梅雨前線

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気付かなければ、良かったんだろうか。
気付かなければ、幸せでいられたんだろうか。
嘆いてももう遅いのだけれど。
だって、私は気付いてしまったんだから。


六月だった。今にも泣き出しそうな空が梅雨だということを感じさせ、校庭の片隅には
紫陽花がその名の通り紫色に淡く染まっていた。

「お姉ちゃん、遅いね」
「そうですね…」
つかさがのほほんとした口調で言って、みゆきさんがそれに続く。
黒板の上にある時計を見ると4時間目の終了から10分程が経とうとしていた。
私、つかさ、みゆきさん、それからかがみとの昼食はすでに習慣化していて、たまにかがみが
自分のクラスで食べる時にもそれを言いに一度はこっちに来ていた。
だから、こんなに顔を見せないのはほとんど初めてのことで。

「んじゃ、ちょっと見て来ますかね」

妙に体の奥がむずむずして落ち着かない。むずむずの原因が解らないままに
カタンと音を立てて立ち上がる。
よろしくお願いしますね、と微笑むみゆきさんの声に見送られながら私は歩き出した。
隣のクラスまではほんの数秒しかかからない。開いている扉から
談笑する声が聞こえて来て、授業が長引いているわけではないことが解った。
「かが……」
言いかけた言葉は、途中で喉の奥に絡まりそのまま空気に溶けていった。
かがみは教室の真ん中辺りに居て、峰岸さんとみさきちと楽しそうに
喋りながらお弁当をつついていた。

「――――っ!!」

堪らず回れ右をしていた。峰岸さんもみさきちも、ましてやかがみにだって何も悪い所はない。
たまたま、今日はあっちで食べるってことを言い忘れただけなんだろう。
それなのに、無性に、泣きたくなった。叫びたかった。…怒りたかった。
なんなんだろう。なんでなんだろう。初めて味わうこの感情は
私の心を真っ黒に塗り潰していって。こんな気持ちは嫌なのに、次から次へと溢れて来る。

「……はあっ……」
どれくらい立ちすくんでいたんだろう。ふと我に返って、目頭が熱くなって来るのを
肺が空になる程大きく息を吐き出すことで抑える。
みゆきさんもつかさも待たせてるんだ。早く行かなきゃ。
意識的に思考を反らして、私はそこから逃げたした。

「かがみ、今日はあっちで食べるって」
「そっかー、じゃ今日は三人だね」

いつもの私で居られているかな。幸いにも、二人に気付かれることなくお昼の時間は過ぎていく。
何かの音に気付いて窓の外を見るとぽつり、ぽつりと雨が降り出したところだった。

午後の授業はいつも以上に身に入らなかった。
昼に感じたものは『友達』であればありえない感情なのは何となく解った。
だとすれば、この気持ちにはなんて名前が付くんだろう?
この間までかがみが誰かと話しているのなんて、なんとも思わなかったはずなのに。
今日は違った。その笑顔も、なにもかも、自分に向けて欲しかった。
……もしかして、これが人を好きになるってことなんだろうか。
当て嵌めて考えてみると、すとんと納得してしまった。
「………はっ」
まさか初恋が女の子なんてね。
自嘲してみるもののやっぱり想いは消せなかった。


かがみへの想いを自覚してから一ヶ月が過ぎようとしていたある日、私は夕焼けに
照らされる教室の中、一人で椅子に座っていた。
つかさは風邪で休みで、後の二人は委員会。みゆきさんはその後調べ物があるから
残ると言っていた。かがみに先に帰ってても良いと言われたけれど、待つことにした。
少しでもかがみと居たかったから。

クラスメイトは誰も残っていなくて、今日に限ってマンガも持って来ていない。話し相手も
暇つぶしの道具も無いとなれば、自然考えるのはかがみのこと。

どれだけ否定しても、諦めようと思っても駄目だった。
私は、かがみが好き。
絶対不変の理みたいにどっしり心を占める想い。
でもそれも限界、潮時なのかもしれない。
日に日に想いは強く激しくなっていって、この身さえ焦がしてしまいそう。
放っておけば、この炎はいつかかがみにも燃え移ってしまうんだろう。醜い独占欲で
かがみを求めてしまうんだろう。
きっと、それはかがみを傷付ける。


この一ヶ月で解ったことがある。
私はかがみのことが恋愛対象として、好き。これは変えようのない事実。
もう一つ、かがみには同姓趣味なんて、ない。

そして、火を消すには消火剤が必要。後はタイミングだけ。
かがみと一緒に居たい。一緒に居ちゃいけない。
相反する思いを抱えながら校庭に目を向ける。でも、景色なんて私の目には写っていなかった。

パタパタパタ…廊下を走る音がする。
カチリと、何かの始まりを告げる音が、聞こえた気がした。



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