かがみが残してくれたもの(前編)

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(・・・・・・?・・・・・・ここは・・・・・・?)



見覚えのある風景。高校の教室だ。
気がつくと私はかつての自分の席に腰掛けていた。



私の背丈には少しだけ余る大き目の椅子。
足が歪んでがたがた言う机。
いつも睡魔を運んできた南向きのガラス窓。



何もかもあの頃のまま。懐かしい風景が目の前にあった。
よく見れば服装もあの頃のもの。私はセーラー服を着ていた。




(・・・・・・こりゃ完璧だね)



女子高生という地上最強の権利を剥奪されて一年と数ヶ月。
大した時間が経ったわけではない。
けれどその期間を終えた者は例外なく思い知らされることになる。
行き場もないのに無尽蔵に湧き上がるエネルギー。
あの愛すべき時間はもう二度と戻らないのだと。



そう。二度と戻らない・・・・・・・・・そのはずだ。
なのに私はこうして制服を着て教室にいる。
この状況はいったいどうしたものか。何が何やらわからなかった。



おかしいのはそれだけではなかった。静か過ぎるのだ。
教室には私以外に誰もいない。・・・廊下にも。・・・校舎の外にも。
人の気配がない。それ以前に生物の気配がない。音がない。



窓からは不自然に明るい光が降りそそぎ、教室を白っぽく染めている。
本当に誰もいない。
まるでこのやさしい光が世界中の生き物を溶かしてしまったようだ。
何千里も先が見渡せるような静寂の中、私は独りぼっちだった。




途端に、不安がよぎる。



(・・・・・・私、何でこんなとこに・・・・・・?
 みんなはどこ行っちゃったたんだろ・・・・・・?
 もしかしてこのまま・・・・・・なんてことないよね・・・・・・?)



もう誰にも会えないかもしれない。そんな予感に焦燥が募る。



(・・・・・・どーしよ・・・・・・。嫌だよ・・・誰か・・・・・・)



立ち上がって辺りを見回す。誰か・・・・・・誰かいないのだろうか?




――と、背後に人の気配がした。
ほとんど反射的に振り返る。



(――え・・・・・・―――)




(・・・・・・・・・かがみ・・・・・・)


かがみが立っていた。



私と同じように高校のセーラー服を着て。
薄紫色の長い髪をツインテールに結んで。
腰にちょこんと手を当て、ツリ目の瞳が少し笑っていた。



あの頃のままのかがみ。
あの頃と少しも変わらない私のかがみんだ。



大きな安心感に、緊張していた身体が一気に弛緩する。



(ちょっと~、かがみーん、いたんなら声くらいかけてよ~
 誰もいないかと思ってちょっと焦っちゃったじゃんよ~)



近寄っていく私にかがみはやさしく笑う。



(ところで私たちなんでこんなとこにいんの?
 さっぱりわけわかんないんですけどー?)



かがみは、信じらんない!とでも言うようにあきれた顔をする。



(そんな顔しないでよ~
 気づいたら高校生に戻ってましたーなんて混乱するじゃん。
 だって私はもう高校は卒業して、今は大学生で・・・・・・――)



――・・・・・・あれ?
胸に引っかかる違和感。重大な何かを忘れている気がする。
でもそれを思い出しちゃいけないような・・・・・・



(ねぇ・・・かがみ・・・・・・?)



不安になってかがみを見上げる。
するとかがみは哀しそうな顔で笑っていた。
不安が大きくなる。



(かがみ・・・・・・?なんでそんな顔してるの?
 ねぇ、一緒にみんなを探そうよ)



かがみの顔がいっそう哀しくなる。
その顔を見て、何だかかがみが遠くへ行ってしまいそうな気がした。
そしてそう思った瞬間、かがみの姿が10メートルほど先に遠のいた。
ちょうど25メートルプールの半分地点くらいまでの距離だ。



不安が恐怖に変わる。
かがみは相変わらず哀しそうに笑っている。
かがみと私との距離がだんだん開いていってるような気がした。
いても立ってもいられなくなって、私は駆け出した。



(ちょっと待ってよ、かがみ・・・・・・)



走っているのに距離が縮まらない。
それどころか走れば走るほどどんどん距離が開いていく。
いつの間にか教室は消えて真っ白な世界が広がっていた。



(待って・・・・・・!待ってよ!
 おいてかないで! 独りにしないで!
 ・・・かがみ!かがみぃぃぃぃ!!! )




目が覚めるとこなたは自分が泣いていたことに気づいた。



思考が息を吹き返し先ほどまでの光景はただの虚構だと告げる。
だが夢から引き摺ってきた寂寥感がまだこなたの周囲に渦巻いていた。
こなたは身を強張らせて、現実が出来上がっていくのをじっと待った。
――うん、もう大丈夫。こなたはひとつ息を吐いた。



「あちゃ~、情けないなぁ
 ハタチにもなって夢で泣いちゃうなんてサ」



おどけてわざと言葉を出してみるが、気分は少しも軽くならない。
言いようのない孤独感がまだ部屋の中をどことなく漂っている。




時計を見ると午前6時10分前だった。
今日は1コマ目の講義があるが、それにしても起きるには早過ぎる。
かといってもう一度寝直すような気分にはとてもなれなかった。



「仕方ない、勉強するか」



そう言うとこなたは机に向かい、
スタンドの灯りを点けて読みかけの判例集のページを開いた。




こなたは高校卒業後、東京の私大の法学部に進学した。
3年の後半に猛勉強した甲斐あってそこそこの有名校に合格した。
今は東京と埼玉の県境の埼玉側で一人暮らしをしているが、
父のそうじろうと従姉妹のゆたかが心配なので月2,3回は家に帰っている。



高校の頃の彼女を知る者は驚くかもしれないが、
受験が終わってもこなたにはしっかり勉強する習慣がついていた。
そのせいか大学でも中の上の成績をキープしている。



こなたはとりあえずの目標として弁護士を志望している。



だが大学ではまだそこにつながる様なカリキュラムは受講できず、
まずは教養科目を中心に必修単位を取らなければならない。
こなたは与えられた課題を黙々とこなしていった。
何を考えるでもなく、呼吸するように、眠るように勉強を続けた。




こんな風にこなたの日常は静かに静かに過ぎていく。


かがみが死んだのは初秋のことだった。








タタタタタ・・・・・・
小さな歩幅がだんだんと近づいてくる。



ガラッ!
「遅刻じゃないですぅ!これはそのっ!やむにやまれぬ事情がっ!
 ・・・・・・って、あれ?ツッコミが来ない」



教卓のほうを見てみる。
出席を取っているはずの黒井先生はまだ来ていないようだった。



「なぁんだ、先生も遅刻かぁ~。
 まったくぅ・・・・・・走って損したよ」



こなたはぶつぶつ言いながら自分の席に向かった。



既に予鈴が鳴っていたのでみんな席についていたが、
こなたとつかさの席だけが空いている。つかさはどうしたのだろう?



こなたは席に着きながら近くの席のみゆきに声をかけた。



「おはよ、みゆきさん♪今日つかさは?休み?」
「おはようございます、泉さん。私は何も聞いていないのですが・・・
 どうやらかがみさんもまだ来ていないみたいなんですよ」
「かがみも?めずらしいね。う~ん、姉妹そろってサボリだったりして」
「あのお2人に限ってそれはないと思いますが・・・・・・」



みゆきは困ったように微笑んで首をかしげた。



「まぁ普通に遅刻だろうけどネ
 昨日かがみとゲ○ズ行ったときも別に何も言ってなかったし
 それより今日は先生も遅刻なんだね
 いつも私が遅刻すると怒るくせにぃ・・・・・・
 これじゃ次回の遅刻は見逃してもらわないとわりに合わないよ」



口を三角にして文句を言うこなたに、みゆきはいっそう困った顔をした。




黒井先生は予鈴から15分遅れて教室に入ってきた。



彼女は教卓に着くと何やら沈痛な面持ちで、
1限は自習であること、1限が終わったら全員下校になることを伝えた。
予想外の言葉に教室はザワめき立ったが、彼女は表情を変えずに、



「静かに!ちゃんと勉強するんやで。帰りは寄り道しぃひんようにな」



とだけ言って教室を出て行った。




自習時間中こなたは退屈な時間を過ごした。



みゆきは数式を解くのに集中してしまい、こなたが話しかけても気づいてくれない。
つかさのほうも相変わらず教室に現れなかった。



仕方ないのでこなたは落書きだらけの世界史の教科書を取り出し、
新しく落書きできるスペースを探してえんぴつをぐりぐりやっていた。





退屈な自習時間が終わるやいなやこなたはかがみの教室に向かった。



教室の入り口でかがみを探したがどこにもいなかった。
かがみと仲のいい女子生徒に聞くと、今日はかがみも学校に来ていないらしい。



(2人して休みなんて・・・・・・。どしたんだろ?)



かがみを誘って街に遊びに行くつもりだったが、
新刊も出ていないし、一人で街に行っても詰まらない。



こなたは黒井先生に言われたとおりまっすぐ家に帰ることにした。



(帰ったら電話でもしてみるか・・・・・・)




「ただいまぁ」
「おかえり・・・・・・」



家に帰ると父のそうじろうが玄関で迎えてくれた。
何か言われる前にすかさず声を出す。



「おぉっと待ったぁ!サボリじゃないヨ?
 これは学校から直々に帰宅命令が出ていてデスねぇ
 いわば合法的なサボリ・・・・・・ってサボリじゃないんだけどぉ・・・」
「ああ、学校から連絡が入ってるよ・・・・・・」
「あり?ああ、そっか、連絡がないわけないもんねぇ
 さすが、先生たちは仕事が早いやぁ」
「・・・・・・・・・・・・んが・・・・・・・・・った・・・うだ・・・・・・」
「え、何て?聞こえなかったヨ?」




「かがみちゃんが亡くなったそうだ・・・・・・」


居眠り運転による交通事故だったそうだ。
運転をしていたトラックのドライバーは東京で荷を降ろし、
そのまま大した休憩も取らずに次の目的地に向かっていたという。



ハンドル操作を誤ったトラックは駅に向かうつかさとかがみに突っ込んでいった。
瞬間、かがみはつかさを突き飛ばしたという。
だが自分が逃げる時間は残されていなかったようだ。



かがみはすぐに病院に運ばれたが間もなく息を引き取ったそうだ。
つかさのほうは軽い捻挫と擦り傷だけで済み入院の必要もなかったらしい。




――かがみらしいな。
ぼんやりした頭でそんなことを考える。
さっきから頭がグルグルして気持ち悪い。
目に入ってくる光景も耳に入ってくる音もみんなグルグルして
まるで夢の中にいるみたいに不自然な感じがした。



「明日は告別式だそうだから今日は家でおとなしくしてなさい」




そう言われたが、その日どうやって過ごしたかよく覚えていない。




かがみの葬式は神道式で執り行われた。



かがみの父親が白い装束を着て聞きなれない言葉で何か話していた。
それをかき消すくらいの大きな声でつかさが泣きじゃくっている。
その隣で2人の姉が今にも突っ伏してしまいそうになるつかさの肩を支えてやっていた。



こなたはその光景をぼんやり眺めていた。
昨日からグルグルが治らない。
まわりが非現実的すぎて遠くから作り物を見てるような感覚に陥る。
――私、なんでこんなとこにいるんだろう?
こなたはそんなことを考えていた。



と、何かを手渡された。受け取るとそれは白い紙のついた柏の枝だった。
まわりを見ると参列者が順番に柏の枝を祭壇に供えているところだった。
――ああ、これをあそこにお供えすればいいのか
順番が来ると祭壇に向かってゆっくり歩きその一歩手前で立ち止まる。
柏の枝を持ち替えて反転させ祭壇に供える。
音を立てないように手を打つ真似をしてから礼をした。



何も意識してないのに体が勝手に動いてくれた。
誰か別の人が自分の体を動かしてるみたいだ、と思った。



祭壇から自分の席に戻るとき、つかさの姿が目に入った。
少し落ち着いたようで、遺族席でずびずびと泣き声を我慢しながらおとなしくしている。
それを見て、ああ、可哀相だな、と思った。
つかさはとても悲しそうでとても辛そうでとても苦しそうだった。



そうこうしているうちに式の終わりが近づいてきたらしい。
棺が開けられ、参列者がその中に次々と花を添えていく。



こなたもそれに倣い棺に近づいていく。
――と、棺の中にかがみがいた。



「かがみ・・・・・・」



無意識のうちに声が出た。
だがその声は棺の中のかがみには届かなかった。
きれいに化粧をして棺の中に横たえられているかがみは、
確かにかがみのはずなのに全然かがみなんかじゃなかった。



そう思った次の瞬間、理解してしまった。



――もうかがみに会えないんだ・・・・・・



さっきまでのグルグルがすうっと治まっていくのがわかった。
かわりにものすごく嫌な感じがざわざわと身体を這いまわる。



(かがみに会えない?・・・・・・なんで?
 ・・・・・・嫌だ、そんなわけない。
 だって、また明日って言った・・・・・・また学校で会おうって。
 バイト先にも今度は一人で来てくれるって約束した・・・・・・!
 なのになんで?どうして?嫌だ!わけわかんないよ・・・!)



「・・・うっ・・・・・・ふぐぅ・・・う、うぅぅ・・・・・・」



せっかく取り戻した心が、悲しみに負けてしまった。



「うぁあああ・・・ぁあん、あぁああああぁぁ・・・・・・」



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  • 俺もちょっと泣きそうでんがな… -- 名無しさん (2009-12-05 22:52:36)

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