夏祭り

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祭りはお客さんも一体となって作り上げるものだ、ってあいつが言ってたっけ。こなたの言うそれはコミックマーケット(通称コミケ)のことだけれど、確かに言いたいことは分かる気がする。
もちろん催し物の良し悪し、関心を惹くかどうかで祭りの規模が、集客力が違ってくるのは当然のことだけど。
しかしながら集まった人々が発する無数の声が、様々な感情が乗せられた言葉が、混ざり合い広がることで、ある種の音楽を奏でているのだ、と。
言葉尻を捉えるでもなく、ただ不快じゃない、たくさんの声に耳を傾けていた。
「かがみ」
ふと聞き慣れた、舌足らずな声で名前を呼ばれた気がした。「かがみん」とも聞こえるような、少し甘えた感じの。
その発信源は祭りの熱に浮かされたように、トレードマークの一房の立ち上がった髪を揺らしながら、弾むような軽い足取りで人波の中を突き進んでいて。
周りのうるささもあって、気のせいかなと思いつつ、「こなた」と声量を少し上げて呼んだ。
「ん、なにかなかがみん?」
「なに、ってあんたが先に呼んだんでしょ」
少し歩く速度を落とす。ちょっと邪魔にならないだろうか。
数秒間があって、こなたが人懐っこい笑みを浮かべながら私の隣に並んで。
「くふふ、確かに呼んだ。呼んだけど、これだけ周りがうるさかったから聞こえないカナ、とも思ってたけど」
かがみはちゃんと応えてくれたね、と心から嬉しそうな笑顔。
トクン、と心臓が大きく跳ねた。体温が上昇するのは祭りの熱気にあてられたからじゃないって分かってる。
たぶんきっと顔も赤くなっているだろうけど、平静を装いつつ。
「これだけの人混みだからね。こなたが迷子にならないようにって注意してたからじゃない?」
「ひどっ。こんななりでも高校三年生ですぅ。かがみと違って家事とかもできちゃうもん」
「なっ!?それとこれとは関係ないだろっ」
「関係あるよ。自立ができてるんだよ。生活力がありますから」
「本当に自立した人間なら課題を人に頼ったり時間守れなかったりしないんじゃないか」
「うっ。……それはそれとして、料理ができる女の子ってなんか得じゃない?」
「なんだ嫌みか。って話が逸れてるじゃない」
小気味良いテンポで言葉の応酬。
いつもより声量は上げてたけど疲労感は全くなく、むしろいつも以上に会話が弾んでいたかもしれない。

高校生活最後の夏休み。ひと夏の思い出に、と誘われたお祭りで。親友のこなたと幸せな時間を過ごしていた。
去年に見た赤色の浴衣に、リボンで結った髪を尻尾のように揺らしながら。その楽しげな後ろ姿に思わず頬が緩む。
意外と手入れされた、長い蒼髪から微かな香りが鼻腔をくすぐった。
「ねぇ、こなた」
「ん、なんか気になるお店でもあった?かがみ」
呼び掛ければ応えてくれる。あどけなさの残る顔を少し傾けて、こなたが私を見上げてくる。
かわいいな、こいつ。
たとえお祭りの一時的な高揚感だとか、夜の外での開放感だとか、普段と違う着飾った姿にだとか。
どんなに言い訳をしてみても、自分の気持ちは誤魔化しようもなく。この胸の高鳴りは私を幸せにし、苦しめてもいた。
「あっ、いや、なんでもなくて。ちょっと呼んだだけっていうか……」
「呼んだだけなの?」
「 ……ごめん」
「別に謝ることでもないんだけどね」
柔らかな笑顔を見せて納得するこなた。普段ならすぐにからかってきそうなもんだけど。
不意に歩調を緩めたこなたが隣に並ぶ。人混みを気にしてか、触れてしまうくらいに近寄ってきたから。
「な、なによ?」
つい尖った言い方をしてしまう。攻撃的に見えるのは自分の動揺を悟られないため。
「いやね、せっかくかがみと二人きりでお祭りに来てるんだから、その時間をもっと有意義に過ごさなきゃってね」
「手でも繋ぐ?デートっぽく」と悪戯な笑みを浮かべながらこなたが問いかけてくる。
一気に体温が上昇した、気がする。いやもう、周りの熱気がすごくて、気のせいだと思いたい。
これだけうるさいのに心臓の鼓動だけはやけにはっきりと聞こえてくるものなのね。
おそらく真っ赤になっているであろう顔を背けてしばし峻巡する。
私より小さなその手の柔らかさやら、温もりやらを想像した、けれど。
「どこがデートなのよ?あ、こなたが迷子にならないため、ってことなら手を繋いであげよっか?」
まだ熱は冷めてないけど、あくまで普段の仕返しって体を装う。
「むぅ、子ども扱いするの禁止」
「冗談よ冗談。あんたがおかしなこと言うからよ」
握りしめた手を隠しながら。私が笑えばこなたも笑う。
結局近づいたままの距離には気づかないふり。この遠慮のいらない距離感こそが何よりも大切で。壊してしまわないか怖くて。
こなたが何か呟いていたけれど、私の耳に届く前に、祭りの喧騒でかき消されてしまった。

「せっかくだし金魚すくいでもしていかない?」
「あいにくだけど、私は去年経験したし」
「言われてみれば。あ、あのときのってやっぱり、相変わらず?」
「少しはダイエットさせようかと思ってるんだけどねー。なんか食い意地がすごいっていうか」
「あー、そりゃそうでしょ。ペットは飼い主ににーーイエ、なんでもございません」
「……で、せっかくだから金魚すくいやってくのか?」
「だね、せっかくだし。ここは一つこなたさんの腕前を披露しようじゃないか」
意気揚々、という感じのつもりだろうけど。
他の子どもたちに混じってしまうと、もはや私と同い年の高校生には全然見えなかった。
別に再度挑戦はしない。応援兼見物客な私はこなたの隣に同じようにしゃがみこむ。
ちらり横目に盗み見ると本当に真剣な表情をしていて。じっと見ていたいという思いと、邪魔したらかわいそうかな、って気持ちがせめぎあい。
つかさの言うかっこいいこなたはたぶんこれのことか。でも、幼い顔立ちもあってか、夢中になってて可愛い、と思った。
「むぅ」と小さく唸ったのは、どうやら最初のジャブはあっさり避けられたらしかった。
ポイに水が染み込んで透明感が増す。
「こういうのって得意な人はすごいのよね。何かコツでもあるのかしら」
「速さが足りないっ!とか?」
「サッと掬えってことか」
「……」
何かのネタだったらしい。いやわからんから。
言うほど得意ではないのか、苦戦中のこなた。水槽ギリギリにポイを構えて金魚たちとにらめっこ。
集中力がすごいというべきか、それとも単に周りが見えてないのか。
「……あ、こなた待って」
「えっ?……もぅ、いまチャンスだったじゃん」
「ごめん。でも今の捕ろうとしてたら完璧にアウトだったわよ」
「ん、なにがさ?」
「袖が。せっかくの浴衣を濡らしたらもったいないでしょ」
さりげない動作でこなたの浴衣の袖を捲る。こういう世話好きなところは手のかかる妹がいるからかしら。
とはいえ、つかさ以外の人間に簡単にスキンシップがとれる性格もしてないので、体温やら柔らかさやらに驚いてたりするけど。
「あー、ありがとかがみ」
「たく、あんたはいちいち世話が焼けるんだから」
「むぅ。でも、なんだかんだ言って世話を焼いてくれるのがかがみでしょ」
少しからかいも含めた、けれど嬉しそうな笑顔を向けられ、顔が熱くなるのを感じ視線はあさって。
そんなことない、と否定しようとしたがしどろもどろで。
ニマニマと笑っているこなたを視界の隅に捉えて、もう知らないとさらに顔を背ける。
「ツンデレ乙~」なんて聞こえて、つっこみたい衝動に駆られたが、声を荒げたくなかったので、とりあえずこなたに金魚すくいで勝ちをつけさせてもらうことにする。

「綿菓子ってなんか、童心に還るっていうのかな?懐かしい感じがするよ」
「このふわふわしてるとことか、甘いところとか。幻想的って言うと言い過ぎな感じだけど、なんかそういうところがあるわよね」
「ねー。つかさが大好きって言うのもわかる気がするよ」
いつまで経っても変わらない、純真無垢な妹の笑顔を思い浮かべる。
今日は内緒にしてたから可哀想なことしたかも。来年はみゆきも誘って四人で来られるといいな。
つかさとみゆきの柔らかな空気に包まれて、こなたが分けわかんないこと言ってて。私は、そんなこなたにやれやれって顔しながら、隣を並んで歩くんだ。
「ん、やっぱり甘い……ね、かがみ」
「あれ、あんた甘いの苦手だったっけ?」
「そんなことはないんだけど、見た目に惹かれたっていうか。この量はちょっとお腹いっぱいかも」
自分の顔くらいある白い塊を指してこなたは苦笑い。
「でも見た目ほど重くはないでしょ。口の中ですぐ溶けちゃうんだから」
「まあ、ね。でもちょっと飽きてくるっていうか。……うん、私には少し甘すぎるかな」
段々と声のトーンを落とすこなた。最初買ったときのあどけない笑顔はどこいった。白い塊に隠されて、俯き加減の表情を伺うことはできないけれど。
少々祭りの雰囲気に飲まれたお腹の調子を気にしつつ、甘いものは別腹よねと言い訳して。
「いらないなら、私がもらうわよ」
「……いいの?」
「捨てるわけにはいかないでしょ。もったいないじゃない」
「かがみは食いしん坊だね」
「うっさい。これで太ったらあんたのせいだからね」
罰として遊びに付き合わせるくらいは要求してもいいだろう。
「いままで散々食べてたじゃん」というからかいは無視。白いそれは口に含むとあっという間に溶けてなくなり、甘さだけが残る。
ささやくようなお礼の言葉には小さく頷き返して、ゆっくりと食べ進めていくことにした。
いつものショップ巡りじゃないならどこに行こうか、普通にショッピングっていうとあんまりこなたは乗り気じゃなさそうだし、あっそれなら私がこなたの服選んであげたりとかはどうだろう、こなたはもっとお洒落に気を遣うべきだし似合う服を探していろんなこなたが見れるし。
とか、甘い想像してたころ。
「……夢みたい」
「ん、なにか言った?」
「……んにゃ、なにも。ところでかがみ美味しい?」
「まあまあかな」
口の中に甘さばかり広がって少し何か飲み物がほしいかも。
結構お祭りの食べ物って味が濃いものが多いのよね。値段も安くはないし、なんでつい手が出ちゃうかな。あ、去年の海の家でも似たようなこと考えてたかもしれない。
「みんなでワイワイやってたらなんでも美味しく感じるものかしらね。ね、こなた」
「……」
「こなた、聞いてる?」
「えっ?あ、ごめんごめん、ちょっと考え事してて。なんだったの?」
「……大したことじゃないからいいわ」
「えー、気になるじゃん。もっかい言ってよ」
くいっと私の結んだ髪を駄々っ子のようにこなたが引っ張った。冗談のノリだけどわりと痛い。
こなたと一緒にいるから美味しく感じる、なんて恥ずかしいこと。
上の空だったついさっきまでなら言えたかもしれないけど。普段通りなちょっと憎たらしくて、でもかわいらしい笑顔を向けてくる今のこなたに言えるはずもなく。
先ほどの空気を吹き飛ばすようにこなたの頭をくしゃりと撫でた。

こなたが私の浴衣の袖を引っ張ったのは、ちょうど少し歩き疲れたかなと思い始めたころ。
「そこそこ見て回ったし、落ち着けるところに行かない?」
特別断る理由もないので頷いて了承する。
しかしこれだけの人がいるのだから静かなところなんてなさそうだけど。と疑問に思っていると、右手に確かなぬくもりを感じた。
「こなた?」
「あっち。ついてきてよ」
私より小さく柔らかな手にリードしてもらいながら歩いていた。
暗がりの林の中、なんとか一人分はあるかという砂利道、おぼつかない足取りでこなたに先導されて。
不安げな私に「だいじょぶだから」「あと少しだよ」「手、離さないでね」と、こなたの優しい声が響く。
「ほら、着いたよ」
歩みが止まって繋いでいた手が離れて、不意に消えていくぬくもりに寂しさを覚えた。
人工の光はなにもなくて、でも意外な月の明るさに周囲を確認する。
暗くて色の認識はあまりできなかったけれど、実家で見慣れたそれと似た建造物を視認。
「かがみ?」
「……こんなところに神社なんてあったのね」
「まあこっちは分社?ってやつで、祭りと関係ある本社?とは違って、なにもないんだよね」
「ふーん」
少しぼんやりとしているのは暗闇のせいか。
夜空に輝く月を見上げながら、ほとんど祭囃子は聞こえなくて、先ほどまでとは全然別世界みたい。
こなたが石段に腰掛けたので私もそれに倣う。
地面も周りの空気も全く夏らしい熱気はなく涼しくて過ごしやすいけど、その分さっきのぬくもりがちょっと恋しい。
「ねぇ、こなた」
「なぁに?」
心持ち優しげな返事に少し戸惑う。小首を傾げるその仕草も。今日のこなたはなんかずるい。
「手、繋いでいい?その、ここ、ちょっと暗いから」
恥ずかしながらも素直にお願いをする。たぶん顔の火照りは気付かれないはずだから。
返答代わりにこなたが手をぎゅっと握りしめてきて、その力強さと伝わってくる体温に私の心臓は加速の一途。
言いたいことがたくさん浮かんでは消え、言葉を発せずにいたけれど、こなたもこなたで静けさを保っている。
沈黙が続いた。
けれど、ずっと手は離さないでいたから、こなたがそばにいるって教えてくれていたから、何も言わなくてもいい安心感があった。

「つかさやみゆきさんには悪いことしたかな」
こなたが呟くように言ったのはどれくらい時間が経ってからだろうか。
「まあでも、今日はどうしても、かがみと二人で来たかったんだよね」
一瞬だけ手を握る力が強くなった。 二人きりで、と言い出したのは私からだったはずだけど、こなたもそう思っていてくれていて嬉しかった。
「来年はつかさとみゆきも誘って四人でね。可能ならプチ旅行とか、大学生になるんだし」
「いいね!それ。私、免許は早めに取りたいから運転するよ」
「あー、初心者だし、あんたの運転とか事故率高そうだからそれは必要ないな」
「なにをぅ?そんなのわかんないじゃん。ハンドル握ったら性格変わる人だっているんだし」
「それは成美さんのことか?だったら尚更危険じゃない。あんた従姉妹なんだし」
去年仕事そっちのけで祭りを満喫してた姿を
思い出す。私の思う社会人とは違うけれど、大人だからと気負う必要もないんだと知った。
「そう言えば去年海行ったんだよね。夏祭りに海にコミケに、うん、十二分に夏を楽しんでたもんだネ」
「……散々振り回されて楽しむ余裕もなかったけどな」
祭り=コミケと知ってたら絶対行かなかった……こともないか。結局年末も付き合ってるんだから、 自分の学習能力のなさに呆れる。
それもこれも全部、相手がこなただから、なんだろうな、きっと。
「まあ、なんだかんだいって、あんたといたら飽きることはなかったわね」
そう言うとこなたがくすっと小さく笑った。
「なにがおかしい」
「いやね、実にかがみらしい言い回しだなあ、って思って」
「私らしいって、どこがよ?」
「素直に楽しかった、って言えないとことか、ね」
ニヤリ、と得意気な顔で言われて、図星を突かれた私は言葉にならない声をあげていた。
そんな私の様子をしばらく観察していたあと、こなたは急に優しい笑顔に変わって。
「私はかがみと一緒に過ごせて、すごく楽しかったよ」
ああもう、今日のこなたは心臓に悪すぎる。
なんでこんなに優しくて、可愛くて、安心させてくれるのよ。そんなにされたら、もう私……
「って、かがみ、聞いてる?」
顔を覗きこもうとしてきたこなたに、赤い顔を見られたくなくて、慌てて返事しようとしたら。
ドォン、と一際大きな音が響き、思わずこなたの方に身を寄せた。
「……かがみ、上だよ」
いつの間にか繋いでいたはずの手が肩に回されていたけど、それにつっこむ余裕もなく、ともかく空を見上げる。
「あっ、花火」
何度も大きな音が続いていたけれど、もう驚きはしない。
「さすがにこれは知らなかったけど、上手いこといい場所で見れたね」
月明かり以外に何もなくて、交わす言葉は私たち二人だけのもので。夜空を彩る花火をまるで二人占めしているみたい。
「綺麗だね」
ちらりと横目に見たこなたの笑顔も綺麗で、私は目が離せなくなる。
「こなたと一緒で、本当によかったわ」
ささやくように正直な気持ちを口にした。
今日という日を、この時を、こなたと過ごすことができてよかった。
やっぱり私はこなたのことが……
「私も、かがみと一緒で嬉しいよ」
しっとりとした口調で発せられた返事。今まで空を見上げていた瞳がこちらを向いて、私を捉えて離さない。
私はこなただけを見て、こなたは私だけを見て。
そっと瞼の中に互いの姿を映しこみ、顔を近付けていった。


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コメント:
  • 最後の最後にっ!w
    乙でした。 -- 名無しさん (2014-12-29 17:25:38)
  • やっぱ想いあってるどうしでの夏祭りは定番だよね~
    GJでした! -- 名無しさん (2013-08-22 10:38:15)
  • おいっ!! -- 名無しさん (2013-08-20 20:13:52)


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