

「かがみ…さっきの人と、何はなしてたの」
「…え?あんた、もしかして……」

見てたの?とかがみが震えるような声で聞く。
私が静かに頷くと、かがみは気まずそうに視線を逸らした。

「べ、別に…。こなたには関係無い話よ」
「関係無くなんかないっ!!」

突然の大声に、かがみがびくっと肩をすくめる。
つい張り上げてしまった声に、私自身も驚いた。
こんなの、ただ嫉妬してるだけだ。
早く私は私を止めなくちゃいけないのに。分かってるのに。
一度口を開いたら、止めることが出来なかった。

「関係なくなんかないっ…、私、かがみが、かがみが好きだもん!!
 あんな男なんかよりよっぽどかがみのこと大好きだもん!」

とうとう涙が落ちた。嗚咽しながら、私は涙を拭うこともしなかった。
きっと私は今呆れられてるんだ。
いつもの私の化けの皮がとうとう剥がれてしまった。
こんな私を見せて、かがみに嫌われたかも知れない。
そう思うともっと涙が溢れてきて、悪循環だ。

「やだよかがみ…わた、しっ、かがみが、誰かにとられちゃったら、…やだよぉ…」

自分がこんなに独占欲が強くて、かがみに依存してるだなんて思わなかった。
これじゃあただの駄々っ子だ。
情けない。
情けないよ、私…。
こんなこと言って、かがみを困らせちゃいけないのに。
ああそうだ、謝らなくちゃ。
かがみを困らせたんだから、謝らなくちゃ。
そう思って顔を上げた瞬間、かがみが私を急に抱きしめた。
急に与えられた温もりに、私は今の状況を理解するのに数秒を要した。

「か、かが、み?」
「……あんた、馬鹿じゃないの。何よ、人の話も聞かないで…」

かがみが私の頭を撫でる。
冷え切っていたはずのかがみのてのひらはとても温かくて、
私の冷え切った心を、ゆっくりと侵食していった。

「あのね。さっきの人なら断ったわよ…。好きな人がいるからって。
 ……こなた。私もこなたが好き。世界で一番、こなたが好き。
 だから、…もう、泣くんじゃないわよ」

ぽん、ぽん、とまるで子供をあやすように頭を撫でられながら、
私はようやく今のかがみの言葉の意味を理解する。
見上げると、かがみが優しい笑顔を私に向けてくれていた。
何度も何度も、先ほどの言葉を頭の中で反復する。
――嬉しい。
夢じゃないかって思うくらい。

かがみの言葉が魔法みたいに私の涙をせき止める。
しばらくかがみに身を任せていたら、いつの間にか嗚咽も止んだ。

「…ほんと?かがみ」
「ほんとよ、私だって、不安だったのよ?だから、こなたがああ言ってくれて嬉しかった」
「ほんとに、私でいいの?」
「ううん、こなたじゃなきゃ嫌なの」
「…っほんとに、俺の嫁になってくれるの?」
「俺の嫁ってなんだよ…」
「俺の嫁は俺の嫁だよ、かがみん」
「……まぁ、なってあげてもいいけどね」
「デレかがみん萌えー」
「茶化すなっ」

かがみから返ってくるのは、私の自信を取り返させるのには充分すぎる言葉ばかりで。
そのおかげでようやく冷静な思考を取り戻した私は、つい照れ隠しにかがみをからかってしまう。
それを聞いたかがみの顔が真っ赤になる。
今度はそれを見ても心臓が痛くならない。
むしろ、幸せな気分でいっぱいになった。
ただその拍子に今まで私を抱きしめてくれてたかがみが離れちゃったのが残念だ。

でも、もう私の手もかがみの手も温かいから。
だから大丈夫。


そして気付いたことが、一つ。
しまった、私はかがみに大事なことをまだ伝えていないじゃないか。
私はそれに気付いた後、それを口にすることを躊躇った。

――でもこれは言わなくちゃ。それが私のケジメだ。

私は自分の中の勇気を奮い立たせて口を開く。

「…それじゃあ、改めて」
「……何よ?」



「好きです、私と付き合ってください!」


そんなありきたりの言葉に、めいっぱいの愛情を込めて言う。
かがみは呆気にとられた表情の後、優しい笑顔で、

―はい、

と、そう呟いた。


(それに見惚れたのは、秘密。)


END








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  • 何か…。
    こなた可愛い… -- 名無しさん (2012-11-13 12:48:23)
  • こなた良かったね!!それをOKしたかがみんもやさし〜! -- かがみんラブ (2012-09-19 22:47:22)
  • キュンキュンしてヤバい
    特に最後← -- 名無しさん (2011-01-18 16:32:16)
  • 男の入る余地なんてありませんね -- 名無しさん (2010-10-01 16:43:28)
  • スゴく良い…特に最後 -- 名無しさん (2010-04-19 01:23:39)

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