かがみが残してくれたもの(後編)

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こなたは電車の中で何をするでもなくゆらゆらと揺られていた。
時刻は午後3時前。



今日は午後の授業が1コマしかないので、大学から早く解放される。



いつもならこんな日は図書館で勉強をしてから帰るのだが、
今日は頭がぼーっとして講義にもほとんど集中できなかった。
ノートも半分以上取れていないというあり様で、
今日のところは勉強はあきらめておとなしく引き上げることにした。




電車を乗り換えて座りなれた座席に着く。
ふぅ、と息を吐いてこなたはまとまらない思考でぼんやり窓の外を見た。
眩しい光が外の景色をてらてらと輝かせている。



そういえば―――もう7月なんだな・・・・・・
こなたはそう思った。




2年生になってからこなたは悩み続けていた。



学年が上がって専門科目を履修するようになったことが原因のひとつだ。
講義形式が少し変わって自分が法律にかかわろうとしていることを何となく実感するようになった。
そして自分の進んでいる道と到達目標がつながったような気がした。
と同時にその先はブツンと切れて何もないことにも気づいた。



自分はこのまま弁護士を目指していていいのだろうか。
弁護士になっていったい何をするのだろうか。
そもそも弁護士になんてなれるのだろうか。
仮にあきらめたところで自分に別の道などあるのだろうか。



わからなかった。
――やはり自分は、間違っていたのだろうか。





こなたは自分が法学部進学を決めたときのことを思い出していた。



ある程度予想してたことだったけど、私の決めた進路に賛成する人は誰もいなかった。




「かがみちゃんのためかい?」



お父さんは少し悲しそうな目をしてそう言った。



「・・・・・・そういうわけじゃないんだけど・・・・・・」



私は曖昧に答える。



「それならいいんだが・・・・・・
 もしかがみちゃんのためだって言うなら、
 かがみちゃんはきっとそんなこと望んでないからな?」
「・・・・・・・・・・・・わかってる」



そんなことは言われなくてもわかっていた。
私が弁護士になることなんてかがみが望むはずもない。



「かがみちゃんはたぶんお前の幸せを願ってるんじゃないか?」
「・・・・・・・・・・・・うん」



それもきっと正しい。
みんなにも言われたことだ。黒井先生にも。みゆきさんにも。
かがみはみんなが幸せならそれで満足だろう。
そこに自分がいなくても笑って私たちを見ていてくれるだろう。



でも・・・・・・みんなは本当にそれでいいの?
優しくてしっかり者で陰でたくさん努力してたかがみ。
弁護士になりたいって言って勉強も頑張ってた。
そんなかがみをいなかったことにしてみんなは幸せになれる?



かがみの夢とか努力とか、生きた証はどこに行っちゃうんだろう。
かがみの夢を叶えてあげたかった。かがみのことを忘れてしまいたくなかった。



たとえかがみがそれを望んでいなくても。





――かがみ、かがみ、大好きなかがみ・・・・・・



かがみは何がしたかったの?
どうすればかがみは喜んでくれる?
私、これからどうすればいいの?



わからない・・・・・・教えてよかがみ・・・・・・
どうして死んじゃったの?
私・・・・・・寂しいよ
すごくすごく寂しいよ・・・・・・




こなたは電車の座席に座ったままいつの間にか眠ってしまっていた。


発射ベルが鳴っている。



こなたはハッと目を覚まし、急いでホームに降りる。
と同時に後悔した。
そこは幾度も来たことのある駅だった。懐かしい街並みが広がる。
駅を出ればかがみの家がもう近い。



どうしてこんなところに来てしまったのだろう。
1時間も居眠りをしてしまうなんて迂闊だった。
――早く・・・早く戻ろう
頭ではそう思うのに足が動かない。改札のほうが気になって仕方ない。
――こんなところ、来てもしょうがないのに・・・・・・



かがみの家にはもうずっと行っていない。
今の自分を見られたらかがみに叱られるような気がして・・・・・・
何となく後ろめたくて、かがみのことを考えないようにさえしていた。




気分が落ち着かない。ここにいるとどうしても思い出してしまう。
ホームでおどおどしていると突然声をかけられた。



「あれぇ?ちびっこじゃんっ♪」



声のほうを振り向くと日下部みさおが立っていた。



「みさきち・・・・・・ひさしぶり、こんなとこでどうしたの?」
「ん・・・・・・まぁ、墓参りのついでに神社にも寄ろうと思ってさ」



誕生日も近いし、と付け加え頬をぽりぽりと掻く。
家族と鉢合わせするのが気まずいのでいつも数日ずらして墓参りに来ているそうだ。



だらしないわりに義理堅いのは相変わらずのようだった。
懐かしくなってみさおを見ていると、みさおは何か戸惑っている風だった。
が、意を決したように口をつぐみ、また開く。



「なぁ・・・・・・お前は、柊の遺志をちゃんと継いでるか?」
「え・・・・・・?」



質問の意味がよくわかならなかった。かがみの遺志?
かがみが何か言い残したのだろうか?
わからない。言いよどみながら答える。



「よくわかんないけど・・・・・・そういうことになるのかな・・・・・・?
 かがみの夢だった弁護士を目指そうと思ってるんだけど・・・・・・」
「はぁ!?・・・・・・何それ?ソレがお前のやりたいことなのかぁ?」



少し荒くなった語調にビクンと身体を震わせる。



「そんなの・・・・・・わかんないよ・・・・・・。・・・・・・・・・わかんない・・・・・・」




本当にわからなかった。



かがみはいったい何がしたかったのか。
かがみのために自分に何ができるのか。
そして自分は何をすればいいのか、何がしたいのか。




俯いてしまったこなたを見て、みさおはしばらく何か考えていたが、
よし、という風に頷いて声をかけた。



「ったく、しょうがねぇなぁ。
 ちびっこ、お前今日暇だよな?ちょっとあたしに付いて来い」



そう言ってこなたの腕を引っ張る。



「え?何?どこ行くの?」
「筑羽」
「ぅええ!?ちょちょちょっとみさきち?そんな遠くにぃ?」
「いいから来いって!」



みさおは有無を言わせずこなたを引っ張っていった。


電車の中でみさおはほとんどしゃべらなかった。
遠くを見て難しい顔で何かを考えているようだった。



1時間かけて来た道を戻り、数年前にできた新しい路線に乗り換える。
窓の外を田んぼと住宅街と大型スーパーが混ぜこぜになった風景が流れる。
都会とはあまり縁がなかったこの土地もだんだんと変わっていくだろう。




40分かけて終着駅に着くと少し歩かされた。
どこへ行くのかは相変わらず教えてくれない。



途中、それまで無口だったみさおに話しかけられた。



「なぁ・・・・・・?」
「・・・・・・何?」
「柊がなんで弁護士になりたかったかわかるか?」
「え・・・・・・。それは・・・・・・う~ん、かっこいいから?」



「はああ・・・・・・」と、深いため息を吐かれる。
それに少しムッとしたが、答えがわからないから何も言えない。



そういえばかがみはなんで弁護士になりたかったんだろう?
今までよく考えたことがなかった。
気になる。答えが知りたかった。
無言で相手が答えてくれるのを待つ。



「・・・・・・あいつはさ」
「うん・・・・・・」
「優しいやつだっただろ・・・・・・?」
「・・・・・・・・・。・・・うん」
「あたしらが馬鹿やっても文句言いながらちゃんと面倒見てくれただろ?」
「・・・うん」
「はしゃいでるあたしたちの後ろで笑っててくれただろ?」
「・・・うん」
「そういう・・・・・・やつなんだよ」
「・・・うん」
「あいつは・・・・・・自分よりも他人に笑ってて欲しいんだ。
 寂しがりやでさ、まわりが幸せじゃないと幸せになれないんだ。
 だから・・・・・・だから困ってる人も放っておけなくてさ、
 困ってる人を助けられる人、みんなを幸せにできる人に
 なりたかったんだよ・・・・・・・・・柊は」
「・・・・・・・・・・・・」



何も言えなかった。



知っていたのに。あんなに側にいてくれたのに。
一緒に笑ってくれていたのに。



どうして忘れてしまっていたのだろう。
胸が痛かった。
かがみに申し訳なかった。
かがみに・・・・・・会いたかった。




「お・・・・・・ここだ、着いたぞ」



連れてこられたのは遊具もない小さな公園だった。
大小さまざまな木が濃い緑の葉を茂らせていて、公園全体に木陰をつくっていた。
日差しはだいぶ弱くなっていたが日なたにいるとまだ暑い。
木陰に入るとそれだけで涼しさを感じられた。ときどき吹く風が心地よい。



みさおはトイレの近くの木製ベンチの側で手招きをしている。
そちらに近づいていくと、「ほら、ここ」とベンチの裏を指差された。
裏側に回ってみるとそこにはびっしりと落書きがされていた。




「この公園にはジンクスがあってさ」



みさおがぼそぼそ話し始めたので、みさおのほうを振り向く。



「ベンチの後ろに願い事を書くとそれが叶うってゆう
 なんか単純すぎて胡散くさいやつなんだけど・・・・・・
 3年の夏に柊と一緒にこっちの大学見学しに来たときここにも来てさ」



「・・・・・・懐かしいな・・・・・・・・・・・・」



そう言ってみさおは切なげにベンチを見つめているので、
視線を落書きに戻すと、○○大合格!とか△△君と恋人になりたいとか
確かに願い事のようなことがたくさん書かれている。
よくこれだけ書いたものだというくらいびっしり書かれていて、
すきまはほとんど残っていない。



願い事を眺めながら、何となく視線を端のほうに移す。




「あ―――」


端のほうに控えめに書かれたひとつの願い事に目が留まる。
そして、思考も止まった。
ただただ、その願い事に見入る。



「見つけたか?なぁんか、あいつらしいよなぁ・・・・・・
 言ってたぜ?・・・・・・お前とは腐れ縁なんだって・・・
 だから、お前とはずっと対等でいたいんだって・・・
 お前にはしっかり幸せになってもらわないとこっちが困るって・・・
 そうしないと・・・・・・私も幸せになるになれないじゃないって・・・・・・
 だから・・・・・・お前は・・・――――」




一筋、頬を涙が流れた。
みさおの声は途中から聞こえなくなっていた。
想いが、溢れてくる。
大きな、大きな想いだった。
心も身体も五感もすべて満たし、それでも足りずに涙となって溢れてくる。
涙が止まらない。想いが止まらない。



「・・・うっ・・・・・・ひっく、うぇ・・・・・・うぅぅ・・・・・・」



ついには嗚咽が漏れ、その場にへたり込んでしまう。



「うぁぁ・・・・・・かがみっ、かがみぃ・・・・・・・・・」



何も見えない。何も聞こえない。
自分の中から湧き続ける温かさに感覚も感情も全部ふさがれて身動きもとれない。
できるのはただ愛しいその人の名を呼ぶことだけだった。



「・・・ひっ・・・かがみ・・・・・・かがみ、かがみぃ・・ぃ・・・・・・」




これは・・・・・・かがみの想いだった。
ずっと前からかがみから受け続けてきた想い。
かがみがいなくなってからもこなたの中でずっと生き続けてきた想い。



どうして気づかなかったのだろう。気づけなかったのだろう。
こんなにも強く優しくかがみに想われていたことを。
その想いを自分はしっかりと受け止めていたことを。





そこには懐かしい筆跡でこう書かれていた。




”こなたが自分のやりたいことを見つけて
  しっかり自立できるようになりますように
                    柊かがみ”



かがみの愛をはっきりと感じることができた。
落書きからではない。ましてや思い出や天国からでもない。
他でもない自分自身の中に。・・・・・・そこにかがみはいた。






ピピピピピ・・・・・・
いつもより少し早い目覚まし時計の音で目が覚める。
今日から新生活のスタートだ。



ガバと起きて机の上の写真立てを見る。
写真の中では大好きなかがみが笑っている。




―――・・・・・・



お早う、かがみ。今日から後期の授業が始まるよ。
ゴメンね、かがみ。私、長い間フヌケちゃってたみたい。
でもネ、私、ずいぶん悩んだけど法律の勉強を続けることにしたよ。



私、思ったんだ。
かがみからの愛をもらいっぱなしじゃなんかもったいないなって。
だからかがみからもらった愛をみんなにも分けてあげたい、
それでみんなに幸せになってもらいたいって。



授業を受けてて世の中には困ってる人がたくさんいるって知ってね、
その人たちのために何ができるのかもっと勉強したいと思う。
これはね、かがみが教えてくれた道ダヨ。ありがとう、かがみ。



かがみ、私を愛してくれてありがとう。
かがみが愛してくれたから、私とても幸せだよ。
この幸せをかがみに返してあげられないのはすごく残念だけど、
私はこの幸せを、この愛をたくさんの人に分けてあげるんだ。



かがみ、かがみはもういないのかもしれないけど、
かがみの愛は私がしっかり持ってるからネ。
大好きだよ、かがみ!




  *おわり*

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  • ありがとう -- あ (2014-03-12 19:55:55)
  • こんなナイスなエンドがあっていいのだろうか。(泣) -- ぷにゃねこ (2013-01-27 18:31:05)
  • 泣けました。「救われてない」と仰った方がいましたが、そんなことありません。こなたはかがみの想いに救われ、立ち直りました。それを見てかがみも救われたと思いますよ? -- 名無しさん (2012-12-24 20:17:32)
  • どうしようもない程
    切なくて悲しい話だな。 -- 名無しさん (2012-06-09 22:27:45)
  • 久しぶりに読んでも色褪せてない。
    やっぱり良い作品だなーと再確認しました☆ -- ♪ (2012-02-23 01:52:32)
  • きっと、こなたを鷲宮駅に連れてきたのはかがみだね……


    それに気付いて、もう一度泣きました。


    作者様GJです! -- ♪ (2010-08-17 12:59:49)
  • 超泣けたっス -- 名無しさん (2010-08-11 19:14:37)
  • 一年以上前、このSSを読んでこんな作品を作りたいと思った。
    別のらきすた系のすれでいくつか作品を投下できるようになりましたが
    今でもこの作品が目標となっています。
    自分の何かを変えたのは確かです。いい作品をありがとう。 -- 一年前の感動 (2010-08-10 22:19:07)
  • 死と向かい合い、乗り越える過程がリアルで素晴らしいです。


    こなたが泣くシーンでの感情移入は半端じゃなかったw


    この後、成長したこなたがどんな人生を過ごすのか?


    岐路の度にかがみに問い続けるのか?
    かがみの願いを叶え、自立したこなたになるのか?


    是非、続編を読んでみたいです。


    作者様GJでした☆ -- ♪ (2010-08-10 12:04:07)
  • 自分も少し前向きになれた気がします。救済ありってそういうことか… -- 野菜人 (2010-08-06 22:20:03)
  • 感動した。
    かがみの優しさが堪らない。


    こなた、つらいだろうけど頑張ってね! -- 名無しさん (2010-04-22 12:57:46)
  • ただ涙を流した…。でも…。
    救われてないですけど…。
    誰も死んでほしくなかった…。
    SF要素を含んでもいいから、かがみんを生き返らせて欲しかった…。
    続編期待。 -- ミッキー (2010-02-14 20:52:08)
  • 弁護士志望で落書き……泣ける -- 名無しさん (2009-12-18 18:43:30)
  • 恋愛を超えた、かがみからこなたへの、人間愛を感じた。

    こういういい話があるから、ssめぐりはやめられないぜ! -- 名無しさん (2009-12-05 23:01:42)
  • かがみの、どこまでも友達思いな言葉に盛大に泣いた・・・。 -- 名無しさん (2009-11-28 03:56:24)
  • 涙が止まらない・・・・・ -- 鏡ちゃん (2009-11-02 19:36:25)
  • 泣ける -- 名無しさん (2009-06-15 17:37:43)
  • かがみの書いた内容が告白とかそんなんじゃないのに凄い泣けるわ -- 名無しさん (2009-06-14 23:27:27)
  • かがみの本当の思い、泣けますね・・・。
    でも、最後にはこなたがちゃんとかがみの本当の願いを叶えてあげられて、
    かがみのためにも、そしてもちろん、こなたのためにもよかったです・・・。 -- 名無しさん (2008-12-18 11:59:09)
  • そんなに涙もろいほうでもないのに、通勤電車の中で読んで涙がボロボロ出てきましたよ。 -- 名無しさん (2008-05-20 20:58:09)

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